2026年06月15日

(濁気について)・・・昨日のブログの補足


皆様は、いかが日々の体調管理、体力維持を努めておられますでしょうか?

若いうちは運動したら成果が現れやすいものです。それが個人差はありますが、50代を越えてからの持久力や集中力など体力減少は加速します。一度失った体力はリカバリーはたやすくありません。ですが焦ることなく自身の健康状態を正確に把握した運動を心がけるとよいでしょう。身体が歪んでいたりお腹の状態が不調であれば、その運動は効率が悪いだけではありません。さらなる構造的欠陥や気血津液の損傷を膨らましかねません。

現状の体力と体の状態をみて、楽にできる運動レベルを割り出して、それをちょっとだけ増す負荷をかけていくこと。それがもっとも効率がいい体力レベルを維持し、さらなる向上も期待できるものでしょう。

ちなみに私は2リットルのペットボトル3本ほどをリュックサックに背負い、週1〜2回、徒歩40分の目黒不動尊へお水取りに足を運んでおります。深い信仰心から参拝し手を合わせることができる。うれしい充実した時間です。








話は変わりまして、昨日、『呼吸は清気を取り入れ濁気を排気する』とお伝えいたしました。

《濁気》は、《物質的にpH値が酸化し汚濁ガス》です。濁気が排気できずに体内に蓄積し続けたらどうなるでしょうか。血に濁気が溶け込めば、気による推動作用を発揮しづらくなります。体内の気を取り込むスペースは有限で、清気を取り込むスペースも濁気が塞ぎます。清気が血に溶け込み脈管を通過を妨げ、濁気による赤血球の連鎖があらわれ微細血管への血流を妨げるでしょう。
濁気は排泄できなければ毒に変わるといっていい。

そうした意味合いからも、自身の濁気の生成と排気の扱いに関心をもつとよいでしょう。

運動をするときに息を吸い込むという意識はできても、濁気を腹の底から吐き切り身を清めることのイメージが描きづらいかも知れません。濁気を丁寧に体外へ排気したスペースに、吸い込む清気の入る場所が確保できると考えています。濁気を排気する運動が発端となり、連鎖して自動で清気を吸い込む仕組みが働きます。振り子が揺れるがごとく、波が引いてから押し寄せるがごとく、です。

清気と濁気を陰陽にたとえれば、清気が陽で濁気が陰。清気は気体で動きがあり濁気は気体だが津液が多くまじり陰液のような様相を呈し遊走性は清気と比べれば低くなる。それゆえに濁気は吐くときに時間よ要し絞り出すようになす必要があるといえるでしょう。


そして中国の気功修養は、まさにそうした理屈にあった濁気を丁寧に排泄していく呼吸の修練を元にして設計されているようにみえます。実際の話、気功の修養はひとりで手探りで実践していくより先を歩く先生に教わることが必要だと私は思っています。ただ日本ではなかなかそうした指導をしていただける先生との巡り会える確率が高くはありません。

私は中国本土の著名な老師たちが、ご高齢でもすばらしい身体の壮健さを誇り技の本質から無駄を削ぎ落として極められる姿を、YouTube映像で拝見して不思議で仕方ありませんでした。ただ中医学の基礎から応用を身体の操作法とともに結びつけて学ぶなら、無理なく濁気の声が聞こえてくるようになり、濁気の取り扱い方の妙が見えてきました。
施術では、相手の呼吸を読みます。息を吸い込むとき肩がわずか数センチ〜数ミリほど動きがあり、そこを観察し、息を吐く寸前をつかんで吐く息と合わせて手技をおくると抵抗なく手技の刺激を体の芯へと届けられます。こうした呼吸を読まずに、息を吸い込むときに刺激を加えれば、呼吸は外部刺激に抵抗しようと抑制され息が止まったり浅くなり皮膚抵抗が跳ね上がります。そんな施術はやっても無駄どころか害になるんです。卓越した老師の肩の上下動はミリ単位で見切るのが難しいが映像を拡大表示して読むといいでしょう。
こうしたところにも清気と濁気をどう扱いこなしておられるかの手本がみてとることができます。

それが体外へ排気されるやいなや、植物の光合成に欠かせない物質として生命全体の循環を支える礎となり、幻視かと思われるほど美しい粒子と化して腑から最短で外へと流れ、虚空に溶け込んでいく。私が目黒不動尊で短時間ですが瞑想をしつつ、濁気を意識しながら呼吸をすれば、そのような映像がこころの眼に映し出されます(個人的感想)。

残念ながら濁気を説く文章を読んでみても、身体は変わりません。それはあたかも水に入ったことがない人に、水泳の本を渡せば、即、水泳の名手になれるわけではありません。そうした呼吸システムがある前提で、意識した呼吸を練習するのもいいでしょう。これには相当な時間と労力と感性がなければ結果がどうなるかが見えてきません。すると途中で諦めることとなりがちですが、ちゃんとした先生に一度習う経験があれば、濁気が大事という言葉の結果が、先生の姿から掴めるかもしれません。私は、20代なかばの大学生の頃にしていたバイトで、そういった先生方にお会いする機会があり、直接会食でお話を聞けたことが、財産となっております。
posted by スズキ at 14:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 中医学診断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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