2017年08月14日

脳は生き残りのために活躍する

先だって、ブログに取り上げさせていただきましたZ-health。

脳機能特性をというところを細かく専門用語を並べて語るも、
施術者仲間からはピンと来ないというつれない反応でした。 ^-^;

私自身、脳機能の特性をというところでは、
フェルデンクライスメソッドの脳のプログラミングを押すボディワークや
アプライド・キネシオロジー等の神経系を通じた施術を学んできたおかげで、
その魅力を感じているのですが、
脳機能のレンズを通して動きを変えるというアプローチを
どういうものかということを伝えることまでは思いが至りません。

相当に解剖生理学的視野がなければ、語ることができないのです。
残念ながら、私にはそこが十分ではありません。



とりあえずZ-healthとはイメージが異なりますが、
私の言葉でどのように脳と動きとの関係性を見ているのかを語りたいと思います。
m__m



5分の使い方で人生は変わる

こちらの本を読んでいたら、
興味深いエピソードが紹介されていた。

この本の著者の小山氏。
若かりしときに事業で失敗して路上生活をしたことがあるそうです。
そのときの体験。

今日明日を生きるために食事を手に入れるなどのことが関心事となり、
早々に自身の身を清潔にすることは忘れてしまっていました。
公園の水道で体を洗うこともできたはずですが、
脳はすでに体を清潔に保たなくても生きていけることを知り、
そちらへ関心を保つ必要がなくなっていった。

生き残るためには、
身奇麗にするより
他に緊急で必要なことがある。
だったら、そちらへと関心を寄せて対処していったほうがいい。

すると脳はいつしか風呂に入らなくても平気になってくるどころか、
風呂にはいることが億劫どころか苦痛に思えるようになってしまう。



今の自分にとって大事なものは何かを脳は基準を設け判断している。



そしてそのフィルターから、
今を生き残ることが大事だ。

生き残るために優先順位が低いことに関心を寄せることは、
ネガティブな結果の訪れへと近づいたことと本能的に悟り、
そうするのに抵抗しようとブレーキを踏む行動に出ていく。

人に対して未来に向けて何かをおこなうことの大切さを説くこともできるが、
現状の土台が崩れそうであれば、
脳は躊躇なくブレーキを踏む。


このような脳の生存確保のための機能があることを、
念頭にいれて行動をつくり上げるようにしているでしょうか。

現状の差し迫った二者択一の選択肢があるならば、
基本安全策を選択するようにできているものです。



たとえばですが。。。
体の使い方について学んだ時のこと。

写真に立位姿勢を撮影してビフォア・アフターを客観視した。
立つという体の使い方を新たに学んだときのリアクションで、
「これは、画期的な身体機能を活用できる所作ですね!」
と満面の笑みを浮かべたとしましょう。


それは他者から得たアドバイスを元に、
自分で動きを試行した結果に得られた戦利品のようなものです。

ですが今までの自身が繰り返してきた姿勢。
それも、体の歪みを人は誰しも持っている。
その歪みを強力に補正するよう工夫を重ね続けて得た姿勢です。

ビフォア・アフターのビフォアの姿勢が
即座に過去のものとして葬られるものでしょうか?


それは、難しいものだということは察することができるでしょう。

いったん骨盤部分が無意識のうちに左右どちらかか両方かの腸骨が前傾しだしたなどの歪みが生じれば、
相当な質の良いエクササイズを取り入れていたり、
身体感覚に鋭敏でかつ骨格でバランスを再構成する感覚に優れた者以外は、
気づかないうちに歪みを残したまま体の傾斜をただ支えるというだけの補正で対処するようになります。

それはどういうことかといえば、
たとえば家の土台が軟弱だったり老朽化した立て付けが悪い家であったりすれば、
傾斜しだすこともあるでしょう。
とりあえずあなたならば家が傾斜しだしたらどうしますか?
私ならば、倒壊を免れるために有無も言わさぬうちに血相を変えてつっかえ棒を探し出しますね。
悠長に「あぁ〜、家が傾いて倒れていくぅ」と眺めているようなことはしません。

つねに倒壊の恐れを感じ続けているのです。
それが歪んだ状態の骨格を持っているということなのです。

今も刻々と歪みの状態は新たな局面をむかえるよう変化が続き、
新たな支え棒を必要としているのです。

歪みが歪みを呼び込みさらに複雑な筋骨格系のアンバランス方向へ向かいだして、
現状維持をすることが困難になる仕組みです。

回り始めたマイナスのスパイラルが広がるにしても、
それはしかたがないのです。

運動系の身体操作という野生で生き残るには緊急かつ必須の事項だと、
私たちの本能、そして脳が高い優先順位だとして判断していますから。


体のバランスを根本的かつ深刻に見失ったようなときには、
相当念入りに体の傾斜が複雑に生じてそれを支え続ける体になっています。
一度、そこにまで達すると、自力で体の歪みを改善させて体調を良化させることが難しくなってきます。
自分の脳が良かれと判断して、
傾斜した体を支え続けるための部材をしこりとして用意する緊急避難的措置を行うのですから。

その脳の得た生存確保の基準は相当に高いものですから、
その高さを超えるものは容易には現れることはないはず。。。

ただ、、、
本当の体の理想形は、
体の深部にしこりを配置させて歪みを補正する状態ではありません。
不用意なしこりをはびこらせれば、多くのデメリットが生じます。
関節の可動域を減少させていき、
体内の体液の流動性を停滞させたり、
神経を圧迫させたり内臓諸器官に負担を強いてみたり。。。

ですが、それらが生じてしまったとしても、
体が支えを失って傾斜し動けなくなるより、
ずっとマシな快適な状況なのです。

そのことを把握しておけば、
なぜ、自分が新たな体の使い方を覚えようと、
何十回も何百回も慣れるまで体にいいというエクササイズをしてみても、
思うように改善できないのか?

その理由がわかってくるでしょう。


たとえば、私が自分自身によくやる手ですが、
身体操作上の不備や未熟を感じた部分を得て、
新たな身体操作法を身につけるようなときは。

自力で体の動きを紙に図示したりメンタルビジョンにシミュレートさせていきます。
徹底的に繰り返しアイデアを出し、
そのアイデアに加筆訂正を加えて、
最終的な見方を深めていきます。

そのような絵を脳内に腑に落ちるまで描ききるだけです。

そして「新たなイメージ通り動くのが当然だ」と感じ始めれば。
つまり生き残るためにはこちらの身体操作にすべきだと感じた。
すると、すでに脳内の身体操作ビジョンの基準は
過去のものから新たなものへと書き換えられていくのでしょう。

その場合には、不思議に思われますが、
体は勝手に新たなビジョン通りに動き、
練習などは一切不要ですね。
新たなビジョンに印象の楔が深く突き刺されば、
過去の不適切な身体操作には逆行することはない。


身体操作方法を教えてくれる先生や師範のような他者から教えられたことは、
先生が言わんとしている言葉が伝わるかどうかの適切さは一般的に十分でも、
先生と生徒が共通言語で話ができていないときも多い。
先生の言葉は意味内容は簡略化されていたり、
ねじ曲がっていることが多いように思います。
それ以前に、先生が説明をしても身体操作上、
体ができていない人には、
自身の体で容易に言われたことは再現できず。
そんな自身にフィットせぬものなどが容易に脳のなかで取り入れるべき優先順位が高いものとして、
慣れ親しんだ以前の身体操作法を捨ててしまうようなことは起こりはしないのです。
そのような点を理解することができていれば、
本当に身につけるべきものかどうかを判断を


結果として腑に落ちてはいませんから、
脳内ではそれに魅力を感じきれません。

先生の解説等を元にして内容を咀嚼しないかぎりは
自分のものにしたくもないよそ者の不自由なツールでしかないのです。
脳内にある過去の動きの基準を引き下ろすべきだという信念は芽生えていないならば、
一時的には講習会等で得た動きができていたとしても、
やがて過去の動き方に舞い戻るでしょう。

実際のところ、
新たな動き方へ変化させるという場合には不測の事態に陥り、
ダメージを身体へ与えるリスクが想像以上に大きくあるものです。
そのようなリスクテイクを無計画で不用意にしていくならば、
早々にミスの連続が祟ります。
そこへの対処法や改善法を熟知しておらねば、
体は崩壊した状態へ流れ着くでしょう。

そのようなリスクテイクを、脳は好まずに、
今までの生き抜けてきた実績のある過去の使い方に固執する。
それが得策と考えているのです。


動き方を改善させるという内容は以上のような性質があるようです。


ただ逆に考えれば、脳の特性をよく把握していけば、
脳に気に入られる手順や手はずで、
うまく改善させるプログラムを書き込むことができるものですよね。


そのように考えてみると、
脳機能を把握して作り上げていくムーブメントアプローチは、
魅力的なものにもなりそうですね。
posted by スズキ at 09:34| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月11日

あなたは ”Z-health” って、ご存知でしょうか? ^-^



以前に何度かメールのやり取りをさせていただいた男性で、
お試しのセッションを受けていただいたことがあります。
私が彼にお会いした際、真剣に自身の身体操作について考え学ぼうと努めておられる好青年だな!と。
そのような印象を持ちました。


宮崎北斗さん。
騎手をなさっておられます。

先日、Z-healthという実に興味深い脳機能面から身体操作の理想化をはかるという、
画期的なボディワークの指導、
そして将来的には施術を含めたアプローチをなさる技術を学びにいかれたとのこと。

それでもって、現在は騎手というハードな仕事をなさりながら、
Z-health の個人セッションの受付もしておられ多忙に活躍中。


宮崎さんのホームページ
不調を改善・人体のポテンシャルを最大限に引き出す探求BODY DISCOVERY
http://hktmyzk.tokyo



ここで。
Z-health」とはなんぞや?!


Z-health について、
Z-health オフィシャルホームページ http://zhealtheducation.com/ 
やYouTube映像などにより情報を探せばいくつか見つかりましたが
言語が英語でしっかりと内容を理解するには及ばず。。。

だから私には宮崎さんのZ-healthについて語るホームページ内の解説が貴重な情報源です。


あとは先日、宮崎さんからは、丁寧にメールで Z-health の専門的な概念を含んだ説明を受けました。

宮崎さんが語る Z-health とは
「脳神経のレンズで身体を見るから、問題の本質と解決策が見える」という
脳機能特性を積極的に捉える視点で身体操作等の改善を図るという考え方をもっておられるそうです。

これは日本に近々受け入れられてほしいコンセプトです。

私は宮崎さんから教えて頂くまでは Z-health の存在を知りませんでしたが、
「私自身もいつかそのセッションを体験してみたい」という気にさせられる内容です。


ただ私の知人(施術者)に宮崎さんがメールで知らせてくれた専門的な脳神経のレンズについて
概要を述べられた文章のままを告げたところ、
脳機能面へのアプローチによる人体の変化について存じあげなかったとのことで、
脳が動きを記録しているし導いているものだから、
その動き方の手続きを脳に認識しやすく更新させるやり方があるんだといってみても、
ほとんどピンと来ない様子でした。
目が点状態でした。


先日私が宮崎さんへのメールで
「私のブログで宮崎さんの活動を紹介させてくださいね」とお願いさせていただきました。
ですが、私の知人の施術者が理解が容易ではない様子でしたから
なかなかどうやって伝えればいいのかを考えあぐねておりました。

私が言葉足らずでZ-healthについて語れば、
ネット上でそれについての誤解を植え付ける発生源になるというのもよくありません。

それよりもお読みいただけた方々に、
Z-healthについて親しみを感じていただけるのが真っ先に必要だろうと思います。
前向きな興味を持っていただけることが大事だと思うので。


すると、今日、気づいたのですが・・・。

ネット上に、
宮崎さんが“z-health”について取り組まれた経緯等が紹介されているページがあるではないですか!

こちらを紹介させていただければ、
難しい表現もなく親しみやすいため一般の方にもイメージしやすい内容で、
ちょうどいいんじゃないかなと感じました。

これから、もしかしたら日本で広がる可能性が大いにある“z-health”だと思います。
ご興味がわきましたら、ぜひ、下記ページをご覧ください! ^-^


宮崎北斗騎手(1)『サッカー界でも話題“z-health”を習得しに渡米』

http://news.netkeiba.com/?pid=column_view&cid=37120





最後に、私個人の願いとして。
すばらしいポテンシャルを秘めたワークセッションも、
実際に受けていただける人の体験を通してのみ、
価値は現れて、それが人へも語り継がれるというもの。

ぜひとも宮崎さんに、時間の許す限り個人セッションの指導者として、
多くの方々に関わっていただいて広めていってほしいと思う次第です。 ^-^




2017年9月6日追加

以下にYouTubeにアップされている、解説映像を貼り付けておきますね。
手書きで絵を描きつつ解説をする手法が目を引きます。


Z-Health and Neurology 101
posted by スズキ at 04:09| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月08日

真の知への探求は、まず自分が無知であることを知ることから始める

先日、メールで問い合わせをしてくれたお客様とのやり取りのなかで。。。

(お客様からの文章を一部抜粋させていただきました)

> ちなみにコーチングは私も興味があって、
> 宮越大樹さんの動画など観て、いつか教わりたいなぁ、などと思っています。
> 原因論より目的論。ただ真理は何事も万事共通するものと思ってますが、
> 整体や病気治療に関しては本当の原因を取り除かない限り治らないですよね。
> ただもしかすると病も気の持ちようで、目的論で前向きになれれば、
> 病も自然治癒する可能性が高くなるのかも知れませんが、
> 不治の病などはやはり原因が無くならない限りは無理なのでは?などと考えたりします。
> 両方の考え方を自在に使い分けられたら、理想的なんだろうな〜と、思うこの頃です(^^

私も同感です。
目的論的にみるか、原因論的に観るか。
バランス感覚が必要だと私も思います!

そのバランス感覚がすばらしいほど、
失敗してもくじけず、
成功してもおごらず。
病というなかからも、
自身の人生にとっての意味、意義を見つけようとする人になれるのだと感じました。


去年、コーチングを勉強してみて。

やはり、自分で自分におこなうセルフコーチングと、
最高にハッピーなコーチとおこなうコーチングでは、
大きな違いがあるなと実感しました。


コーチとしてクライアントに必要な傾聴し質問する姿勢とは。
「勝手に、わかったつもりにならないこと」でした。

つまり
【 真の知への探求は、まず自分が無知であることを知ることから始める 】
ということなんですよね。



真の知への探求をするときのワクワク感やドキドキ感が大事なんですね。

誤解を避けるのは難しいのですが、
「勝手に、わかったつもりになって話をしていると、話が噛み合わなくなる」のです。
そのような益のないセッションをしていては、
継続するコーチングセッションの依頼はいただけるわけはないんです。



たとえば、
コーチがクライアントとコーチングセッションを進めるとき。

クライアントが出したお題が「英語が話せるようになりたい」だったとしましょう。

コーチが、瞬間的に自分が英会話が得意だったとします。
するとうかつにも、コーチングをしている立場を忘れた。

「クライアントは、英語を話せなくて困っているんだな。
じゃあ、私が知っている英語を学ぶためのノウハウを教えてあげよう。」

というのでいいのでしょうか?

よーく考えてもらえればわかるのだが、
コーチに英語の学び方を教わりにいくよりも、
英会話スクールにでかけたほうがいいはずでしょう。
コーチが見当違いな方向へとミス・リードしている。

ついコーチング初心者はやりがちな相談を受けた人モードなんですよね。

コーチングを学んだものならば、
どこが変だかわかるでしょう。


まずは、
コーチは、クライアントがなんとなくの思いつきで述べたテーマなのか、
それとも英会話をせねばならない深い理由があるのか、
見極めたいんですね。

だから、いいます。
「えっ、どうして英会話の勉強したいの?その背景を、ちょっと教えてくれないかな」
と質問を送り詳細を教えてもらおうとします。

すると

「就職するにも英会話が必要だし・・・海外旅行でも・・・」
という常識的な視点で述べた答だったら、

「就職するのには英会話だけスキルを磨けばいいわけじゃないんじゃないの?
それなのに、なぜ、英会話押しなんだろう?
比べるのも変だけど、
英会話で海外の人と話せている自分を想像したのと、
志望した就職先に入社して活躍している自分を想像してみて、
どちらが、より、うれしくなるだろう?」

「あっ、英会話で海外の人と話をするのなんかよりも、
就職先の確保のほうが就活中の私には必要ですね!」

「英会話も就活もどちらもあなたにとって大事なことだと思います。
だからあなたはこのまま英会話で話をしていくこともできますし、
就活をテーマとして再設定することもできます。どうだろう?」

すると、すかさず、
「今は就活を先に、
これからどうしていけばいいかを整理する時間にコーチングの時間をつかわせてください」


そのように、テーマが変わっていくことも多いのです。

コーチの側から、
クライアントが関心を持っているものってなにかを知りたいというオーラを出し、
クライアントの関心事に関心を真剣に持ち続けて質問をしていく。
そのような姿勢でコーチが関わろうとするときに、
クライアントの頭は自問自答を深め内観していくのです。

それもこれも、もしコーチがクライアントが英会話を学びたい人だと、
いわれた通りの言葉をわかったつもりになって反応しているならば。
それはクライアントという一人の思考パターン内の発想で生まれる
自分なりのテーマ設定という限度枠を超えることができないままです。

だってそうじゃないですか。
自分で、もう英会話が大事だと信じて、
そこの学習に花丸マークをつけたとき、
他のさらに大事なことが影に隠されて見つからなくなってしまったのですから!
英会話に自身の脳がフル回転させてしまうなら、他のことは見えなくなってしまいます。

そのままでいいんですか?


それがコーチという別人格の思考パターンを持ったものが関わることで、
「あなたにとって必要なこととは?」
「あなたが制約がなければしてみたいこととは?」
という質問を繰り返されて畳み掛けられていく。

そう問われるうちに
今まで考えていた大切なものの存在がゆらぎだし、
さらに真に迫った大切なものがあらわれてきます。

「あっ、そういえば、
英会話をマスターしていない人も就活で生き残っているし、
英会話をマスターしていても就活で失敗してる先輩だっていたし。。。
だったら、英会話をキーにして、いま、そこに時間を使う時期じゃないよな。。。」
と、自らさらに本質をついた自問自答を繰り返す間(ま;時間)が大事なのです。


綺麗な井戸水を手に入れるには、
浅い地層では濁り水が出てしまう。
ならばさらに下まで深く深く掘り進めていくことが大事なんだといいます。
すると、こんなに深く掘ったのに綺麗な水が出てくれないなんてと諦めようとした次の瞬間。
その最後の一回の掘り起こしをしたときに、
偶然というよりもそれは必然に近い水が湧いて出てくるものです。


クライアントには、そこで変化を受け入れ始めていきます。
コーチが関わりそんなセッションを繰り返し受けていくと、
コーチング的な思考法が身についてくるようになってくる。

いつもの自分だったら当然のように英会話に貴重な時間を突っ込んでいって、
それがまったくもって正しいことだと信じて疑わなかったかもしれない。
それで紆余曲折で波乱があったとしても、やったことは無駄じゃないと、
そう考えてこれたと思う。

ですが自分が選択したテーマ設定自体を変えてもいいなんて。
見方をマクロからミクロへと交互に幾度も変えていくなんて。

そうやっていくうちに、明らかに先程までのテーマとは違う、
さらに自分が望む未来を得るためのプランを探し当てるなど、
考えてもいなかった。
モチベーションを上げていくには、
ステートメントをよろしくテンションを上げて、
とにかく一度設定した目標を変えずにやり抜け。
そう考えていたが、、、。
はたして、それがベストなアイデアであったか疑わしい。

テーマなんて自分が日々成長していく過程でいくらだって変わるのが当然で、
変わらないままでいるほうがおかしいというのなんていわれるなんて思わなかったし。。。

人の脳の特性として、
自分の世界に入っているとき。
その枠組から外にでられない。
それは他に必要なものが目に入っていても、
脳がそれを除外して興味関心をひかないようにして目的物だけに注意を向けだすので。


クライアントの、真の関心事について、私も知りたい。


・・・ですが、決して多くはありませんが、
一筋縄ではいかないこともでてきます。


得にはコーチとクライアントとの相性はシビアです。

相性があわないのに継続してセッションをするのは、
結果として嫌な後味の悪い経験を残して終わります。

そのような恐れがあるなと感じたときには、
どうすればいいでしょう?


クライアントとコーチは、
大人と大人が対等に礼節を持って協力的にひとつの目的目指して進むものです。
いわば横目線での対等な関係。
ただし互いの非の打ち所なしという聖人でもないのですから。
なかなかつかず離れずというときもあるのですが、
コーチからもセッションを断ることもでてきます。

クライアントがコーチに次のセッションを受けないと決める権利があるのと同様に、
コーチにもクライアントに次のセッションを提供しない権利があるのですから。

つまり対人関係は、人の成長を促進させる最大の起爆剤にもなりますが、
同時に対人関係は、人の人生を狂わせてしまう原因にもなりかねません。


前者のようなコーチとクライアントが共に成長できる組み合わせのとき。
そのときはコーチがいてくれて、自分一人でいくよりも良かったと思う。
そのような同行二人と呼べるような友として、コーチを雇う人がいます。

後者のような関係を無理して続けても仕方がありません。
自身が反省すべき点は猛反省することになるでしょう。
二度目は同じミスはしないから許して下さいねと心で謝罪しつつ、次に進みます。

そして相性のいいベストパートナーといえるほどのクライアントを、
こちらから動いて必死に出会うよう努力し続けるのです。


それもこれも、始まりは、
【 真の知への探求は、まず自分が無知であることを知ることから始める 】
という姿勢で質問をするから、信頼関係が築けるのですね。

ゼロベースで相手の話を聞くこと自体、
やってみれば相当な心的な余裕やゆとりがなければできるものじゃありません!
そこには傾聴する訓練も必要になるでしょう。。。
コーチングのシーン以外でも、私はこのような起点から話を組み立てて話すべきかなと。
なかなかできませんが、努力はしていこうと思います。 ^-^


私はコーチングの思考で体の状態が思わしくない状況でもがんばっておられるお客様のサポートができれば。
そのように考えて取り組んできました。
人は自分の内側にある勇気にさらに火をつけるような発見があるとき、
不思議なほど、他の人とは違った体の改善スピードを見せることもあります。
自分の人生のつらい側面にばかりスポットライトを当てて拡大する気持ちは、
私も、少なからずわかりますから。。。

これからのクライアントの生きた証の自分史を描く際に、
少しずつでも明るい側面を共にみつけ拡張していこうと約束するようなコーチがいる。
そのような存在でいられるならば、どんなにこの仕事にやりがいを感じられるでしょう。

それに対して、今すぐの成果はでないと思います。
まだまだ人間として磨かなければならないところが多くありますから。
ですが一年、または三年も経つ頃には、コーチングスキルが身について、
その先の何かを見つけられればうれしいですね。

そのようなことを思うこの頃です。
posted by スズキ at 04:12| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月06日

もしも、、、金製の自作てい鍼を造ったとしたら、どうなっていた?

昨日、施術をさせていただいたのが鍼灸師さん。

そこで「てい鍼」の話をしていたときのこと。

金属内には自由電子がたくさんあるのでして、
それら電子は、金属内を自由に動き回っています。
その様な金属に電圧を掛けると自由電子の向きが電圧を掛けた方向に綺麗に揃って金属内を電流が流れだす。

そういった特性を持っているわけで、
てい鍼では金属棒を太さを違えた太い方と細い方の2極をもたせています。
そうすることで、
太い方から細い方へと自由電子の流れは起こりやすいというのも金属の持つ特性としてありますので。

金属内部にある自由電子の流れの向きを太い方から細い方へと電流として流れるものです。
そちらを応用しているツールがてい鍼なんですよね!

細い方を当てれば自由電子は磁力的な特性を併せ持ちつつ
体内へと渡り自由電子のエネルギーが渡されていきます。
エネルギーのやりとりの補瀉のうちのエネルギーを補う
補瀉の補の力を発揮します。

太い方を当てれば自由電子は磁力的な特性を併せ持ちつつ
過剰になった体内の自由電子のエネルギーを捨てることへ。
エネルギーのやりとりの補瀉のうちのエネルギーを瀉する、
補瀉の瀉の力を発揮します。



そして、そして。

金属内部に流れる自由電子の様子は、
金属ごとに異なってくるのですよね。

私の自作てい鍼は真鍮の丸棒を削りだしたもので、
真鍮製」です。

ただ真鍮よりも、
純銀のほうが電流の流れがいい。
それにも増して、
純金のほうが電流の流れはもっといい!

ゴールド、金、それも純銀が金属のなかで一番、電流がよく流れるのですよね。
それもあって治療師でてい鍼を用いるものは、本格的な人ほど金製を持ちます。

ちなみに電圧をかけたときに電流が流れるわけですが、
その電圧を誰がどのようにかけているものなのかです。

そこには施術者ごとに、てい鍼を使うと成果が異なる。
それに起因する理由は、施術者の人体の気と呼ばれるようなエネルギーを使っているのかと。
てい鍼内部の自由電子の動きを一定に流す電流を方向づけるための電圧が施術者の肉体由来。
私は判断するわけです。
そこがてい鍼をてい鍼たらしめるエンジン部分です。
(ちなみに、もし電流の流れは、電気的なエネルギーの高いところから低いところへ、送られていく・・・)


だからちょっとふつうの金属の棒なら生じることがない不思議なことも起こることも。。。

それが、軽くこするだけで、患者の患部の神経組織が炎症を持っている部分に電子が流れ、
不思議なほどの痛みがでていくということで、体内の問題箇所が浮き彫りになってしまいます。

ちょうどそこで起きているものは
「邪気論」や「体性感情解放法(ソマトエモーショナルリリース)」などの本のイラストにあるような、
エネルギーが流れることができなくなって膿がたまるような状態で内在し続けるままになって、
その周囲にも悪影響を与えているものの存在を感じ取れるのはありがたいものだと、
私は実感できています。

それは私が想像した以上に、自作てい鍼でその部分の内在した部分への解放をおこなわせていただいたとき。
すでに体の状態がかなり底上げされて完成度が上がっている方々がメインだとは思うが、
今までの私の施術ではどう逆立ちしても届かなかったところの成果が、
それぞれのお客様に現れてきたことから前向きに真鍮の丸棒を削った成果が出てよかったと思う。

真鍮の丸棒は、思った以上に硬かった。
直径が1センチほどの細いものは、
そこそこ楽に削り成形できました。

ですが2センチを超える太さがあるものを5本ほど削った。
鉄のヤスリでひたすら削るときには、
削っているうちに体のこわばりは末期的にカチカチになる。

上記のような自由電子のやり取りが起これば何か見て取れる成果が生じるはずだろうと、
淡い期待をするものの、そんなこととなる確証はなくて。。。
それはもともと私が今利用している自作てい鍼ほどの太さを持つものが市販されてはいないようで、
自身で削りださなければならなかった。

ほんとうに、私は夢でも自作てい鍼を手にする印象を受けて、
それはもう、作るしかないと腹をくくったのですが。
そこで見たほどのことが起きると想像するのも不安でしたが。

で、金製の自作てい鍼はコスト的に、
一本の直径2.5センチ☓長さ10センチの金の丸棒は50万近くするようで、
もし仮にこれを自身の手でこさえて施術で使いこなせるならば、
現状の真鍮製のものよりも成果は飛躍するだろうと想像できた。



だが、そのときに昨日のお客様の鍼灸師さんが、教えてくれた。

金製のてい鍼を使う人は、特別と呼べるほど施術者自身のエネルギーを消耗して、
それはもう、、、他の金属製とは別格で、大変な、気の消耗となるという。
ここではいえませんが、そのために、
私も驚いた「えぇ!!それって、本当にそんな対策の仕方があるのか!!!」という、
想像だにしなかったやり方で対処している鍼灸師がいるのだと聞いた。
それの内容でなおさらどれほどの心身のエネルギーが金製てい鍼で消耗がなされるか、
直感することもできて、正直、芯から背筋が凍りついた思いをしました。


施術者が気を使い電圧を生じさせて金の内部の自由電子を方向づけさせて電流を流す際に、
多くの気を使い流すことになる。
それにより施術者は強烈な気枯れ状態を受けるのでしょうか。
私は個人的にそのような印象を身を持って感じています。

確かに、電流の流れが金製であればベストということは、
そうなるというのも、一歩引いて見通せばそうなるだろう。
金製を用いればそうなるのではないかとは感じてもいたが。。。


だが迂闊にも、純金という金には特別な潜在する力が作用していて、
施術者にもクライアントにも両者とも金を介してしあわせになると。
柄にもなく、勝手な論理を超えた希望的な見方をしていたことに気づいた。


それが鍼灸師さんは、経験則的にも、またはご友人の同業からの知恵や情報からも、
金製のてい鍼を使うと施術者の体が来がれ状態になるのは当然だと教えてくれた。
さすが専門家のなかでは実質重視の知識が隠されているものだと驚きました。



真鍮製の自作てい鍼で、対策が必要になっていたほど気枯れが身におきていたので、
それが金製になれば、逃れられるんじゃないかと漠然と思えていたのが愚かしい。。。

まずは真鍮製の自作てい鍼を余裕を持って使いこなせるノウハウを得られなければ、
金製の自作てい鍼は私は手を出す時期じゃないといえるだろう。

もしも私がお金持ちで200万円ほどで金の丸棒を用意して
金製自作てい鍼を造っていたらどうなっていたことだろう。。。

それほどの経済的余裕がなくて、救われたような気持ちだ。 ^-^


金製の自作てい鍼は、費用的に私の収入では現実的ではないが、
純銀の自作てい鍼は、どうにかつくれるんじゃなかろうかと、
お客様の鍼灸師さんがアドバイスをしてくれている。

この純銀で制作をするというのでも数十万ほどかけることになるが、
こちらならば清水の舞台から飛び降りたつもりでいけば、
独創的なさらに自由電子を司る力を秘めたツールが手に入るということになるだろう。
かなり画期的な使い勝手の良さで、施術のやり方を一変させる力を秘めていると思う。

そこには、正直に言えば、関心があります。

まずは真鍮製の自作てい鍼で気枯れを解消させるノウハウを積まれたときには、
手を出せれば面白いですね。
posted by スズキ at 22:07| Comment(0) | 施術研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

他動的な助けを借りて、体幹に接する筋肉から手足を動かして、脳内手続き記憶を構築しよう!

腕を動かすには、どこの筋肉を動かそうか?

デスクワークを長時間なさっておられると、
姿勢よく直立不動で胴体をキープできるかといえば、
そうもなかなかいかないものです。

だんだんと、肩が前へ、上へと移行して、
いつしか腕と胸の前側の付け根が詰まり始めます。

この姿勢は呼吸をするにも浅い呼吸しかできない。
いわば、不良姿勢の典型として呼ばれるものです。

ならば肩が前に回りこんで肩甲骨と肋骨の間が窮屈になっている状態を
うまくリセットするにはどうすればいいのか?

肩を意識的に後ろへと引いて持って行こうとするのがいいのだろうか?
でも、それを実際にやってみたところで、
そのようにする意識が薄れた瞬間に、
先程までの肩が前に回りこんだ位置に毎度のように舞い戻るように見える。。。

では、では。。。
そんな、強烈な肩が前に行こうとするパターンを打ち破るには、
必要に迫られてどのような新たな操作パターンを入れていけばいいのだろう。


最近、数名のお客様にトライしてみていただいているのは、
肩甲骨と胸椎を結ぶ菱形筋という筋肉や腕と中部下部脊椎を結ぶ広背筋の筋肉を、
リズミカルに施術者の私がお客様の体に触れて、
背骨の方へ筋肉が縮む方向へ他動的に縮める動作を、
30回ほど繰り返していくというやり方をしてます。
私がお客様の菱形筋を縮めていくときに「ここ!こんな感じに縮めて!」「ここ、縮めて!」
などと必ず声掛けをしていきます。
そこ、ひじょうに重要な脳への再プログラミングをする際のポイントとなりますので。

わりとやってみると、いつも使っていなかったなぁという感じになっていれば、
他動的に動かされるという補助がツイているのにもかかわらず、
真面目にやってみると結構疲れるものです。 ^-^



今日、施術をお受けいただいたお客様には鍼灸師の免許ホルダーの方がおられ、
自身も体を意識的に巧みに操作を加え鍛えておられる方です。

お客様の右側の菱形筋を私が背後で縮める動作をすれば、
胸の前で菱形筋に前後で拮抗するような位置にある大胸筋を
伸びやかに伸長させればいいとわかってくれていました。

菱形筋が縮み肩甲骨が背骨の方に近づいた次の筋肉の動きは大胸筋の伸張へとつながっていく。

そうやって体の前後が連携して動くときに、
肩を動かす感覚で肩を使うのではなく、
胸や背中の筋を伸長させたり収縮させることが腕や肩を力ませずに動かす動作になるのだと気づきます。
腕や肩で動かそうとする動きは、
体幹に通じる筋肉の動作が無視されて腕や肩を動かそうとなさられる場合が多く、
そうなると末端から先に動かすという窮屈で呼吸を奪う動きに必ずなってしまう。

そんなことを理解するのにも、
しっかりと菱形筋から動き出しを創って、
その動きがどのように周囲の動きに連動されてゆくのかを観察するのは有意義なことだといえるでしょう。


その動きをやる際に重要であるのは、
頭部の位置が、しっかり胸鎖乳突筋の筋交いの筋肉の浮き上がりが出るところへ持っていくこと。
それができる立ち方がかなえられている人でなければ、
うまくこの操作ができてこないのです。

しっかりと体幹を先行して整えられた状態である方に対して頭の位置を正して、
この動きのトレーニングをさせていただくとやり方の要領が見えてくるのです。



ちなみに、菱形筋を縮める操作と大胸筋を肩側へ向けて伸ばす操作は、
ほぼ同時に動いているように見えたり感じたりしやすいのだが、
同時に動かす意識は、非常に良くないと思います。

同時に動かそうと幾本もの筋を捌くと、
たとえ拮抗している筋肉でさえ、
一本ごとの筋パワーの発揮が感覚的に十分操れない状態に終止してしまう。
特に、最初に新しい筋肉の操作を練習して覚えようとするときには、
一つの筋肉を取り上げてどのような動きをもって最良となるかを割り出し経験させ、
次の連携している筋肉へ、同様に筋肉の操作手順を練磨させていく。
それを連続しておこなうようにしていけば、
最後にはそれらの筋肉を連綿と連続して動かしても1つずつの筋肉の機能が他の筋肉にぶつかって、
フリーズするようなことがなく力を発揮させることができるようになります。

一時期に、一筋肉を操作の限度とする。
ということを合気柔術の先生から教わったことがあります。
やってみると、まことに、そのとおりだと頷くところです。

筋肉は、同時に幾つかの筋肉を意識して操作するのが苦手で、
1つずつ順繰りに動かすようにできている。
それぞれの筋肉の操作性を最大化しパワーも必要十分量を確保するのが上等とされるので。
その動作の連携が非常にスムースに進行するとは、
次の筋肉から次の筋肉、そしてまた次の筋肉へと動きの連携が1/10秒以下で切り替わっていくと、
ほぼほぼ同時に動かしているように外見上は見えてしまっている。

だが実際は、自身の意識では、
いつでも、一つの筋肉を動かしたら次に行って、を繰り返しているに過ぎない。

そのようなことも重要ですよね。


あとは鍼灸師のお客様には、もうちょっとだけ無茶ぶりで菱形筋や広背筋の筋肉を
上中下の3つのパートに分割してそれぞれのパートごとに動きを作り出して、
その動きの違いを感じ取ろうと言うことも。。。 ^-^

なかなか、どうして、早々にその要領もつかんでおられる様子でした。


あとは、同様に足を動かすときに、
腕に対して広背筋の操作に似ているのが、足の大腰筋。
腕に対して菱形筋の操作に似ているのが、臀部の股関節周りの外旋六筋。

足のほうは腕と比べればずっと操作が感覚的にやっかいなものですが、
同様に他動的に動かして動きの正確な流れを把握していただきました。

足のほうはなかなかできているかどうかが不安になるところですが、
まずは大体の筋の起始と終点と機能の方を把握しておいて、
それに即した動きをイメージしてやっていくことで、
およその正解に近いところがでてくるのかもしれないです。
ただ、、、脚部の外旋六筋の操作が、、、かなり難しい。 ^-^;

相当な運動操作性を誇る方々でもない限りは、
ピンとくる人はいないと思いますので、
ここは感覚先行型で動きを作り出すよりも、
イメージでどうなるのかを分析的にみていく。

まぁ、、、他動的に私が代わりに外旋六筋のひとつの筋肉の梨状筋はこのように縮むという流れを、
やってみてということをさせていただけるのであれば、
感覚的にも動きの正解が感じ取りやすいものであるのだが、
自分一人で操作をしていくと難しくなるのだろう。

そしてここまで実際にこのようなトレーニングをしていただくと、
今まではそれほど菱形筋に意識が行かなかったり広背筋の縮む方向をピンと着ていなかったりしたのが、
正確になっていく。
それだけでも背中全体の神経がいつもと比べて幾倍もの量、活発に働こうとしていっていることに気づく。

また外旋六筋の一本ずつの動きを細分化して股関節の動きをイメージしていくことで、
いつもより股関節が深く入り込み出しますし、
大腰筋の鼠径部で引っかかっている仕組みを把握しつつ動きを意識していけば、
大腰筋の操作が腸骨ごと上方に脚部の骨を持ち上げる結果となることにも気づくだろう。


なかなかやってみるとおもしろい成果を感じられるでしょう。

文章だけでは、どのような操作をしているのかがわかりづらいと思いますので、
施術にお通いいただいてるお客様で興味がある方がおられれば、
「他動的に動かされるって、どんな感じのものなんですか?」とおたずねください。
やってみるとちょっと数十分それだけでかかりますが、
意義深い体験となるかもしれません。 ^-^
posted by スズキ at 03:54| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月04日

ネコへのボウエンテクニックワーク

他愛もない話ですが、
先日、月参りコースのひとつの大井鹿島神社にでかけたとき。
大井鹿島神社は、大森貝塚近くにあります。

本殿の隣にある昔に稲荷を祀った社の前で、
一匹のノラネコが寝ています。
前回参拝に訪れた際はいませんでしたから、
どこからか流れてきたのでしょう。

お参りに拝殿近くに進みますれば、
だみ声で近寄ってきます。
微妙に腹を立てているのかと思いきや、
そうではありませんでした。

人懐っこく顔を寄せてきます。
体は毛づくろいをしている様子もなく、
ボロボロ状態で、私のズボンは猫の毛だらけで、
懐かしい猫のノミとかたくさんいたことだろう。 ^-^;


そこでたまたまいま私が習いに行っている
ボウエンテクニックという施術方法は非常にソフトなタッチのもので
老若男女どころかネコにもできるとのことでしたので、
トライしてみました。

なんとなくこんな感じで正確性はありませんが、
嫌がる素振りもなく、ネコはワークに付き合ってくれました。

楽しい時間が過ぎましたが、
おかげで蚊に30箇所ほど、
献血を余儀なくされました。

今までネコに気功はしていました。
以前にうちにいたネコが元気がなかったときにしていたのですが、
ネコにワークをしようと言う意識は皆無でした。

鹿島神社にいたネコは人のいい猫だから、
初見にもかかわらずワークに付き合ってくれたのでしょう。

今はまだペットブームが衰える兆しはございません。
街には綺麗なショーケースにネコや子犬が遊ぶ姿を売りにするペットショップ。
テレビでも連日のようにネコやイヌは取り上げられています。

以前、家にネコがいたものの、あまりに気高いタイプだったので、
触ったことはあまりなかった感じだったのですが、
ワークを受けて気持ちよさそうにするノラネコさんをみて、
楽しい時間を過ごせているなと思えた次第です。


このテクニックを施すことでどんなメリットがノラネコに訪れたのか。
最近のペットショップで売られているネコ等は、
交配などの関係で器質的に体に問題があるという子もいるといいます。
一部でしょうが、そのような対処にもなるようなことを聞いたことも。。。

実際やってみても、
ネコにアンケート用紙を配って記入してもらえるわけでもなくて。
成果の程は良くはわかりませんが、
また、今度行ったときに会えればいいなと思い、家路につきました。

ボウエンテクニックは普段の私の施術では、かけ離れた施術法なのですが、
習ってみてよかったなと感じました。 ^-^
posted by スズキ at 22:02| Comment(0) | 施術研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月03日

「なぜ?」とばかり問わずに、「なんのために?」 と自問自答をしてみよう!



なぜ?」とか「どうして?」とか。

原因を追求する問いかけ方
があります。

こちらを原因追求型の原因論的問いかけといいます。


それに対して、
それはなんのため?」とか「それをだれのために?」とか。

何を目的としてそれを追求するのかを問いかけるとき。
こちらは目的を追求する目的論的問いかけといいます。



実際はどちらが優劣があって軍配があがるという問題じゃありません。
「原因論的な質問」も「目的論的な質問」も、どちらも大事なんです。

要は、ケース・バイ・ケースで、使い分けが必要なんですね。


たとえば、
原因論的な「なぜ?」と問う質問により情報をいただきたいとき。

私が初回のお客様のお体について話をお尋ねするとき。
尾骨の骨折】と付記していただけたとすると。



私:「 なぜ、そのようになったのか原因はわかっているのですか? 」

お客様:
「 私のこの尾骨の曲がりは、
  10年前に遡るが、
  学校で先生をしていてスリッパを履いて廊下を歩いていたのだが。
  いきなりそのスリッパが脱げていきなり長座で座り込むかのように尻餅をついた。
  そのときがかなりの激痛で、数日間高熱を発して寝込んだことがあった。
  もしかしたらそのときに曲がったんじゃないかと思っている。
  それからが、いまだに体全身の調子が悪くなったのだ 」

私:「 それはかなり強く尾骨を打ち付けてしまったのですね。
    具体的には、お尻のどこにどのような形でお尻を打った形になりますか? 」

お客様:
「 えっと、もう昔のことで正確には覚えてはいなけど、
  こんな感じでしたよ。
  (尻餅をついたときの状態をリアルに再現してくれている)
  そして右側の坐骨部分に衝撃が走ったことを覚えてます 」



これは尾骨骨折という過去からの結果といってよい現状の様子が、
過去10年前に尻餅をついた際から起きたことを教えていただけた。


これから私が過去の尾骨骨折をなさった方の情報を元に
目の前のお客様の様子を推測する一部を挙げれば、、、

・ 昨日今日に起きた尾骨骨折ではなく、10年前からの慢性的な不調を伴う状態だ
・ 現時点も全身の調子が芳しくないのだが、尾骨骨折が生じたときを起因としている
・ 右側の坐骨に衝撃を受けたため、
  そちら側の仙尾関節側への緊張が根づいたまま今に至るだろう。
・ 10年以上も慢性化した状態だから、
  すでに体の歪みには複雑なパターンが入り込んでいるに違いない
・ 尾骨の不調は脊椎全体を萎縮させ、
  自律神経系を不調に陥らせ、交感神経優位のまま一日中過ごすこととなる。
  それにより、
  呼吸のしづらさやときには不整脈や冷えのような血液循環の悪さがあらわれる。
  睡眠障害を起こすことも多い。
  それで体内の生命エネルギーが徐々に減少し枯渇しだす頃には
  精神的負担感が現れてくる。

そのようなことを推測することで体へのチェック項目を的確にしていきます。
かつての施術で別のお客様の対応をし発見をした経験的にもとづいて得られた知識。
そちらを活かせるならば、施術での解法が進みやすくなります。

ただ盲目的にかつての他者の肉体条件というまったく違った状況であるため、
信じ過ぎは厳禁です。
ただかつて改善できたお客様との共通項を見つけられると
その際に目の前のお客様に説明をさせていただけるときに役立つものです。
自身の体のイメージが想像がしづらい状態でいるよりも、
精神的に類似したところが改善したという人もいるんだってという例示に、
少しだけの希望を持つことができるということでしょう。

結局は、各人の体の状態は百人百様で、
それぞれの特性にあわせた鍵があって、
他人で開く鍵をさして回してみても回らないことも多いので、
私どもが事前に提示することができるというものは、
単なる希望的推測に過ぎないことなのです。

私はそう思っておりますので。。。


ただそうはいっても、
なんらヒントもない状態で解法を求められるよりも
過去の状態を今に至る原因と捉え、分析することで、
敵を知り己を知れば、、、、ということは言えていますよね。

どのような忌避事項があるだろうとか、
どのようなアプローチ方法があるだろうかなど、
過去に患われたときから今に至る原因を伺うことで、
読めてくるという部分があるので、
それはお客さまにとってみても問題解決に有利に働く情報提供になることもあります。


施術を受けるときには、
上述したように尾骨骨折を患った状況をお伺いすれば、
益が生じるということもあるだろう。
確実に、原因が起きた際の現場検証をすることで、
施術者でなければ知り得ないような情報がはじき出されていく。
そちらが施術という手当に活きていくものです。

それにお客様が施術を受けていくうちに
「あっ、そういえば、伝えたことはなかったことを思い出しました!」
というひとつの重要な情報を提供していただくことで、
その後の施術方法がガラリと変わって、さらに的を得たものになることはよくあること。


もちろん原因論的に情報を得られたとしても、
そこから安易にわかったとはいえないものもでてきます。

たとえば安全に解くための手間暇がどれだけかかるものなのか。

実際はお客様が施術を通っていただける間隔や、
お客様自身がどれだけ体の立て直しに協力的かどうかなど。
それに私自身の健康状態等に問題が生じる時もあるでしょう。

いくらだって不確定要素があるにもかかわらず、
そこに気を配らずに言葉として放つのは、
目安が欲しいと希望なさられる気持ちはわかるものの、
正確な回数等は私には知り得ることはできないのです。

そのようなふうにいろいろと原因をお伺いするにしても、
それを活かせる限度はあるので申し訳ないところもありますが。。。


施術者が施術をする場合には、原因論的に
「なぜ、その症状が起きたのでしょうか、原因は思い当たりますか?」
という質問にも一定量の価値が生まれることもあると思える点です。


それでお客様のお体の情報を差支えのないところをお伺いするのですね。






ですが、「なぜ?」とばかり原因を追求する問いかけからだけでは、
今後の問題解決につなげにくいときもあるのではないでしょうか?


たとえば、尾骨骨折で患われた方に、

「なぜ?」という質問で短絡的に問えば、

「 あのときなんだか馬鹿なことをしたんだよなぁ。
  スリッパといっても古くなって、底がつるつるだったし。
  床が濡れていて滑りやすくなっている感じだったし。
  ほんとうに悔しいなぁ・・・・   」

そんな後悔の心がもたげてきて、肩は震え意気消沈してしまう。
問題解決へ向かおうとする問ではなく、
いつしか感情的に自身を責めたり不幸感を深掘りする。


過去の失敗を根掘り葉掘り聞き出されるのは
なんでそんなことになってしまったのかと後悔。
絶望的な問答を受けているようにも感じられ、
感情エネルギーは他への注意力を失わせる。
その感情エネルギーの消費ほど疲弊感を強め、
自らの活力を失わせるものはありません。

そのときの一瞬の事故にあわなければ、
今の自分は、
こんな施術者と話をするなんて煩わしい経験をすることなんてなかっただろうに。。。

そんなつらい思いを強いてしまうこともあったと反省しなければならない。
そう私自身を振り返る時もあります。


ただ、施術者たちだけが、
「なぜ?」と患った原因追求をする問を投げかけ続けているわけではありませんよね。





お客様自身の心も、
知らず知らずのうちに
なぜ?」という原因に目を奪われてしまう

「なぜ、こんなことに・・・」
という言葉の繰り返しをすることがあります。


「なぜ?」と原因を追求しようとして。
どれだけの益があるのでしょう。

長年に渡り患われた方は、
多くはもう十二分、同じ原因論的質問の仕方で自問自答を繰り返してきたのです。

それでも、かんばしい結果が出てこないだけでなくて、
「なぜ?」と問うて、
妥当な回答が得られずに落胆する経験を積み重ねてしまう。
後でずっしりと未消化の感情のすすが溜またことに気づくのです。

お客様自身が自身を責め立てるかのように
「なぜ、こんなことになったんだ」という言葉が
脳裏で囁かれたり叫ばれたりする。

その声から心が乱されて、
意気消沈させられた状態に追い込まれてしまう。
それがもとで建設的な行動へ出にくくしてしまうこともある。




もし、そうであれば
「なぜ?」という原因を追求しようとする問から
一旦離れる時期がきたのかもしれません!






私自身も、
かつてコーチングの考えを学ぶ前では、
自身の体があまりにも施術でしんどくなりすぎて、
多くの期間の休業を余儀なくされたときには。。。
「なぜ、自分一人だけが・・・」と孤独な孤立したような閉塞感から。

自分の要領の悪さや能力の低さを責め立てた日々を続けたことがありました。

そのようなあまりにつらい状況に心身が陥ると、
防衛的反応を起こさせて、
他の方々のもっとつらいだろう方々の状況を察する余裕がなくなっていたのかもしれません。

それ以上の傷を深めさせないように、
生への執着もあって生命を守るための極端なまでの省エネモードで意識も体も操るしかないという、
問題解決には程遠い抑止の機能が強制的に発動しだしていたようです。
脳で自動的に作動される、生命の危機を回避させようとするために起こした生理的な反応で、
身を守っていたということだろうか。。。



今、その当時を振り返ってみて。

もし、そのときに自問自答の質問の仕方を、原因論的な「なぜ?」から、
目的論にもとづいた「なんのために?」へと問を変えていったらどうだろう。


そう、考えてみたことがあります。



未来に得るためのしあわせにだけ、目を向けるのです。


そこで自身の感情に情熱が燃え盛るようなものも見つかるでしょう。
元来、施術者になろうというもののほとんどは、
自身のみを省みるよりもお客様にかかわり、
少しでも良い方向へ進んでいただけてともに喜びたい。
そんな動機から、この業界に入ってきたものばかりです。

私も、ご多分に漏れず、そうです。 ^-^


一生涯をつらぬく仕事を持つことの尊さ。
そこに施術を、私は選んだのです。

なにを、これから私はしていきたいのだろうか。成し遂げてみたいのか?

そのような、今日はこれをやりたいとか明日はこれというタスクレベルではなく、
自分の生きていくための根っこの部分を掘り下げて再確認していこう。
そうしたほうが、ずっと、気持ちが建設的にもなれる。
自身の過去を振り返って失敗を悔やむのではなく、
つらい経験こそ学びの教材として最良の糧となるといいきればいい。
おそらく実際にそういうものだろうと思います。

だったらなんらかの失ったものも多くあっただろうが、
反面、得られたものも数限りない貴重で価値のあるものもあっただろう。

そのような解釈で自身を振り返る習慣が、
ここ最近の私にはありますから。

正直、打たれ強くもなりましたし、
大胆に次の手を、次の手をと進もうとする勢いも得ることができました。


そして、
「何ら制約がなかったらどうなりたいのか?」
いきなりそんなことをいうと、現実的ではないと思われるでしょう。

ですが制約ばかりでがんじがらめの夢からは
確実に最初から夢をしぼんだ絵を描きだすだけ。
脳はしぼんた設計図以上のものには関心を向けることもなくなります。

だから、「自分が何のために今の苦境を乗り越えようとしているのか?」
または、「自身の問題が改善したら誰のために幸せをよぶのだろう?」

そんなことを想像しながら、
だいぶ体がヘタってきた時も
日々を前向きに送るように心がけています。


過去に起きたような過ぎ去った事実にばかり目を向けてはいませんか?

そちらの意識チャンネルから切り替えて、
未来に起こしたいこれからの幸福な姿を得ようとすることに意識を向ける。



向かいたい方向性を明確に描きだす。

実はこれは『 ソリューションフォーカス 』と呼ばれる、
コーチング手法の一流派で用いられるステップのひとつなのです。

ソリューションフォーカスの詳細はその書籍やセミナー等に譲りたいと思いますが、
実に使い勝手のいい、自身をやる気にさせてくれる手法だといえるでしょう。




たとえば、
ソリューションフォーカスを利用するコーチに
コーチングセッションを依頼された場合には、
次のような幾つもの段階のステップを経て手順を進めて、
解決志向アプローチをなされていくことでしょう。


〜 ステップ 1 〜

もし多年に渡り苦しい身体の状況を耐えながら、
ずっと今の今までがんばってくぐり抜けてこられてきた。
コーチがいれば乗り越えてきたかつての努力に対して、
話を聞かせていただいて、
「よく、がんばってこられました」など、
その方が送られてきた今までの人生で感じた感情を伺い
親身な言葉を語り、互いに目的の共有へ向けての序章がはじまります。

それから、、、


〜 ステップ 2 〜

「今後向かいたい方向性は?」

  【質問に対してのクライアントの反応や回答が続く・・・】


〜 ステップ 3 〜

「あなたは、なんのために、その状態をよくしたいのですか?」
「それがどうなればいいのですか?」

  【質問に対してのクライアントの反応や回答が続く・・・】



〜 ステップ 4 〜

「それならば、それを叶えるための使えそうなアイデアやモノや人材は?」

  【質問に対してのクライアントの反応や回答が続く・・・】


〜 ステップ 5 〜

「その解決へ至るまでの距離は、現時点からどれくらいなの?」

  【質問に対してのクライアントの反応や回答が続く・・・】



〜 ステップ 6 〜

「じゃあ、その解決へ向けての小さな第一歩って?」

  【質問に対してのクライアントの反応や回答が続く・・・】


〜 ステップ 7 〜

「その小さなステップを登ってみて、どんな変化が起きた?」

  【質問に対してのクライアントの反応や回答が続く・・・】



というような流れを基本にして
順次解決へ向けて進みつづけるために
協力し合いながら進んでいく。


その仕組通りにやってみて、
得られる価値に驚きました。


私は少しも優秀なコーチではなく、
これからもっと学ばなければと思うところなのですから、
なっていないところも多いのですが。

現に優秀なコーチにコーチを依頼して、
そこにクライアントも自身の未来を素晴らしい物へと描くよう務められれば、
明るい気持ちで問題解決へ向かい意識を集中していく助けになるだろうと思います。
やはり自分一人でノートで筆記するだけでは、
いつもの自分の殻から外に出ていくきっかけはえられない場合がほとんど。
それがプロコーチとして結果をだそうと、
クライアントの将来を飛躍させられるような言葉を発してくれたら、
逃さず最大の笑顔で
「あなたは、素敵じゃないですか!そういうことをなさりたい人なんですね」
と感情を込めてクライアントの意識に深く刺さるように
前向きで建設的な方向へ考えるのが自然に思えるような
強力な波を起こして乗せて行ってくれますから。
コーチという他人が関わることの凄さって、あるんですよね。






以上、かなりながながとした長文。
かつ読みづらい文章をお読みいただけたことに、
深く感謝いたします!!


「なぜ?こうなってしまったんだ・・・」という自問自答は、
やり過ぎれば、負のループスパイラルに陥るときもある。

もしそうなっていそうだと感じられたなら。

ぜひ、そこから抜けだして、
「何のために?」というこれからへ明るいスポットライトを
必死に照射して未来を描いてみませんか?

そして口に出した夢へと進むための
ほんとうにささやかすぎるほどのスモールステップを
時間をかけながら着々とこなし進んでいく決心をしましょう。

ちりも積もれば確実に山になるんです!!


慢性化した疾患や、
心的なトラウマ等を持っておられる方には、
原因論的に自身の体の様子を捉える傾向があるように思えます。

それに当たりそうもない方も多数おられるのですが。

こういったソリューションフォーカスのようなコーチングセッションを
幾度か繰り返しやっていくうちに、
考え方や思考グセが、
いつしか感情を傷つけることもある原因論偏重から、
結局はしあわせを求めて人は生きればいいという目的論へ。

だんだん思考慣れが始まっていきます。



そしてこれまたケース・バイ・ケースではあろうとはおもいますが、
目的論的な見方で自身の望む未来へスポットライトを当てて
そこを丁寧に観るようにしていったほうが、感情のストレスが減る。

おそらくそんなのも手伝ってか、
かなり原因論から練習で目的論的思考慣れをしておくと、
体の筋肉の緩み具合も調子がいい状態で維持しやすいようです。

逆に慢性的な患っているところがあったりしつつ
原因論的に自身を責め続けようとする習慣があると、
こころなしか感情エネルギーの浪費から心も疲れが出て
体の緊張も進みやすいように思えるのです。



これは直接的に圧をかけて施術をするというようなことではありませんが、
私は自身の思考パターンの最良化を試みた分だけ、
身体もそれに少なからずリンクして調子が良くなるように思えてなりません。





posted by スズキ at 14:30| Comment(0) | 心理的なこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自作てい鍼と邪気のリリース

私が自作てい鍼を用いたとき。

一番最初にイメージして思い出したことがあった。

筋膜の癒着が進んだ部分の皮下組織には『瘀血(おけつ)』と呼ばれる
体内の筋膜同士を仕切りなめらかに滑らせる潤滑油が枯渇し酸化しだす。
潤滑油の働きが劣化して筋膜同士が粘りだせば、
サクサクとサラサラと動く感じが消えていきます。



そのような状態が起こる部位の一部に、
興味深い状態が観察することができた。

そのような瘀血が生じている部位の周囲や同位置には、
電気信号が正常にいかせられなくなるようなバランスの乱れが生じている。

それを患部の下に「邪気」があるという場合がある。
活性化した状態とは遠くなった肉体組織の周囲に手をかざしたり接触をすると、
訓練を積んだ手先では鋭敏に違和感をその場に感じ取るようになる。

ときとして肉体という温かみのある状態のはずの部分からヒンヤリした凍てつく冷たさを感じる。
ときとして血が内側でうっ滞しているようなほてってのぼせるような部位に感じられたり。
そればかりではなく、患部に接触することで接触者のエネルギーを持っていかれる感じを受ける。

邪気についての詳しい本には、私が好きな本に、下記があります。

邪気論―見えない身体への一歩

著者は鍼灸院を営んでいた方だそうです。
こちらは私には興味深い内容が多くて、
注意深く邪気との接触を回避するような工夫をするときの参考にさせていただいておりました。


体の表面上では異変や邪気の内在については目に見えないのだが
強烈な陰に傾き生気を奪う場合は、長年施術をしているものが見逃すはずはありません。

私も、その内側にある邪気をどのように対処すべきか。
実際、下手な手出しの仕方をしていけば、施術者の手は冷たく冷えきって、やがて生命力が枯渇しだす。
そのような危機をむかえることがあります。

私自身、かつて長らく休業を余儀なくされた時がありましたが、
多くは自らの身体操作の未熟さ等が第一義的問題でありましたが、
それに負けないほどの邪気の影響を受け取りやすい体質でもあったようで。。。
というか、、、現在進行形で、そうであるのですが。 
自分の体質が感受性の高さから影響を他者から受け取りやすいもので仕方ありません。

私がここ数年の間、施術のときに患部の位置を正確に見極めるためにお客様の患部に手を接触する以外は、
あまりお客様の体に触れることがなくなったというのも、
実は邪気の影響を直接施術者自身の内側に取り入れないようにするという目的があります。


施術での圧を手で患部に直接か、
または衣服越しでかけたときにどっと内側に邪気が入り込む感覚があります。
施術者の私自身の気を流していく意識を用いてリリースをしようという場合。
コリにより気の栄養不足となったお客様の硬化した筋部分に
電気的か磁気的かは正確にはわかりかねますが、
一種のエネルギーを補完的に補充するようなやり取りを行なっているのです。

だからお客様の体のボディチェックをするときに
体の中の硬化した部分を確認するという場合のみに限定していました。
その際には「気枯れ」という邪気という栄養不足の組織が気を満たされずに
他から気を補充しようとする作用による影響をうけづらい状態でした。

私が独自に編み出して行なっている
ブロックを挟んで圧をかける方法では、
気を抜かれる感覚があまりありません。

ちなみに邪気というものについて私が感じた個人的な感触では、
邪気の電気的なネガティブな気の影響は、
磁気に似た数センチやそれ以上の間を開けても
強力なネオジム磁石同士だったら距離があっても影響し合えるのだが。
邪気に意識を合わせて、その影響範囲のフィールドに入ると、
数十センチの距離を離れていたとしても、
確実に気を抜かれていくような気がする。

自作の重量感あるブロックを利用してずり圧をかけるときは、
そのブロックにつかわれているものは伊勢ゴロタや姫川薬石、麦飯石等の力ある石。
これらの石が私とお客様の間に挟まれると
邪気のやり取りをしなくてしむことに気づきました。


ちなみに、
健康だと自覚している人でさえも、
瘀血や邪気が内側に潜んでいる人がほとんどのように感じています。
その量の大小により、施術を受けていただいたほうがいいのか、
それとも自らストレッチやセルフマッサージでいいとすべきか、
アドバイスを変えることもでてきます。
職業柄、私はそのような邪気の場所や影響範囲を見抜くのは得意だと思います。

だからもちろん私にも特定部位に邪気がずいぶん蓄積しているが奥まってしまい処理に困るエリアがあって、
瞑想や運動によるエクササイズをすることでも邪気を低減させる。
そのような意識で一生懸命対処していこうとしているわけです。
ただ、、、がんばってもまったく抜けてくれない内側に引っかかりっぱなしの厄介な部分があります。
瘀血については、
それは筋膜リリースをする過程で、
筋膜と筋膜の間に挟まれた滞留したまま古く劣化した潤滑油を筋膜リリースで
本来処分するためのルートへと流し去り排泄させることができるのですが。。。

邪気は、どうも意思や意識があるかのようで、
ここにいたと見つけて狙えば、その様子に気づき狙いをかわそうとしてくる。
攻撃されそうならその場を移動してみたり、
他の部位に痛みを生じさせて気を惹きつけようとする。
まるでネズミとの闘争のような感じですね。

そんな厄介なところもあるのですが、
実は私自身が自作したてい鍼で自分で徹底的に使用感や起こる現象を追っていたとき。

このネズミとの闘争が自作てい鍼で狙いを定めると、
それほど大胆に邪気に逃げられることなく体外に出せるような感触を得ることができた。

繰り返し繰り返し日を追って自作てい鍼で圧をかけるアプローチをしていくうちに
「そういえば、自身の内側にある邪気が抜けてきているぞ」と気付きました。

調子が良い反面、体が新たなシーンを迎えたかのように敏感さが増してきて、
体調的には自ら内側のアラ探しをしだして改善の苦しみを感じ始めていった。


そこまではよかったのだが、
実は施術で自作てい鍼を使いだすと、
お客様の内側にあった邪気に大きな動きが出てきて、
私自身の体に強力過ぎる影響が出始めた。

それが先月のはじめ頃に私が意識がずいぶん朦朧とする手前まで来た体調の不調理由だったのです。

邪気とは本来あるべき活性化した気が失せて硬直酸化した気が枯れた部分です。
その気が枯れた状態を、
自作てい鍼で患部を軽くこすることで
施術者の私の気がお客様の患部に流れだし、
足りなくなっている気を補うことになっていたのです。

するとそのようなアプローチを日に幾度も繰り返せば、
どうなってしまうものか。

実は、以前、幾度も一年以上仕事ができなくなり休業をせざるを得ない状況に体が陥ったとき。
体重が激減して体がやせ衰えてきたというのも、邪気との戦いに敗れた結果でした。
2度ほど、真面目な話ですが、自らの脈を見て。
「やばい、脈が整いすぎる状態になった・・・」という死脈という命が無くなる前の脈が出たり。
多くの負けを経験してきたわけです。

それもあって、重量感あるブロックを施術で使うようにして、
お客様の体に圧をかけるために触るという選択をこっそりと回避する施策を採用するようにした。

そのおかげで、一昨年前にも、またまた体調を崩して休業した時があったのだが、
その際には長年に渡りごひいきにしていただけていたお客様が私が半年ほどで施術を再開したとき、
「あらぁ〜。どうしたの?今回は復活が早いじゃない」とおっしゃっていただけました。 ^-^;

ひとつ1〜3キロもある重量ブロックを数十も使うことで施術をしてきたので、
私の筋肉にかかる負担は信じられないほど膨れ上がったわけですが、
実は邪気を受け取ることがないような手立てをとっていたため。
肉体疲労の極度な状態ではあったのですが、
気枯れはしていないですんでいた。
単に肉体が蝕まれるだけでしたし。

自らの気を削がれ、
精神がガタガタになるほどまでではなかった。
気枯れした例年でしたら、
うつに近い状態にまで追い込まれましたから。
それがまたつらかったですよ〜。

かつて気枯れが起きたときには、
そのストレスは脳髄を守れなくなり、
内臓部分の自身の潜在的に弱いウィークポイント部分が病んでいくようだ。
かつて、気枯れがひどく激ヤセしたときには骨格筋のコリよりも内臓部分に潜んだ不安を察知していて、
そちらの不安感のほうが差し迫ったものであった。

まさに家族に、そしてお客様にも迷惑をかけて、
恥を忍んで長期休業をさせていただけたため
どうにか生き残れたのです。。。


実は、、、
今回、自作てい鍼を通してお客様の邪気、
つまり陰に傾いた生命感を失い栄養不足となった気を私が補うことで施術成果を出すというものでして。
その作業が自作てい鍼を使って軽くこするというところの水面下では起きています。

やはり案の定、邪気が抜けた後のお客様の体の状態は、
大きく成果が現れていました。
それはここ最近になって、前回、自作てい鍼を使って邪気部分の気が補われた後に体調の安定度が
飛躍したお客様の人数が多くて。。。

改めて邪気を抜くことの重要性を実感しました。

ただ、、、
かつて、幾度も体験し苦湯を飲んだ危険な状態ですから、
どのような意味がそこに暗喩されたものかはわかります。
やはりかつて体験したときの肉体を削がれるもの以外の、
その奥の部分が削り取られるきな臭いものを感じました。



無論、そのまま気枯れをするままに
手をこまねいて対策をとらないわけではありません。


自作てい鍼を使う際に
夢で見て得たヒントで
自作てい鍼を鹿革で包めば、
私自身に気枯れへのダメージを与える量が1/4ほどは軽減するのだとわかりました。


他にも、
気枯れを補うための対策をプロとして必死にしてまいりまして。
荒唐無稽なやり方でも可能性があれば、
緻密に計算してとりいれていくように。


自作てい鍼という「てい鍼」というイメージを取り除いて、
真鍮製のただのマッサージ棒ですという意識に私の脳内回路をすげ替えれば、
これほどの邪気との格闘はすっぱりなくせると思います。
でもそこは登らずに、新しく創った生み出したものを潰したくないですよね。

まだまだ気枯れ対策のほうは攻めていかねばならないのですが、
今回の自作てい鍼を使わせていただくことも手伝って変化してきた成果を観て感じれば。

そしてお客様の姿や笑顔を見れば、
特に長年通っていただけているお客様の最終講としての仕上げになったかのようにも勝手に感じていて、
それがかなえられて本当によかったなぁと感じています。

今の現実を逃げないで、諦めないでいくようにするのも、悪い話じゃないと思えている。


posted by スズキ at 05:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月29日

ボウエンテクニック講習会へ



先日、ボウエンテクニックというテクニックを習いに行きました。

こちらは筋膜リリースの手法ではなく、
ことさらに強い圧をかけてコリコリになった筋肉部分を緩めるものではありません。

先日習ってきたのは、
いくつかの定位置と定められた体のポイントを
指や人差し指の指先を使って、
数十グラム程度の軽妙ともいえそうな刺激を与えていく。

体が外界からや体内からの刺激を受け入れる受容器(=レセプター)に、語りかける。


そのような意識と言ってよいのだろう。
あくまでも筋膜を剥がす意識ではない。

そのセッションをしていて、
興味深い生理的な現象が内側に生じているということは、
以前に私がそのセッションを受けて理解することができました。

ちなみに痛みの発生には、
次の3つがあります。
ひとつは、カッターで指を切ったような場合に感じる怪我による痛みですね。
ふたつは、なんらかの原因で神経が障害を受けて感じる痛みです。
みっつは、対人関係などからくる精神的な不安や社会生活でのストレスが引き金になる緊張から生じた痛みです。

私が、こちらのボウエンテクニックのセッションを受けたときに一番感じられたのは、
3つめの、対人関係からくるストレスが不思議なほどリセットされたことで落ち着きが増したという経験です。


私が習ってきたボウエンテクニックのモジュール1のテクニックを数名の方にさせていただきました。
ボウエンテクニックの練習に付き合って頂けそうな方とは時間が合わないので、
自学自習で下地を考え深める座学中心になりがちですが、
練習を積まないといけないですよね。

施術中、ほぼほぼ途中で意識を失うように寝入ってしまい、
感想を聞いても「寝ていたからわからない」ということに。

ただ顔をみると、先程までの疲れがすっきりと拭えていた。
それが数十分でのセッション中の休息が、
4〜5時間の休息にも匹敵するという人も。

今回の講習内容はリラクゼーションが主ですが、
後続する講習ではさらに体の改善を促すものへと展開されるといいます。

たのしみですね。


私がボウエンテクニックのセッションの体験をさせていただいたのは
施術家の方にセッションを施したので、
日頃施術をすることで疲れているから、
静けさで体を癒やすセッションをおこなうと起きてはいられないのだろう。


しっかりとこちらのテクニックが身につけば、
脳梗塞後の片麻痺が改善する可能性がでてくるそうです。
ただそれも十分にボウエンテクニックの使い手になれなければ話にならないので。
ボウエンテクニックをなさる先生を呼んでくるというのもいい。
だが自分ができるようなものであれば、自分がそれを学んでみて、
実情を深く見聞理解してから判断すべきだろう。

そんな気持ちで、
今回、ボウエンテクニックの講習会に参加させていただきました。


それ以前に、講習会の開催間隔が広いため、
自学をせねば、前回の内容を忘れてしまう。
練習機会を増やすようにしていこうと思います。

いつも私の施術自体の構成が深層筋に届くまで緩めるというところに感覚や意識を合わせているため、
こちらの施術法をするときに、いつもの意識のチャンネルが開くと練習にならなくなってしまうので。
注意深く『触れ合気』の感覚を思い出しつつ、
まず基礎中の基礎を覚えていこうと思います。

posted by スズキ at 12:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 施術研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月27日

【業務連絡】:2017年8月の『ボディワイズ 予約可能日程表』更新させていただきました


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☆ 以下、ボディワイズにお通いいただいているお客様への業務連絡となります ☆
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お世話になっております。
ボディワイズの鈴木です。


☆ 2017年8月の『ボディワイズ 予約可能日程表』更新させていただきました



更新された『ボディワイズ 予約可能日程表』をご覧の上
ご都合のよい日時がございましたら、
ご予約のご連絡をいただけましたらと思います。



『ボディワイズ 予約可能日程表』

http://bodywork.s73.xrea.com/goyoyaku.htm


※ 新規の予約表が表示されないとき

ブラウザーが過去の情報を記憶し、それを表示しているときがあります。
たとえばその際は、Windowsパソコンであれば
キーボード上方にある 
ファンクションキー5 <F5> を押していただければ
更新された内容が表示されるでしょう。
また他の機種ではそれぞれブラウザーの更新の仕方が異なりますので、
お手数をおかけいたしますが利用機種の更新法をお調べください。




【 編集後記 】

こんばんは。

ボディワイズの鈴木です。

施術を受けていただいている方しかわからないことをお話いたしまして、
申し訳ないです。

私が施術中に利用している重量感あるブロックは
砂利や伊勢ゴロタなどの石をセラバンドでぐるぐる巻きにして、
そちらを太めのサイズの輪ゴムで止めています。


去年までは、一年半くらい、余裕でそのまま利用できていたのです。
施術をする部屋を、いろいろ気の流れを良くするよう工夫しました。

その成果から部屋の観葉植物は、
想像以上に勢い良く育ちまして。 ^-^


それ以外にも気の流れを良化させた成果はたくさんありましたが、
予想以外のことも起こりました。



不思議なほどゴムが樹液に元帰りし始めたようです。

セラバンドや輪ゴムが加水分解してネバネバし、
溶けてボロボロになってしまう。

一年間は溶け出すこともなく利用できたゴムが、
2ヶ月しないで溶け始めてしまうんです。

なんていうことだ。
アンビリバボー。。。


15個以上の重量あるブロックが、
一斉に溶け始めて目が点になりました。

施術中に扱いにくくてしかたがないったら、
ありゃしません。


ネットで加水分解したゴムの解けた部分は、
無水エタノールで拭き取ればいいと知って。

さっそく薬局で買ってきてやってみましたが、
液状になってしまったゴムは強力すぎてダメ。

結果シリコンシートを外側に巻きつけ、
それをカバーにする方法をとりました。

こんな感じの、
細々とした課題は山のように出てくるので、
試行錯誤にあふれた日々を送っております。


自分仕様の施術をするために
真剣に悩み続けて夜も眠れず。

自分が何屋さんか見失うときがありますが。
こういった工夫を重ね続ける過程で、
新たな施術に繋がる発見があるんですよね。


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ボディワイズ
鈴木政春
〒142-0063
東京都品川区荏原5-16-18
電話:03-5498-2220
http://bodywork.s73.xrea.com/hhpp/top.htm

sfcsfcsfc_2001@yahoo.co.jp
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posted by スズキ at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 業務連絡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする