2019年06月19日

「産後の女性はスマートフォンを(長い時間)操作しちゃいけません!」

「産後の女性は本を読んではいけない」って、なぜ?

わたしが読んでいる中医学の本に、
五行学説というものの例としてコラムのような形で紹介されています。


中医学ってなんだろう 1 人間のしくみ


「えっ、産後の女性がなんで本を読んじゃいけないの?」と、
不覚にも私は思ってしまいました。


本を読むといけない、、、その理由は、次のように。


血液を貯蔵する臓器は肝臓です。

人がものを見るときの流れとして、
目の機能をはっきさせるために肝臓から多量の血液を送り込まれ、
その血液を使ってものを見る作業がなせるのです。

それが、女性は出産するときに、血を多く失います。


産後直後は一時的に肝臓内の血が足らない状態になっているのです。
そのような血の足らない状況下で目を酷使すると、
眼がその後にまで弱ってしまいやすくなるのです。



ちなみに、中国の五行学説という考え方では、
「肝臓」という臓器には「目」という器官が関係深いものとされています。


そう、それは生理的な上記の産後の目を酷使するなというメッセージに通じているんですね。
一見して中医学の五行学説の内容は迷信めいて見えてしまいますが
その根底では現代医療に通ずる生理学に符合する点が多く見受けられるのです。

昔の中国人が観察に観察を繰り返して収集した情報を分析的にみて搾り出した知恵が詰まっている。
そのような感じを得ることもできます。

ただ陰陽五行説も、中医学の古典を数刷紐解いて読んでみると、
本ごとにちょっと違った規定がなされているんですよね。。。
現在、私たちがみる五行学説図は、
近代の学者が古典の中医学書を参考にしつつ、
総合的に見てこれでいいのではということなのでしょう。


あと余談ですが、

産後の女性は本を読んではいけないですよ、というメッセージは、
本以外にもテレビを見つめすぎて目を疲れさせることも、
上記と同様の理由によりよくありません。

現代では、
「産後の女性はスマートフォンを(長い時間)操作しちゃいけません!」というように内容は変わるのでしょうか。



ちなみに肝臓は目に関係するというもの以外の臓器がどの身体の器官に関係するかと言えば、
心臓は舌、脾臓は口、肺は鼻、腎臓は耳に関係するといいます。


posted by スズキ at 10:33| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月17日

体の中のめぐりが停滞すると、痛みが発生するんです

中医学的視界でものを見てみると。

人体内部では「気・血・津液」などがめぐると考えられています。

これらを少し解説をつけさせていただきますと、

「気」とは陰陽の陽にあたるもの。
気は、<実体はありません>が、<機能はたくさんある>のです。

たとえば、、、
・推動(すいどう)作用という、血液や津液を推し動かす作用があります。
・防衛作用という、外邪の侵入を体表で防ぐ作用があります。
・おんく作用という、身体を温める作用があります。
・気化作用という、物質を変化させる作用があります。
・固摂(こせつ)作用という、血液や津液が漏れでないようにする作用があります。


「血・津液」は陰陽の陰にあたるものです。
血は、わかりますよね。 ^-^

津液(しんえき)とは、血の構成成分のひとつであり、また血以外の正常な体液成分の総称でもあります。
細胞液、内臓に含まれる体液成分、関節液、リンパ液、涙、鼻水、唾液、涎、汗、女性のおりもの、羊水など、これらは全て津液です。


「気・血・津液」が、理想的な状況で体中の根幹から末端までまんべんなくめぐっている状態が健康体です。
それが、なんらかの内外の原因により「気・血・津液」のひとつかまたは複合的に
流れを滞らせてしまう停滞した状態となるときがでてきます。

すると、「気・血・津液」がめぐっていれば問題はないが、
うまくめぐることができず停滞すれば、
それは「邪」となります。

その「邪」が体の不調へおとしいれる原因になるのです。



ちなみに、「気・血・津液」のそれぞれの滞りとなった際の呼び名をお伝えしますね。

・気がスムースに流ない状態が「気滞」(きたい)です。

・血が滞れば「瘀血」(おけつ)となります。
 瘀血とは、
 流れが滞った血のことです。
 血行不良も瘀血の一種ですね。

・津液が滞れば「痰飲」(たんいん)となります。
 痰飲とは消化器官内に余分な水分がたまって停滞する状態 です。



「気・血・津液」の滞っている状態自体が「邪」だったんですね!

「邪」という、邪悪な悪魔がいて特別な悪さをするのかと思えば。
そんなものではなかったんです。。。



では「気滞」「瘀血」「痰飲」となれば、どうなるのか?
つまり正常に「気・血・津液」のめぐりが停滞したら、ということですね。


想像力豊かな方は、
体のなかに腐りかけのため池が存在するかのようなよどんだ汚れた状態を思い描く方もおられるはず。


そうなってしまうと、よどみが浄化されずに、やがては荒れ放題となるのです。


そのとき!
つまりが原因で<痛みが引き起こされる>ことがあるんです。


それを「通ぜざれば、すなわち痛む」といいます。


このようなときはつまった状態をとってあげれば痛みが改善するのです。


寝ただけでも「気滞」「瘀血」「痰飲」などの状態も改善することもあるでしょう。

ですがそれらの悪化の進行が深刻になれば、
寝たり休んだりするだけでは
一向に気・血・津液の滞りが改善できなくなってしまうんです。


そうなると、より専門的な対策を打っていく必要が出てきますね。


中医学では、
鍼や漢方やスイナ(中国式マッサージのようなもの)で
「気滞」「瘀血」「痰飲」のような滞りによる邪を吹き飛ばすのですね。

または、、、
私の施術でも体内の「気滞」「瘀血」「痰飲」の滞りが<筋膜の癒着が主因>になっているときも多いのです。
血管やリンパ管等の管。
それらの管の隣にある筋膜が癒着して管を圧迫すると、
血液やリンパ液の流れを止めたり停滞させることがよくあります。

今までの私の施術では血液・津液の滞りを狙い打つことが多いですね。
人体構造の構成として血管・リンパ管や神経のラインをも物質的にとらえて観ていたのです。
そうなると「気」という実体のないものをみる手段がチェック的に取り入れていなかったので、
「気滞」へのアプローチは手薄になってしまっていたんですね。

たとえば「気滞」を、発見するためのひとつの手段として「脈診」があるんですね。
直接的に脈診だけで体のどの部位に「気滞」があるかはわかるわけではないのですが、
脈をとるときに、体内に強い気が流れているかどうかわかります。
橈骨動脈を触って脈診をするのですが、
脈診時の脈が浮いているか沈んでいるか、
血管の形状が明瞭かぐにゃっとしているか、
血管内に十分な血液が流れていそうかスカスカか、
脈の遅速の様子や脈の長さ等を見てみることで、
気の流れの強さや滞っている状態のおおよそをチェックしているのです。


脈診をさせていただいたときに、
「診断」のような私が脈診で感じたことを
断定的に身体の状態をお客様に直接伝えることはできません。
その理由は私は医師ではないため、そのような資格がないのです。

ですが確かに脈をうまく取れるようになると、
気の強さ弱さ等が、
そこに明瞭に表現されているとわかるんですね。

今までの施術では脈を見させていただいて参考にして施術をするという流れがなかったのです。
それを数日前に私がときどき会食をする方のデモワークをさせていただいたとき、
脈をみてから施術へと移行させていただき、
気の様子をチェックさせていただいたのです。

気滞の対処法のベースは、
気を乗せて運ぶ血の流れを改善させることで果たせる部分があるのですが、
もうちょっと直接的に気の様子への操作力をあげられるようにできれば。


気の停滞は、体中のそこここに起きるものです。
その滞りがそこここに痛みを発生させるのです。
ほんとうに妙なところに痛みが出たり、
その痛みが移動して逃げていったり。

そこで起きている混乱を整理していくならば、
安らいでいける変化がおこることでしょう。

そのように感じているこのごろです。
posted by スズキ at 19:35| Comment(0) | 施術研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

感情がもたらす病気があるから、ときには逃げるが価値がある!

中医学基礎の解説になるのですが、
病気になるには、原因なるための種があるんです。

種をまかなければ、芽も出ません。

それって、因果律で考えればわかりますよね。

その因果の種になるひとつに、感情という身体の内から起こる病因もあるんです。
それを(内因)といいます。

感情も行き過ぎはいけません。
行き過ぎれば臓器を傷つけて、
そこから病に転じるのです。



それはたとえば感情も過度になれば、プラスエネルギーを持つ「喜び」でさえ体を壊す種になるのです。

喜びすぎて気が緩むと「心臓」を傷つけるのです。
喜(き)」となると、
集中力が低下し、不眠になり、不安感が増して、精神錯乱などへ。


他にも挙げていきますと、

怒りすぎると気が上昇して「肝臓」を傷つけるのです。
怒(ど)」となると、
頭痛、めまい、目の充血、脳卒中、動悸、不眠などへ。


考えすぎて「脾臓」を傷つけると、気が停滞します。
思(し)」となると、
腹痛、食欲不振、膨満感、軟便などへ。


悲しみ、憂いがすぎると気が消えて、「」を傷つけます。
悲(ひ)・憂(ゆ)」となると、
咳き、息切れ、胸苦しさなどへ。


恐がりすぎると気が下がると、「腎臓」を傷つけます。
恐(きょう)」となると、
大小便の失禁、白髪の増加などへ。


驚きすぎると気が乱れて「腎臓」を傷つけます。
」となると、
動悸、不眠、精神錯乱、物忘れなどへ。







と、ここまでは中医学の基礎のお話ですね。
もう一歩、考えを進めてみましょう。



「人間とは社会的な動物です」

アドラー心理学を学べば、
悩みのほとんどには対人関係が絡んでくると明言しています。

コーチングをするときにも、
対人関係をどうすればよいか?」というテーマで<課題の設定>して進めるケースが多いのです。


私も、幾度もコーチングをするほうではなく、先輩コーチにコーチングを受ける方でお世話になりました。
それはコーチングを学ぶためには、自らがコーチからコーチングを受けて学び取れることが多いのですが、
やはり私も対人関係上の問題をテーマとして設定した記憶があります。


コーチングでの対人関係のテーマになるのは、「うれしすぎて気が狂いそう!」というものはないですね。
多くが、相手がひどい奴でいやでしょうがないとか。
職場の人間関係で八方塞がりでつらくてしょうがないとか。
。。。などが課題のほとんどです。


一部の人間に対してもつ対人関係のねじれもありますし、
または大胆な人は人が怖いとか嫌いとか信用できないとか、、、。

これは実はコーチング等で、
その課題がブレイクスルーしたり、
その課題自体に対して話し合っていて問題を感じられなくなったときのスッキリ感の半端なさからして。

対人関係に苦しんでいたときの感情の傷が肉体を攻めるということが水面下で起きているといえるほど、
その苦しみが消えたときに体調がよくなる人も、ほんとうに幾名も見かけることがあるのです。

ということは、、、
確かに自身の感情が過剰になって自らの臓器を傷つけているようです。
具体的に、今の自身の過剰な感情がどの臓器を傷ついているといった自覚はないにせよ、
なんらかの漠然とというレベルを通り越した不快感を持っているからこそ、
対人支援を得意とするコーチの門を叩くのでしょう。


内因の過剰な「喜・怒・思・悲・憂・恐・驚」という感情が発見されたなら、
自身ならばどう対策をとるべきでしょうか?
そこが大事ですね。

中医学の門を叩くというよりも、
たとえばですが私は対人関係を支援してくれるコーチの門を叩くほうが適切だろうなと考えています。

私が目を通した中医学のテキストには病気の原因に内因があるということは書いても、
それに対しての対人支援を受ける必要ありというようなところまでは突っ込んでは書かれていません。
内因に対しての危険を提唱したとしても
具体的かつパワフルな対策が打たれなければ、
クライアントの臓器の傷は減りませんし、
誰もしあわせにはなりませんから。



余談ですが、
「臓器が病気になるほどの過剰な感情」という、行き過ぎた状態では
感情を生じさせるエネルギーを過剰に消費させて健康ではいられなくなります。
それは別に強い怒りの感情を爆発させた人の息をビニール袋にでも貯めて、
小さな昆虫などをいれると通常ではありえないほど死んじゃうのです。
通常の感情では息をいれてもピンピンしている昆虫なのに。。。

自分の内側で内因動機により毒を創り出しているんですね。

その毒を外に吐き出すこともできますが、
うちにこもる毒もでてきます。



特にですが家族、親族、友人、仕事場で、
対人関係に苦しむことってありますよね。


いちばんきついのが身内だと思います。
人間関係を学ぶ修行をするときにもハードな学びになるのが身内からです。


たとえば身内にいつまでもいつまでも恨み言をいう人もいますよね。
ときには非常識な理由で噛み付いてきたりすることもあるんです。


そのようなことを言う人に対して。
「そのようなことじゃいけないよ」と注意をしたほうがいいのでしょうか?


個人的な考えでは、
ずっとそのような言葉を言い続けているような人が変わる手助けは望んでおらず、
かえって反発されて恨み言のネタが増えていくだけ。
本人が心底そうしたいと感じるほど懲りない限りは、
自分のやり方がまずかったと反省もしません。

コーチングでも、多くの場合、
クライアントが悩むのが、
どうやって相手の考えを変えようかというところでつまずきます。

たとえばその相手がコーチングを受けたいとなれば打つ手はありますが、
そうではない場合は、
けっして強制力を用いて相手を操作するようなことはすべきではないという姿勢でいること。
そのような考えがアドラー心理学のベースにあるのです。


すると賢明な行動としては、
できるだけ顔を合わさずに遠くへ逃げておくように私ならばさせてもらいます。
同じステージに登らないようにしたほうが、平和なのです。

立場上、逃げられないときもあるでしょうが、
もしも相手がひどすぎるときには、
表向きでは関わっているようにみせても、
精神的な面では関与しない姿勢で逃げる気持ちでいるのが正解でしょう。

少し前にやっていたドラマですが
『逃げるは恥だが役に立つ』でいいじゃないですか。

posted by スズキ at 12:56| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月16日

中医基礎理論を学べるサンプル映像を見つけました!が、、、。

中医学の本を読むに際して。

どうも頭に入りづらくて困っています。
たった今の私がその状態です。


最初は中医学の難解な本を買い込み、
2週間もすると早々に挫折を味わい、
それから平易な本を、
書店に買いに走る。

--;


脈診を教えてくれている先生方が、
独学では中医学の基礎はなかなか使えるようになるまで身につかないものだ、
とおっしゃっていた意味をかみしめています。



中医学の基礎は複雑な内容がシンプルに図解されるような工夫をしてあって、
順を追って理解していけばとてもシステマティックな運用ができるようです。

中医学の陰陽の視点で人体を見つめていくメリットを感じられるものです。


ただなんら知識がないうちに中医学の基礎の基礎の本でさえ、
どえらい難しい概念が現れたかのように思えてきてなりません。

中医学では、ひとつの項目の分類が詳細になされているため、
真新しいワードが現れてくるのです。


中医学の基礎がわからなければ脈診を学んでも、
使いこなせるものではないことだけは理解でき、
どうにか概要だけでも頭に叩き込んでおきたい。
これがおこなうことができるようになったとき。
脈を診て、
その情報が私の脳内でヴィジュアル的に意味をもった映像に結びつき
施術へとつなげられると期待しています。

通常、私が施術をするときにボディチェックをする際、
身体の左右のバランスで見たり
身体の上下のバランスで見たり、
ねじれを読んだり詰まりを見たり、
といった人体を構造体として読みます。
そこからその人体内部に位置する臓腑がパッケージしている状態が、
外枠の骨や筋などの外壁枠が潰れたり弛緩し過ぎたりと問題があれば
そこへと関連する臓腑にも影響が現れてきます。
またはシンプルに脊椎の椎骨のずれや棘突起の状態を読んで、
神経根の詰まりから関連する神経の行き先になる臓器の状態を知るようにしていたり。



人体上の構造体を外見からみるには長けているのですが、
その構造体として見ていただけでは、
内部の臓器同士の役割分担からくる相関からものをみて、
その上で思考して、より深い意味を持った手を出すことができない。


脈診の先生やそのレベルの中医学の知識を身に付けた方々は一様に、
中医学基礎が充実した理解へ進んだとき、
人体の世界が見え方がまったく変わった、
と言われておりました。

そこには今の私の人体構造上のもののみかたで終えてしまうならば、
いくらそこでがんばってみても、、、。
私が望む次のステップへと、
進むことができないんです。

身体の状態を認識する力が、
今までの施術技術に結びつけば、
施術技術を多面的に学び続けるより施術成果が伸ばせる。
それが根本的な施術をお受けいただくお客様のひとコマの施術時間を、
大きく有意義なものへと変えてくれるものとなると信じております。

そう信じて、やっていく価値に気づいたのですね。。。




そこに気づいてしまった以上、
あともどりはできません。

施術再開の滑り出しをそこに、
ひとつ大切な軸を置いてます。



だったら施術を再開してから、
学べばいいんじゃないのだろうか?
という考えもありますが。。。

日々の施術では誠心誠意がんばるスタイルで施術をする私の場合、
今までのお客様の状態変化を記録して対策を打ち立てる時間を取り、
新たな施術法の工夫がそこには必然的に必要となるからそちらもし。
それですでに労働時間外の90%は使われていますから、
中医学基礎を学んでいる時間もなければ体力も残っていません。


そうなると、
新たな学習が身につかないまま
今までの施術の延長線上での施術を続けざるを得ない。

そこで進歩が途絶える気がいたします。

それを避けたいので、
どうにかせねば、と。




本からの学習では、どうもいく冊か目を通した本が悪いというわけではなく、
私の「わからないなぁ」という取り組みにくさが先に壁を作ってしまって、学習が進まない。

そこはわかってきたので、




ひとまず、youtubeで、なにかないかと探ってみました。

すると中医基礎理論DVDサンプルというものがアップされていました。
サンプル版ですから、全編がアップされているわけではありません。
ですがサンプルをみると、これがまた意外にわかりやすいんです。



https://youtu.be/H_Q4uSj7KqY
中医基礎理論(陰陽・五行・精気血津液・蔵象・経絡)〜推拿(すいな)整体療法DVD教材のご紹介(サンプル映像公開 第2弾)


私にはこのサンプル映像、好印象でした!



基本的な本を100回通読するよりも、
映像を10回繰り返し見たほうがいい。
私のいまのニーズでは浅く広く確実に、
という私が普段している施術上で活かし使えるレベルでいい。

そして中医学の知識が腑に落ちる瞬間をむかえられれば、
今まで頭に入らないとうなっていた状況が一転して、
おもしろいように取り組めるようになるでしょう。

そうなるためのきっかけを欲しているんです。


なので「おぉ、これは買うしかない!」と、
高額な通信教材となると覚悟をしたものの
いまは時間を買うしかない!!


意気揚々と発行している学院のページを開くと、、、。


ホームページはなくなっておられ、
関連するツイッターなどをみてもすでに去年の初旬から更新がなくなっております。
残念ですが、DVD教材を手に入れることができない様子です。




ひとまずできることとして、
サンプル映像をみて解説の流れを踏まえて、
本からの学習を再考してみようかと考えています。


posted by スズキ at 08:29| Comment(0) | 施術研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月15日

錘をてこにした施術のための「錘」の処分をしました


私が今年の1月末日から母の介護中に施術をしているとき。
それはかなり無理な姿勢での誠心誠意の施術の連続でした。


大学病院のベッドや介護用ベッドとは施術用ベッドとは違っています。
ベッドのクッションの沈み込みが強すぎて不安定なところを
必死に地面についたもう一方の足のつま先でぐらつかないよう支えて固定していた。
それにベッドの幅が思いの外広かったり高さが合わないので、
足指で支えて固定するときにはちぎれんばかりの力をこめて固定セざるを得なかった。
私がぐらついて母の上に倒れようなものなら、
それがもとで死期を早めることになりかねないという思いがあったから緊張もするわけです。

その足指での無理やりに課した固定により、
私の足の指やつま先の感覚は、冷感も痛覚も消えてしまっていた。
自分で自分の足指を触っても、もう、触覚は働かず、触られた感覚もない。
ただただジンジンと痺れ続けている異常事態のかすかなサイレンが鳴りっぱなしです。


私が重い錘を巧みに使って、通常ならなかなか解けるはずがない筋膜部位をリリースしていた、
独自のやり方を手放すしかないだろうと判断をしたのは、
実はこの錘を使いてこ操作で患部をリリースするやり方では、
足指の力加減とそこから生み出される微量な方向調整操作が命です。



それが、足指の感覚が麻痺して、そこに足指があるのかないのかさえわからない感触になっていた。
床での施術は、必然的に立膝で足指でのバランス調整が必要なので、
それが、できないような身体の状態になってしまったのですね。


「錘を使った施術は諦めなければならないのか、、、。」


自分自身の身体が回復するにつれて、
足指のコンディションも取り戻せるかもしれません。

今までの研究成果を手放してしまうのは
その施術成果を期待しておられるお客様にとってみてももったいない話です。
他の施術をなさる先生方がなさらないノウハウが
そこではふんだんに取り入れられて成果がだせるものです。


ですがあまりに足指の腱を介護中の施術で緊張のあまりいじめすぎたため、
一ヶ月過ぎた今もその感覚が、十分には戻ってこない。

私自身が自分の足指をケアしても、これほどのなおりの悪さですから、
当時の施術を母にしているときは夢中でわからなかったのですが、
ほんの数ヶ月で体を壊さんばかりに使い倒した日々を送っていたんですね。


あらためてその当時を振り返えってみて。
当然のこと、そのときの施術をしたことに後悔はありませんが、
精神的な余裕が擦り切れた状態でおこなう施術には、
身を削って消耗が著しいものだと痛感しました。



それで致し方ないと床での施術をあきらめるしかない状況。
「脚を立てたワークベッドでの施術」への選択しか、私には残されていない。

ワークベッドを使う施術では、足指の感覚麻痺があっても、
かかとを地べたに庄をかけて体の操作をすることができます。
かえってそうするほうが、庄を生み出すときなど力みがグーンと消えて、
施術成果がずばぬけて良くなるというもの。

だから、ワークベッドでの施術への移行は問題はないのですが、
今まで私が使っていた施術技術の用い方を大幅に変えるのには
新たなセオリー付や発見がなければ変えたあとに
新たな施術技術を使いこなせないものです。



そのシミュレーションに時間を掛ける必要があります。


それで私が目的とする施術が成り立つかどうか。
その様子を見ていかなければならなかったので、
数名のお客様や私が施術を教えている人などに協力していただいて、
その試行錯誤をはじめていたというのが、ここ最近のことです。
中医学の診断学でそのときどきの施術法やアプローチポイントを選択し、
施術ではプルパを使ったり、ボウエンテクニックのムーブをいかしたり、オステオパシーの手技をいかしたり。

脳内でリアルに想像できていけるようになれば身体がそのイメージに反応して動きが卒なくなっていき、
それから実際に私が施術を教えている人などに協力していただいて、
うまく意図通りに施術技が機能してくれるか、成果がどれほどでたかをみていく段階です。




ひと月以上施術を休んでみれば足先の感覚がもどることがあればと淡い期待を持ってはいたのですが、
どうにか50%程度は戻ったが、細かい施術をカバーできるほどの高度なセンサーにはなりえていません。




錘を使った施術をできるようになるか、
それとも錘を捨てて他の施術スタイルに変化させていくか。

一気に大きな変化を強いては負担も大きいので、
できれば錘を生かしたかったというのが本音でしたが。。。


残念ながら私の、足指のセンサー機能が不十分という状況を判断した結果、
今日、長年お世話になった重い錘たちと楔型ブロックを含め総計15個ほどの工夫し自作した道具を、
踏ん切りをつけ、あきらめて処分しました。


そのおかげで部屋の中はスッキリしました。。。

ただひとつの私の大切な時代が終わったかのようで、
当初は想定外のことであり戸惑いもありますし、
寂しさが感じられます。


人生にも波風がありますが、
施術にもそれは見受けられるものです。



後ろを振り返らず、
前をむいて生きてゆかねば。

posted by スズキ at 23:42| Comment(0) | 施術研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月14日

書籍紹介:【増補改訂版 オステオパシーアトラス[WEB動画付]―マニュアルセラピーの理論と実践―】

私は、ここ最近。

医学書のある書店で中医学書籍コーナーに入り浸るのですが、
そんな私でもどうしても手に入れないといけないなと思えたオステオパシー系の本があります。
(一般書ではございませんので、あしからず ^-^;)





増補改訂版 オステオパシーアトラス[WEB動画付]―マニュアルセラピーの理論と実践―


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内容紹介
アンドリュー・テイラー・スティルによって創始され、様々な手技により主に筋骨格系、頭蓋骨、内臓などにおける機能障害を治療するオステオパシー。
柔道整復師、マッサージ師、理学療法士、アスレティックトレーナーなど、多くの医療関連職種が実践しているオステオパシー手技について、原理およびそれれの手技について系統学的に解説するとともに、わかりやすく整理されている。
本書では、カウンターストレインやマッスルエナジーテクニックなどよく知られた手技に加え、靱帯張力バランス、リンパ手技、ファシリテイティッド・ポジショナル・リリース、高速低振幅(HVLA)手技、頭蓋骨オステオパシー、スティルテクニックなどオステオパシーで用いられるほとんどすべての手技を網羅し、手技の手順は1500枚以上のカラー写真を用いて解説。
また、写真上の矢印と注釈に従えば、読者は手技を容易に理解できるよう工夫されている。
骨格筋の構造検査、可動性検査、触診検査、脊柱と骨盤の分節間検査など、読者が症状の診断基準と治療手技を関連付けられるようになっている。
前版から数々の手技が追加・修正された増補改訂版。Webでテクニック動画も観られるので、より理解が深まる内容となっている。


第1部 診断におけるオステオパシーの原理
第1章 オステオパシー検査の原理
第2章 オステオパシーにおける筋骨格の静的検査
第3章 脊柱の可動性
第4章 オステオパシー触診
第5章 分節間可動性検査

第2部 オステオパシー手技
第6章 オステオパシー手技の原則
第7章 軟部組織テクニック
第8章 筋筋膜リリーステクニック
第9章 カウンターストレイン
第10章 マッスルエナジーテクニック
第11章 高速低振幅手技
第12章 ファシリテイティッド・ポジショナル・リリーステクニック(FPR)
第13章 スティルテクニック
第14章 靱帯張力バランス・靱帯性関節ストレイン
第15章 内臓テクニック
第16章 リンパ手技
第17章 関節手技と混合手技
第18章 頭蓋骨オステオパシー徒手医学

内容(「BOOK」データベースより)
理論から実際の手順まで!写真と動画で完全マスター。



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こちらの本は増補改訂版で、増補改訂する前の版を持っています。


この度の増補改訂版の目玉は、
おどろくことにWEB動画で施術のやり方が解説してあるといいます。
それがたとえ英語であったとしても、役立つことは間違いないです。
すべての検査法や施術が映像で解説提供されているわけではないところが残念なところです。
私がこのテクニックの映像が見たいなと思えるものは、
だいぶ削られているので。。。

ただ以前にも増して内容が濃くページ数も600頁超で分厚くなりました。
お買い得スペックがあがりました。

これだけのお買い得感があると、
中医学に時間と費用をつぎ込む時期と心得ていても、
どうしても買わざるを得ない気持ちに駆られますね。

ひとつ気がかりな点は、以前の版とほぼ重なっているため、
前版をもっていても仕方がなくなるのがつらいことです。



オステオパシーの勉強をなさりたい初学者の方にはとっつきやすいかどうかは疑問はあります。
多数あるテクニックごとの基礎知識や出来た経緯などが 丁寧な解説がなされているわけではありませんので。
なのでいきなりテクニックをみせられても要点がわかったようなわからないようなものとなるでしょう。

その丁寧な解説は各テクニックの詳細が書かれている書籍か、
施術セミナーに通うか、施術家の先輩方に手ほどきをうけることにゆるずものです。

ただ広大なオステオパシーの全体像の一部のテクニックの紹介ですが
簡潔かつコンパクトにかゆいところにまで手が届くテクニックのセレクトで、
これだけしっかり習得することができるならば。。。



価値ある一冊だと思います。

posted by スズキ at 12:29| Comment(0) | 書籍紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月13日

みぞおちの張り等の不快感もいく種類にも分類できるものです

こんにちは。

みなさま、お元気でしょうか。

今日は、すがすがしいいい天気ですね。

私的なことで、すいません。

四十九日法要が先週土曜日につつがなく終わり、
母をお送りすることができました。

たったいま、
緊張の糸が切れて、
ホッとしているところです。


現在、部屋の中を少しずつ整理をしています。

ずいぶんと家中のものを捨ててみて、
スッキリしてきたと思います。
それは今までお越しいただいていたお客様が、
先日、お見えになられて、
「あ、なんだかここらへんさっぱりしましたね」
と。

^-^

今はまだ、いろいろと

これから、クリエイティブな仕事モードに移行しようと考えています。


クリエイティブな仕事、、、とはいうにはおこがましいですが、
中医学診断の本を読んでいて。

腹部のみぞおちが張る感じがして、、、
とお客様から問い合わせをいただきましたとき。

自身で、自分の体の使い方等を様子をみて改善の仕方を自己完結的に提案してくれていて、
「それ!いいね!」
と私が、にっこりすればいいという。
なんともありがたいメール内容でした。

さすが、ですね。Tさん。

あまりくわしいことは申しませんでしたが、
中医学は西洋医ではない物の見方をします。

たとえば心下というのがみぞおちあたりということだと思うのですが、
その部分の負担を感じた際には、
腹部を触り質問をさせていただきつつ、
つぎのどちらかに当てはめていきます。


心下痞
心下痞満
心下痞硬
心下痞堅
心下石
心下支結
心下悸
心中痞


などが、あるんですね。
入門 目でみる 臨床中医診断学」より。


それらのひとつに当てはめられれば、
テキストにはそこから病因や病気になった起こりの情報が提示されていて
状態の目星がつくようになっているんですね。


 なるほど、なるほど。


というそのような大切な情報を私の得意にする施術に転化して活かすには、
もうひとクッション、ひとくふう必要になります。
ですがおそらくたとえば心下痞満でありそうかと感じれば「脾胃に負担感はないですか?」など、
より詳細を突き止めるための質問をさせていただくことで、
お客様自身もひとつ、ふたつ腑に落ちるような自身の生活をあらためよう!と思えるきっかけを得ることにもなるようです。

いままでは漠然とした痛みツッパリなどのや不快感が、
そのようになった起因部分が言葉に挙げられると、
お客様自身と私自身も「あっ、そういえば、、、」ということにもなるはず。

そこを緒にして、
いくつかの部位が見える化されはじめ、
そこからの気づきは大きいものでしょう。


まだ私は、学んでいる途中なので偉そうなことは言えませんが、
しっかりこれらを身につけることができれば、
なんらかの施術をするさいの指針を得られて
手応えがそこから新たに生まれてきそうです。





posted by スズキ at 11:09| Comment(0) | 施術研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月10日

施術者の質問力

先日のこと。
同業者で私と施術の話をする先生と。

「ひとりひとりのお客様。お客様ごとに、施術に対しての希望も違いますし、
 それに前提としてお客様ごとのお体の様子が違ってもいます。
 だから問診することって大事だよね」

という話をしていました。



最近、特に私は考えるというより、感じるのです。
もっとしっかり問診から情報を得ていきたいと。





特にお客様が初回においでなられるとき。


お客様から、

・お体の状況・状態 (チェック項目として40項目ほどあり該当するものにチェック)
・仕事や生活上の際の心身にかかるストレス
・最近、血液検査を受けておられたらその数値を教えていただいたり
・血圧などのバイタルサイン情報を教えていただきます
・主訴、そしてそれが起きた当時の状況や時期など

・施術をうけてどのようなことを期待しておりますか?主だったことを教えてください。

私のところでは、事前にお客様に質問表のフォームとして、
それらの情報をご記入いただいて施術日前日までにお送りいただきますようお願いしています。
事前に情報をいただくことで、私がわからないような問題があれば当日までに調べておきます。
するとベースになる知識を私の頭に入ってます。
質問をさせていただくときに精度があがります。
相当レアなものや、ご記入いただいたところでの情報量が少なく、
推測する部分がほぼほぼのときは当日に質問させていただきます。

そのようなことがらが少なくなく多くのお客様から見受けられることもございまして。
事前調査が、その後の方向性を濃いものにしてくれるのですね。

そして初回の施術ではできるだけ多くの時間を用意するようにさせていただいて、
「2−8の法則」という流れでお話を御伺いできるように心がけます。

こちらからの問いかけを2割で、
それに対するお客様からの回答を8割になるようお話いただくように。

それはお客様自身が、ご自身の状況をつぶさに体験し目撃している本人です。
その話の脈のなかに、多くの施術をおこなうときの方向を示していただけるヒントが含まれているのです。



たとえば、「痛み」の表現ですね。

「なるほど、その部分が痛いのですね。。。
 
 ではそれはどんなふうな痛みの質でしょうか?」


中医学の問診の本を元にしてほんの一部を列挙させていただきますと、



冷痛のばあい、ヒヤッとした、ジンジンする、ぞくぞくする、しんしんする、氷の中にいるような、
灼痛のばあい、ジリジリする、チリチリする、ジンジンする、焼け火箸を当てたような、ずきんずきんする、ドクンドクンする、
張痛のばあい、突っ張る、コリコリする、コチコチする、ゴリゴリする、バリバリする、パンパンする、ズーンとする、通らない感じ、引っかかった感じ、
刺痛のばあい、チクチクする、ズキンとする、ぐりぐりする、きられたような、裂かれたような、差し込むような、
ざん痛のばあい、ピリピリする、ビリビリする、ジーンとする、チリチリする、あちこち痛い、
絞痛のばあい、きゅっとする、ギュッとする、ちぎれるような、引きちぎられそうな、ねじられるような、鷲掴みされた感じ、えぐられたような、動けないほどの、七転八倒、
攣痛のばあい、つれる、ピクピクする、ズーンとする、ジーンとする、虫が這うような、薄皮が一枚ある感じ、
・・・・・・
上記の痛みの表現は、ほんの一部です。
その他多くの痛みの質があり、
その質から代表的な痛みのどれに該当するかを割り出していくのですね。



たとえば他にも私どもの筋膜リリースで多く聞くところでは、
突っ張るような、痛くて伸ばせない、伸ばすと痛い、つれた痛み、引き連れた、ビーンとした痛み、固まった感じ、
といったところが多く耳にする痛みの表現のワードです。
するとこの引っ張られるような痛みというキーが読めれば、

中医学ではこの場合、
次のような病理が潜んでいると申します。

陰虚・血虚で筋を養えていないことを主な病理とし、
肝血虚に多く、脾血虚、腎虚からの気血両虚でもなる。
腹部から脇に向かえば肝の疏泄失調が絡むこともある。


というところが、お客様がお話いただいた痛みの表現から読み取れるというものです。


「どのような質の痛みか」をお客様からの直接の表現を聞くことで、
さまざまな様子をくみとることができるわけです。
その個別具体の情報を把握して、最適な対応策が施せるのですから、
そうなると施術成果も高まります。


私のような施術では西洋医学でなさるような検査はできませんので、
そこはお医者様にお任せするのがよいと思っております。
やはり専門家でなければわからない数値なども多くあり、
大変に有効に人体内部の情報を汲み取ることのできる手段ですから。

そして私どもには私どもなりの情報収集の技のひとつが問診なのです。



またその症状による痛みには各人の軽重の違いがあるもので、
その軽重の様子も、先にお客様がどのような状況下にあるか、
把握をしておかなければ見謝ることがあります。
それは状態としてあまり悪くなさそうなアスリートが「痛い!」というとき、
痛覚神経にまでしっかりと血がめぐって身体のすみずみの情報を収集してくれる力がある。
そのときは、身体に活気が残っていて改善力がもともとあるというところを底上げすれば、
比較的スムースに痛みの課題について新たな別のステップに進むことができるようになります。
それが状態として深く内臓部までの体質に入り込んだ悪化が進んでいる方は
「さほど痛みはないのだが」と言われることがあります。
そのときはたやすい施術で対処することは困難です。



他の問診注意点としては、
断定的に「あなたの症状は具体的にはこうではないですか?」という問いかけより、
もっとお客様に話を聞かせていただけるような問いかけの方が有益な情報がえられるものです。

お客様の状態をできるだけ聞き出そうという姿勢であれば、
お客様が目の前にいてくれたとき、
すでにお客様の姿勢やしぐさや声の調子、顔の歪み、臭いといった他にも様々な情報をすでに提供してくれていますから、
ついそのわかった部分を確認するような断定的な質問もしてみたくなります。

それは施術時間が十分にとれないようなときには、
このような情報を汲み取って確認するという流れは効率がいいので、
私はそれを否定することはできません。
というのも、問診だけで丁寧なやりとりをすれば数時間かかります。
それでは経営上難しいという治療院形態のお店も多くありますので。



また質問をさせていただくとき。

そのひとつ質問の中の問いが、複数あってはならないというのもルールです。

たとえば、
「頭が痛くなるときがあるのですね」といわれれば、
それにそって
「そうなんです、いつも仕事が終わる直前ぐらいなんですが・・・・」のように回答が返ってきます。

それに対し、
「仕事をしているときずっと頭が痛いのですか?」というと、
「いいえ、違います」
というところで会話が終了してしまうことが往々にしてあるのです。
そうなると「仕事終わりぐらいにある頭痛がつらい」という回答にまでたどりつけずに、
次の質問に話が流れてしまう。
つまり「はい、いいえ」と答えられる質問の仕方をすると、
そこで質疑応答が完結してしまいます。
なかには「いいえ、違うんですよ〜。私の場合ですがね、、、」
と話を広げていただける方もおられるのですが、
多くの方は多少緊張気味ですから、質問された回答形式のまま回答して終了となりますから。

そういった質問をしておきながら、
質問をした施術者が「そのようなことだったら、質問したとき言ってくれればよかったのに!」
というケース。
少なくないと聞きます。
それはよくないですね。






質問をさせていただいて、
主訴を確定させていただくために、
お客様から多くの話をお聞きして症状を集め、
重要だと思うものをリストアップしていきます。

そのリストアップされた情報の中から、
主要な問題点を考察していきます。
そして目星を付けてから、
施術で実際にその目星に沿ったアプローチをして、
正誤を判断し微妙な差やぶれなどを確認していくのです。

そういった過程を通り、
目に見えない部分を可視化できるようにするのです。
そして複数の部位が可視化できたときには、
さらに可視化できづらいような場所にも可視化の手が伸びます。



中医学では、その確認作業のときに脈診舌診などを使います。
私は、脈診を習いに行く前は、てっきり脈をみればそれで問診のかわりにもなる部分があるのだろうと勘違いをしておりました。
無知は恐ろしい、、、、。

少しずつ賢くなってがんばっています。 ^-^!



また中医学の診断学の本などを読むと、
そこに科学があるといってよいほどに、
人体をよくシステムとして捉えていて。

問診を通して見えてくる像が、
中医学の診断を元にしていけば鮮明化されるだろうと思います。



あと問診を通して、お客様ご自身が、自分の身体の状態で、
普段ではあまり気にも止めなかったところに何かがありそうだ、
と自分で発している言葉を聞いて直感することがあります。
そしてその直感に基づいて、
自分なりに改善活動をし始めることで、
大変すばらしい変化が得られたという方も多くおられます。

普段は、自分の体の中で気に係る部分は、
上位1〜2番目位で、あとの下位部分はごっそり意識から削除されているのが普通です。

ですがはっきりいって特に急性の問題以外の慢性化した体質改善が必要な課題に置いては、
意識からごっそり抜け落ちた部分の対処を丁寧にして積んでいくことで、
上位1〜2番の問題が氷解することが、実によくあるんです。

話を後ろから考えてみると、
上位1番の主訴を改善するのが目的であれば、
下位にある課題から解いていくのが近道ということが多くあるのだということ。
そして下位の課題が意識に登らないままであれば、、、、
どうあがいてもその問題を解くための足がかりがなくて、
ずっと苦しみ続けてしまうということもあるのです。

そして自分で下位の課題に気づいて、
そして「それはおかしいぞ、変だぞ!」と真剣に考えて脳にそこにある自分らしくない異常事態を改善せよとメッセージを送ると。

するとそこから改善のステップアップをしていけたという人が多くおられるのです。



そういうこともあると考えると、
問診を受けて自己客観性を上げていくこと自体に、
価値のあることのように思えてきますね。
posted by スズキ at 21:14| Comment(0) | 施術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月07日

中医学の最大の目的は「病気にならないようにすること」です。と、自宅内部の軽セルフリフォーム近況報告

みなさま、こんにちは。

今日、明日は雨ですね。
かなり激しく降る所もあるようです。
みなさま、お気を付けくださいね。



明日6月8日は、
個人的なことですが母の四十九日法要と納骨で、
寺のある千葉県香取市佐原へ行ってまいります。

これで私にもこころのなかで一区切りついて、
次に動く方向を見定められればと願ってます。



個人的には私が施術への情熱で
母にいつまでも心配をかけ続けてきました。
そんな私に対してともに同じ場で生活をする母。
「こころから、あなたのことを心配をしているのよ・・・」
といってくれた人がいなくなったとき。

そのつらさや口惜しさは、
半端ではないものですね。



消極的安楽死を迎えることになった私の母に対して。

その現実を直視しながらも、
いまも何か出来たことはあったのではないかと、
こころのなかは絶えず何かを追い求めています。

消極的安楽死は、日本では苦痛を長引かせないため、
状態回復の見込みがない場合は延命治療をせずにという判断になります。

私の母自身は、大学病院で病状を宣告されたときに、
消極的安楽死という言葉は使われていなかったので、
これからどうなるのか。
良くなることがあるのか、
最悪なことが訪れるのか、
さっぱりわからなかった。


私も、直接、母にそのようなことがらについて、
噛んで含んでわかりやすいような説明は避けて、
とにかく私ができることを必死にやり抜くしかないと。

その私の姿から、
母への感謝の思いを伝え続ける。
生の望みがあるなしというところを越えた、
思いを受け取ってほしいと考えていました。

ですが少なからず医者が母のがんに対して、
一切の処置をしていないことを知ってから、
消極的安楽死を必要とする患者であるという位置づけだと知る。


母ががんになった責任は、本人にあるもので、
大学病院の先生方が悪いわけではありません。
それはもちろんのことです。

お医者様もつらい闘病をする患者に対して、
消極的安楽死へという判断をして接することは、
並々ならぬ愛情と責任感がなければできません。


私個人の理想としては、
消極的安楽死を選択せざるを得ない重篤な身体の状態に陥る前に、
どうにかするような知識や知恵、方法がなかったものだろうか?
どうしても知りたく思えてきた。



その結果が中医学にようやっと学び出そうと行動を始めたことへ。



私は今、中医学の「黄帝内経」の簡易版や「中医学ってなんだろう」などの平易な本を読んでます。

それらのなかで語られていることがあります。


がんのような病はすぐに重篤となるものではなくて、
皮膚の表面から徐々に内部の奥まで時間をかけて段階を経て進行していくといいます。

その表面から身体の奥の臓腑まで病が進むと、
また表面に戻っていく。
その経過を繰り返し重篤となり、
容易に取り返しのつかないところまで至るといいます。

いま、中医学の診断方法の一つを学び出したときには、
「そういえば、当時の母にこれは当てはまるだろう」
と、思えてしまうようなことがいくつも出てきました。


実際に知識を得て活用していきたい人を見送ったあと、
あのときわかっておれば施術の仕方を変えていたのに。。。
という後悔の念が増す学びをするつらさ感じています。

施術家のなかには自分の身内を助けられなかったときに
その後に執念深く助ける方法を模索し続けてしまう人がいます。
そうやって学び対処力が付き始めて感じる「もしもの世界」ですね。


ですが、そもそも、、、という前提で

中医学の目的は「病気を治す」ことではなく、
一番大切な目的は「病気にならないようにすること」です。


いつも健康でいるための養生をしていく学びなのでしょう。

中医学を学び始めたら、
自分を大切な自然の一部としていたわり慈しむやさしさを、
自身の生き方の中に見出すことが根底に芽生えさせなければ虚しいものと思えてくるでしょう。

そのような気がしてなりません。


もしもの世界を述べることを許していただければ。
私も3年前から、真剣に中医学を学び始めていればよかった。

そんな思いを深めつつ、読み始めています。

仕事が始まって身体が疲れてしまいだせば、
中医学の記憶すべき内容が山のようにある分野は、
頭に入らないようになって投げてしまうしかなくなります。
だから今のタイミングで、まとめて知識を暗記していって、
後々の学習の礎を築いておきたいところです。



そしてゆくゆくは3年前の私に中医学基礎に関心をもたせるような内容を咀嚼して、
誰もが読んで「へーなるほど、なるほど」と言える中身のある知識を文章化してみたいですね。
そうなったときには中医学の目で臓腑や経絡、経脈などが目に飛び込んできて、
より複雑な施術上の一手が打てるようになっていくはずです。


ただし私が独習で本を読むのでは、
重要度の高い鍵が浮かび上がって見えてこなかったりします。
つまりかなり学習が実り実学となるまで遠大な時間が必要になるんですね。

脈診講座の鍼灸院の先生が、
その中医学基礎を教える講座を初学者にという機会を提供してくれているのですが、
時間的に今後、施術を再開したときに日曜日が丸々仕事休みにせねばならなくなり、
会社員のお客様がおられますので折り合いがつけられないと感じております。



・・------------------------------・・



話がかわりまして。



一昨日前から自宅内部のペンキ塗りをしていました。

施術を再開する前のタイミングで、
少しでも手をかけておこうと思いました。

10リットルのミルキーホワイトのペンキを買って、
ひとりで塗りまくっていてちょっとした惨状でした。
いつの間にか、
食事もせず夜中の2時までペンキを塗ることに。。。



ペンキ塗りをするにも
最近のペンキはペンキの臭いが弱くなったとはいえ、
ある程度の耐久性等があるものは臭いがあるのです。

あと数日すれば臭いも収まるのです。
いまはまだ、ひどくクラクラします。


自分で自分の機嫌をよくしていくには、
家の中を整理したり掃除をしてみたり、
明るくなるようにするのはいいですね!


まだまだ、
手をかけなければならないところが多く、
いくつかどうすればいいかを思案中です。


思いつめて頑固にがんばりすぎているぞと人に言われそうなほど、
まじめに仕事に対して取り組む傾向のある私なので。


費用は抑えつつおこなう自力でのリフォームですし、
やり方も手探りでほめられた仕上がりにはなりませんが。

自宅の内部を少しでもさっぱりできるよう、
工夫して時間を使うのもいい息抜きになりますね。


^-^
posted by スズキ at 17:41| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月05日

書籍紹介:【ハンディ版 舌をみれば病気がわかる】


昔は、西洋医のお医者様でも、
「ちょっと舌をだしてください」とおっしゃられて、
診断の参考になさったことを覚えている方もおられるでしょう。

舌の形状や色、舌のコケ、舌の小さな突起などから、
舌裏の静脈の様子や筋の様子など、
人によって様々な状態の個性があるものです。

例えば、舌の色が赤くなれば、赤くなった理由があって、
その理由から身体の状態を読み解くことができるのです。



中医学では舌を診断のひとつとしております。
その検査行為を舌診と呼びます。
舌診とは、中医学でいうところの「望診、聞診、問診、切診」の四診と呼ばれるものうちの
望診>に含まれる重要な診断方法の一つです。



最近、私も舌診の本も、真剣になって選ぼうと思っています。
専門性の高い本も多くあり目移りします。
「臨床家のための舌診のすべて」「舌診論[改訂増補版] 新・臨床中医学 舌診篇」など、
気になる本は山のようにあり、
今のところは選べずにいます。

絞り込むって難しい捨てる作業となりますから、
何が必要で、何が不要かという視点を得られるまで、
今の私の目は成長していないんだという実感をひしひしと感じます。


つらいものです。。。


そのようなおり、
たまたま図書館で借りた以下の本。



ハンディ版 舌をみれば病気がわかる

内容
舌はからだの鏡。毎日1回、舌を観察するだけで、
かくれた不調、病気のサインを素早くチェック!気になる82例と、
今すぐできる対策をやさしく解説。



一般書ですが、専門書にしか書かれていないような詳細な分類を試みて高度な内容を伝えてくれている。
素人でも本格的な内容で自分の舌の情報を読み込むのにはうってつけですね。

わかりやすさを重視して情報量を削った一般書とは違い、
情報量はかなり多く掲載してくれていて役立つものです。


舌の正常状態から離れたコンディションに分類されていて、
症状や心配な病気が具体的に語られていて参考になります。
それに食生活の対策や生活習慣の対策まで解説してあって。
かゆいところに手が届く感じです。


脈診などは、実際にスキルとしてその習得は容易ではない。
でも舌診断の場合は、自分で鏡を用いて観察すればいいし、
事のほか容易に思わぬ問題点を発見できることもあります。
またご家族の健康状態をチェックするのにもいいでしょう。
特に舌診は興味深く消化器系の問題を分からせてくれます。
posted by スズキ at 04:06| Comment(0) | 書籍紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする