2017年07月07日

私も体内に影に隠れた火種をたくさん抱えているものです。。。

先日、渋谷のMARUZEN&ジュンク堂書店にいくと、
以下の本があった。


片麻痺回復のための運動療法 第3版 促通反復療法「川平法」の理論と実際


こちらの本、2017/6/12発刊とのことで、第三版となります。
第二版に比べて新たな知識や工夫も図られたのですが、
最大の改善点は写真がカラーになった!

ということですね。

動きの機能的な統合などを学ぶ際に、
こちらの訓練操作は参考になるもの。
ただ必要性を感じつつも、
前版は、私自身少しは体の操作はわかっているものでも、
白黒写真から複雑な動きを矢印指示されるとなると見づらくて。
とりあえず目黒図書館からDVDなしで借りてよく見たがわかりづらく、
購入断念をしてしまった経緯がある。

それがカラー写真になったところで、
内容やイメージを把握するのは容易になり、購入を決めました。


実は、、、。

私がこの本を書店で手にとって眺めているとき、
脳裏に浮かんだ言葉がある。

「これは身体の片麻痺を改善することを目指している人たちのための本だ。
だが、片麻痺という状態でなくとも、
ほとんどの人たちの体の内側には麻痺が陰に隠れているのだ。
その認識を腑に落ちて、現状に目を向け自らを観察し、
気づき、手当をしていくことこも忘れてはならない。」

誰もが体の内奥に神経が麻痺しているのにもかかわらず、
気付けていないところが多いのだということは、
私は施術をしていて痛感しています。



そう考えた瞬間。



不思議な体調変化がおきました。

いきなり左下顎の犬歯歯ぐき部分が、大きく腫れ上がりだした!

それは数分もせずに変化が起きたことから、
すなおな私の体が、体の内側の麻痺して隠れていたネック部分を気づかせようと、
痛みで伝え始めたんだなと悟りました。

私自身も新たな可能性のある施術を求めて、
先の見えないまま研究していく時間が多く、
自身の身体的な疲れや変調も最近感じていた。
もともと変調の揺れ幅を、微妙なものも捉えることができるので、
末期的な変調までいってはいないのだが、やはり意識が落ちてブログを書こうと思っても、
書こうとしている内容がまとまらずアップできないままで数日が過ぎていくことが続いた。

そんなような問題点を背負いつつも、
納得のいく過程を通って結果を残そうと努めていた矢先。


私の体の内側にある麻痺した問題点を潜在させずに、
早めに顕在化させて手を打てという意思を察知して、
立ち読みをしつついきなり歯ぐきが腫れ上がりだす。。。


なかなか私も、いろいろな経験をしてきたが、
インナードクターが、これほどまで素直だったか!と驚きました。
おそらくそのような変化を私に与えて何かを気づかせようとして、
そのタイミングを狙っていた。
そのような気がしました。

膿を出すには、痛みを伴うものですよね。
痛覚による気付きは、麻痺した問題状態を内在しっぱなしから方向を修正するために必要なのだ。



なので渋谷からの帰りは、歩きで帰らずに電車で帰ることになりました。。。


おかげさまで、
左側肩甲下筋と右側斜角筋や右側上部僧帽筋の硬化が著しく生じたため
左下顎の歯ぐきの痛みがでたのだとはわかっていたので、
今はそこに手当を施しまして痛みはほとんどありません。
やはり・・・歯医者さんに行ってもダメな歯ぐきの腫れだったんですね。^-^;


またこのような潜在的な痛みはひとつだけピンポイントで溜まるものではない。
そのためこちら以外の部分の麻痺した体のなかの状態も観察していきゆるめた。

それでほぼほぼ、好転反応でだるさがピークだったり意識レベルが低下したり。
そうして脳内にながれる血液を、体の深層部の凝りがはびこった部分に浴びせ、
順次溶かしていってくれた。
意識が患部を具体的に発見したとき、そこに問題の火種を火消するかのように
血液を患部に集めて潜伏した問題箇所の悪影響を小さくしてくれる。
まったくなくなるというほど溶かすことは、
身体操作の用法を一から建てなおさねば無理だ。
実利的に言えば問題が奥に潜るような状態にしておかないことが大事なのです。

人生を劇的に変えるための秘訣は、
影に隠れた火種を大きくし過ぎないこと。


私も、身体内部に動きの制限が生じさせられて気付けていない麻痺した部分が多くある。

ただ深層筋部分は多少は意図的に活かすような計算をしていることで、
取り返しがつかないところまではいかないようにはなっています。

それは表層筋はそれほど運動の連動連鎖がないが、
深層筋は頭の先からつま先までの連動連鎖がある。

日頃から深層筋が活かされて使われているならば、
動きの連動連鎖が鈍ったことで、神体内奥に筋肉の操作が悪癖を持ち動きの制限を持ち、
麻痺などの状態まで症状が進んできたなということを感じ取ることができるのです。

それがすでに深層筋が硬化萎縮しているような状態が常になって、
その様子が問題がないと感じ取れてしまっているならば、、、。

積極的に自身の身体の奥にある影に隠れた火種を見つけられない、
または大変に見つけづらくなっている。

このような状況下におられる方に、問題点がありますと伝えても、
意外と我が身のこととして言われていることだとは思えずにいて、
自身に不要なアドバイスをするところだと諦めてしまう。
これはコミュニケーション上の問題でもありますが、
痛くないところを痛いんだといわれても、
感覚的に信じづらいことだとわかります。
潜伏中だと、そういうことってあるので、
施術者としてこのようなケースもあると客観視できれば、
なるほど〜と思えるのですが、難しいところですよね。。。

ただ言えているところは、今感じている痛みや不快感の影の奥には、
解かれる優先順位としてもっと高いものも麻痺をして隠れています。
私の施術では、お客様が平素痛みなどまったく気づかない部分にリリースの手を伸ばし、
かえってそちらのほうが気づけばものすごく痛いんだと気づかれたとき。
私はお客様の脳が新たな貴重な発見をしていただけたものだと思います。^-^。。。
それら、、、類焼もしかねないような火種になっている部分もあるので、
拡張性ある麻痺部分は特に念入りに解いていくようにしてます。
そのような重要箇所のリリース時には、
痛かったり苦しかったりするので、
解かれる方は大変なんですが。

少しでも類焼を防げればと思いまして。。。

そこが解けることで、
低下した体質が変わることもあるので、
お客様もがんばってくれています。 m__m



実際は、片麻痺はない人でも、
私達施術をするものとしては、
大変に多くの麻痺をした筋肉を見つけています。

ただ不用意に多数の問題がありますから注意せよといわれるのも、
私がそのようなことをいきなり言われたらたまったものじゃない。

私の場合、お客様に特にそのような点を言葉でしてきせずにいて、
明確に問題点部分の動きの制限や筋の硬結部などを圧をかけたり
筋硬結の圧縮保持をしてリリースをするという、
無言のうちにここになにかがあるとお客様の脳に語りかけていく。

そのときに何らかの違和感を感じたという場合は、
後々になって自身が問題点の気づきを得て
インナードクターがそこの問題の火種を消すよう
血流をそこに届けるような設定をしてくれます。

優先順位として上位3番くらいまでのところに
まずは血液を流して溶かすようにして、
一定の血液によるバーストで問題箇所を立て直していくので。
それが、たいへん多くの問題箇所が体の内側にあれば、
なかなか解かれるための順番が後回しになることもある。

ただひとつ言えていることは。
すでに内在している凝りにはまったく違和感を認識できず、
平素のあってしかるべきもの、と意識的に受け止めている。
その視野を変えられなければ、そこに血液という貴重な投資をすることはない。。。
着々と問題が骨の髄まではびこりだすことになり、
やがて動脈管への圧迫やリンパ液等の代謝を制限させて生命力を下げてしまう。
体の中の体液の流れを滞らせられたところから冷えていき、
冷えていった緊張箇所から病や動きの制限なのの問題が生じるように思います。



もし麻痺がありそうだと気づいたが実感がないときのポイントとして、
現在の経験している体の状態が完全体で上がりと思うよりも、
自身にはさらに自由に動きを創りだす潜在的な能力があると認識し、
そこが追求できて未体験ゾーンに足を踏み入れられて麻痺を拭えたら、
いったいどんな気分を味わえるかとワクワクすること。

そのような前向きで建設的な意識を持っている人ならば、
すでに深層筋が癒着が進んでいたとしても、
適切な対応をしていくことで、
やがて目を見開くばかりの楽しく喜びを表現するような歓喜の声があがるでしょう。

このような素敵な人体を授けてくれていたなんて、
なんてありがたいことだろう!

私自身こそ、さらにこのような意識に目覚めて、
自分の体の内側にある麻痺が進んだ箇所に気づき、
オーバーユースの部分の裏にある怠けた筋肉にも気づき、
その他の身体の仕組み上の未開拓部分に気づくことほど利益があるものはない。


そうなっていきたいと、
自分の身を振り返って思えている次第です。


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2017年05月14日

感情と脊椎(特に胸椎の歪み)

感情と脊椎(特に胸椎の歪み)

去年終わりに施術を受けていただいたお客様が、
先日再度お越しいただけました。

去年終わり頃には、
ご本人的には大変な心身ともにご苦労と疲労感はあったものの、
脊椎の歪みはだいぶんよい状態に改善していたことを記憶しています。

それが、つい先日、施術をお受けいただいたときには、
腰椎の歪みだけではなく、
驚くべきほど胸椎の歪みが大きく生じていました。

腰椎は簡単に歪もうとすればゆがみますから理解できます。
問題ある姿勢をしていれば、早々にダメージを受けますし、
過労でもねじれが容易に入るものです。

ですが胸椎は、構造上、肋骨や胸骨という骨格が鳥かごのように形造られており、
たやすく歪むようなものではありません。

胸骨の歪みは、直接、免疫系、呼吸器、循環器に相当なダメージを強いることになります。

確か脊椎の状態で寿命や健康状態の将来を占うという本もあったと記憶していますが、
この部位の状態を観ることで私でも「健康寿命」をだいたいは占えるものです。。。

驚くような状態変化は、精神的なストレスから生み出されたとお話をお伺いしてわかりました。

以前からボディワイズのほうへおいでいただいているお客様の中で、
私が硬さが東日本一番じゃないかと思えた方も精神的なストレスが、
その体の体や脊椎の歪みの決定づけたものでありました。


最近、私が施術をする際に肘の使い方を工夫して、
臀部の深部へとリリースが及ぶようになってから、
どうにかこれほどの状態も、
半年前はある程度の良好さがあったというその時へのリセットをすれば良いという状況ゆえに、
対処することはできました。
ただあまりにも強固な歪みであるため、
ついぞ半年前の私がどこぞのセラピーで学んできた施術の圧のかけ方を
自分なりに応用系としてとりこめていなかったら、
ほぼ刃が立たなかったと思います。

胸椎および胸骨、その歪みは肋骨を通して大きな変位を共に起こしておられ、
呼吸がほぼ自律的にするのも難しいと思えるほど深刻な状態だということは
容易に察することができました。
どうにか4月になって好転してきたといっておられましたが、
それ以前は、まさに寝込んでおられたということでしたから。

もしも、この脊椎状況で放置されていたらどうなっていたのかと想像すると、
よくお話をさせていただいているお客様のことですから、
深刻な気持ちにならざるを得ませんでした。


ただ、実は施術はこのようなところでは対処療法。
まったくの対処療法なんです。

なぜか?

それは、精神的な痛手から起きた肉体の筋拘縮が体をがんじがらめにしたというものでしたから、
精神的な問題、または課題と言ってもいいことに対して、
ご自身がそこへどのように立ち向かっていかれるのかが、
根本の対応策となるものなのです。

そこにもちろんのことお客様も気づいておられますから、
長い時間、いっしょにいろいろとお話をきかせていただきました。

そしてたまたま私の知り合いの施術家の先生がなさっておられる楽器を、
そのお客様も関心を持っておられるご様子で、
自らその音色を奏でて癒やされたいなとおっしゃっておられました。
音色のなかには、心地よく自身の胸の鼓動を整えてくれる幸せを受け入れさせてくれる力があります。
そのような力量の大きさがあるもの。。。
私もそのような音楽のもとで安息のひとときをもつことができますよね。

自分にとって一番心地よいものと思えることに、
正面から向き合って没頭しているときを持つこと。
そのようなものを人生を送る友に持ちたいですよね。

  ^-^

お客様が楽器を演奏なさりたいという言葉を語られる様子を伺わせていただいて、
私も、なんだか勇気づけられた気持ちになりました。


胸椎の歪みは胸の痛み、、、
そしてやさしく傷つきやすいハートを、
特別なブロックをしようと努めた結果です。

肩の荷がどれほどの大きさだるのかは、私には察するにもあまりあります。
お話をお伺いさせていただくしかできませんでした。

いろいろと目の前に新たな人生の課題が降りかかってきます。
それらの課題を、正面からじっくりと受け止めていくことは、
心身ともにどれほど苦渋を感じることもおありでしょう。

私自身も、まさに心身ともにボロボロ状態になり、
復活するまでに時間を長く必要とすることも多々経験してきました。

そのときは、私の体も、悲しみと苦悩の状態から胸椎も歪みが出ていったことでしょう。
そういえば、呼吸ができてなくって、肚の位置が狂っていました。
腹式呼吸が妨げられるほどみぞおちが固まり、腹直筋を筋張ったものに変化させられて、
どうにかこうにか日々を送りつつも、、、。
意外に、そういったしんどい時期に、つかんだ意識の変化が、
自分にとっての成長を果たしてくれたものとなったと感じます。
自制心がそうやって増していったといいますか。。。 ^-^;

人生の課題って、疲れ果てるほどの試練なのかもしれません。
その人が乗り越えられるほどのものが授けられて成長の糧としていけると申します。

人生の課題を、どう感じるか。
なんなのかが、自らわかってきたらいいなと思います。
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2017年05月06日

伸筋を匠に使われている指揮者、発見 ^-^l

昨日は、私の仕事もお休みでゴールデンウィーク中の方々と混じって、
丸の内での音楽祭
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2017
http://www.lfj.jp/lfj_2017/

こちらにはじめて足を運んでみました。
多くの人たちが集う感じでしたが、
やはりクラシック好きの集まりですね。

混雑をしていても、秩序だっています。
おかげで人疲れも思いの外少なくてすみました。 ^-^

とりあえず会場周辺の雰囲気を楽しんで、
あとはニコライ堂・湯島聖堂・神田明神等お参へ散歩も考えていました。
ですが有料チケットを持っていなければ、会場の内部に足を入れることさえ許されない。
そのような仕組みになっていたんですね。

それでは寂しいところです。
どちらか有望な指揮者や楽曲があれば、と思いましたが。

ただ、数日前に、このような催しがあると知ったもので、
これからのプログラムでなにかいいのは?と現地で観て、
曲名を観てもどんなものかが想像だにしないものです。

クラシック音楽の飛び込み聴きってしたことがなかったんですが、
そうなりました。 ^-^;

*-------------------------------------*
ドミトリー・リス 指揮
ウラル・フィルハーモニー管弦楽団

曲目:グリンカ:幻想的ワルツ ロ短調(管弦楽版)
   ラフマニノフ:交響的舞曲 op.45

*-------------------------------------*

全体で45分の聴くにも体力的にやさしい感じのプログラムです。



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■ ドミトリー・リスという指揮者について。。。
http://www.lfj.jp/lfj_2017/performance/artist/detail/art_67.html

モスクワ音楽院でキタエンコに師事。
モスクワ・フィルのアシスタントを経て、
ロシア最年少でクズバス響の首席指揮者に就任。
現在はウラル・フィルの芸術監督・首席指揮者。
2016/17年シーズンより南オランダ・フィルの首席指揮者も兼任。
クレーメル、ロストロポーヴィチ、バシュメットらと共演。

― ドミトリー・リスは悠々たる身振りで、明快で落ち着きのある、充実したフレーズを紡いでいく。
我々はそれを聴きながら、曲がこのまま永遠に終わらぬことを切望するのだ。(The Winnipeg Free Press)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


なにやら呪文の羅列のようにしか、そのときの私には感じられません。

ただ舞台上に立ち、指揮をするさすがの姿から、意外なことを感じ取りました。

「あっ、この人(ドミトリー・リス)、呉氏八極拳の呉連枝老師などに属する体をしている人だ。」


こちらの指揮者の首や頭付きを一見すると、
前傾しているだけじゃないか、と見当違いの思いを持つ人もいるかもしれません。


私は実は呉氏八極拳の呉連枝老師の写真を初めて観た時、違和感をその部分に感じました。
それはあまりにもしっかりと前へと前傾しすぎて見える感じだったからです。
ただ、そんなはずはないという証拠も老師の映像の動きからわかります。

頭が混乱した中で、実際に老師のセミナーを見学させていただいたとき、
まさになめるように老師の立ち姿や動作の一挙手一投足見渡す姿からは、
私がまだまだ浅はかな誤解をする目しかなかったんだなと感じました。

その老師の繊細な感性ややさしさ、そして筆を用いた細かい字の巧みさも、
その大柄な体から現れる姿から目を見張りました。

体幹の確かさ。
手振りの繊細さ。
正確さ、緻密さ。
そして動き出したときの大きなモーションも。
圧倒的過ぎる肩甲骨裏のよく発達した広背筋に支えられている。
肩甲骨は後ろに浮き舞い上がり、位置を意のままに静止し動かせもする。

ほんとうは伸筋を利用しているというのはまだ序の口の評し方ですから、
多々誤解を受けそうですが、わかりやすく言うと、
常人が屈筋主体で動く性状が強いのに対して、
老師は伸筋を自在に意のままに操作している。


その呉連枝老師の動きと指揮者のドミトリー・リスの動きが似ています。

ドミトリー・リス氏については
呉連枝老師に比べれば大まかにしか見れてはいませんが。

微妙に体つきの肩甲骨裏の特徴も
その他のバランスのとるときの体の吊り操作も。。。
伸筋の伸びを利用して
身体が操り人形状態にて操作可能な客観的自己身体操作能力を身に着けている。。。

いいかたがまどろっこしいのですが、
ようするに意のままに全身の筋肉を連動して操作できる達人だということです。 ^ー^;




あとで他のプログラムの指揮者みると、
連日ほぼ出ずっぱりな感じで指揮をドミトリー・リス氏はしておられる。
体力的にも相当なものがあると同時に、
それは体に負担が少なくて済む機能的な身体操作ができてかなえられる荒業でしょう。
老後のタフさは合理的かつ機能的な身体操作からくる。
それしかありませんから。。。

呉連枝老師もドミトリー・リス氏も、
双方とも同様の感性で身を操作しておられるのかなぁ。

呉連枝老師は呉氏八極拳の継承者ですから、
武道的な勝てる体づくりをしてきましたが、
ドミトリー・リス指揮者はどこから学んだ?

はたまたは、
指揮者にも、そのような身体操作のノウハウが伝統的に継承されているのでしょうか。
それとも独自に自身の身体感覚を手がかりにし開発開花した体動だったのでしょうか。

そのような興味をいだいたまま、
45分の演奏が瞬く間に終わりました。


不思議と音に包まれた感覚は残っているものの、
曲がどのようなものであったのかは、
今はすでに記憶から遠のく夢のような時間でした。 ^-^;

良い勉強になりました。

ネットでドミトリー・リスの指揮をしている映像がないか、
探してみたら以下のような映像がありました。
興味を持たれた方は指揮者の動きをじっくり観察して見て下さいね。

Olivier Charlier - Barber Violin Concerto, Op.14 - Dmitri Liss


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2017年03月17日

呼吸時の3つの隔膜の動く方向

私の知人が、
「歌を歌ってみたいんですけどぉ」と、
去年辺りからずっと申されております。

私は「がんばってくださいね!応援してますから」
という気持ちでいるのです。

では、ここで簡単な呼吸をする際の解剖学的な隔膜の動きを認識してみましょう。


自然呼吸法の本

こちらの本に、下図のような隔膜の動きを示す図がある。

地面に対して
骨格が垂直性を現し、
隔膜が水平面を保つ。


それは大まかな胴体のみにかかわるものを下からかいつまんで述べれば

  骨盤隔膜 と 横隔膜 と 声帯隔膜

のように並べられたものがあるだろう。

それらがひとつの隔膜が水平性を乱せば、
隔膜の水平性はすべて同様に乱れている。

そのような興味深い連関性を示すものだ。

呼吸時の隔膜の上下動の向きは下図のようになっている。


呼吸時の隔膜の動く方向.jpg



骨盤隔膜と横隔膜が同方向を向く動きを示し、
骨盤隔膜の作動が先行し横隔膜が従たるものとして従う。
つまり骨盤隔膜が作動する量に横隔膜の動きの制約が生じているため、
骨盤隔膜の使い方が呼吸のキーになるといえるだろう。

声帯隔膜は、骨盤隔膜と横隔膜の動く方向の逆向きとなる。
声帯隔膜により呼吸の出入りを制限等は加えられるが、
息を入れたり出したりするためのポンプ力はないため、
これもまた骨盤隔膜の動作の様子として、
胴体部分の下端が骨盤隔膜で上端が声帯隔膜となって、
双方の機能パフォーマンスの連関性は高いものとなる。

頭部の位置が理想ポジションから離れれば声帯が閉じていたり斜めっていれば、
声帯を構成する筋肉や顎二腹筋の余分な緊張を強いて声帯を痛めます。
そのような声帯の制限は骨盤隔膜の緊張に飛び火して、
それが横隔膜の作動を制限させることとなります。

声帯隔膜は頭の位置や首の状態、胸の開き具合や肩の位置で、
外的にその状態をチェックすることができるように思います。



ただしこの知識はアマチュアのボーカル志望であれば、
かえって歌をうたうための足かせになってしまうので、
最初から指摘されてしまうのも、なんだかなぁ〜。。。
と我ながら思います。

こんなことばかり考えてたら、歌う楽しさがなくなる。
それじゃ、ちっとも楽しい気分を味わえませんものね。

ただ専門的になさっておられる方にもオススメですが、
発声時の横隔膜に手を置くことで振動の状態をモニターすることはおすすめですし、
骨盤隔膜や声帯隔膜にも自身の独自性を感づくために前後左右立体的に手を当てて
そこに生じている振動を感じ取り、ときにはそれが倍音のようなうなり、うねりに。
細分化した感じ方をすることで、楽しみ方も大きく広がるのかもしれません。

発声時に自分の体の各所を触れて振動の様子を把握すれば、
自分の呼吸の質の良し悪しもわかってくると思います。
そこらへんのより詳細は、上記の本の全編の呼吸関係の詳細解説をどうぞ。 ^-^
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2017年03月10日

ひと呼吸ごとの上顎のうごき

頭蓋骨がひと呼吸ごとに、
どのような動きをするのか?

上顎の動きがよくわかる映像がユーチューブにあったので、
興味のある方はぜひ、参照してみてくださいね。

へぇ〜〜って、感動する方もおられるはず!^-^

Biodynamic Craniosacral Therapy: The Hard Palate - Orbital Hold
https://youtu.be/8A_rhl8DsgI?t=1m46s


ちなみに、
恥骨結合部分が開閉することで腹部が呼吸をし、
胸鎖関節部分が開閉することで肺が呼吸ができ、
上顎の左右の開きにより脳が呼吸ができる感じです。
これら、恥骨結合・胸鎖関節・上顎部の3つともスムースに骨が動く人は、
良い呼吸ができている人といえるでしょう。
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2017年02月04日

隔膜を感じ整えることへ


中央構造線断層帯』をご存知だろうか?

九州から関東まで貫く断層帯だ。
その断層帯の上には、多くの神社仏閣や神社、
それに聖地と呼ばれる場や、
ゼロ磁場とも呼ばれるヒーリングスポットなどが点在している。

それは九州熊本の幣立神宮や愛媛の石鎚山、
和歌山の高野山然り、三重県の伊勢神宮しかり、
愛知の豊川稲荷や長野の諏訪大社、そして千葉の香取神宮に茨城の鹿島神宮。


断層帯では、上下2つのプレートがぶつかり合っている。
それがもしぶつかり合う力のベクトルがそれぞれが直行しない場合は、
断層面部分からプレートがずれだせば、動きが生じることだろう。

ぶつかり合う2つの重なるプレートの力が拮抗していれば静止している。
それではひとつの実験です。
胸の前で合掌し合わせた両手に精一杯のパワーで圧してみよう。
すると重なる手と手は動かずにフリーズしているが、
強い力の場が合わせられた手と手の間に生じていることもわかるだろう。


そんな2つのプレートが合わさった場所でも特別なところに、
上に挙げたような神社仏閣や聖地やゼロ磁場が点在する。
水晶や花崗岩等が地中でぶつかることで、強い地場エネルギーがほとばしる。
そのような地に、聖地といわれるような祭祀すべきものと感じ祀ったのだろう。


ふたつのプレートが重なる場に、
力が吊り合い動かない状態だが特別な力が生じる場がでてくる。
その重なりの状態により磁場エネルギーの様子がより強まることがあるのだろう。



そして私の目には、
人体にも中央構造線断層帯のような2つのプレートの重なり合いを感じられる。

人体にてみてとっている断層帯とは、
重力という天地を直行する力により創りだされたものだ。

それは『 隔膜 』という名で呼ばれている。
隔膜とは地面に対し水平を保つ筋肉の層です。

たとえば、代表的に知られているものとしては、
ひとつには横隔膜などがあるだろう。


人体の断層帯といえるような隔膜には
下図のような隔膜が人体には点在しているのだ。

隔膜の上積み関係.jpg
(図 隔膜イメージ)



すべての隔膜は呼吸により上下動するという特徴がある。
それこそ隔膜を挟んで上下に2つのボディユニットが、
あたかもプレートが静止を拒み押し合いしながら生命の息吹をあらわす。
隔膜の存在は、
2つのプレートが重なり合わさる断層帯としての特別な力を秘めた性質を持つ。

実際に私は図の隔膜の位置を瞬時に読むことで、
その人の生命力の高低や改善点などを把握する。
そしてそれはチャクラ等の生命の役割の判断と同様に、
それぞれの各隔膜も個性的な役割が存在しているようだ。


ひとつ、隔膜を活かすためには条件がある。

2つの部位を断層で重ねて一体化させるには
パーツごとの軸が重力線で一括りにできるようあわされなければならない。
2つの部位の軸が一体化するような構造体にすればいいということだ。
そこに私の施術の人体への構造体へのこだわりと成果の秘密がある。


少し特殊なところを考察すれば、
胴体部分と左右の脚部というものは、
ふたつに脚部へと力が分解された上で釣り合うようになり、
複雑なかさなりをそこに見出して形成しなければならない。
ただここも力学的に考えるならば中学生レベルの知識で説明がつく。


胴体の腹部と胸部をつなぐ横隔膜のような
シンプルに上下に連なる部位を想像してもらったほうがわかりやすいだろう。

下図を観察していただければとお願いしたい。

隔膜の軸の直行と軸ズレと.jpg
(下図 軸が直行したケースとずれたケース)



重力により正しく重ねあわせられた左図は上下で釣り合う様子が見えるだろう。
それに対し右図は重なる部位の軸がずれて直行していないため、間に挟まれた隔膜部分はやや斜めになってしまうような傾斜状態に陥って、上に位置する部位が角膜上を滑り落ちていく。

このときになにが起きているのか?


呼吸が、隔膜が傾斜している状態に比例してしづらくなっているのだ。


それにより生命力が低減してしまっているように感じられる。

そして不安定な重なりがあるならば、
確実に傾斜で落ち続けようとする上にある部位を支えるため、
滑り落ちないような手当を滑り落ち防止担当に無理やり任命された筋肉部位が
隔膜が傾斜し続けるあいだ、
ずっと、筋硬化を強い続けて筋膜の癒着を創りだす元凶となってしまう。


対して左図の上下が厳密に釣り合いがとれた状態では、
あたかも中央構造線断層帯で見えるようなパワースポットが身に発動し、
優れたその自然体からすばらしい肉体的なエネルギーを発揮するようだ。
そんなエネルギーの高まりを感じるために、
自らの体内の隔膜の聖地にたどりつこうとしやすい場に足を運ぶようにしている。
それは私が神社仏閣で手を合わせたり、
気の力を身体内部で強めるように意図したエクササイズや気を鎮めるときだ。


私にはそのような自他に備わる力を
直感的といえるのだが感覚的に察知しているよう感じている。


人体の隔膜を断層帯ととらえていくたとえは、
見方としてはあまり聞かない独特なのかもしれない。

これは私個人の蓄積した知恵からは生じた見方で、
私には手触り感覚でで感じられ、
利用価値は高くしっくりくるものだ。




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2017年02月03日

体から語りかけてくる声を聞くことができるのは、ダメなことなの?


体からは多くのメッセージを語りかけてくる。
私たちはその声を聞くことで、
危機や不利益を回避できます。

施術を受けることで、お客様にとって予想外のことが起きたと感じることがある。

それは、なにか?

・以前より歪みが感じとれるようになって、
 体の左右差が気になってしかたがない
・体の関節の詰まりが気になってしまう
・筋肉の張りが気持ち悪いほど感じる・・・

そのような、今までも感じていたか、またはまったく感じていなかったか。
さまざまな場合があるのだが、

どちらかというと、
「ネガティブな印象を持った負担感」を得たように感じられる人がでてくるときがある。



それは、なぜか?

実際は、今まで、自分の体の奥底から聞こえてくるべき声を聞けない体になっていたから、
それらの状況が無視され続けていただけのことです。
すでに体内に炎症が生じるような硬い筋肉の部位は、
痛覚からくる筋の張りやつねられたり熱を持ったり等の
様々な訴えを立て続けに重要な要改善点を伝えるメッセージとして教えてくれようとしています。

そのメッセージのボリュームは必要に応じて大きさは決まっている。
その警報音を受け取ることをあきらめ耳をふさいでいる自分がいる。

またはメッセージはヴィジュアル的に感じ取る人もいるようですね。
そこから先は「赤信号」になって渡れない道。
それなのに信号を見ることなしに進みだした。


自動車にはアクセルとブレーキの2つが備わっていて、
はじめて速度調整が可能で安全な運転ができるのです。

「前にすすめ!」というのがアクセルで、
「ちょっと待て!」がブレーキです。


実際は体の内側に自分であずかり知らないといえる気づかないうちに作っていくしこりたち。
それがさらに上乗せしてできてしまうような使い方をすれば、
どのような解決策を施すでしょう?

健康な体から語りかけてくる声を聞くことのできる人ほど、
「ちょっと待て!」と減速のブレーキを踏むものでしょう。
本能的にかけたブレーキを踏む背景には意味があるのです。
しっかりした理由です。
その理由に対して気をくばることで、
再度、快適にアクセルを踏んで走り出せるようにするのが、
私には正解だと思えます。

ただ「ちょっと待て!」というブレーキを踏むやり方とは、
体の内側で痛みを感じるとか、
張りを感じるとか、
歪みを感じるとか、
様々な負担感をともなう伝え方なのです。

その負担感に対して無視をしようとか、
強制的になかったことにしようとする。
そういった対処をしようとするときは、
かえってその後に、
もっと痛みを強く張りを強く歪み感を強くして改善を訴えてくれるのです。
それは良質な身体的操作上の指導員を雇っているかのようです。

ただその無視や強制的になかったようにしたり、
または負担感を減少させる手立てを講じないと、
やがて、
体から語りかけてくる声が聞こえなくなります。


その状態に陥った方が、
いざ、体の状態が改善してきたというときには、
また、体の声を聞き届けられるようになります。


つまり、
不健康な体から語りかけてくる声を聞くことのできない人でありつづけること。
体からの警報に対して、耳を、目を、注意を向けられずに、
ブレーキを踏もうとする動作をとらないで突っ走りだすか、
または過剰にブレーキを踏んで動きを抑止しすぎるように。

そのような状態から、ひと皮むけてきた状態ですね。

私には経験上、最初に体の外側にある骨格筋の表層部が虚脱や緊張などの異常なテンションを表し、
その後に徐々に深層筋部分へまで異常が湿潤化していくように観察しています。
そしてその後に、深層筋というとちょっとイメージしづらいかもしれないが、
体内の胃や肝臓や肺や心臓や大腸や小腸や腎臓や、、、その他すべての臓器たちは筋肉組織で作られ、
それこそ最奥部の深層筋と言えるもので、
そこにまで臓器の筋組織の異常具合が湿潤化していくようだと私は考えています。




ざっくりした筋肉の凝り化する進み具合のイメージですが、

表層筋 -> 中層筋 -> 深層筋 -> 内臓筋

のように、
筋膜の癒着の進み具合に比例して問題が奥まった方向へ進行していきます。
この並びは左側が一番リリースが楽で、右へ進むにつれて困難になります。


ただスピリチュアル系のことからの受け売りではありませんが、
たとえばダメージを受け取った深層筋等に対して、
人格を持ったものと同等のものとして尊重し続けながら
そのものへと語りかけていくようにしていくこと。

友として名を呼び、ねぎらい、思いやる気持ちをあらわすようにしていく。

そのような今までの活躍や今の活躍、そして今後のお世話いただくことに
心からの敬意を払う親近感を持った感情から言葉かけをし続けてみるとき。

ときどき、
あたかも、
そう言葉をかけ語りかけた体の部位から、
返事が聞こえてきたような感じをえられるときがあります。

そういったときに、
私がその部位を触れて筋の状態をチェックさせていただくと、
まれにですが、驚くほどその部位が緊張から解放されたかのようなゆるさをあらわすときがあります。



私は、そういったことも含めて、
体から語りかけてくる声を聞くことは。
たとえ、ネガティブな負担を蓄積した層にアクセスして痛みや負担を感じたとしても、
身を守るためのお役を持った友として受け止めて行きたいと思います。

そんなときに、
「この痛みで私に何を伝えようとしてくれているの?」
「できれば、もうちょっとわかりやすく教えてくれないかな」
とお願いすることもいいでしょう。

インナードクターと呼ばれるものが、
私たちの内部に存在し続けました。

だからお医者様がいなかった原始時代でも、私たちの先祖は生き抜けたわけです。


そこの部分を友として、協力してその課題に取り組み乗り越えることができれば「体は若返り」ます。
やはり体から語りかけてくる声を聞き賢明な対応を心がけたいですね。

反対に、そのことを不安や恐怖として耳を閉ざしてしまうように感情を濁すならば。
ついつい痛かったり息苦しかったりだるくなったりした生きた心地がしないときは、
問題解決のための理知を持った人でも、粛々と理詰めで動けなくなるものでしょう。
本能的な危機感からくる焦りなどは半端ないものですから、起きることも当然です。
人生とは、ときとして楽しいことばかりで埋められたものではありません。

ただ事の大小はありますが、大事なこととは。
日頃から自分の体から語りかけてくる声をどう聞くか、
そして自身の体に敬意を払い正当な扱いをしていきたいと声をかけるか。


しずかに部屋で座禅を組みながら考えると、
そのようなメッセージを受け取ることがあります。 ^-^
posted by スズキ at 19:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 体のイメージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月26日

体内にあるしこりが溶ける基礎体力。私は昔、なかったなぁ ^-^;

一昨日前、
施術をさせていただいていて。

かなり体の重心取りがうまくなって、
大腰筋の使い方が向上なさっている。
そして長距離のマラソンをしている。

状況として
身体的な筋肉の柔軟性はある。
スポーツ心臓をお持ちである。

足すことの、
本人の身体操作の研究心が高い。
走りのフォームなどをも含めて、
独自に試行錯誤されています。


そのような体力的にはとても余裕がある方が施術を受けてくれたとき。

体の奥深いところの変化が一気にドバッと出ることがあります。

どのようなことかというと、
おもしろいことを話してくれました。

つい先日、
とあるマラソン大会にて10キロマラソンをなさった際には、
これ以上ない風雨に見舞われた最悪な競技環境だったそうだ。

それはもう、私がその聞いていたら、
私ならばまちがいなく棄権するかも。
そんなように感じられるほど大変で。。。

フルマラソンを走ることもできる人であるにもかかわらず、
相当につかれたそうでした。

その疲労のピークは、
大会が終わった日の、
翌日に起きたという。

朝起きてみて体が重い。。。
どっと体がつかれきって調子が悪くてしんどかった。
自身でも、驚くほどのしんどさだったようです。
(本当に大変でしたよね〜)

「このまま数日も続いてしまったら・・・
仕事にならないし、どうしようか・・・・」
と不安になられたかもしれません。



それが不思議な事につらかったのはお昼ごろがピーク。
午後に差し掛かった頃にはだいぶ楽になったといいます。



以降は私のお客様のお体をつぶさに観察させていただいたうえでの、
推測なのですが。
少しお耳をかしていただければ、
ありがたいです。 ^-^

こちらのお客様。
以前はあった大腿直筋の不要な筋肉量が落ちてきております。
身体の操作方法を工夫して改良しているのが体に現れている。

大腰筋のコリも消えてきました。
以前は大腰筋を施術中にリリースされるとき。
その張りが強くて軽く押されるだけでも「うぅっ」となった。
それがほとんど無反応で施術のとき楽な状態で過ごせている。

それに内臓が柔軟性を帯びる。
腹直筋がまだ中央部に硬さがあるのは確かだが、
当初の1/5ほどの硬さがのこるばかりです。
あとはみぞおちを緩めて下部肋骨の動きが
さらにスムースに可動できるようにしたい。
そんな欲求が私にはむくむく出てきます。

大腰筋や腹部の内臓の筋肉などがコリがあれば、
それでコアの筋肉が使える資格がないも同然で。
一般の方でもその言い方はなりたつものですが、
特に長距離ランナーとしては如実にいえてます。


そのようなコアが
すでにコアの筋肉群を使う要点を体で理解なさっておられる場合。

わずか半日分だけのドーンとしたしんどさで。
泥のようなだるさを感じた一過性の状態を過ぎれば、
体の内奥のシステムがさらに刷新されてしまうなど。

私からすれば、
本当に羨ましく感じることがおきてしまいます。

そのお客様の身体的特徴として、
一回ごとに血液を送る量が一般の人よりも多いスポーツ心臓を持つ(動脈の血のめぐりの強さ)
筋肉ポンプの力(特に脚部が重要)で心臓にまで血液を押し返す力が強い(静脈の血の返しがいい状態)

このふたつの血の循環効率のパワフルさがあると、
身体的な体の深部のしこりを大きく解かしていき、
多大な変化をどっと起こすことが際立ってできる。

特にコアの筋肉をがっつり使い倒すときには、
「泥のように眠くなって意識が飛ぶ」ような状態に陥ります。

つまりおそらくのこと風雨が台風が寄せてきたほどの強さで、
そのなかをがっつりりと走り抜ける10キロメートル。
重心が高ければ風や雨に横殴りになってよれよれで進めずに。
重心を低くして走っていったほうが進みやすいのでしょうか。

するといつも以上に腰を回転させて一歩を出すほうがいいし。

それって、大腰筋を活かした走りの基本ですので。


そうやってコアを大事に動かし
それでコアの部分を使い倒すと、
全身に行き渡る血行は促進され、
いつもとはレベルが違う深部まで血が行き渡りだす。

そのような現象が起きてきます。

走っているときは、
走るための筋肉にそちらの血液は優先して向かいますが、
それが走り終えたとき。
そして走っているときの感覚がまだまだ身体に残るとき。

今度は体の中にあるしこりという炎症を持った体の筋に、
どっとそれらの血流が分配されてしこりを溶かしていく。

筋肉的には酷使したから、
超回復力を示す流れです。

それがいつしか自分の中にあるしこり部分にも血液が回されて
ついでに古傷状態になり筋膜の癒着した炎症部分も溶かします。

これはかなり「お得!」なことなんです。

自力で血液で筋膜の癒着をした炎症が溶かされるならば、
筋膜リリーステクニックでリリースする以上にキレイに
そしてしっかり筋膜がキレイに剥がれてくれるようです。

実に後々にわたってしなやかに生まれ変われるのですね。
その筋肉が、命を取り戻すといった感じでしょうか。



ちなみに、、、
上述した方のように血流がよい人の場合。
血液のめぐりが行き届き、
しこりになっている患部にどんどん当てていける。
その作業が順番的に自力でできれば最良です。

一部は、私のようなボディワークをさせて頂き、
代理をさせていただくこともできるのですが、
それでもお客様のメリットは自力で蘇ること。
そのように私もなって欲しいですし、
そのステップに行くための踏み台が
私達のような仕事でしょう。

一人で痛みを抱えて行き詰まりになるようなつらいときは、
代理をさせていただくようなボディワークを優先するのも
選択としては私は良好なものだと思います。

ですが実際には、
自身の調整力が整えることはあるのは、
原因は施術者がお客様の調整力を肩代わりできません。

とどのつまりは、
習慣的な体の使い方からくる誤用、そして悪用により、
自らの体を傷つけてしまったり、苦しんでいるものは、
そのようになるような体験を積み重ねで作り上げる。
ほとんどの骨格筋のコリが引き金になった慢性的状態というものは、
自分では気づきづらい合理的で楽な体の操作から離れたことから起きるのです。

自分自身でどのような状態が理想の体の使い方かという良質な体の使い方を知りイマジネーションを増やす。
そこから自己管理をしていくという必要があるのです。
つまり施術者がチェックできるというのも、
1ヶ月に一度程度や一年に一度では少ない。

絶対量がそれだけでは少なすぎます。
だから願うことは自分を客観視して、
管理監督できるように自分にどのよな状態が良質かを体験的に判断し積み上げるというルールを与え、
きちっと組み上げていくことが大事。

なかなか簡単なことじゃないですが、
そうすることは、
生きるに際して必要であり、
最短距離で自分が生きて結果をだす。
自分がより良く生きる道筋をつける。

忙しく感じていて、
自己管理ができず、
やってみても成果が上がらなくてやめてしまいたくなる。
そこで自己管理の力を身に付けることができなくなると、
私としては、、、日々の業務として、、、
とりあえず施術を受けて頂いているときは注意してみて、
やってみるのもいいかもしれません。

意外に私が施術前にお客様の立つ姿を見させていただく。
するとその自己管理の見方を別の面からも観る考え方の層を増やすことができます。

そのようなときにお客様自身がどのように自分の体の使い方の着眼点を持っているかをお聴かせいただくと、
私自身がとても気づかせていただくことも多々ありますので。
ちょっと未来の自分はひとりきりで自己管理をすると迷路にハマる時もありますが、
施術に通っている際はぜひ積極的に、私に質問などを投げかけてください。
そのときは、できるだけ丁寧に回答したいと思います。
もしその場で答えられなければ、調べてきますし。

そうして体の使い方の誤用が抑えられる方向に進めるように、
できるだけ最短?の自己構築をしていくためのお役立ちとして
一緒になって考えて行ければいいと思っています。


あと、、、泥のようにだるくなっているとき。
体の中でどのようなことがおきているかです。

血の熱で筋膜癒着部分の周囲のしこりにある水分を温めていきます。
筋膜の癒着を起こす過程では多くの熱が外に逃げて冷えきった状態。
それは板ゼラチンにほどよく類似した固まりのようなしこりです。
それを溶かしだす。


イメージしてください。

ちょっとカチカチになっている板ゼラチンも、
お湯をかけてかき混ぜれば溶け出しますよね。

それと同じ要領で、体の中のしこりは解かれるのです。

血液の暖かさを有効に活用していくのです。
またそうすることで、患部に血流をふんだんにすると、
患部に血液が運んできてくれた栄養素を受け取られて、
まずはすでにダメージが大きい組織は解かして廃棄し、
その後に体を創りだす建築部材としてのタンパク質等
患部には満ち満ちてきて患部の改善が早く確実になる。

そして昨日の方は、
その作業をわずかな時間で済ましてしまっているとは。

心臓のポンプ力が強靭だとすれば、
体内に送り出す血の力が強まるし。

つまりここでは動脈の流れですね。
それは、いわば板ゼラチンを溶かすときの撹拌棒の回転のしっかりさ加減ということ。
低速でかき回せば溶けづらいが、
ガーッと高速で回して遠心力が、
もう、ハンパない? ^-^;

ならば溶けやすいでしょう。

あとは筋肉ポンプという静脈血の戻りの力です。
脚部の太ももやふくらはぎ部分が血に熱を伝え温める主たる機能を持っているものです。

足にあるべきマッスルパワーが貧弱であれば、
心臓に血が帰ってきませんから血圧異常になるのは必定ですね。

たとえばそれは一見すると脚部の筋量がありボリュームもある。
ならば相当強力に使えそうだなと思えても。。。
だが脚部がコリがひどくて・・・となれば、
膝関節や股関節、足首や鼠径部などで止血して流れを抑制され、
静脈の流れが悪くなって心臓に血が帰ってくる量が減じられる。
そのような静脈の血管を塞ぐ部分をしっかりゆるめるのは大切な仕事です。

そのような下地になるいくつものコンディションが整っているような人は、
まるで子どもや赤ちゃんがいきなり高熱を発したら、
一晩でケロッと平熱に戻ったというような大きな変化になるし、
そのような過酷な変化にも耐えられるようになっている。


ただ、
まだまだ心臓の力も弱く、脚部の筋肉のパワーも十分ではなかった。

そのようなときは、
一気にどっと体の内側の奥までを書き換える力がないから、
低温のお湯に板ゼラチンを入れてゆっくり撹拌棒でかき混ぜる感じ。
なかなか早急な変化はおきません。
だけど実際はその方の体の中にしてみれば、
大きな負担分を確実に外へと排除しているかのような除去作業をしているので、
大きな変化は起きているのです。
ですがお客様自身の肉体上に見て取れるような改善が現れるのには、
それから先まで、まだまだ負担分のしこりをゆっくりなくすまでに、
時間をかけていかなければならないのです。


私自身、このような後者の体力がない人のバージョンで体を整えていきましたから。

さぁ、これはこれで、泥のように意識が低下してだるくなって、しんどい。 ^-^

それを、私はだいたい8ヶ月位かけて乗り越えたというゆっくりした人でしたから。
いったんはこれで体が良くなったぞーと思えても、
まだまだ、その先があったことを直後に思い知る。
そのような連続です。

そのような波は未だに続いています。


体内で起きる体の内側のしこりを解くという作業が、
体内のしこりの量の多さに比例して手間や暇がかかるのです。
ただコアが使えると一気に静脈血の帰りがよくなってきます。
それでより短期間に、体の内側の筋膜リリースが進んでいく。

すると外面上はいつもとは変わらないように見えていても、
内面的には血の流れ方がまったく違いその変化について戸惑い、
次の安定できる状態に変化が落ち着くまでつらいですよね〜。

「泥のようにだるくなる・眠くなる」状態に入ります。



私は数ヶ月も意識もうろうに近くなった。
そうとう長い間、ボーッとして思考力が落ちてしまったことも。
生きているか死んでいるかわからないほどに、
だるさがピークが続いたときも味わいました。

私の場合は、「泥のように・・・・」としか形容できない状態の連続。


ひどいときは眠すぎてだるすぎて吐き気が、
または横たわったら起きるのがほんとうにしんどい。
体力がほんとうになかったものですからいたしかたありません。

それにもまして、
実験として自分のコアをどのペースで緩めればどうなるのかを調べてみたかった。
だから少し早めのペースで自分の大腰筋を緩めて試していたということもあって、
相当にきつかったのです。。。

ただ同様に私のように体力がないお客様が同様な変化が起きると、
私はすでにそれを体験しているから共感力がにじみ出てきますね。
施術者として、じつにありがたいことです。 ^-^;




ちなみに、
一気に大きな変化をさせようとしても、
心臓の強さや筋肉のパワーがなければ、
それは私はムチャな話です。

焦りから先走りたくなる気持ちもわかる。
ただ焦りが先走っているときは、
体の治りは確実に悪いものです。

それは経験上、そう思えるのですが。

あるお客様が、施術の圧が痛くてもすぐに解いて欲しいと言い続けていたときには、
体の戻りが早くて日頃の生活上での緊張が抜けていないことを感じられたのです。
そうするとやはり一喜一憂で気持ちが安定しない。
その振れ幅は体が辛い時ほど大きくなるものですが、
一喜一憂のなかでも「一憂」に支配されやすくなる。

それがそのお客様があるとき、
「私は、ずいぶん急いで体を治さなきゃいけない理由があったから必死だったんです。早く治りたいって。
でも、私の中にあるしこりとかずいぶんあるんだなって、自分で自分のマッサージをするようになって、
わかってきたんですよ。
だから、時間がかかるのもしかたがないことだなと思えるようになってきました。
時間がかかってもいいからしっかり解いてくださいね」
と、落ち着いた口調でおっしゃられた日に。

自分の体の中の状態を今まで観たり感じたりするのが悲しく悔しく切なく感じてしまい、
どうしてもそこから一刻も早く逃れることが本能的にしたくてならないことだったはず。
それは常日頃からいたたまれない自分の体という逃れ得ないものから
不快感を感じ続けて緊張してきたという状態だったのでしょう。
詳しくいろいろとお話をお伺いするにつけ、
心中、お察しすることは容易にできるような大変な状況でもありましたから。

ですが自分でマッサージをする日課を持つようになり、
自分の体に正面切って向き合ったときに、
どれほどまで多くの負担が自分の体に積み込まれていたのかを現状認識できた時。
体の不調や不快さも落ち着いて納得することができるようになってきた。
そして同時に、自分で解くようになってみたら、
自分でもできることがあることがわかってきた。

そのときにしこりとの格闘から、
いつしかしこりという自己との会話が始まったのでしょうか。

その後に出てきた、
焦らずに施術を受けていこうと思いますという宣言だったと思います。

ただ、
不思議なほどに、そのように語る彼女は、
両肩の設置場がずれていた線がちょうどよいところまで移行しており、
重心も丹田にもうちょっとというところまできていました。

もうひとりの自分といえる「内なる医者(インナードクター)」と呼ばれるものと出会えたのでしょうか。

あせらず現状をとらえること。
そして慈しみの言葉をかけることから始める。
私にも体調があまり優れなくなったときには、
自分の内側のもうひとりの自分に問いかけて、
主観を捨てた冷静な判断を引き出すときがあります。

そのときのお客様も、
「現状はつらくても、よくがんばって生きてきたよね、私!」

という言葉が、すなおに出てきたのかもしれません。。。
本当にそうだったのでしょう、、、。



私も含めてですが、
もともと体のかしこに動脈や静脈を圧迫する状態があり、
脚力や心臓のポンプ力が弱くて代謝力が不十分であると。

私のところにおいで頂くお客様の過半数はそのような状況でしょう。


そうなると、体質改善のできるだけの体の変化が訪れ始めると。
よくて数日、はたまた半年間も、体質が変わるまで、
ぬるま湯に硬い板ゼラチンを入れて低速で撹拌棒をまわして溶かすような作業が始まります。
スマーティなどの遠赤外線ドーム型サウナに入ると、
体の改善スピードが上がるというアドバイスをするのは、
物理的に冷えて固まった筋膜部分を外部熱で熱することで
温かいお湯につけて板ゼラチンを溶かすほうが早く溶けるという理にほかなりません。


ただ時間がかかったとしても、
どうにかこうにか血圧等のバイタルサインが相応に良い状態にまで改善できれば。
そこで体質的な安定が図られ、体力も回復力も以前よりも増していることに気づくでしょう。


またそうなるにも、姿勢が悪けでは至りづらいわけですから。

それはもともと体の使い方の誤用で関節の使い方が悪ければ、
早々に撹拌棒を回転させて板ゼラチンを溶かす行為を手放し、
いつまでも現状からステップアップできない状態に陥ります。

低空飛行から抜けだして、
安定した高さで飛行する。

その体験をしたら、以前の状態がどれだけつらかったのか。
思い知るときがあります。

私がまさにそうでしたから。


そして貴重な人生の中の時間を過ごすうえで、
もし肉体的にもう少し安定した状態であったら、
あの局面でどうがんばれただろうかとか。。。

ほんとうに、自分の子供の頃や青年時代などの体力や気力が続かなかったときを後悔しました。
「もったいないことをたくさんし過ぎた」と後悔した思いが沸き起こったことを覚えています。
ただ今更悔やんでも仕方がないから、
これからをどうするか、でしょうね。




あとは、蛇足です。
【 蛇足 その1 】
それに体の使い方はいったんはわかったと納得して使い方を改善し改良してみても、
いつぞやの悪癖が入った体の使い方が馴染みが深くてそちらに近づこうとしていく。
そのような、気をゆるめたときの罠が仕掛けてあるようです。


【 蛇足 その2 】

施術を受けていただくお客様で初回のとき。
体力的にかなり優秀な方だなとお見受けしたとき。

そしてどこか明確なネックがない場合には、
初回で体力値が十分であるからそこで卒業。
そのようにして自己管理を徹底するように、
と助言させていただくことが多くあります。

あなただったら自力で自己管理をすれば、
それででも十分がんばっていけるはずだ!
と言ってくれる人がいるというのも。。。
悪くないことでしょう。 ^-^

そのような説得をさせていただいて同意していただけたときには、
もし体的に不安なところが新たに出てきたら、
施術の予約を受け付けさせていただきますし。


自力で頑張れれば、それは素敵なことですよね。


ただそのような体力的に十分で
ご近所の施術院でも対応できるかもしれなくても。
それでもボディワイズにおいで頂ける場合の多くは、
自分自身の体へのこだわりや目標設定が実に明瞭。

そのような人たちがほとんどのようです。





体の変化の山を登るというのは、
各人が自分の山を登るものです。

決して同じ山ではない。

山の高さが高くとも、低くとも。

自分にふさわしい山頂を目指して登り出す足をあきらめずに亀の歩みのごとく出し続ける人は、
あとで来た道を振り返ったときに「ずいぶん高くまで登ってきたな」と驚くことでしょう。

どうぞ、あせらずに、そしてあきらめずに。
自分のペースで向き合っていきましょうね。
posted by スズキ at 03:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 体のイメージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月16日

人体を「3連やじろべえ」として眺め

私達、施術をするものは、
なにを、どうみているか?

それは、10も20もある。
そしてそれは現在も臨床をする上で、
増加していくものです。
見方が少し変われば深まり、
見つかるものが本質に近づいても、
私にはその本質といわれるものも、
たったひとつのおもいこみの象徴。

そのように感じられてなりません。



ただそのことについて
一般論として説明して、
ひとつの見方を理解していただくことも大切です。


そのひとつについて述べると、
体の構造体としての見方がどうかという問題があります。

人体を、語る前に以下の上中下の3つ、たてに積まれたやじろべえを観て欲しい。


三連やじろべえ.png
三連やじろべえ

左のやじろべえは、垂直に立ち並べてあります。
安定していますね。

右のやじろべえは、一番下のやじろべえを軽く押してみたところ。
すると下のやじろべえの動きが、中程のやじろべえに伝わります。
そして中程のやじろべえ自身は、
どうにか倒れないようにバランスを取ろうとしていくのです。
自らが揺れていき次第にまた、安定した状態に近づいていく。
そのような立ち続けようとしていくやじろべえの力は、
その上に位置する頂点のやじろべえも同様の仕組みで
同様の動きをしていくように揺れながら徐々に安定に向かいます。

ただ、
ちょっと、ここでまってください!
もし右のような下のやじろべえが斜めってずれた並びで固定すればどうでしょう。
もう、元通りに戻ろうとはしませんよね。。。

下のやじろべえの傾斜に対応したまま、
その上に乗るやじろべえごとに斜めっているままズレ補正に走ります。


地面に接するやじろべえが揺れて傾斜ができれば、
それが上に位置するやじろべえに影響を与えるのです。

実際、リアルに実験して見たければ、
以下のサイトを参考にして自作してほしい。

親・子・孫 やじろべえの曲芸
http://ppd.jsf.or.jp/jikken/jikken/35/diy01.html

人体もこれと同じことなんですね。


足のかかとやつま先から、その上に連なるやじろべえを想像し、
それが数秒もすれば理想状態の安定体のやじろべえになり落ち着けば理想。

呼吸により、前後に揺れるところはあるものの、
それは律動的に前後に揺れ動く中間位に理想が含まれている。

足のかかとやつま先から、その上に連なるやじろべえを想像し、
それが数秒してもずれたままであって固定したやじろべえをみつければ、
どの部位がどのようにずれているものなのかを見つけていく。

ただ人間の場合は左右に重りがあるだけのやじろべえと考えれば単純化しすぎた見立てです。
左右の重りと同様に前後にも重りがあるというやじろべえがこさえてあると透視できますと、
そこで立体像のゆがみの見立てができるように進化していきます。

姿勢の状態.png

単純な人体の曲がりを観る図ですが。

右図の歪んだものをみたとき。
足元が違います、右足がもちあがっていますね。

その部分が地面に落ち着かなければ、
けっしてその上にある胴体や首や頭などが理想姿勢に近づくことがない。

それは三連したやじろべえを思い出してください。

そのまんまなんですよ、人体も。。。

だから私たちは地面に近い部分のズレがどうであるかを、
ミリ単位で気にしています。

そこから些細なものでも良いから情報を読み取ります。

そこがすでに斜めっている場合が多いのですが、
そのことに自分自身で気づけているときが少ないのです。

私自身にもそれは言えていることなので、
少しずつ改善させるように気を配ります。

ただ、
肩が凝っているとか腰が痛いとか、首に張りが強いなどという方の中に、
すでに数日も、または数年もその状態が繰り返される慢性化した人には、
つい自分の痛いところにしか目が行かない人が。
ほんとうに多いのです。

慢性的な体を支える肩や腰や首等々の姿勢筋が問題があるという人たち。

三連のやじろべえといえるような足元が、
すでに傾き続けたまま固定されています。

足裏の地面との接地部分、足首、膝、そして股関節などにも、
それぞれひとつずつやじろべえが入り、
それぞれがバランスを取って理想姿勢を目指そうとするのが
健康に生きるための本分です。

地面に近い部分がずれていれば、
上部のやじろべえをずらす原因になる。

そして不思議とやじろべえのずれるにも、
それぞれ落ち着くようなパターンが有る。

そのパターンごとに、症状がでています。

たとえば、ある特定部位の腰痛持ち方が、
どのような足元のやじろべえのずれがあるのだろうか。

それも類推することもできる。

ただ忘れてはいけないことは、
地面に接したやじろべえの傾斜しっぱなしがあれば、
その上に位置するやじろべえは
合目的的にずれることでバランスを取ろうとして機能するのです。
上部のやじろべえが斜めっていたり、中心軸からずれていても、
それは縦にならべられたやじろべえとして観ます。

下にあるやじろべえの、
全体のやじろべえの動きを立体視して落とし所を見分けた超微妙な調整。
そこがあっていこそ、
上部のやじろべえの調整が意味が出るのです。

冷静に観察すれば、
やじろべえの場合は、下にあるやじろべえを正せば、
その上にあるやじろべえは自動的に理想姿勢の安定に突き進むものです。

ですが人体はそうは行きません。

すでに歪んだ状態のやじろべえ化した状態が長年続きますと、
その歪んだ状態を恒常的に保っていくための上下のやじろべえの接地部分が固定化される。
それは全体の部位にかかわるやじろべえにより、固定化の影響の大小はそれぞれですが、
アンバランスのなかにバランスを求める工夫の末に歪みが固定化したやじろべえになる。


だからそうなるとやじろべえ同士を切り離していくという作業が必要になるんですね。

そこに筋膜リリースという手が使われると考えてください。


人体の見方のひとつとして、
このようなやじろべえを模して考えることもありますが。
これは子供にもわかりやすく伝えようとする語り方です。

施術者同士では人体の筋肉連鎖をしずかに見つめていき、
そちらのほうが驚きがさらに増すことで手技に使えます。
ただしこちらをリアルに理解するには施術の経験が必須。
私にはそう思えてなりません。


それは施術でひとつの筋連鎖を崩しますと、
それが遠位まで影響する理を知らねばならず、
日頃の施術で筋肉の連鎖を意識して見ながら、
観察と試行錯誤を加えていくことでしずかに、
そして直感的に中身が自分なりにわかってくるものです。



手技療法とオステオパシーにおけるトリガーポイントと筋肉連鎖 (GAIA BOOKS)

上記の本をみれば幾つもの筋肉の連鎖の見方はあり、
たいへんに参考になり学ぶところが多いのですが、
筋肉連鎖はそれだけじゃないなと、私は思います。


機能する人体を見つめれば、
数学的で幾何学的。
それにエネルギーの流れが感じられる。

それらを独自に考慮しながら、
多様な筋肉連鎖を含めていく。
人体の構造体としての思慮を深めることが、
私にはそれこそが私の施術の力の一面に相違ありません。



最後に、皆様へのお願い。

三連のやじろべえを意識して、
みなさまも自分の体を捉える見方を身につけてください。
それが人体の歪みを読み解くための、
基本中の基本の話になります。

これを頭に入れずには、
身体操作の難たるかということは語りづらい。

それにお体を長期に患っておられるお客様の場合は、特にです。
底辺のやじろべえのずれを見過ごせば、
まるで亡霊が迷いついてくるがごとく、
永遠に影響を与え続けてしまうのです。




ほんとうに、、、人体を見つめるというのは難しいよね〜。 ^-^;
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2016年08月17日

自然体で立つときは、膝は伸ばそう

私が立つときの姿勢をチェックするとき。

「ちょっと膝が曲がっているようですね。
もうちょっとハムストリングやアキレス腱側を伸ばしましょうか!」
という指摘をさせていただくときがあります。

お客様の中には、
かえって膝が伸びている状態は、
いつもの姿勢ではない姿勢を強いられていて、
快適な状態だとは言えないものでしょうから。

変なことをいうなと、
訝しく思えるかもしれません。

異常に、余計な緊張を感じてしまう。


ならば膝を少し緩めて曲げる程度のほうが自分には楽だと感じるという場合もあります。


膝をちょっと曲げて立つというようにしたほうが、
機能を優先し歪曲を選択した状態といえるのでしょう。

いつもの慣れ親しんだ状態を維持するときは、
すでにそのような姿勢でも立つことができるように、
シコリ化が進んでいます。

しこりのおかげで、
楽にそれで立つことができるようなパターンに変わってしまっている。

そうなるとかえって膝を曲げて立つために特化した膝上のしこりは、
まっすぐに膝を伸ばそうとするときの妨げをする器官に変わり果て、
理想的な膝を伸展させた状態が窮屈な状態としか感じられません。
かえって膝を曲げっぱなしで筋緊張を強いて居続ける状態のほうが違和感を感じない。

いったん場当たり的な力みを筋肉に入れて筋緊張を作り、
その力に頼りきって体を支えるという選択を取ったなら。

残念ながら、
自らがその問題に気づき修正をするようなことはしない。

それは自分が本能的に選択した筋緊張を創りだして支えるというやり方を、
すでに何千回も、、、いや、何万回も繰り返し続けてきた行為だからです。
姿勢筋は体の垂直性を無視して立ち、
そのような姿勢運動をするようにと、
何ら他の最良のやり方を考えようと言う疑問も持たずに、
同じアライメントが崩れた状態の選択を繰り返すのです。


わかりやすく言えば、
「ちょっと膝を曲げたほうが、私は楽なんですよね」という状態は、
電信柱を斜めに立てているようなものですから、
揺れに対して弱い方向が出てしまうんですよね。

人体が自然体で重力線にそって立つ状態では
骨格部分に垂直性を維持できていることが必要な部位があります。
たとえば家で考えれば、柱が斜めっていては地震に弱くなります。

家の柱は屋根を支える脚部のようなもので、
人間にとってみれば足のようなものですね。

この足が2つに分断され中程で折れ曲がって、
ぐにゃぐにゃと曲がり角度が動いてしまうなら相当に不安定な状態だということはわかりますね。
一階しかない平屋を建てるのに、その柱の中ほどが折れ曲がっていて曲がっている関節部がゆるいならば、
それはもう不安定極まりないだけじゃなく、
壁もすぐにボロボロになって崩壊しますよ。
とても住めた家じゃありませんよね。。。

というようなイメージをいだいたりします。


ここでもうちょっと興味深いところへと見方を広げていきましょう。


『新マニピュレーションアプローチ<<下肢>>』
という本がありまして、
体の各部の姿勢と感情の現れについて解説しているページがあります。

人は、そのときの心理状態により
膝を伸ばして立ったり、
膝を曲げ気味で立ったりしています。

ちなみに、
これは太極拳などの膝を緩めて少し曲げて立つといった目的的に沿った立ち方をするというものではなくて、
知らず知らずにしてしまう姿勢の状態のことを指します。
太極拳の場合などは応用系のその運動に適したものに変化させた立ち方なのですから、
それを自然体で立つという状態と混同すると、微妙に話が噛み合わなくなりますので。 ^-^


■ 膝が伸びて下腿が開き気味で下肢が外旋しているとき。

以下の様な心の状態であることを示しています。
・自信
・野心
・魅了
・行動したいという欲求
・挑戦
・自己顕示
・確信
(その他は割愛します)


■ 膝が屈曲気味で、下肢が内旋しているとき。

以下の様な心の状態であることを示しています。
・自信のなさ
・優柔不断
・不安
・庇護して欲しいという欲求
・対決への恐れ
・もろさ
・弱さ
(その他は割愛します)


というようなことを、
膝の伸展や屈曲の状態をチェックできるんだよ〜とおっしゃられるのです。

するとどうも膝が伸びていたほうが感情面は安定してるんじゃなかろうか?

そんな気になってくることでしょう。


そして実際に膝を理想状態で立てていなかった方が、
うまく伸展させて立てるようになったときに性格が変わっていたということを目の当たりにしたことは、
なんどもありますから。
本人もそういえば昔の自分とは、
物事の考え方や受け止め方が変わってきたとかおっしゃられることもございます。


むろん、膝は膝単独で屈曲したままになっているわけではないので、
頚椎や腰部の前弯の改善や股関節の問題や足首の柔軟性などなど、
その他にもいくつもの膝を曲げてどうにかバランスをとらざるを得ない状態から抜けださせる必要がある。

つまり膝は、体の各部の歪みなどで生じた垂直性のズレが生じた問題をダイナミックにその負担を肩代わりする。
全身の歪みは膝に出ると言っても過言じゃない。
それゆえに膝は膝だけをみて直せないし、
一時的対処に過ぎないことを繰り返せばかえって半月板やら膝周囲の靭帯を痛めて劣化を促進させることに。
だから全身を直すのと平行して膝を適量ずつ治していくという見方をしていきます。

そしてそうやった末に、
膝は伸びて下肢が外旋するという状態を創り出せるのですね。
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2016年04月04日

筋肉レベルと脳力レベルは比例する?


昨日、施術をさせていただいた方から聞いた話です。

マッサージをする仕事をしてはいないものの、興味があって勉強しておられる。
その過程で、2人の興味深い共通項を持った男性のマッサージをした経験がおありとのこと。

若くして出世街道を歩む男性と、ニートでパチプロをする男性。

どちらも才能豊かで独自の分野で開花しているとのこと。

筋肉の質が、とにかく、いい。
柔軟性高く、良質な凝りの少ない状態だという。

私も、才能がダントツに豊かな人達の体を触り、
同様な感想を持ちます。

小憎らしいほど、いい筋肉なのだ。
こわばりや凝りや緊張のないナチュラルな筋肉。
そんな筋肉はしなやかな脳を持ちます。
それはナチュラルなしたたかな筋肉の一部に、
大脳部分があるということなのだろう。

そう思うしかない事例を、
私も数多く見てきました。

それがあるから、
以前から施術を受け続けていただけるお客様が、
筋肉レベルが向上していくにしたがい発展する。
脳の部分の能力向上も図られていると見てます。

実際にそういえばかつて施術を受ける前と今では違ったところがあるな、、、
と感じていただける方も、少なからずおられると思います。
(こんど、お客様に、変化はあったかを具体的に聴取しておきます。)

その意味では、ボディワークを永続的に受けるのことは、無駄になりません。
健康的なシーンで恒常するライフスタイルに投資することになると思います。



話を戻しますね。

その昨日のお客様は、もう一歩、深く入り込んでいたんですね。

その脅威の出世頭の男性と、パチプロ男性の体の中に僅かにある筋肉が凝っている部分。
それが「まったく同じ所に、同じような凝る位置が存在していた」と教えてくれた。

冷静に事物を見渡せる観察眼を持っている証拠ですね。

施術をするものは、
ある程度は体の問題発生パターンがあるので、
定石で勝負できる施術のノウハウが活きるところもある。

ただ、、、その実、そんなに臨床は単純なものじゃない。

いくらでも定石を踏み出した体の問題部分なんて存在し、
そんなイレギュラーばかりの状態に対し差しで勝負する。

何を見て、触って、聞いて、匂いを嗅いで、何を図って、どう補助線を引いて、
その生理学的な人体を観るに留めず、
物理学的な側面をもつ人体をも把握するのか。

私には難しい数学や物理の問題は解けないが、
自然則や数理に則った定理を知り、
それを当てはめて問題を解く行為は数学や物理とさほど変わらないのが施術だ。

そんな気がしてならない。


体からのメッセージは、体表レベルでもいくらでも出ているものだ。
いくらでも問題部分を吸い上げることなんてできるはずじゃないか。
それらの問題部分が点在していて、
線に結ばれずに意味が読めないでいるときには、
当たりをつけて仮説検証を繰り返して見方を深めることに徹します。

するといつか、
「あっ、なんじゃ、これってそういう意味だったの!関連性があったじゃないの!!」
と、びっくりするような気づきが訪れるのです。

降ってくるような衝撃です。

ただ、あとでよく出来た施術書を読むと、そのことがちょろっと書いてあることもある。
それ、ときどきあるんです。

以前に目を通していたが、そのときは意味がわからずにいて、
書かれた文章のバックグラウンドが見えてこない
薄っぺらな文字の羅列。

言葉がそれでは暗記できても、活用できるシロモノではない。

そのような良書を読むにも、
読めるほどの背景知識が必要だということです。
それも自前で衝撃的な気付きとして得たものじゃなければ、
私には浅い知識を盲信すれば停滞と手痛いことが訪れると。

本から読んだだけの「半端な知識」も多く持っていますが、
結果的に使えてないし使っていなくて。。。

自分で試行錯誤をしていって、そこで得たものに信頼の重きを置いています。

そんな試行錯誤の原点は、
お客様自身の人体上のベストコンディションの基準を想像して思い描いてから、
そことの差異を体表やもう少し奥、そして体から発せられる諸々の情報を感じ、
施術水面下でアイデアを尽くしてさらに暖かくなれる体に移り変える工夫をします。


そんなときにも必要な原点が、
「アレッ、ここ、ちょっとこの人の特徴じゃないの?」と気づく力です。


出世頭の若者とパチプロ男性を列して体をチェックすることから得られるものは?
そんなことを、具体的に思考してみると面白い発見ができるだろう。

人間は、自分自身の体を自分から切り離した客観視をするのは難しい。

主観が極まれば最大の理解者になる。
極め方が甘ければ最大の誤解の迷宮を用意するものとなる。

意外と客観視することができる立場だからこそ、
見えてくるものがあるのです。



余談ですが、、、
昨日来たお客様は多くの施術院に通われてみた結果。
しっかり体の状態を見てくれるところとそうでもないところがあると痛感したといいます。
後者のようなしっかり見てくれない治療院にて、
「あなたは、別に悪いところないじゃないですか」と施術院に言われて、
「えぇ・・・そんなことないよ〜、(悪いところないのに、こんなところくるはずないじゃないの)」
というところもあれば、

そのお客様が訴える前に、自分が言いたかったところを言い当ててくれさえする治療院もあったという。

そうなると、どちらに通いたくなるでしょうか?
昨日のお客様自身、自分の状態を察知する体性感覚が鋭いという特徴を持っておられる。
そのため、どこに自分の不具合があるのかという具体的な部位の特定ができているだけ、
ちょっとやそっとじゃごまかされないぞ!という印象でした。

施術院巡りをして、すでに目利き力がプロ級になってきている。 ^-^;

私も施術に気を抜くつもりはありませんが、そのようなお客様であれば気が引き締まりますね。


posted by スズキ at 09:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 体のイメージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月05日

石灰化と筋膜の硬化との違いって?

昨日の夜に、お客様とのやりとりのなかから
筋肉の石灰化というところについて
メールを書かせていただいて送付したところ。

今朝、読み返してみたら、、、
難が多くて訂正が必要かと思いブログに書かせていただこうかと考えました。

以下は、訂正後です。

■ 「 筋肉が石灰化 」につきまして

確かに「石灰化レベル」まで筋肉状態が硬化して状態が悪化してしまうこともあります。
石灰化とはカルシウムの沈着の総称であり、体中どこにでも起こるものです。

(実は「石灰化」について、メールでは大胆に割愛してしまったのです。そこが気になっていて、リライトを決意しました。。。^-^;)

石灰化がおきる理由についてですが、
摂取カルシウムが少なすぎて、骨から溶け出していくことから起こる状態ですね。

私たちが普段、食事などから摂取しているカルシウムですが、
不足すると、自分の骨を溶かして補おうとする働きが起こります。
その量は、カルシウムが豊富な骨にとっては「少し」でも、人体全体では「非常に多量」。血液中にカルシウムがあふれることになるのです。
あふれたカルシウムは骨や血管、細胞に沈着してしまう。

血液中のカルシウムは一定値(血液100ml中10mg)に保つ必要があるため、
余分なカルシウムは骨や血管、細胞に沈着し、石灰化の原因となります。

たとえばどのような部位に余分なカルシウムが沈着するかといえば、
・骨にカルシウムが沈着してトゲができ神経を直撃することもあります。
・血管に沈着し、動脈硬化の一因にもなります
・軟骨や腱、内臓にも蓄積、石灰化する
 この軟骨や腱などに、付着したものは物理的に剥がすような圧をかけることでリリースが図れるので、
 こちらの部位に対して、手技を施すこともあります。
 余談ですが、内臓にカルシウムが沈着することで乳房のがんなどになることは知られていますよね。
 石灰化した臓器は締め付けがきついため血管やリンパ管を圧迫して体液の流通を妨げ冷やしてしまう。
 それががん化をはかるという仕組みです。

ということで、
石灰化の条件が「カルシウムが不足」しているといった問題があるのです。

私もときどき上記の設定を頭からぽーんと抜け落として、
石灰化と筋膜の硬化をごっちゃに言葉にすることがあります。
内容はしっかり頭のなかで違いは理解しているものの、
そこは気をつけなければと、反省します。

筋肉をオーバーユース(過剰な使いすぎ)により筋膜が硬化したというものと
軟骨や腱が石灰化したというのは、
別物だと考えてくださいね。

そこをコンセンサスを一致させてから話を進めるようにしたほうがすっきり説明も伝わります。


主に筋膜リリースで取り扱えやすいものといえば次のようになります。

筋肉は、たとえば大腿直筋の大きな筋肉一本レベルで観ることもできますが、
そちらも筋束という筋肉のたばが集まって出来たものです。
その筋束は髪の毛ほどの太さしかない筋繊維というものが集合し束ねられて構成されているのです。

つまり、下記のように細分化して観察することができます。

筋肉構成図.jpg

  筋肉 > 筋束 > 筋繊維


筋膜の組成成分は、ゼラチン(コラーゲン)です。

筋膜は筋肉の周りにも、筋束の周りにも、筋繊維の周りにも、
すべてウインナーソーセージの皮のように包むことで補強しているのです。
筋繊維中のタンパク質は外圧から弱くダメージを受ければ、簡単にちぎれるなど壊れてしまうので
そうならないように筋膜という柔軟性に富む組織でコーティングすることで、
外圧からの衝撃や筋の過剰な伸びすぎや萎縮にも抵抗してくれているのです。


つまり(筋繊維、筋繊維、筋肉)は、すべて筋膜という膜でコーティングされています。


筋肉の使い方が粗かったり、ストレス等も手伝って筋肉内部への血行不良を起こすとき。
筋膜は衰え消えずに筋繊維等のタンパク質でできた筋肉の組織部分が
ほっそりと勢力を落として繊維の存在感が弱まります。
するとその周りを取り巻く筋膜のコラーゲン組織が存在感を増していく状態になります。

そのような劣悪な環境になれば筋繊維部分にも血流が悪くなり代謝が弱まって行く。
それに従い筋膜のコラーゲン組織部分への体液が流れ込みづらくなり変質が始まります。

筋膜のコラーゲン組織部分は、体液の暖かさを持った熱で溶かされているときは柔軟性を保ちます。
ですが暖かな体液を筋膜が接する部分から得られて溶かれたゲル状の状態でいられないときには、
冷めてしまい硬化しはじめます。
それと同時に体液が少なくなった枯れた状態になっていきます。

それって、いわば、ゼラチンでできたぷるぷるのゼリーを、わざと干からびさせると、
水分を失いボリューム感が薄まり縮み硬化して板ゼラチンのような硬さに変化します。
そのようなイメージをお持ちいただくと、理解しやすいかもしれませんね。

ちなみに血圧が弱い人ほど、このような問題状態に陥りやすいですから注意が必要です。


結局は筋肉の大きな外周のみが軽く板ゼラチン状になっている程度ならば緩みやすいのですが、

筋束が一本ずつ硬化した状態になると、
骨に近い深部層の筋肉部位には普通のハンドマッサージでは歯が立ちにくくなります。
そしてさらに筋繊維の一本一本を取り巻く筋膜が板ゼラチン化して周囲が数センチも連なれば
スチールのような冷たさや硬さに変質していきます。
こうなるとハンドマッサージでは、歯がたたないような気がします。

筋繊維が硬化してタンパク質部分は細く弱化して筋膜のコラーゲン組織も水分枯れ状態へ。
そのような割れやすい板ゼラチン化した筋膜では組織が壊れやすい状況に陥っています。

下手にいじればぷちぷちと筋繊維は簡単に断裂し、当然、断裂した筋繊維は一生涯元通りにはなりませんので、
後に悪影響が響くことが予想されます。

そしてたまたまこのような筋繊維レベルで筋膜が硬化した状態の方々の中に、
同時進行したカルシウムが沈着した石灰化をも併せ持つ人の確率が高まるようなのです。
(ここの筋繊維レベルの筋膜硬化と石灰化が同時に起きるケースが散見され、
筋膜の硬化と石灰化が両方とも起きているか、どちらか一方しか起きていない問題か、
別けて呼ぶにも石灰化と呼ぶのが検査ができない民間医療ではそう呼ぶことは独自に調べられていないからできないのだが、
経験したかつての類似したお客様の身体のデータから、石灰化が同時に起きていると考えられることもある。
そのような相乗り状態が生じるものですから、説明をしきるのがややこしく手間がかかるので、ごっちゃに呼びやすくなるのでしょうか)


石灰化という事態以外に、筋膜というコラーゲン組織が硬化した状態が人体内部で起きています。

石灰化は筋膜の硬化とは別の流れで起きるものです。

そこを混同すると、リリースの際に手技手段の採用ミスが起きてしまうでしょう。



石灰化したものは、カルシウムが沈着した状態です。
そちらを手技でリリースするのは、
相当な工夫をしていなければ、
かえってリリースの際に筋組織が破壊される量が多すぎてダメージが後まで残るので
相当な学習実績と対処のしかたに自信がない場合には触らないほうがいいといえる状態じゃないでしょうか。
(そのような場合には温熱療法として、遠赤外線効果の高いスマーティなどのサウナを定期的にかかることや、
食事療法など、
圧をかけてリリースする手技以外の方法で改善への道を歩めば問題は少なくなります。)


手技療法での施術をする先生方には
筋膜の膜組織のゼラチン部分が枯れて集まり硬化した状態を、
体内の血液の流れをせき止めて硬化した筋膜部分に流れにくくなって冷えている状態を改善させるようにしたり、
トリガーポイントのような体内で筋膜の硬化が団子状になっていたりして留め金を打たれた状態部分を緩めるなど、
いくつか安全性もそこそこあるといえるような対処をする法をとる方々。

それぞれが特徴的なアプローチをしているようです。

ただ筋膜の癒着の深度が強ければリリースが相応に難題がいくつも控えていたり、
改善するまでの長い期間がかかります。
決して簡単にリリースできるものだと、非現実的な見方をしないほうがいいでしょう。
長い年月をかけて筋膜の癒着が進行してきた場合は、その10分の1の時間をかける。
本当に硬化が著しい状態では、その期間で解ければいい施術者だともいえると思います。
そのように考えておいたほうが無難でしょう。

筋膜が癒着が進みすぎて体調が思わしくない方々の場合は特に、以下の様な過程を通るようです。
筋膜が緩められる過程で、体内には廃棄溶液化した酸化した体液が溜まっていて、
そちらを体内から排泄し切るまでは相当に手間暇がかかるものですし、
それがつつがなく終わらなければ体質が向上し安定化させることが難しいといえるでしょう。



だいたい筋膜の癒着のイメージを通して石灰化との違いがあることは、ご理解いただけましたでしょうか。

カルシウムが沈着する状態を脱するためにはどうすればいいのか。
そのような視点で食生活や運動習慣、それにストレス対策なども、
独自にしていかれるといい対策を積極的に採用して実行すること。

それがなければ手技で石灰化部分を一部に対処できたとしても、
早々に後々からカルシウムが沈着。
それを繰り返すことになります。
厳しくそこは取り締まってほしいですね。

内臓へのカルシウムが沈着するとがん化にも、大きく影響が出るようですから、
石灰化を防ぐという意識で生活をすることで、がん化の対策にもなるのでしょう。 ^-^


(T様、以上のようなことで、昨夜書いたメール内容を訂正させてください)
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2016年01月08日

頭脳を休めて腹脳を生かす作戦へ転向できないか、探ってみる



今年の正月に出歩いた際に。
これほど認知症という言葉が出てきたときはなかった。

目黒不動尊の大晦日のお参りのときには、
認知症の母が迷子になったという女性から助けを求められた。

一昨日前、
私が大井鹿島神社に詣でたとき。
寒さが増し夜に差し掛かるころ。

そちらでは目を疑う光景だった。
2時間以上も、
わずか数センチしか身動きを取らない80代ほどの男性。
カーディガンだけでダウンジャケットなどは着ていない。
神社の神主が拝殿を閉める際に気になさっておられた。

私は御札やお守りをお焚きあげする炎越しに見守るしかなかった。

すでに幾人の参拝する人々に声をかけられてもいた男性。
一切、無反応のままで、私がそうしても眼の焦点がこちらに向くことはなかった。


そして夜中の2時など歩き続けて帰宅途中。
そのような類似した印象をうける方々を目にした。


今まで神社仏閣史跡巡りでは、
思い起こせばこのような経験が皆無だったのです。

そのことに気付きました。

だからいきなりなぜ、
こうも気になってしまうことに出会うのだろうか。

偶然か?
それとも、
なにかを暗示するものなのか。

私の頭が混乱をきたした年末年始でした。
一人で考えこむタイプなものでして。。。




胎児が卵子と精子が結びつき、
成長する進化の過程でおこることですが、
生きるのに必須条件な腹部の消化器官が
まっさきに発生します。
小腸がぐにゃぐにゃっといくのはまだ先ですが、
そ消化吸収して体を生かす力を得た後に、
あたかも小腸とそっくりさんの頭脳が現れます。

小腸のぐにゃぐにゃっとした白子のような形状は、
大脳の形状に合い通じるところがあると思った人もいるのでは。


脳と小腸の相似形図.png

中医学では、相似する器官同士に相関があると考えるようです。

腎臓の形はそら豆に似ていて、そら豆は耳の形にも似てるよね。
じゃ、耳も腎臓も骨を立てる、そんな機能を同様に持っている。
そんな見立てをしていったり。
その手の相関関係がありそうなものは、
じっくりと体を観察すればいくつも見つかります。
そして言い得て妙と思えるほどの相関を見出していけるものです。

腹部の小腸と大脳の相似形相関の深さを考察していく。

その考察が進めば進むほど
腹部の小腸を、気功等をしておられると腹脳という呼び名で呼ぶことも妥当だと思えるところがあります。

そこにはみていかなければならない、
大切な優先順位的問題があります。

それは腹脳が上位本店優位で、
頭脳はサブ的存在の出張機関。
そう心得ることの大切さです。


頭脳を、感情や思考でフル回転させますと、
大脳にはそれに必要な血液の増量が起こります。
通常でも心臓からの1/3ほど血液は頭部に流れます。
それが感情ストレスが溜まったり、頭脳労働が過酷に長時間に渡れば、
腹脳の出張機関としてこじんまりとした作りでしかない頭脳ですから。
オーバーワーク気味になればオーバーヒートしていく代物でしかない。

おそらくですが、
頭脳と腹脳をパワー比でみれば、

頭脳 < 腹脳

という不等式が成り立つでしょう。

頭脳を休めるため、
頭脳労働が激しい方々は感情の使いすぎというものも含め、
情報断食や瞑想や、感情の整理などをしていく必要がある。

私が神社仏閣史跡巡りをするのは、
平素の状態から離れた情報断食をしたいからです。
だからひとりきりだったり気の使わずにいれる一部の人と。
というと人からは「独りきりでは寂しくないんですか?」といわれそうです。
ですがな〜んにも、考えないようにするためのお参りです。
とにかく、聖地では心身ともに新生するため、
忘れますし切り捨てますし切り替えるのです。

(ただちゃんと御祭神には心から参拝出来たことの感謝を伝えるのは忘れてません!)

私にはそのような時間も必要です。

自宅にこもるという手もありますが、
インターネットやら見ずに溜まった取り置きのビデオ録画ものや、
たまりに溜まりきった書籍群。
それらから逃避する参拝時間が思索を深め純化させるように感じられる。

それがなければ、今の私はいません。 ^-^


そして腹脳を活性化させるためには、
横隔膜を使った呼吸が必要であって、
それには大腰筋の使用が正常に起こなされることが大事ですよね。

大腰筋が強烈に横隔膜を上下動させてくれることにより、
腹式呼吸での代謝が活性化していくのです。
電気的性質を持っている空気を取り入れて、
それを体の機構を活性化させる力にします。

脳というものは神経。
神経は「電気」で情報をビビビッと送る仕組みですから。

横隔膜下の▽形の部分のみぞおちに、
十分な空気を吸い電気を蓄電していかなければ、
大脳も腹脳も機能しづらくなるのですよね。

特に大脳は横隔膜より上方に位置しており、
腹脳のように直下にあるものとは違います。

だからきっちり大腰筋を使えたウォーキングやランニング等々。
できるといいことですよね。

ただ大腰筋を使うということは、
日頃大腿直筋ばかり使う人には、
高度にスキルフルな難事業です。

つねにさらにスマートに大腰筋を活かせるように研究をしていくことが望まれるものでしょう。

いい加減さが全面に出た適当さでは、
結果的に成果よりもダメージが残り、
大腰筋を使っているはずが体を壊す。
そんな人も多くおられますから注意が必要です。

もしわかりづらいと言う方は、
行動系のボディワークをレッスンしてくれるところへ数度でも通ってみることをおすすめします。
または合気道や中国武術等でも、
動ける人はやはりコアになる深層筋を活かして動作しているので、
常人とは動きの質が異なって見えてきます。
ただ、達人が少数で常人が大多数ではありますが、
本来は生まれたての人間の殆どは達人であったと。

私は信じていますし、
生まれてきてからへんてこな動きの癖があるものを教えこまれたもので、
そのような間違えた学習ではなく、
正当に体を飛躍させる学習を得たとき、
人は水を得た魚のようになるでしょう。


少し脱線しました。 ^-^


また横隔膜の上下動前に起きる骨盤隔膜の上下動は、
仙骨の前後の動きがスムースであったときに起こる。
仙骨の活性化した動きが後頭骨の動きを同期して起こしてくれる。
それで頭蓋骨の縫合部分を解き緩めてくれる。
ひと呼吸ごとに頭蓋骨は前後に伸びたり左右に伸びたりできるようになるのです。
そのような仕組みで、頭脳はひと呼吸ごとマッサージをして気持ちよくなれます。

それが健康な脳を維持するのにも必須条件だと言えるでしょうね。

そうなるには頭部の骨相が正されているかどうかに関わります。
後頭部や前頭部、頭頂部などが絶壁だったりいびつであれば、
球形に近づけるよう正すための、何らかの努力が必要でしょう。
脳のマッサージが怠っておられることは避けるべきです。


つまり非力な出張所住まいの頭脳に多くの労をかけてはならない。
できうるだけ休ませる腹積もりで計算していかなければならない。



現時点の私の施術の力では、
認知症が進行なさった方の施術では成果がだせるほどではありません。
ただお客様として、今まで認知症の方がお見えになられたことがない。
そうであるから、どうも言えないとも言えそうですが、
ですが、数時間も暗がりとなった神社境内で、
震えもせずじっと立ち尽くす男性を見ていて、
どうもできない自分を感じられて切なかった。


現時点の私の施術は、
認知症になっておられない方々が、
その後も調子のいい状態でキープすることができるようなサポートはできるのでは?

そのようなところが、
どうにかという位置関係であるのだろう。



ただ、この問題とは身体的な問題だけではないような気がする。

現代社会は高度にシステム化された。

今のような時代ほど、
大自然に立ち向かって生きていたころには考えもしなかったことが頭をもたげてくるといいます。
生きる意味を問いわからなくなり地団駄を踏んでしまったり落胆をしてしまう。
自分らしい道を求めたいが、そうは行っていなさそう。
そこからくる苦悩やつらさから逃げたくもなってくる。

そういうときは
アウシュヴィッツの生還者である心理学者ビクトール・フランクルの、
いくつかの大事な言葉を思い出されてきます。。。
今は、フランクルの書を読んで勇気づけられることも大事な時代かもしれません。

生きる意味を深く問う。
そこからフランクルの冷静で暖かな瞳が見据えた像をどのように理解すればいいのか。

そんな気がしてきます。

(ただいま、フランクルの本をちょっとずつ読むぞ!という段でして。偉そうなことはいえません ^-^;)

肉体的なストレスも、大腿直筋を使って歩き続ければかならずそれに比してかかり続け、
加齢にともなってそれは雪だるま上にのしかかってくるものですが。。。

それ以上にきつい感情を傷つけて血を流すほどのストレスがあるのかもしれないですね。
意識の表面には登ってきませんが、水面下で頭脳の感情をつかさどる領域の脳に負荷をかけ続けてる。
そのようなことがあれば、それも取り除いておきたい問題なのでしょう。
いまのところ、そうする有効な手立てを私自身は身につけておりません。

ですが、心身一如として考えれば、
私は体をサポートさせていただき、
ペアで心をサポートしてくれる人、
どこかに求めるといいのでしょう。

そのようなことを切に感じてます。


ただ、心理学では、自分が認識した世界が大きくなって目の前に現れてくるものだともいいますから。

心身ともに生じるストレスばかりに目を配りすぎるよりも、
根源的に感じられる楽しみや喜びに火をつけて生きること。

そんな目論見を、懸命に打ち出して生きる人が増えること。
それで世の中全体のバランスが底上げされるのもいいのでしょうね。


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2015年12月19日

内臓は大海のごとく波打つのが自然

お腹を触ってみてみると、「硬いな〜」と驚く人も。

腹部の表層部が硬い人もいるし、
腹部の深層部が硬い人もいるし。
腹部の浅いところも深いところも、
かなり窮屈な状態ですね。

腹部が硬化しているとき。

内臓同士が癒着したり
腹壁と内臓が癒着したり
椎骨と癒着したり。

血液が腹部に多量に停滞してたまりだすときもある。

内臓疾患が起きている人の殆どは、
事前に内臓の硬さが目立つようだ。

では、腹部の硬さから問題を分析してみましょう。

東洋医学では『腹診』という診察方法があります。
腹診.jpg

腹部の問題箇所の特定位置に該当する内臓の問題点を見つけられるスグレモノなのです。


たとえば、
みぞおちが硬くて、にっちもさっちもいかない。
「心臓に問題がでているな」と考えるわけです。

腹部が柔らかさがなければ、
食事療法も消化に支障が来され、
どんなに肩や背中やさまざまな骨格筋を緩めるマッサージをしてもすぐに戻る。
腹式呼吸がしづらくて、呼吸代謝が密やかに効率悪化をうみ、自律神経系に問題が生じる。
また腹式呼吸が極端にしづらければ、それ自体が不眠状態に陥る原因ともなるだろう。
そして腹部に滞留した多量の血液があるなら、血液の循環が支障が出る。
血液が循環できないような分量が全体の割合の6割を越えてしまうなら、
血は少量しか四肢や末端まで届かなくなり冷え性にもなるだろう。
そして血流の悪化からくる体の冷えは、癌体質にもつながります。
癌になっている人のお腹を幾度も触ったことがあるから、
改善しづらい非常に強い問題がある人の場合には気をつけなければなりません。
胸腺からでるナチュラルキラー細胞を血で運べないようなエリアができてしまう。
そうなるようなウイークポイントは、血液循環に関係する血液量が減れば減るほどきつくなってくる。
だから癌になっている人でも、初期段階で血液循環能力が高い人は、
さらに輪をかけて血液循環をスムース化していき胸腺を賦活すれば、
かなりの確率で解法に向かうこともある。

腹部の血のたまりをみれば、、、いろいろな情報が手に取るようにわかるのです。


また内臓が最奥部にある深層筋そのものだから、
こちらへ対してアプローチを怠ることがあれば芯からくる不調が変化しない。

だがコアにかかる部分のリリースほど、難易度は飛躍して高まる。
だから相当に慎重に計画性を持って緩めなていかなければ、
下手にリリースを強制的にすれば体調悪化を招きますから。

それで施術者のなかにも、
腹部リリースは深いところまでは難しいから手を出さないという人もいます。
その気持、わかります。

私にしても内臓部分のリリースは、硬化が著しい場合は、怖くて仕方がない。
まるで鉄筋のような状態になって、緩まないような状態に陥っているときも。
そこからどうにかして緩ませるような曲芸のようなことも、
ひたすら安全にリリースするための手順を遂行して、
数十のステップに別けてゆるめていってとけるところです。

他者による腹部マッサージの短絡的な解き方は、
すでに炎症が強くなっている臓器の状態であれば事故の元となりやすいのですから、、、。

問題意識を持ってかなりの臨床例を積まなければ難しい。

ただ、先日、お腹が施術を初回受けたときには硬化が著しかった方が、
ずいぶん和らいできて、それが結果的にメリットになった方がおられた。
もしも硬いお腹で癒着をしまくっている状態であれば、
それは、多くの不測のリスクが潜在しているといっていいだろう。



健康管理には、私は、腹部の緩みがあるかどうかという点を、
かなり重視するようにしています。

ここに手抜かりがあるものは、
自分が得た経験則上、どのような療法をしても改善しないかしづらい。


たとえば、
漢方も、、、生薬も、、、生命力をアップさせようとしても困難です。
内臓が受け付けない。

内臓をユルユルに仕上げていけば、
それからは体調管理が飛躍的に安定し下方へ下る恐れが少なくなる。

極論で申し上げれば、腹診がなされずにスルーしていては、
その人の現状を正確に把握しておられるとは言いがたいと。
私はそのように感じられてならない。


腹は大海のごとく、
液状化した臓器が占めるもの。
呼吸により、波が打ち寄せ引いていくもの。
それが自然体の素養そのもの。
基本中の基本。


そうなるように内臓が強化され安定化しないかぎり、
人の生命力の根底は成り立ちはしない。



少しでも内臓のユニットごとに自分の位置を正しく守り、
癒着させず、癒着しづらい姿勢を保たせていこう。
そして腹式呼吸という内臓マッサージがしやすくなるように、
コアの筋肉や骨盤底筋や臀部の筋力や腸骨や仙骨の力を整えていこう。

そうすると私がいずれそのような生薬等に精通したときには、
内臓のコンディションを読んで改善を施し、
それと同時並行でアドバイスができるようになるから、
そういったところは強みなんですね。

そんなところにまで進んでみたい。
posted by スズキ at 03:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 体のイメージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月09日

経絡コンディションと天候からの体調の影響など

人体の天候からの影響について。

天気が悪くなると、
調子が今ひとつに。

そう感じられる方、いませんか?

たとえば、、、
古傷が痛む、肩こりがひどくなり腰痛が。
覇気がなくなる、鬱っぽくなる。


それは、なぜ?

中医学では、気・血・津液の滞りがなく順調な状態が健康体といいます。
中医学でみれば、天候からの影響について次のように見ます。


『 雨天、曇天時は天候が陰の状態であるため、
生体の陽気が圧迫されて気・血・津液の運行が低下する。 』


活発に体内の動きを活性化させるような熱を持つ陽の気が減少することで、
気の停滞やら、血行が低下したり、津液という滋潤作用をもつ体液も流れづらくなる。
それでちょっと沈みがちになるのです。

ただしもともと気・血・津液の運行が活発な人は、
ちょっと滞ったとしても、まったく物事に動ぜず。

さほど影響はないのですが、
気・血・津液の運行に余裕がない人は、
体調不良になったと感じる境界線を容易にまたいでしまいます。
そうなると、体の節々が問題がでてきたり、精神的なブルーへ。

というわけですね。


天気がよい晴天はまったく問題がないのか?

といえばそうでもない。



『 晴天時は天候が陽の状態であるため、
生体の陽気が強まるが、気・血・津液の滞りがある場合は症状が悪化しやすい。 』


とのことで、結局は気・血・津液の滞りがあるならば、
晴れても曇っても雨が降っても、症状が悪化しやすい。


そのような傾向がある人の場合、
たとえば血が流れる量が少なくなったコリが進みすぎた部分が多くなっているようです。

血行不良からの炎症がかつてはあったのだが、
そのまま放置されてさらなる血行悪化を呼び、
痛みの警報がなって自分の身を守ろうともできなくなる場所。

意外に多いのです。

まさにこの状態は、
人体内部で麻痺が。
気や血の届く量がめっきり減って、
津液も滞りがちなところの象徴です。

経絡とは、
「気・血・津液」を全身へ運ぶ通路です。
全身に網目の様に張り巡らされています。
体の隅々までそそれらを運ぶための通路。

血は血管を流れるんじゃないの?
そう考えられるわけですが、
ここは詳細説明は割愛しますね。
話が大幅に脱線しますので。



その経絡とは、経筋という見方・概念があるように、
筋肉を取り巻く筋膜のなかを経絡が通るわけであり、
筋肉のコリがひどくなってしまうという状態ですと、
「気・血・津液」の流れを滞らせる元凶のようです。


昨日も、数回目の施術をお受けいただいている方に、
右側の臀部の臀部筋群をリリースしてみたときより
左側の臀部の臀部筋群をリリースしたほうが痛いはずです、
と施術中に申し上げておりました。

なぜ、自分が圧をかけられる側でなかったとしても、
お客様の痛覚で感じられる痛み具合がわかるのかは、
筋肉に硬化が進めば「気・血・津液」の流れを滞らせ麻痺を起こすということを知っているからです。

痛覚神経が働いてくれているところは痛いものです。
ですが「気・血・津液」の流れがある程度は確保できている。
流れを滞らせるような強力な経絡のセンを閉ざすまでには影響がない良好さがある部分だといえるのです。

ただし施術中には
『「気・血・津液」の流れを滞らせる』という説明は複雑になり腑に落ちずイメージがぼやけますから。
「血行の滞りにより痛覚神経が正常な反応が阻害されているようですね」という説明でとどめています。

ですが実際は津液がかなり減少していて体内部分にはかなりの問題がでてきているので浄化しきれずに、
けっこう血流を流すようなお客様の自前のポンプ力で押し流せるような計算が成り立たせることが困難。
津液の滋養を育み体質を底上げするため潤滑させる強力なバックボーンになっているのですが。

こちらの津液の復活には、殊のほか手間がかかる。

体質レベルで問題が生じてしまわれている方が体調不良気味であれば、
体は改善曲線を考えるよりも、
加速度的に体調悪化を迎えていますから。
そのようなときには津液の流れは容易に閉ざされてしまうようにある。
だから後戻りも早くてなかなか復活してくれないようです。


考え方なのですが、そういう面を食養でバックアップできればどうか?
計算上、下降曲線を食い止められるのでは?


そこを施術と組み合わせて考えられないか?


まだ研究中ですが、
アイデア的には興味深いでしょう。


posted by スズキ at 13:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 体のイメージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月03日

不妊症になりやすい反り腰ってあるのですか?

一昨日前、知り合いの先生から女性の施術を依頼されて。

内容は、不妊症を患っておられるということであります。
整体的に観て、不妊症を患っているといえるのかどうか。

いくつものチェックポイントがあるものですが、
そのもっとも強力なものといえば、
腰部が前側に反りが強い状態です。

理由はいくつもありますが、
たとえば少しだけ挙げれば、、、

(1)内臓下垂が進み子宮後屈になりつつ子宮はおしつぶされる

(2)腰椎部分から椎間孔を通り枝分かれする神経根を圧迫して、
 性器と脳をつなぐ脊髄神経のネットワークに誤作動が生じ、
  女性ホルモン等のバランスだけでなく、
  生殖器内の血流量にも関係する。

(3)腰部の前反りが強い人の仙骨は後ろへ反り返るまま固定されている事が多い。
   仙骨は腹式呼吸をするときに、前後に動きますが、
   その動きが正しい際に生殖腺に刺激を送るようです。それがうまくいかない。
  

など、

時間の関係上、図示はいたしませんが、
図で観てみると、さもありなんと納得。


特に、体の柔軟性がありつつ腰部が前へ反りがきついならば、
影響が腰椎椎間板ヘルニアなどになりぎみとなっていきます。
椎間板の上下のサイズが萎縮して寸が短くなります。
腹腔の上端が下方に落ちて、
腹部の寿司詰め量も多くなる人もでてきやすくなる。
腹腔内部の代謝が問題になってしまうことで、
内臓に廃液できな常態化した血やリンパ液が過剰に貯まる。
これは個人差があるのですが、
そうなるようなリスクはあるのかなということだけ、
意識して置くのは反り腰を改善させたくなり予防になるでしょう。

関節部の柔軟性ある人で血圧がある程度正常値なら、
寿司詰めがきつくなるので、
コアをトレーニングして開発して、
反り腰とはならないようにしたい。
もともとが関節の柔らかさをもつ人とは、
上下の軸を伸びやかに活かして生きられる優位性の高い体の持ち主。
今が上下の軸を伸ばし骨格を正しく並べることを知らないだけです。
身体を正しく軸を活かした使い方をみっちり学べばいい。
そうすれば短期間で、大きく生まれ変われるのですから。

それに気づけば希望を持つことができるでしょう。


それに対しまして、体の硬さがきつい人の場合は?
腰部の反りがあっても、
自前の腰部周囲のしこりのサポーターのおかげで、
腹腔の空間の萎縮が一定に収まるようですから。
妊娠にまでは持っていくことができるときもある。

だが、つわりが強く出てしまうし、
母体内部の赤ちゃんが窮屈ですし。

多くは赤ちゃんが母体の骨盤底筋部分の上に乗っかり切れずにいる。
赤ちゃんが骨盤のハンモックからこぼれ落ちた状態といえるのです。
無理矢理にでもどこかにすがりつく形で支えが必要となってしまう。
すると母体内で赤ちゃんの肩口が母体の腸骨の骨に当たり続けます。
腸骨というハードな骨に当てられているのですから、これはきつい。
それだけではなくて、
内臓が骨盤の前にポッコリお腹となって出ている人の腹直筋は硬化。
強烈に腹直筋の押さえが働くことで、母体内は寿司詰め状態ですし。

そのような体制を取りやすく、すると赤ちゃんの呼吸器系は育ちづらく、
それが原因でアレルギー体質にもなりやすいという先生もいるほどです。


というようなわけで、
不妊症のようだといわれると、
身体の構造上の面を知るなら、
腰椎部分の反りに気を配ります。


こちらを観た瞬間に、
体質が柔らかそうか、
肩が前に出ていて上がり気味ではないか、
胸椎が猫背になっていないか。
腰部の反り具合はどう?
顎関節に問題はないか(←仙腸関節障害が同時に起きているため)、
などなど。


徹底して構造上の問題をリセットするのは、施術者に相当な力量がなければ実質が伴いません。
そちらも難しい問題を、内部に含んでいるため、
整体がいい結果を得ることができるかどうかは一概に言えるものでもありません。
ですがきっちりと修正をしていければ、
成果が多少なりとも出やすくなるのは
経験則的に言えているようです。

だから整体にも一縷の望みを持ち、改善の可能性あるツールのひとつと考えていただければ幸いです。


もちろん、これらが整えられていれば100%の結果が求められるというものではありません。

不妊理由は、複雑な感情面の緊張の連なりや、卵子の老化などもあるでしょう。
不妊症を悩まれている方々の多くは、
親族の気持ちを推し量ることでつらい日々を感じてしまっている。
このときのプレッシャーが交感神経を優位にして内臓の力を奪い、
内臓のひとつの腹部内部にある性器の活力を抑制しているのなら。
それは強烈で施術で体を整えられたとしても難しいようですから。

ただ一昨日前のお客様は、
そのようなメンタル面の気づきを先に受け入れておられました。
積極的に気負わない姿勢を保つよう思案なさっておられました。


そこは、とてもありがたいところですね。 ^-^



周りの意向に揺さぶられ動揺する浮き草のような自分であれば、
「今の自分」を楽しみきれていない。

今、生きている自分を、どれだけ幸せにしてあげられるかです。
自分が太陽になってエネルギーを心臓の内側から放ち続けます。
誰かからの日が差さなければ生きられないものではありません!
過去の失敗や後悔を笑い飛ばし、
未来の期待よりも今の笑顔です。


それが基本姿勢。


平塚らいてうが、
1911年(明治44年)9月、25歳の時、
雑誌「青鞜」発刊を祝い寄せた文章。

「元始、女性は実に太陽であつた。
真正の人であつた。
今、女性は月である。
他に依つて生き、他の光によつて輝く、
病人のやうな蒼白い顔の月である。
偖(さ)てこゝに「青鞜(せいたふ)」は初声(うぶごゑ)を上げた。」

と。


太陽のように力強くあればいい。

自分の身からエネルギーが生じ、
周りを照らすものだと声をあげる。


立位姿勢を見せていただいて脚部の大腿部の強さを図り、
正常姿勢とどれだけかけ離れているかをチェックしたら。

それで整体で妊娠しやすいかどうかの傾向はつかめます。
ですが自身を『元始、女性は実に太陽であつた。』とこころと気持ちを諭していくこと。

そのような信念を胸に常夜灯のごとく焚き続けるならば、
不妊理由で心が疲れ緊張が不妊を強める悪循環は消せる。

私は、
元始、女性は実に太陽であつた。』から転じて
元始から今も、女性は実に太陽です。』と繰り返し言い続けていただければと願っております。
望みのかなう暁まで。



ただ、、、
しょせんは整体という民間のものであるから、
成果の保証などはできるものではありません。


施術を受ければ簡単に結果が出るような奇跡は期待しないほうがいいでしょう。

一回だけ施術を受けられた不妊症の女性が、
「妊娠しなかったじゃないか!詐欺師!!」とけんもほろろに電話で抗議をなされたことがあり、
どんなに私が内容を説明しても一向にわかっていただけなかったということが過去にありました。
それも数例に及びます。
不妊症の改善は単純なものではないケースがほとんどだからです。
本来、腰を据えて現在の体の状態の基礎から立て直す必要がある。
そう申し上げても、一切聞き入れることがなかったため、
お詫びの品と施術料を返金させていただきました。

そのようなケースは他の症状をお持ちの方には見られないものです。
それだけ大変な思いをし続けてこられたのだろうと察しております。


だからそのような過度な期待をお持ちの方の場合は残念ですが、
施術ばかりを期待しすぎても改善の確率をあげるに留められるものでしかありません。
はじめから私の施術成果は期待しないで、スルーしていただけたほうがいいでしょう。

されど腰を据えて関わらせていただけるのでしたら、
こころを込めて前進するための方策を共に考えたいと思います。


^-^
posted by スズキ at 06:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 体のイメージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月16日

猿手って、どういうもの?

メールを頂いた方から、
『猿手ぎみ』というお体の状態をお伺いしました。

そういえば私のところへおいでいただいているお客様で、
猿手ぎみの女性がおられまして。

腕力や握力が、幼少期より少なかったとおっしゃられていた記憶があります。
確かに現状でも握力は強くないですし、腕力も然りです。

猿手については、
女性が多く先天的にそのような傾向があるとおっしゃられる方ばかりなのかと思っていました。

ところが、そうではないのですね。


ここからちょっとだけ横道にそれますが・・・。

私は日頃、体の生理学的なことを知ろうとするとき。
いきなり整体院や他の民間医療関係のホームページの
『猿手は治る!』といった内容のページは参照しないようにしています。

意外に役立つのが、ナースのための看護用語辞典。
本格的なお医者様の利用するものは詳しすぎます。
かえってわからない単語が多くて誤読につながる。

それに対し
「看護従事者のための〜」と名をいただくものは、
文章も比較的簡潔にまとまっていて読みやすいが、
専門的な医療知識をベースにして語られています。

あまりにも専門性が薄いものであれば、
最初から情報が抜けていたり漏れていたりするし、
そういったものは偏見が強くなりがちで使えない。
まずは私の頭のなかの領域に、
きっちり最低限押さえるところは押さえたいので。
そうなると看護用語辞典は、かなり使えるのです。

私が所有するそちらのほうの本は、もう年代が古いものになってしまって。
新しい本を買わないといけないんですが。。。
最近はネットで看護用語辞典をアップしているサイトで、
ちゃっかりチェックさせていただいております。

たとえば

看護roo!
http://kango.919.co.jp/

のなかの下記のサイトとか。
看護用語辞典 ナースpedia 
http://kango.919.co.jp/word/

こちらにも『猿手』で調べたら、
しっかりしたイメージがしやすいような内容が解説されていました。
本当に助かります。

興味がある方は、調べてみてくださいね。


すると、、、猿手ではどのような問題が起きるかというと。
「肘を通る神経のひとつ、尺骨神経が引っ張られることによるしびれや痛み、麻痺などがある。
また、指の曲げ伸ばしが困難になることがある。」

とのこと。

尺骨神経が引っ張られることがあるということは、
もしかして尺骨側の力の出力に問題が出る場合もあるのだろうか。

実際は確かプロテニス選手でも猿手っぽい人がいましたし、
バレエをなさっておられる方でもいたような気がしますし。
力の出力はある程度はカバーできるものだということです。

だから猿手で尺骨側の制御がしづらくなるというのは、
あくまでもそのようになる場合もあるのではないかという仮定です。

猿手といいましても、
実情を観察すればそれぞれが違った特性を持っていると思うのです。
それぞれの猿手の状態も、
その成り立ちや解剖学的なその人の骨格や骨格筋上の特性と絡んで、
十把一からげにいうのはいけません。

ただしもしかするとプロテニス選手もバレエダンサーも、
伸筋を自在に操って伸びやかな力を発揮するようにトレーニングを積んでいる。

そのようなトレーニングが実質、積めていければ猿手で使用するのにも問題ないし、
逆にしなやかな関節という面を活かしたテニスのプレーやバレエでの表現が可能だ。
それは、私にはメリットに転化できる素晴らしい素質のように思えてならないです。

ただ伸筋を出力のキープができないよう気を抜けば、
はっきり言えば相当関節に負担がかかって壊れやすいのは確かだから、
実に使う際は繊細さと注意深さ、それに自分の手を熟知していること。
そのような高度な知恵がなければ深く使いこなすのは難しいものだと思うのです。

そのような基礎的な使い方の妙を、
どのように身につけていけばいいのか。
ただ普通に使っているだけでは、
やはり腕力の出力は難しそうですから。。。

猿手の方々は、どう取り組まれていくのでしょう。

そんなことを考えていました。 ^-^
ちょっとがんばって研究して頂きたいところです。
posted by スズキ at 12:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 体のイメージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月27日

尾骨の曲がりが改善することによる精神的な安定

肉体状況から精神へ影響が出ることもある。

尾骨の曲がりからくる精神的な躊躇心。
意外にこれは大きいことだとわかった。

それは私の実際に施術をするうえで、
お客様から教えていただいことになる。

尾骨が、左右にねじれていたり、前後に曲がっていたりすること。
それは、ほぼ10人いれば10パターンの曲があるといえるほど、
それぞれが個性的な歪み方を示している。

自分が理想型になっているということは、
相当なフィジカルメンテナンスが済んでいても難しいだろう。
それは、プロ野球選手をしているものでも、
私の目から見れば微妙な尾骨の曲がりを見出した。
その微妙な曲がりが、精妙なコントロールを狂わせることもでてくることもある。

尾骨は体の中心軸の下端に位置する最重要ポイントといえる。
コマの傘が理想であると条件をだしコマを回転させるならば、
コマの軸の最下点の尖っている部分は尾椎の尖端に当たる。
その部分がわずかにでも中心軸からずれていたとすれば、
コマの回転はきれいにはまわらない。
もし精密至極にコマの軸の下端部分があれば、
ぶれないで回転力は長時間保持できるのです。
それがぶれが多少でもあれば、短時間で失速。
そうなれば力技で労を配って回すしかない。

それは理想の尾骨の設定かどうかというような問題と似てくる。

とにかく、
尾骨が理想形で位置が正されていないならば、
脊椎の全体が縮みだしたり後屈したり側屈したり。
そんな脊柱起立筋を常に硬化させる状態は交感神経を優位にさせっぱなしにして、
肉体疲労をすっきりと、さっぱりと寝たら抜き去られるというようにはしてくれない。

多少の尾骨のずれは、一般の生活を送る上では許容範囲があるだろう。
多少の曲がりはいい。
ですが強い曲がりには、その修正がなされることを期待されるのです。


そのような折り。

バレエや水泳を真摯に修練中の方々などに、
施術の力も手伝ってか脊柱起立筋が緩められて椎間板の正常化がなされてきて、
呼吸と脊椎の前後の動作というものにも気が配れるような動き方の修正もした。
そのような方がいて。

すると尾骨が施術を受ける前の当初では、
ずいぶん個性的に曲がっていたのですが、
徐々に仙骨の自在に動き出す力を借りて
尾骨と仙骨を結ぶ仙尾関節が動き始めた。
そして尾骨が自然に矯正されだしてきた。

なかなかこのような状態になる人は少数。

本来的に、股関節のハマりの浅さや、日常的な不良姿勢や、脚部や腰部の使い方の問題、
そして過去から蓄積してきた仙骨や尾骨を取り巻く靭帯の骨化から逃れることは困難だ。

だからそこから抜け出せるというのには、
施術だけの力ではない、本人の動作の改善自覚と磨き上げがあって起こることです。

そのようなことがかなえられた稀有な人たちを観察させていただきますと、
以前の尾骨の歪み状態から改善が図られるに従って、
考え方の柔軟性が飛んできたりストレス耐性が付いたり。
そして以前は消極性があったがそれは過去のもの。
今では積極的な行動をするのに何らためらいがなく、
考えているよりも動ける。
以前は、頭のなかでどうしなければいけないかとわかっていても、
そうすることができずに、延々と悩み続けていたのがうそのよう。


それは尾骨が立ってきたことが、
あたかもコマの軸が正確なところに打たれて回転が安定してきたかのよう。

自力を信じて軽々と楽しく体が動ける。
そして以前は体力を早々に失っていたが、
それが疲れづらく疲れてもすぐ回復と変化していく。

そのような変化が尾骨の歪みの度合いが、低減してきた人から見て取れた。
それはまさに目覚ましい変化でした。
そのようなことは、
一人二人に特別起きたことではなかった。
だからある程度の一般性があると察せられるところもあるだろう。
それは実際に私のようにリリースをさせていただいて、
どのような場合であったかを認識して比較することで、
推測という判断ができるようなところもでてきます。


尾骨を直接刺激を加えて矯正をすることよりも、
その人の尾骨がなぜ歪んだのかを考えて、
関連する問題箇所を観て、そこを動かすように伝えていきたい。
一見、それは直接圧を使って尾骨の歪みを調整するよりも遠回りに感じられるかもしれません。

ですがそのような遠回りに感じる努力は、避けるべき徒労になるものではないのです。
自身の力を確実に増していく行為ならば、存分に脳に体に汗をかいたほうがいい。
苦労がはんぱではないため、そこの努力を惜しむ気持ちもわかりますが、
無用な努力には当たらない。
そのような務めは、躊躇なくすべき。
私が自分を動かすときには感じます。
手を抜いていいことと抜いてはいけないことを、
見誤っては成長はオボつきませんから。。。


真摯に身体操作の基礎から磨きをかけていこうとする粘り強い人がいるならば、
そこから改善のいとぐちをつかむことは貴重な後戻りの心配のない、
さらに理想的な身体機能を発揮させるチャンスになるはずです。

そのように進展してきた人が現れてきたことに、
胸躍る気持ちになります。


また、同時により多くの人にそのようになっていただけるような工夫をして、
係るお客様の誰一人欠けることなく、そうなっていただけるようなことへと。
特に、尾骨の歪みが許容範囲を超えている人に対して、
どのように対処していくべきかを考えたいと思います。
いいアイデアが浮かぶように、がんばってみますね。


ちなみに尾骨の曲がりが改善することで、精神的安定へと状態が変化する理由は。
骨盤底筋群の緊張がほどけて腹式呼吸がしやすくなり、
下丹田への重心の安定化がなされるということから、
肉体的な呼吸代謝や筋疲労の低減が確実になされて、
呼吸の安定等による精神的なゆとりがでるものと推測しています。
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2015年03月25日

筋肉疲労等による命令伝達障害が起きるとき。



脳により体全体の動き方が制御されています。
適宜、最適な動作をするよう計算されている。
脳で演算された結果を得て命令を筋肉に送る。

脳からの情報を受け取った筋肉は、
言われた通りに動いてくれるはず。。。

ですが、実は脳からの命令伝達が、
筋肉の疲労が極めて強い場合には、
正常に伝わることはなくなります。

脳では十分に計算して痒いところまで手が届くほど丁寧に動作制御命令を下したとしても、
張りが強く炎症を持つ筋肉、
しびれたり麻痺を起こしている筋肉、
過緊張で硬化している筋肉、
むくんだ状態で筋繊維がはっきりせず虚脱した筋肉など、
正常な状態から遠のいた筋肉群は、
脳からの情報が理想的な状態では伝達されなくなります。

そのような脳から送られた情報伝達が届かずに、
理想とは遠い筋肉のコントロールをするならば、
体のバランスが最適化した楽な動きができるわけはありません。
むしろ体のバランスが崩れていることさえも気づけないほどに、
心地よく動くときの快適性や快感を感じる状態から離れている。

赤ちゃんがじたばたと訳もわからずに体を動かす際に、
満面の笑みを浮かべてキャッキャキャッキャしますが、
何気ない動作の中に体を動かす喜びがあるからですね。

筋肉が張りが強かったりこわばったり虚脱するなどの疲労蓄積が進んでいたら、
脳がせっかく最高の調整具合で計算して最適な情報を出したはずなのですが、、、。

動作をするための役割を担う筋肉には脳からの命令が届かないか、
ノイズが入った情報となったものが伝達されてしまったのならば。
体のコントロール制御が、思ったとおりにいかなくなってしまう。

いったんこの状態の強い傾向を持ったならば、
体を思うように動かせない結果は感じていて、
そこに少なからずの恐怖を感じるものだろう。

過剰に体の前面の筋肉群を固めたままの状態にして、
体のブレを減らそうとして、
その体の前面の筋肉の緊張がたえず抜けなくなったり。
また膝に力みが入っているならば、
腰の筋肉が過緊張になり縮むので、
背筋が伸ばせなくなり腰背部痛に。

つまり脳からは正常な制御するための命令が出ているのに、
筋肉にそれを受け付けられる状態ではなくなっているため、
命令伝達障害が生理的に起きてしまっている。
理想的な身体操作がかなわないときには、
体をがんじがらめにして固定させること。
それがさらなる問題を引き起こしますが、
本人的には無自覚でそのようにしている。

他者に自覚を促されたとしても、
すんなり認めようとはしません。

頑なに「そんなことはないはずだ!」と、
自身の正当さを信じて疑わないものです。
そこがまた、状況を複雑化する要因です。
正確な状況判断を鈍らせるには十分です。
脳と筋肉との連携が悪くなり混乱したら
自己修正機能が機能しなくなっています。
だから客観的に自己の姿を捉えるように、
自己の捉えを正確に把握すべきです。

ですが、
そこは自己否定をしたくない心理的作用のためか、
あまりにも頑ななのです。。。


命令伝達障害が起きるような筋肉状態は、
慢性化すればするほど抜け出せなくなります。。。

強めにそのような傾向がでたなら、
自力で復活するのは容易ではない。
通常は一生ものだとして、
終生持ち続けられて、
状態は悪化していく。

ただ相当、深く体を洞察して読める施術をする先生でなければ、
その対応は適切にはできないようです。

10手ほど先々まで読み込めなければ、
いい手は打てないです。

施術が一時しのぎのカンフル剤になるか、
その後の改善へのきっかけにできるのか。
その違いはあまりに大きい。
そこに私自身も、施術の奥深さや難しさを感じてやみません。


複数の筋肉が連関して動こうとする力が分断されてしまうため、
それをつなげるという伸筋の連携の復活へとつなげる作業には、
その仕組をきっちり知り得るものでなければ、
ナビゲーションするようなアドバイスは困難。

自身の筋肉のコンディションを正確に把握するのは難しいものだが、
理想的な姿勢から大きくかけ離れてしまった状態でいついていると、
それはすでに脳から送り出された筋肉への命令伝達障害があるはず。
そのように考えてみても、当たらずといえども遠からずでしょう。
身体状況を、全身の立位写真や座位の写真を前横後ろから撮影する。
それで脊椎の側湾傾向があったり、前後の弯曲が強かったり、
上下の椎間板の詰まりがあれば命令伝達の問題が生じている。


それゆえの、
たかが姿勢、されど姿勢なのですね。


posted by スズキ at 05:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 体のイメージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月12日

『反射もどき』から脱したいものですね


一昨日前の施術の際。
作業療法士をなさっているお客様の施術だった。

私は理学療法士の本を渋谷のジュンク堂で、
面白いな〜と感動したことがある。
観ていたのは以下の本です。

ブラッシュアップ理学療法―88の知が生み出す臨床技術

購入すると言うまでには至らないものですが、
論文調で筋道を立て、データを掲載して解説。
大きめの医学書がある書店に立ち寄るときに、
繰り返し立ち読みをさせていただく一冊です。 ^-^;;;

論文だから読む気が失せるという人もいるでしょう。
私も最初、見慣れないもので、うぁ〜っとなります。
ですが理学療法の臨床面での関心を深めてくれるし、
それは取りも直さず人体を深く読む視点を提示する。
興味あるコンテンツは、気づけばしっかり観ている。

データ部分や写真等から感じがつかめてくるので何を言おうとするか
その点が要領よく理解できてくる。

つまりなぜそうなるのかという論証をするから、
話の進行に大きな飛躍がないことがありがたい。

日頃、中医学関係の本や手技療法の本などで技術を学ぶ際に、
よく出来た本も多数あるものの、
作者は深いところまでその技術遂行に見渡す目があるからわかっているだろうが、
本からはその基底部の論証がない断片をいきなり伝えられていそうなものもある。

そうなるとよほどその流派に精通していない限りは読みこなせない。
施術技術なんていうものは、身につくまでが大変なのだが、
身につくまでの初歩から高度までのステップアップ階段が
途中で割愛されていそうなものが多数見られます。
紙面のスペースの限りもありますから、
それはしかたがないところですが。
論証不足であろうものの説得力は、
どうしてもこちらサイドで筆者と
同等レベルの思慮深さと情報通にならなければ読み解けないのかもしれない。

そのような手技療法関係の本では、洋書を訳したものは、
まさに論文調で事細かにイラストを付して語る書がある。
多分に私にとり、それはそれで読みやすいものではない。
だが読んでみて、後々になり資料性の高さに助けられる。

そういうところがあっての、ブラッシュアップ理学療法―88の知が生み出す臨床技術という本は、
面白みがあった。

観ているだけで、いろいろと新たな施術技術を考案できそうだ。

そんなこともあって、作業療法士をなさっておられるお客様と、
整体関係の書籍には、あまり論証を付した本はないが、
理学療法の関係本は、論証を試みた論文調のものがあって勉強になるという趣旨の話をしていた。

すると、作業療法士の方が、
やはり、一字一句しっかり論じるというフォームでの記述をするトレーニングをなされたそうだ。
記述法が要領を得ていなければ、叱責をいただける。

アカデミズムである方々と、私のような在野のものとの違いは、
人にわかりやすくデータ提示して説得力をもった論証をする点。
そのようなところにも現れているのだろうと感じました。


また、話が他に伸び、
私のような筋膜を調整していく施術者の集めるテキストは、
多くは筋骨格系のものであるのだが、
彼らは人体特有の【反射】というものに造詣が深いという。

人間として、まだ生まれ落ちて間もない赤ちゃんは、
大人たちなら起こるべき反射が起きない。
赤ちゃんを触る等をして反射が未発達状態を確認し、
反射の機能を知るという勉強もなさっているそうだ。

その反射で人が動くと言う話に付け加えて、
以下の様な説明もしていただけた。
(正確に内容を聞き覚えていなくて失礼!)
サメの脳が挫傷した状態で動きが悪くても、
サメは水の中に入ると反射で泳ぎだします。

そういえば、
鯉の活造りのようなもの。
卓越した包丁さばきの料理人が、
身をそいで頭と背骨と尾っぽだけにする。
水槽に入れたときに泳ぎだす脅威の技が。
「包丁人味平」でしたっけ、^-^;
あったような気がしますが、、、
それも反射なのでしょうか。


脳を使って体の筋骨格系を操作しているわけではない。

脳を通さずに体を動かす仕組みが反射として備わって、
反射作用が悪くなると日常生活に支障をきたしますし。
それは新たに反射という仕組みをリメイクしなければ、
なかなか思うように状況を打開進展させていけません。

そういうところで、
作業療法士としてのお客様の活躍の場が生まれるのでしょう。



少し自由な発想で思考してみて。
人間の動作のほとんどは何ら深く考える新鮮味もなく反射で。
高度な動き方のプログラムをメモリーして実行する小脳はあるが、
もしかすれば、小脳に行く手前の段階での反射で制御されていて、
思考の省かれた省エネ化の反射に頼りすぎているのかもしれない。

体の中にある適切なテコの原理や滑車の原理等の応用が効くためには、
本質的に姿勢の理想状態での維持が必須である。
それがあまりできていないときには、
本来的に体に仕組みとして仕込まれたパワフルな反射ではない形の、
主に屈筋群に過度の緊張状態を強いる癖付けをしたことによる
『反射もどき』で暮らしを成り立たせていることもある。
『反射もどき』機能も、長年にわたって使えば生理的な機能に感触が似る。
違和感を感じられることもなく、過度に屈筋群のダメージを増し続けては、
『反射もどき』からの不調だとは気付かずに、つらい思いを重ねてしまう。
実にそのようなケースは多いように思います。

私には『反射もどき』が、体を歪める根源に思えてならないのです。

そして『反射もどき』は、筋膜のよれとか歪とか裂けてとか癒着に、
大きく関係しているのではないかと感じています。
先ほどまで、論証を述べていくことがよしとするというところから、
ずいぶん離れた意見ですが、
それは私自身が日頃の施術で見えてきたことです。

実質、劣化した筋膜状況からは『反射もどき反応』は逃げられない。
それは身体操作を持ってリセットするには、
特別なボディワークを積み重ねていかなければ、
話にならない場合が多分にあることを知っているからです。
ここも手間・暇・時間と強烈な学習意欲を維持し続けて問題を深く見通す目が必要な、
大変な厄介なところでもあります。

促成栽培でのセミナーで十分なものじゃない。
思索の及ぶ深さを広げ、身につける修練など、
欠くことのできないところも多くあるのです。

だから多くに方々にそこを押して推挙しても、
途中でドロップアウトなさることもあります。
その気持、分からないでもないのですよね。

ただ半端な追求がもどかしくて仕方がない性格の私には
進化の過程が目に見える分野でもあり面白くて仕方のないところでもあります。
まずは私自身が少しでも理解を深め、人に伝えるための下地が作られることが、
大事なことだと思って取り組んでいきたいと思います。


もちろん私の中にも、そのような『反射もどき』がはびこっている。
ただできるだけリセットしていかなければと気づいただけいいです。
がんばればることで『反射もどき』を抑えこみ、体の内側にあった、
画期的な反射機能の発動へとバトンタッチできるときを心待ちにしてます。

まさに羽の生えたような感じになるのでしょうか。 ^-^
体の操作性の向上は、自身の身体の存在感や居心地の良さを、
間違いなく清々しいものへ生まれ変わらせてくれることでしょう。

おそらく私どものような動きの面でも見るボディワークを志すには、
生理的に起きる反射機能と、
後発的に創りだされた反射もどき機能と、
分析していくためにも、私も人体に起きる反射について学ばなければ。

お客様により、反射にも学習意欲をかきたてていただいたところです。
ありがとうございます。


いったい、どんな本を読めばいいのだろうか。
まずはブルーバックスあたりでしょうか。
確かそのような本は持っていたので、
探してみます。
posted by スズキ at 11:41| Comment(3) | TrackBack(0) | 体のイメージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする