2017年05月18日

「仙骨・尾骨は歩くときには回転軸に関係する感じですね」をもっと咀嚼してみてください



歩き方をお伝えするとき。
仙骨と恥骨へ手をそれぞれ添えてもらい、
骨盤を前後に挟み込んだ手で
骨盤を回転させて歩いてもらうことがあります。

これはすでに臀部や腰部や腹部、そして脚部が中層から深層上部まで解けてきた方の場合ですが、
実際に理想的な身体操作から骨盤内のボール状にイメージした下丹田を回転させると、
歩幅は広がり太ももの前側の筋肉に力を入れずに一歩ずつ前進できることに気づくでしょう。

(※ 仙骨周りに癒着があったり仙腸関節の可動が悪ければ、この感覚を味わうのは難しい。)


慣れないうちは違和感を感じるかもしれません。
ですが大腰筋等のコアの筋肉を活かす者たちは、
匠にこの体幹の操作から足の運びをかなえます。

利き足が過剰に使われてしまうことにより、
片側の大腿直筋が育ちすぎていたり、
脚部の左右の筋肉の太さ自体違ってしまったりしたとき。

そのときは、特に丁寧に骨盤の前後を手で挟んで骨盤を操作する感覚を味わうようにといいます。

これは地面に対して垂直に釣り合いを持って立つグラウンディングをするにおいても、
非常に重要な要素となります。

丁寧にこの骨盤操作による歩き方を練習していき、
脚部の筋硬化の左右差を実感してからそれを改善しようと感覚を鋭敏にして、
動きの回転軸を感じつつ力みを抜いていくようにしていただくことも大事です。


実際にこの動作をしていれば気づかれると思います。
尾骨が左右に一定の周期で振られる振り子感覚がつかめれば、
後ろから人に押していただいている感覚を得たり、
あたかも椅子にでも座りつつも歩を進めている感じを得たり。

不思議な感覚を味わえるようになります。

これは体の背面にあるパワフルなエンジンを積んだ筋肉群が働き出す場合に感じる状態で、
深層筋や背中側の筋肉などは伸筋に属するもので、
動かしていたとしても動かしている使用感がない。
どこかの第三者が自分に力を与えてくれるという、
そんな錯覚を覚えるでしょう。


それにこれにより拮抗筋上、無駄なブレーキをかけつつアクセルを踏んで前に歩くようなことを避けられ、
省エネモードの効率のいい歩行が可能となっていきます。


この実感をつかむには、
それぞれの腑に落ち方がずいぶん違っていて、
ごくあっさりと理解し実践して行く人もいますが、
それは多くはありません。

それぞれが相当な試行錯誤を繰り返して研究実践して行く過程で、
自分の内側でぽっかりと盲点になっていたところを発見していく。
そのような盲点は人それぞれ場所や意識や力みなど千差万別です。

ただ貴重なターニングポイントを自ら見つけ出すことができると。
いかにも「な〜んだ、こんなことだったんだ」と、
今まで説明をされていたことばに意味が付帯され、
目から鱗が落ちるた瞬間に動きの質が向上します。

そのような事を向かえられた方々は、
「動き方を変えるって、画期的じゃないですか!」
と、ぶっ飛んだほどの驚きで、
動き方を磨きをかけて変え続ければ、
人生は宝の山を得たのだという意味。

直感できるかもしれません。



ちょっと視点を変えて考えていけば。。。

施術は人から受ける必要があるものの、
体の動かし方は、自分ひとりで工夫して磨きをかけて変えられるものでもあります。

施術では他人に自分の車のハンドルを握ってもらい運転を代行してもらう感じです。
私の個人的な感じ方では、よっぽど優れた施術家の施術でも、
自分の運転する車のハンドルを安易に任せられないものです。

それはなぜかというと、
体の操作を磨くときには、自分が自分の車のハンドルを持ち操作することですから、
そのような操作可能な状態であれば、必ず運転技術に工夫を加えて、
さらにうまく操作可能な状態にする気持ちがあるからです。
そちらに価値を見出したとき、
身体の内部から活気づきます。

どのみち、他人がもしうまく施術をしてくれたとしても、
それ自体は、一月に一回だけ数時間ほど施術を受ける人ならば、
99%の時間は自分で体の負担を蓄積しないように工夫せねばなりません。

それは施術の戻りがあるといいますが、
多くは施術をする前の体の使い方のパターンを
体を現状の歪みを創りだすものとして身につけておられるからなのです。

実は、フェルデンクライス・メソッド的な動き方を熟知しておられる方が、
一端は体が硬くてうまく身体操作をするにも様々な動きづらさからうまくいかなかった動作ができだすと、
明らかに体の状態の戻りがあるという後退よりも、
体の状態が自然にさらに改善していくのです。

そのような方々を、私は12名ほど存じあげております。
各人の初期段階の身体状況にもよりますが、
結果的に一様に優れた改善と定着がなされ、
続々とより深部へと筋肉の癒着部位を解き進めることができます。


優れた合理的な動き方を変える修行をしている人は、
私の施術を受けていただくことを契機に、
体のコンディションが向上しやすい筆頭。

そんなこともございますが、
実際はそこまでの身体操作の予備知識をお持ちの方々は少数派です。

だから、
私としてはたとえば歩き方を分析的に読み、
どのように歩き方の練習をすればいいのか、
自分なりに考えて伝えさせていただきます。


ただ、それと同時にというか、
それ以上に、自分なりに、
たとえばマラソンをしていれば、
走る際の自分の気に入ったお手本を吟味して見つけ出し、
そこからどのようなところが自分に活かせるかなどを考えながら観察するのか。

そういった自分自身が独自に興味関心を抱いて、
動き方の他者観察をしたり、
それを自分のなかで活かしてみたり。

たとえ、現状の捉えられる運動の知恵や知識量が欠けていたとしても、
自分の脳で汗を流したものほど、新たな発見も多いし気づきが定着しやすいものです。

要領よく、他者の言葉や理論をハックするのも悪いことではありませんが、
多くは先駆者の完コピは不可能で抜けたところが多く、
結局は似て非なるものができあがることが多いのです。
先駆者の遺稿などは良いヒントにはなりますが、
丁寧過ぎる直伝であったとしても、
自らがそれを受け取るだけのレベルにまで成長できていなければ、
理解したまでには遠く至ることはないでしょう。

なので、、、
体の使い方の知識量を増やすよりも、
体を使っての体験量を増やしてみる。


ということで、
たとえば...
恥骨と仙骨を左右の手で挟んでみて、
手で動かすウォーキングの練習をして、
その体験から自分なりに感じたことを
動き方のパターンのメモリーバンクに書き込んでみてください。

仙骨・尾骨は歩くときには回転軸に関係する感じですね・・・という印象も、
受け取ることができるかもしれません。
ですが、それだけではなく、他にも様々なことを、
その動きの様子や、動きを改善させて磨きをかける試行錯誤のプロセスから、
多くの感覚的な体験や、さらなる進化への発見などもなさるかもしれません。


そんなことを、、、たとえば、私はフェルデンクライス・メソッドのような
身体をやさしく操作するボディワークメソッドで学んだわけですが、
その研究過程で理想的だなと思え夢がかなったとき、
「なに」がそこで起きたものなのかを言葉で述べてみる。

すると思い付きは一過性で忘却の彼方に去るのがほとんどでしょう。
ですがたとえば他人にどんなことを発見したか説明してみたり、
または自分で発見したものを文章化してメモしたり図示したり。
そうすることで血に肉にしていくこともできます。

そのように動き方のプロセスを再検証して、
もしもさらなる理想形があると発見すれば、
そちらへ意識を向けて膨らませることも大事ですね。


posted by スズキ at 05:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月16日

ごしんじょう療法のごしんじょうを触れてみて

『 ごしんじょう療法 』という特別なご祈祷を加えた金製のてい鍼を使い、
体のプラス電荷という邪気が溜まったものを効率よく除去する治療法があります。

てい鍼に関して工作を加えて詳しいことを調べたいなと思っていますところでは、
いつかごしんじょうとよばれる特別な金製てい鍼を触れてみたいな〜と願っておりました。


巷で言われているような
ごしんじょうでガンや不治の病が治るというのは、
なんらかの効果があるかどうか。
私は今はそこを求めているものではないのですが。

それ以前の問題として、
実際にそのものを手にして観てみなければ何らの判断もできません。


課題は、そこです。 ^-^

手にせず勝手なことをいう方もおられますが、
それは私の主義に反します。


今日、施術をお受けいただいたお客様。
久々に施術をお受けいただきまして、感謝です!

そしてこちらのお客様。

私が知っている方の中で、
唯一、ごしんじょう療法についての体験者でありユーザーでもあられます。


日頃からごしんじょうを体の疲労した部分のケアに活用なさっておられるとのこと。
ごしんじょうは、とても使い方もシンプルでいて、ハンディなツールですから。

セルフケアに持って来いというところもありますよね。

ただ私がごしんじょうを買えるかといえば、、、高くて手が出ません。 ^-^
近日中にこちらを利用している治療院に出向いて施術を受けなければ。
と思っていました。

するとこちらのお客様が私のブログをお読みいただいておられ、
私がてい鍼に関心があると書いてあることをお読みいただいて、
自身で所有なさっておられる『 ごしんじょう 』を持ってきてくださいました。

ほんとうに、おこころづかいに感謝いたしております。

非常に、うれしかった!



ごしんじょうをお借りして持ってみて。

手に持ったサイズ感。
そのフォルム。

そしてなにより、
『 金だな〜、このずっしり感は・・・ 』という、
私の銅や真鍮でつくったてい鍼とは違います。

銀で作りかけのてい鍼とも違っている。。。

残念なところは、
他の金製のてい鍼を持ったことがないため、
純然なるごしんじょうと普通の金製てい鍼との比較はできませんでしたが。


私の習性で、なんらかの波(エネルギー)が出ていそうと感じると、
私の第三の目の近くに持っていくことで、
圧迫感や温感や冷感など知覚が働き出す。

すると微妙に目を閉じた瞼の裏側に、
シンプルな図形やらが出てくることも。

そんな能力は、日頃の神社仏閣参りで、
少しずつ養成してきたものなのですが。


ごしんじょうは、
銀の鋭さとは違うマイルドでいて重厚な波を感じます。


ごしんじょうというてい鍼は
その付加価値から非常に高額なものと納得できるものですが、
ただ、その付加価値がない金製のてい鍼自体も素材の金の丸棒を買ってきて自分でこさえてみても、
私の数カ月分の施術の研究費用がまるまる消えるものです。。。 ^-^;;

鍼灸院を経営なさっておられる方で、
てい鍼に関心がある先生には
「金製のてい鍼を一本はほしいところだ」というのも、
自分の手で持ってみて、うなづけました。

益々、金製のてい鍼ってすごいもんだと、
短い時間にすばらしい気づきを得られて、
勉強になりました。


ごしんじょうのずっしりした重さがツボの上に触れると吸い付く感じです。

気の出るてい鍼等のツール特有の性質で、
皮膚に触ることなく2〜5ミリほど浮かせて動かすだけで、
ツボという邪気の排出口から効果的にいらないものが出る。
そんな感じでした。

私自身、他の施術のセミナーや教材購入などが施術力の全体的な向上には必要ですから、
結果的に、金製てい鍼の入手に研究費を惜しみなく集中するというのは困難です。

残念ですが、現状ではごしんじょうはもとより、
金製のてい鍼が手に入る気がしません。 ^-^;

ただ私は銀製てい鍼をひとまずお客様のT氏にいただいたものを参考にしたり、
他にもいろいろ独自で研究したものをつぎ込んでみて、
改めて少しでもいいものを作りたいと思えてきました。
このような執念の研究活動が、
行く先になにか幸せをもたらしてくれたら、
うれしいところです。
posted by スズキ at 20:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 施術研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月14日

感情と脊椎(特に胸椎の歪み)

感情と脊椎(特に胸椎の歪み)

去年終わりに施術を受けていただいたお客様が、
先日再度お越しいただけました。

去年終わり頃には、
ご本人的には大変な心身ともにご苦労と疲労感はあったものの、
脊椎の歪みはだいぶんよい状態に改善していたことを記憶しています。

それが、つい先日、施術をお受けいただいたときには、
腰椎の歪みだけではなく、
驚くべきほど胸椎の歪みが大きく生じていました。

腰椎は簡単に歪もうとすればゆがみますから理解できます。
問題ある姿勢をしていれば、早々にダメージを受けますし、
過労でもねじれが容易に入るものです。

ですが胸椎は、構造上、肋骨や胸骨という骨格が鳥かごのように形造られており、
たやすく歪むようなものではありません。

胸骨の歪みは、直接、免疫系、呼吸器、循環器に相当なダメージを強いることになります。

確か脊椎の状態で寿命や健康状態の将来を占うという本もあったと記憶していますが、
この部位の状態を観ることで私でも「健康寿命」をだいたいは占えるものです。。。

驚くような状態変化は、精神的なストレスから生み出されたとお話をお伺いしてわかりました。

以前からボディワイズのほうへおいでいただいているお客様の中で、
私が硬さが東日本一番じゃないかと思えた方も精神的なストレスが、
その体の体や脊椎の歪みの決定づけたものでありました。


最近、私が施術をする際に肘の使い方を工夫して、
臀部の深部へとリリースが及ぶようになってから、
どうにかこれほどの状態も、
半年前はある程度の良好さがあったというその時へのリセットをすれば良いという状況ゆえに、
対処することはできました。
ただあまりにも強固な歪みであるため、
ついぞ半年前の私がどこぞのセラピーで学んできた施術の圧のかけ方を
自分なりに応用系としてとりこめていなかったら、
ほぼ刃が立たなかったと思います。

胸椎および胸骨、その歪みは肋骨を通して大きな変位を共に起こしておられ、
呼吸がほぼ自律的にするのも難しいと思えるほど深刻な状態だということは
容易に察することができました。
どうにか4月になって好転してきたといっておられましたが、
それ以前は、まさに寝込んでおられたということでしたから。

もしも、この脊椎状況で放置されていたらどうなっていたのかと想像すると、
よくお話をさせていただいているお客様のことですから、
深刻な気持ちにならざるを得ませんでした。


ただ、実は施術はこのようなところでは対処療法。
まったくの対処療法なんです。

なぜか?

それは、精神的な痛手から起きた肉体の筋拘縮が体をがんじがらめにしたというものでしたから、
精神的な問題、または課題と言ってもいいことに対して、
ご自身がそこへどのように立ち向かっていかれるのかが、
根本の対応策となるものなのです。

そこにもちろんのことお客様も気づいておられますから、
長い時間、いっしょにいろいろとお話をきかせていただきました。

そしてたまたま私の知り合いの施術家の先生がなさっておられる楽器を、
そのお客様も関心を持っておられるご様子で、
自らその音色を奏でて癒やされたいなとおっしゃっておられました。
音色のなかには、心地よく自身の胸の鼓動を整えてくれる幸せを受け入れさせてくれる力があります。
そのような力量の大きさがあるもの。。。
私もそのような音楽のもとで安息のひとときをもつことができますよね。

自分にとって一番心地よいものと思えることに、
正面から向き合って没頭しているときを持つこと。
そのようなものを人生を送る友に持ちたいですよね。

  ^-^

お客様が楽器を演奏なさりたいという言葉を語られる様子を伺わせていただいて、
私も、なんだか勇気づけられた気持ちになりました。


胸椎の歪みは胸の痛み、、、
そしてやさしく傷つきやすいハートを、
特別なブロックをしようと努めた結果です。

肩の荷がどれほどの大きさだるのかは、私には察するにもあまりあります。
お話をお伺いさせていただくしかできませんでした。

いろいろと目の前に新たな人生の課題が降りかかってきます。
それらの課題を、正面からじっくりと受け止めていくことは、
心身ともにどれほど苦渋を感じることもおありでしょう。

私自身も、まさに心身ともにボロボロ状態になり、
復活するまでに時間を長く必要とすることも多々経験してきました。

そのときは、私の体も、悲しみと苦悩の状態から胸椎も歪みが出ていったことでしょう。
そういえば、呼吸ができてなくって、肚の位置が狂っていました。
腹式呼吸が妨げられるほどみぞおちが固まり、腹直筋を筋張ったものに変化させられて、
どうにかこうにか日々を送りつつも、、、。
意外に、そういったしんどい時期に、つかんだ意識の変化が、
自分にとっての成長を果たしてくれたものとなったと感じます。
自制心がそうやって増していったといいますか。。。 ^-^;

人生の課題って、疲れ果てるほどの試練なのかもしれません。
その人が乗り越えられるほどのものが授けられて成長の糧としていけると申します。

人生の課題を、どう感じるか。
なんなのかが、自らわかってきたらいいなと思います。
posted by スズキ at 05:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 体のイメージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月12日

ヘッドマッサージの練習用、イケメン頭部モデル君の購入

「ヘッド」と「フェイス」のマッサージを練習するとき役立てるため、
Amazonにて、頭部人形を購入しました!


(ヨーテイ) Youtei イケメン 首上 メンズ マネキン ヘッド 首 から 上 頭部 高さ36cm 頭 周り 55cm

当初は自宅にある等身大骸骨モデルの頭部を利用し、
ヘッドマッサージの練習をと考えていたのです。
ですが、どうも、イメージがつかめないんです。。。

YNSAという頭部へ鍼を打つ療法のDVDを観ていたとき、
頭部人形にツボの位置をマッピングしたモデルが映っていて、
「それ、いいなぁ〜」と。

ただ、東急ハンズの素材売り場に売っていた発泡スチロール製の頭部はシンプルで軽いけど、
なんだか味気なさすぎる。



それにこのようなものを以前、もっていたのですが、
部屋の整理をしるときに捨てた経験がありまして。
それをまた同様なものを買うのも気が引けてしまいまして。。。


それで理美容等で頭部の人形をみたなぁと思い出し、
チェックをしていてリアルそうなものが、続々とみつかりました。

ただ私の現在の用途では人毛が植毛されていなくてもいいので、
もうちょっと探してみようと数日かけて探しあてたのが、これ。

^-^

ヘッドマッサージ用の頭部モデル.jpg

頭鍼について書かれた本に描かれたイラストにあるツボの位置を、
こちらの頭部モデルにイメージを乗せてみて、
てい鍼で刺激を加えてみる。

平面イラストは、必ず質量のある3Dに落としこむ。
それで質量の感じや実際の距離感やスケール感を感じ取ることで、
触覚的、視覚的記憶に焼き付けていきます。

今回手に入れた頭部モデルを買うまでは、
部屋の中に、また得体のしれないものが増えるなぁとため息をしていたのです。

ですがクラニオセイクラルセラピーの頭部への手の置き方や手技の練習台にもなってくれそうですし、
いろいろ役立ってくれそうです。





ヘッドマッサージの新たな試みなのですが、
バングルプレスレットというブレスレットを2本用意して、
こちらを2本同時に頭部に当てて30回ほど撫でる感じに。

バングルプレスレットを1本だけではじめは刺激を加えてみたのですが、
2本にしたらいきなり頭皮が容易に動き出すことに気付きました。

またこのマッサージをするときには、
マッサージをしている部分の頭部の反対側に軽く手を添えておくこと。


バングルプレスレットは、むろん、頭皮マッサージように開発された道具ではありませんから、
髪の毛が挟まって抜け毛とか負担も被るものですが、
ヤムナ・ボール・メソッドのボールを使ったマッサージより手軽さがいいですね。

バングル・ブレスレット.jpg


ちなみにシュンガイトというパワーストーンファンなもので、
ひとつはシュンガイト。
もうひとつもシュンガイトでもいいのですが、
昨日買って届いたラピスラズリに。

本当は、、、
ヘッドマッサージ上でも最高に効果が高いと機能面での想像ができる
「シュンガイト」と「トルマリン」のバングルプレスレットのペアを狙っていたのですが。。。

「トルマリン」のバングルプレスレットが置いているショップを見つけて注文をしようとしたら、
タッチの差で売り切れて手にはいらなくて。非常に残念。。。


こちらのやり方はいろいろ工夫している最中です。
詳しく知りたい方は、お越しいただいた際にお気軽にお尋ねください。



また個人的感想ですが、施術をするときにシュンガイトのバングルプレスレットをつけると、
肉体に蓄積する疲労が、おおよそ20%はこれだけで軽減したような気がいたします。

まさに私にとってシュンガイトは救世主的。 ^-^;

posted by スズキ at 13:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 施術研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「指導」か、「尽くす」かの違い。

最近、つとに、考えていること。

私は「先生」といわれると違和感を感じ、
居心地の悪い思いをいたしています。
ただ、年齢が進むに連れて、
考えが「私がなにを大事にしたい人なのか」ということに意識の焦点を当てるようになってから。
呼称は気にならなくなってきました。

ただ多くは「鈴木さん」とお客様には呼ばれていて、
先生と呼んでおられるのは 1/100 くらいの割合ですし。 ^-^;



私の場合には、先生という呼称に含まれたものには。
体の状態や使い方についての見立てを伝え指導もする側の人間という期待があるのでしょう。

指導者側として、
すでに多少は先んじて量を学んでいる。
それは、、、そうじゃないと、こちらに足をお運びいただけなくなる、
窮地に立たされることになりますもので、こちらだって必死なんです。 ^-^;;;


ただ「指導」という言葉にも、私は違和感を感じてしまうのです。。。
もちろん一般化された呼称の「指導者」というものにも。。。


指導する側は、
相手の立ち位置よりも高いところから見下ろす気持ちになるときもありそうです。

それは、やはり残念なことですが、
多くのお客様から過去そのような不快な経験をしたという指摘もあります。
おそらく私自身も、その加害者になってしまったこともあると思って反省しています。


上から下を観る目線。
つまり上下関係を感じながら
指導しようとする者を観てしまうこともあるでしょう。

そのような気持ちでいる自覚がなかったとしても、
そうされた相手は、そのように感じられるならば。。。

そこには伝えようとする側が
お伝えの仕方の資質をあげる必要もあるでしょう。



「指導する」という教える過程で、
上から目線で見下して観られた者は、
どのような反応を内的に起こすのでしょうか?

指導者に指導される側の生徒役としては、
その上下関係を受け入れて自分の意志を殺したり滅して話を聴くのか。
または自身のプライドを保つために対抗しはねつけようとするだろう。

私のところのような施術をする場ではなく、
体の使い方を伝えることがメインの場に費用を負担して来ていただけたお客様は、
すでに指導を受ける準備ができているだろうと思うのは勝手な期待の丸投げです。
実情は、そう甘くはない場合もあるようです。

いずれにせよ、
伝えられる側の自尊心が傷つけられてしまっていたとしたら、
ガラガラピシャッっとシャッターが締め切られるでしょう。
貴重な学ぼうとする意志、きっかけが損なわれます。


「スワーミー・ヴィヴェーカナンダのメッセージ 立ち上がれ 目覚めよ 」
という私が日頃愛読している実質40ページ弱の本のなかに書かれた一節を思い出します。
( 少し宗教書的な書き方ですが、意味部分を察していただければさいわいです )

『 君たちの信者仲間を指導しようとしないで、彼らに尽くしなさい。
  無慈悲な指導熱は、幾多の立派な舟を人生の大海に沈めてきたのだ。』


上下関係を作ろうとする本能が、
少なからず人間にはあるようです。

それが自分にあるとすれば、
それを、まずは捨て去ることです。

無論、ここで意図するものは、
おべんちゃらや甘言の言葉を尽くせというものではありません。

やる気が育っていなければ、
そこでは厳しさも必要です。
もっと正面からそれに対し向き合うよう迫るのです。

ただ、ここで間違ってはならないことがあります。

相手の考えを存分に聞く前に、
「自分だったらこうする」と情報不足のまま、
思い付きの考えを正解として押し付けること。

その自分の考えを優先して相手を操作しようとしてみても、
不協和音程度のノイズが聞かれるだけで、
芳しい成果などは期待できないでしょう。

「指導」とは、ときに自身のやり方を他者に押し付ける方法です。
受け取る側が納得できた「自分が考え抜き気づいたアイデア」とはフィットしないものならば、
いくらがんばって指導をしようとしても深く胸に刺さりません。

単純にありものの教科書の内容をつたえるというものでしたら、
そのカリキュラムに則って進行することが最良ですが、
体の使い方についてはそれほど単純なものでもない。

本人が、ほぼほぼ、自覚がない盲点のような部分が、
内側に埋設されていて、
それを他者に掘られるのは無理矢理感があって傷つくものですし、
新たなトラウマにもなりかねないものです。
だったら指導者の示唆を含めたヒントを頼りに自分で探し当てる。
そのようにして見つけたものは、無から何かを生み出す苦しみもなく、
比較的スムースに成長して指導者や師に追いつき追いぬくこともできる。
ずいぶん時間の節約にもなりますよね。


そのようなときに指導する側がおこなう仕事といえば、
どのようなことがあるものでしょうか?

腑に落ちるまで相手の考えや感情を出し尽くさせるような聞き役に回ってみるのもいいでしょう。

自分が考えた末に導き出された答えからならば、
人はそこから非常に多くを学び取ることができます。
十分な行動を促す動機を持つことができるでしょう。

正面から、まず自分自身がその課題に向かい合うこと。
人は、向きあう気構えが固まって肚が括られた瞬間に、
想像以上の成長をとげることだってあるんです。

ただ向き合う気持ちが育たぬうちに
他者から知恵を丸投げされて暗記しても、
自分の価値観を揺るがすほどの深慮や決断にはつながりませんから。

今までの自分のスタイルを変える必要も骨身にしみて感じられない。
切迫感も緊張感もその場限りになってしまうかもしれません。

農業では土づくり、土壌づくりが大事だといい、
耕してたり、水はけを考えたり、種を植える前の準備が大事で、
そこへ労を惜しまないことがいい作物を収穫する秘訣だと思います。

「指導する前」に必要な心の受け入れ体制を整える手助けをする。
そこが人の中に種を植える前の土壌づくりですね。

もしそのようなことが指導する前段階に設置するよう心がければ、
指導を受ける側は、自らの足で立ち上がり、目覚めると思います。

そんな過程を通ったときに、
「たまには他人のやり方を採用してもいいかな」
という気分になれるものなのでしょう。

それが、自分の動き方のくせに固執する傾向から羽化の瞬間です。

そのようなお膳立てに力を尽くすことは、
忍耐力も必要な損な役回りだと感じるでしょうか?

すんなりとうまくいく場合もあるでしょう。
ですが、そういうケースばかりではないことを思い知ることも。


ただ考えてみてください。


後に訪れる変化の偉大さから考慮すれば、
霞んで消え失せる幻のようなものかもしれません。
そこからなんら苦痛を感じる以前に、
喜びに満ちた今後へと向かう者と出会えた充実感。
後々に訪れる意義深い成功を納められた後を十分に知る。

そのような者が立つ地は、尊い。


「立ち上がれ 目覚めよ」の本の一節にある、内容の「尽くす」とは、
そこまで付き合い続けようと決心すること。
そこまで「尽くす」ことで始まるのでしょう。


農家が手塩にかけて自分の育てた農作物に愛情をかけた分だけ、
その農作物は実りを大きくしてくれるものです。

その農作物が、水を好むかどうか、水がやり過ぎでは根腐れがおきるなど、
そのものの現状をどれだけ把握して世話をするか。
その甲斐甲斐しく気を配り愛情をかけ尽くす分だけ、
自らが育つ力を発揮しやすくなったときを迎えて育つ農作物のように、
人が指導され成就するのも、さほど変わりがないように思えるのです。


いずれそのような「尽くす」段階で、
体の使い方を伝えるということに向き合いたいですね。

私にとって、
コーチングの音声テープを、数年間、耳に入れ続けて、
去年はスクールに通ったのも、そこにコーチングの考えが生きるからです。




ここまで書いてきて感じたことですが、
私は土を耕す人になりたいんでしょう。
そこに価値観を置いて活動をしていく。


日本人の体の操作が、
幕末以降にいきなり悪くなってきたというマイナスのカルマ。
以前にはなかった病の起きる起因の一端はここにあるでしょう。
それにあまんじて子々孫々までつたえてさらに悪化をたどるか、
そのカルマを打ち壊して、新たに土壌を耕して種を植えるのか。


きっと土を耕す人にならなければ、
理想を語りづらいところもでてくるものなのでしょう。
そんな気がいたしております。

posted by スズキ at 05:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月08日

Amazon マーケットプレイス出店に詐欺が横行しているようですね。。。

Amazonで、
しょっちゅう買い物をさせていただいております。

最近、マーケットプレイスで出品している商品を購入しようとしたとき、
かなり安価な値付に不安を持ちながら商品購入させていただいたことがあります。

Amazonのマーケットプレイスの名称が【うどん県】とのこと。
香川のショップかな?と勝手に思い込んでしまいました。
それであまり詳しくまではそのショップをなさっている方の情報をチェックしておりませんでした。


すると、、、
先方から30日以内に商品が届けられないということで、
キャンセルのメールが時期に届きました。
そして同時に、そのマーケットプレイス出店者自体がいなくなっていた。

ちなみに Amazon で うどん県 で検索すると、、、
しっかりうどん県という別のところがでてきます。

先ほどの私が購入手続きをしたところとは違います。
ちゃんとしたうどん関連グッズが販売されていて、
電気ドリルなんか販売していませんでした。 ^-^;
てい鍼を造るときの磨き作業を、電気ドリルでできればと思って、
買おうと思ったんですが。。。
残念。^-^;;;

なんだか怪しいなぁと思っていたところ、知人からマーケットプレイスで詐欺が横行し、
商品注文をしたものの名前を語って出店して被害を被らせるという新手の詐欺だそうで。。。

現状、つい2日前ほどのことですから、
今のところはそのような被害にあってはいないようですが、
なんだか不安な心持ちです。

みなさまも、
気をつけましょうね。
posted by スズキ at 12:47| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月06日

伸筋を匠に使われている指揮者、発見 ^-^l

昨日は、私の仕事もお休みでゴールデンウィーク中の方々と混じって、
丸の内での音楽祭
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2017
http://www.lfj.jp/lfj_2017/

こちらにはじめて足を運んでみました。
多くの人たちが集う感じでしたが、
やはりクラシック好きの集まりですね。

混雑をしていても、秩序だっています。
おかげで人疲れも思いの外少なくてすみました。 ^-^

とりあえず会場周辺の雰囲気を楽しんで、
あとはニコライ堂・湯島聖堂・神田明神等お参へ散歩も考えていました。
ですが有料チケットを持っていなければ、会場の内部に足を入れることさえ許されない。
そのような仕組みになっていたんですね。

それでは寂しいところです。
どちらか有望な指揮者や楽曲があれば、と思いましたが。

ただ、数日前に、このような催しがあると知ったもので、
これからのプログラムでなにかいいのは?と現地で観て、
曲名を観てもどんなものかが想像だにしないものです。

クラシック音楽の飛び込み聴きってしたことがなかったんですが、
そうなりました。 ^-^;

*-------------------------------------*
ドミトリー・リス 指揮
ウラル・フィルハーモニー管弦楽団

曲目:グリンカ:幻想的ワルツ ロ短調(管弦楽版)
   ラフマニノフ:交響的舞曲 op.45

*-------------------------------------*

全体で45分の聴くにも体力的にやさしい感じのプログラムです。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
■ ドミトリー・リスという指揮者について。。。
http://www.lfj.jp/lfj_2017/performance/artist/detail/art_67.html

モスクワ音楽院でキタエンコに師事。
モスクワ・フィルのアシスタントを経て、
ロシア最年少でクズバス響の首席指揮者に就任。
現在はウラル・フィルの芸術監督・首席指揮者。
2016/17年シーズンより南オランダ・フィルの首席指揮者も兼任。
クレーメル、ロストロポーヴィチ、バシュメットらと共演。

― ドミトリー・リスは悠々たる身振りで、明快で落ち着きのある、充実したフレーズを紡いでいく。
我々はそれを聴きながら、曲がこのまま永遠に終わらぬことを切望するのだ。(The Winnipeg Free Press)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


なにやら呪文の羅列のようにしか、そのときの私には感じられません。

ただ舞台上に立ち、指揮をするさすがの姿から、意外なことを感じ取りました。

「あっ、この人(ドミトリー・リス)、呉氏八極拳の呉連枝老師などに属する体をしている人だ。」


こちらの指揮者の首や頭付きを一見すると、
前傾しているだけじゃないか、と見当違いの思いを持つ人もいるかもしれません。


私は実は呉氏八極拳の呉連枝老師の写真を初めて観た時、違和感をその部分に感じました。
それはあまりにもしっかりと前へと前傾しすぎて見える感じだったからです。
ただ、そんなはずはないという証拠も老師の映像の動きからわかります。

頭が混乱した中で、実際に老師のセミナーを見学させていただいたとき、
まさになめるように老師の立ち姿や動作の一挙手一投足見渡す姿からは、
私がまだまだ浅はかな誤解をする目しかなかったんだなと感じました。

その老師の繊細な感性ややさしさ、そして筆を用いた細かい字の巧みさも、
その大柄な体から現れる姿から目を見張りました。

体幹の確かさ。
手振りの繊細さ。
正確さ、緻密さ。
そして動き出したときの大きなモーションも。
圧倒的過ぎる肩甲骨裏のよく発達した広背筋に支えられている。
肩甲骨は後ろに浮き舞い上がり、位置を意のままに静止し動かせもする。

ほんとうは伸筋を利用しているというのはまだ序の口の評し方ですから、
多々誤解を受けそうですが、わかりやすく言うと、
常人が屈筋主体で動く性状が強いのに対して、
老師は伸筋を自在に意のままに操作している。


その呉連枝老師の動きと指揮者のドミトリー・リスの動きが似ています。

ドミトリー・リス氏については
呉連枝老師に比べれば大まかにしか見れてはいませんが。

微妙に体つきの肩甲骨裏の特徴も
その他のバランスのとるときの体の吊り操作も。。。
伸筋の伸びを利用して
身体が操り人形状態にて操作可能な客観的自己身体操作能力を身に着けている。。。

いいかたがまどろっこしいのですが、
ようするに意のままに全身の筋肉を連動して操作できる達人だということです。 ^ー^;




あとで他のプログラムの指揮者みると、
連日ほぼ出ずっぱりな感じで指揮をドミトリー・リス氏はしておられる。
体力的にも相当なものがあると同時に、
それは体に負担が少なくて済む機能的な身体操作ができてかなえられる荒業でしょう。
老後のタフさは合理的かつ機能的な身体操作からくる。
それしかありませんから。。。

呉連枝老師もドミトリー・リス氏も、
双方とも同様の感性で身を操作しておられるのかなぁ。

呉連枝老師は呉氏八極拳の継承者ですから、
武道的な勝てる体づくりをしてきましたが、
ドミトリー・リス指揮者はどこから学んだ?

はたまたは、
指揮者にも、そのような身体操作のノウハウが伝統的に継承されているのでしょうか。
それとも独自に自身の身体感覚を手がかりにし開発開花した体動だったのでしょうか。

そのような興味をいだいたまま、
45分の演奏が瞬く間に終わりました。


不思議と音に包まれた感覚は残っているものの、
曲がどのようなものであったのかは、
今はすでに記憶から遠のく夢のような時間でした。 ^-^;

良い勉強になりました。

ネットでドミトリー・リスの指揮をしている映像がないか、
探してみたら以下のような映像がありました。
興味を持たれた方は指揮者の動きをじっくり観察して見て下さいね。

Olivier Charlier - Barber Violin Concerto, Op.14 - Dmitri Liss


posted by スズキ at 12:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 体のイメージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月05日

ひとまずは肘の使い方を巧みに

ここ数週間、
【 肘の使い方を再検証 】しています。

手を使うときに、
手先に先に意識がとられれば根無し草。
猛烈な力が底に宿ることはございません。

手の関節を解剖学的にざっくりとだけわかりいいところを見れば、


胸鎖関節、肩鎖関節、肩関節、肘関節、手首関節、手部関節、指の関節、、、
のような
「中心から、末端へ」という流れがあります。

力をどのように流せばいいのかといえば、
体幹から末端へという流れが関節をつなぎつつ操作できる妙があります。
すると、
正確に考えつつやっていけば、

胸鎖関節、肩鎖関節、肩関節、肘関節、手首関節、手部関節、指の関節、、、
といった流れをひとつずつの関節を胸鎖関節から順番に指の関節まで逐一操作をする必要がでてきますね。

フェルデンクライス・メソッドなどでは、
まさにそのようなひとつずつの関節に意識をして使う操作感に焦点を当てて試行錯誤を加えていき、
画期的なまでにスムースな腕の使い方の実現をかなえるようにするきっかけづくりを与えてくれる。

体の操作には、あまり関心がないかまたは初学者で、
体を使いこなせていない場合の一般的な例では、

下記の< > 内をすっ飛ばして、( )内を真っ先に意識している。
<胸鎖関節、肩鎖関節、肩関節、肘関節、手首関節、手部関節、>(指の関節)、、、
反射的にそうなりやすいのだろう。
指の触覚感が強烈で真っ先にそこへ神経を向けてしまいやすい。
ただ、そこが「トラップ」といわれるような致命的な罠になる。

私もでしたが多くの人たちは、
このトラップに気づかずにハマっているのです。
そこから抜けだした人には、
見事にこのトラップにハマっているかどうかの、
状況はありありと感知することができるのです。
なので、武術で相手の力量を観るにも最適です。
もしこのトラップを抜けだしたものぶつかれば、
足腰が立たないようになっていく結果でしょう。
信じられない程の地の力が発揮できるのですね。。。

そしてそれは施術をするときにも、
もちろんそのトラップにかかっているかどうか。

大きい成果の差に出てきますが、
そこは水面下で行われる操作ですから、
ほぼほぼ、見抜ける人は少ないでしょう。

具体的に言えば、
つまり指の関節を握るという操作を < > 内の関節の操作をすっ飛ばしておこなえば、
生理的に三角筋に不要な力みがでて筋拘縮が起きて力みが入ってしまう結果が出てきます。

力みが入った身体操作では、
思い通りの精密な圧の質や方向などを創りだすことができない以前の問題で、
触覚や気を察知する感度が鈍る触診となるので正しい情報収集ができません。
それでは理想の対応が難しいものですよね。


ですが< > 内の関節をひとつずつ動きを制動していくことは、
レベルが高すぎる精妙な操作になっていくものですから。
私にもそこは容易に登れる坂道じゃありません。


まずは肩甲骨の動きに直接動作を与えることが可能な肘の操作に、
注力して肘の動かし方のノウハウを見つけられるように務めよう。
 
そのようなことを、私自身、ここ数週間しているのですが、、、。
肘を利用した施術をするときには、
いつもよりも体を低く折り曲げて
重心を落とす操作をすることへ。

それにより、
これまた以前よりも力の浸透力は、
飛躍していっている。

無論、お客様にはおそらく負担感はない操作の延長線上で起こしている圧の生じさせ方を工夫しています。
だからそのことに気づかれている方もおられないのですが、
私にはその変化にはなにかの手応えを掴んでいます。

ただ、私自身にかかる肉体的な影響として。
不用意にいつもと違った筋肉の部分を使用しているわけではなく、
施術姿勢を変えてはいるのですが、
いつも以上に意識を精密化して操作するだけで、
まったく肉体にかかる負荷の様子が変わります。

今のままでは体がいきなりゴツくなりそうですし、
驚異的な眠気やだるさなどが襲ってくる。
足が攣りそうになったり、
腰がピキッとなってみたり、久々ですね。。。

本来は重心移動をたくみにして、
体全体の動作の一部としウエイトシフトから圧を作り出せなければならないものの。
足元がふにゃふにゃなベッドのためと足場にブロックがゴロゴロしているため困難。
そこをどのようにクリアできるものか。

いろいろとできるところの底上げを思案中です。


この肘の使い方を高いレベルで会得できなければ、
最近、研究中の「てい鍼」を持っても
自分が思うようには使いこなせないかもしれない。


それは私の勝手な思い込みかもしれませんが、
てい鍼づくりと同時並行的に、
それを使いこなせる体づくり。
そこに着手しています。




そんなこんなで。
最近では、お客様が「肘の使い方って?」などと、
禅問答的な話をさせていただくことが多くあって。


もちろん、
すでにこの部位に意識を落とし込めるレベルの方にだけ、
「そちらへ注目をしてください」と申し上げております。
部分的に参考になっていただける点を掴んでいただければという願いはあります。

ですがお客様にしてみれば「突然、そこか!?」

と、驚かれる方もいたでしょう。
ご迷惑をお掛けしているところです。

posted by スズキ at 12:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月04日

相手に送りし敬意が、やがて自分にかえってくるものなのです

昨日、施術をしていてお客様と話をしていたとき。

詳しい内容や背景はお話することはできませんので、
話がぼやけたところが多くて申し訳ない。。。



とあるボディワークのレクチャーを受けていた方が、
幾度かそちらの先生にお世話になっていたとき
先生からいわれた言葉がありました。

ぼかしていうと、
「あなたに私は関心がさほどないんですけどね」
ここまでは直接的な言葉ではありませんが、
意訳するとそうとも受け止められるのです。


その言葉からは、
どうも、習いに行っている自分に対して注意関心が薄く、
それは同時に人に対しての思いや敬意を失した感じです。

実際にそちらの先生を私は存じ上げませんし、
そちらの言葉を交わす流れの経緯まではわかりません。
ですからときとして、
多忙過ぎる日々を過ごされる過労の中、
気が緩みなにげにぽろっとでてきたことばで
先生には悪意がなかったのかもしれませんが。

たとえば施術家の先生でお忙しい人の多くは、
過労から体がきつくなって
心身ともに余裕をなくしている人も多いので、
魔が差したような人を傷つける言葉を言ってしまう人もいます。
後から考えると、心にもないことをいってしまった気持ちです。
心身がつらく頭が回らなくなって
感情も苦しみだすこともあります。


ケース・バイ・ケースですが
そのようなときもあったとしても、
事実としてこころ使いや配慮が欠けていることは確かです。

私がこちらのお客様の立場ならば、
「グサッ」と胸に刺さるでしょう。

実力があるボディワークの先生であっても、
感情的に二度とお世話になりたくはないと。
そう考えるでしょう。


「のだめカンタービレ」で、
千秋真一が指揮をして楽団員を指導という罵倒の言葉を浴びせていたとき、
シュトレーゼマンが「失格です!」といって、指揮を変わったとき。
楽団員のひとりひとりの様子を的確に観察し、
やさしく配慮した言葉でアドバイスを送る。


すると先ほどまで、
音がバラバラだったオケが、
まったく別のオケになったかのように鳴り出す。

いくら能力の優れたものであったとしても、
人への敬意を失うときに孤立から空回りへ。

これが先ほどまでのオケと同じオケなのか!?と、千秋真一が絶句して指揮者の役割を悟る。


海外へ指揮者として遠征して現地のオケとともに作品を創りだそうとするには、
人種も違うでしょうし信じる宗教も異なります。
そのようなものの気持ちをまとめて能力を発揮してもらうのも指揮者の役割です。

その人に対しての敬意を持ち、思うことで、
それが自分にもやがてかえってくるのです。




私はウエィウエィウーという二胡奏者のライブが好きで、
幾度か見に行きました。
実際に私がその方と言葉を交わしたのは、
初回のライブで帰り際にちょっとだけでしたが。
それでもライブ終わりの疲れた〜という感じも見せずに、
笑顔で接していただけました。

それだけではないようなウエィウエィウーさんの話で、
人に対しての敬意を持っておられるような話を又聞きし。

そこから太陽にも似た力が彼女のサウンドからでてくるものだと感じていました。

「のだめカンタービレ」のような物語だけではなくて、
現実の世界でもそのようなドラマが起きているんです。


・・・----------------------・・・


話がそれますが、
お客様のお一人に、新規で施術院を開設されようという方がおられまして。
先月から今月になると、もう、しっかり意中の物件を探しだしておられて。

がんばっておられますね! ^-^




施術院をあらたに開設する場合に。

私がときどき考えるところですが、
グッドロケーションとバットロケーション、のふたつがあります。

駅前一等地で人通りがよく、一階で店内が見えるようなグッドロケーション。
それに対して、
駅から徒歩30分で人通りが薄く気づいてもらえない、さらには古ぼけた家のバッドロケーション。

グッドロケーションの場所は、借りるにも賃料が高いが多くの集客が見込めますから。
継続的にやっていくには有利。

バッドロケーションの場所は、借りるには賃料は比較的安いが集客がしづらいため、
商いをするには難しいといわれています。

だからたいていはグッドロケーションの場を、
人の動きの動線を考慮しながら見つけだそうとします。

でも意外にセオリー無視でバッドロケーションで商いをしても、
十分に繁盛させているようなお店もあるようです。

固定費としての賃料が高ければ回転率を考慮する必要がでます。
これは必須ですから。

それが賃料が低いため、ひとりにかける時間を増やしてもいい。
それでも、やっていけるんですよね。


もし私が施術院をあらたに開設するのならば、、、
お客様が初回にとっつきやすいのはグッドロケーションですから、
飛び込みのお客様が多く期待する場合には、
そこが狙い目です。
やはり危うい橋を渡るのもしんどいのです。
それは骨身にしみて存じあげておりますし。 ^-^;

が、

もし、私がお客様として施術院を選ぶならば。。。
実際はどれだけ丁寧に体を観て直していけるかを期待するならば、
私は間違いなくバッドロケーションで長くやっていけているお店。
そこに目をつけます。
基本、グッドロケーションのお店は意図的にスルーする感じです。


・・・----------------------・・・


そういえば、
私がお知り合いになることができた美容室の方は、
人に対しての思いや思いやりや敬意の念がにじみ出ています。

それに「自力本願」で「自分のやるべき仕事」をきっちり努めておられます。
そのような人は他人が本人が黙っていても手助けしたくなってしまうのです。
そのときに他者への思いやりや敬意を持って接する心が磨かれていると上昇。
それが「他力本願」というようです。

自ら努めて才能や能力を備えて活動していくにしても、
「自力本願」で終わるのか「他力本願」まであゆまれるのか。

そこには幸せを感じる密度が変わってくることでしょう。

このような方は、グッドロケーションでもバッドロケーションでも、
さほど違いなくお客様が足を運ぶような縁が広がっていきますので。

商いを行う際には、手本にしたいと感じます。


・・・----------------------・・・


人に対する接し方も
表面上のビジネスライクなメッキ仕様だったり、
心底そう感じている本物だったり。
またはそれぞれ使い分けていたり。

一様なものではありませんし、
敬意を払うことや表することなども、
一朝一夕で、身になるものでもありません。

お客様に接するとき、
または平素の人に接するとき。

そこが修行道場だと心得て、自分を磨いていくことですよね。
posted by スズキ at 10:50| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月03日

昨日、大井町のロフトで気になったツボ押しグッズ ^-^;




ツボギュット モカ


サンプルが店頭に置いてあり手にしてみると、
軽く持てばしっかりと力が出る設計に、脱帽。
とってもバリアフリーなツボ押しグッズです。

TSU-BO PILLOW/ツボ・ピロー ブラック


こちらはサンプルが置いてなかったんですが、
この独特のフォルムに、気になった感じです。

「新スタイルのツボ押しルール しっかりと満足できる使用感に加え、様々な使い方が楽しめます。 」
とのことでした。


靴の中敷きのメーカーが作った、
マッサージグッズの力作ですね。

上記のふたつのグッズ。
買うか迷ったんですが、
買わずに帰ってきました。 ^-^;

でも、、、そのうち、気になって購入するかもしれません。

posted by スズキ at 03:42| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする