2018年10月07日

マサイ族の目力は、はんぱないすごさ! 「ミスターマリック VS マサイ族」の映像

先日、お客様との会話で。

私の、解説部分のみ抜粋。 ^-^


「マサイ族って、おられます。

 彼らは狩猟民族です。
 獲物を遠くから見つけます。
 それに自分が捕食動物のライオンやハイエナ等の餌食にならないように、
 狩をするような野生動物が多くいるところでは警戒をするものですよね。」


「だから彼らの目線は目の前のすぐそばのものにばかり配られるのではなく、
 遠方を眺めるような目線でいる。
 そのような周囲の情報を多く集められる者が、
 狩も成功をするから生活もできて飢え死にもしないですし、
 捕食動物に食べられてしまうこともなく生き残れるのです。」


「そして、私たちも、彼らと変わることはなんらありません。
 いまだに彼らのような遠方を眺めて情報を集められるような姿勢で頭部や首を配置したときに、
 肩こりも首こりも、そして腰痛も生じることがない脊椎全体の自然で伸びやかな状態になるのです。」


そういって、マサイ族の写真ではないのですが、
同様にアフリカの部族で身体能力発揮の著しいといわれる
ヌバ族のおじいちゃんが遠方を眺めているすばらしい写真を見てもらうのです。

このおじいちゃんの単なる横向きのバストショット写真が、
私はとても大好きなもので。



実は、頭部の配置について、
最初はデスクワークが主の方等多い姿勢構造パターンがあります、
顎が前に出てしまって胸の胸骨部分に「よいしょっ!」と頭の重さが乗っかって前に頭部が落ちている。
そして肩甲骨と肩甲骨の間辺りが後ろに出っ張って頭が前に落ちようとしている状態を支える構造です。

この状態は身体の骨格上はうまく骨を積み重ねられていない不安定なものでしかない。
決して「理想的な姿勢」とは言いがたいものだが、
それがいつしか首や胸や腰部の湾曲等の筋肉部分にしこりを多数こさえて支えられる構造体を作る。
するとそれらのしこり化した筋肉部分が骨の変わりに支えとなってくれる。
そのことを「機能的な姿勢」という言い方をするのです。

そしてこの機能的姿勢は、長い月日をかけて徐々に自分の首や背中や腹や脚部を硬くしていって、
主要な骨格筋にしこりを作ることとなる。
そしてそのしこり化は経年に比例して自分にとって自然なものとして疑いようがなくなっていく。

私たちは、その状態をなべの水にかえるを入れて、少しずつ暖めていくと、
そのかえるはやがてゆでがえってしまって、危機的状況に陥っても気づくことがないという、
「ゆでがえり」状態に人も陥るのだという。

そのような「ゆでがえった機能的姿勢をとるためのしこりが多数作られた状態」では、
そのおじいちゃんの頭部の状態に持っていってくださいといってもなかなかできるものではありません。
なぜかというと、その姿勢は、のどが詰まったりして息苦しくなってしまう不快な姿勢にしかならないのです。

するとこのおじいちゃんの首や頭部の姿勢にいたるまでの間に、
もうちょっと楽な中間位置となる姿勢をとるように勧めるわけです。

そしてその中間位置にあたる姿勢が難なく取れるようになると、
次に進んで、、、やがてはヌバ族のおじいちゃんの写真のような首の立て方をした状態に着地していただければと願って。


そうしないと、
お客様の身体状況次第では結果的にかえって遠回りになるので
徐々に平易なステップを駆け上るように伝えていきます。







少し話はそこからそれますが。
また、お客様に「マサイ族って、驚異的な身体能力を持っていて、それを理解できる、
        ミスターマリック VS マサイ族 の戦いっていうのがあるんです」

と話をしたことがありました。
なので、その該当する映像がユーチューブにありますので、貼り付けておきますね。
マサイの若者の目力には驚愕です!!!!

興味がある方は、ちょっと長い映像ですが、お時間があるときに参考までにご覧ください。


マリックVSマサイ
42:19


posted by スズキ at 03:23| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月27日

古武術による身体操作をつたえるたのしい映像

いまさらながらといわれそうですが、
一昨日前に、ユーチューブ映像をランダムに観ていて表示されたお勧め映像。

懐かしいなぁと、以前見た記憶をたよりに再視聴しました。
かなり昔の映像なので見たことがある人も多いかもしれません。


身体操作のノウハウは、
伸筋屈筋の操作にも長けておく必要があります。
意識の置き方にもポイントがあります。
その他、様々な要点が複雑に絡み合い、
学ぼうとしてもハードルが高く感じるときもあるでしょう。


ですがこの映像内の吉田秀和さんや爆笑問題さんが体験しているかのように遊びながら学び、
ミラクルさを体感して、そのシンプルな身体操作のチップを用いて業を再現して自分にもできた快感をあじわう。

吉田秀和さんが四つん這いで持ちあげられないぞとしているところを、
ちっちゃい甲野氏が持ち上げるシーンなども、たのしそう。

そのような体験学習の繰り返しが、
自身の動きの概念を書き換えるのには有効なんでしょうね。
実際に新たな身体機能の働きを目の当たりにする回数が増えるに従い、
脳は改めて質のいい動きを学び取る学習意欲をましていきます。



そういう学び方もあっていいんだろうなと思いながら、
楽しく見させていただきました。


少し眺めの27分間の映像です。


古武術家_甲野善紀_カラダ革命_aac



体操の苦手な私でも、
いくつになっても、
体にこびりついた動きの制限をそぎ落とし、
肉体面での自由と自信を増していくよう努めていきたい。

加齢が進むに連れて、
そのような気持ちを持つことは大事なことと思います。
現状に甘んじずに核心をついた自問自答をする。


合気柔術や古武術やフェルデンクライス・メソッド・・・その他多くの、
深い観察や試行錯誤の上に築き上げた本質に通じるものに接するとき。
今までに体験したことのない視点を持たせてくれ視野を広げてくれるでしょう。

身体操作のバイアス抵抗の多くは、
脳のなかの既成の常識といった思い込みによってうみだされます。

自身の常識とした身体操作は、井の中の蛙大海を知らず。。。

そんな言葉を自分に投げかけることもだいじなのでしょうか。
posted by スズキ at 14:33| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月23日

「下町でフェルデンクライス」のグループレッスンATMを受けてきました(一部訂正部分あり)

ご存知でしょうか?
フェルデンクライス・メソッド。

賢い身体操作法に気づくための導きをしてくれるボディワークです。

私達の身体操作の多くは、自ら気づかぬままに、
最も賢明な身体操作をしているとは言えないようです。

生まれてきたときは、身体操作のしかたは多くは白紙でした。
それが幼少時に、体の使い方の基礎を周りの大人の振る舞いをみたり、
自身でとりあえずやってみたりして学び取っていきます。
そうやって「自分にとっての体の使い方のやり方を獲得」してきました。

ただし周りの大人たちの身体操作があまり理合に合わぬもののようであれば、
他人から学ぶという真似て学習する方法はあまり気の利いた結果を生み出しません。

また本能的に身に備えられた野生型の脳からは、
地に足がついた理想的な動き方を獲得していたものの、
それがいつしか筋肉が量的に増えてきた過程で、
体のバランスを繊細に操作するよりも筋力を頼りにしてしまう。
利き手側や利き足側、またはオーバーユースとなった筋肉の筋硬化を生じさせていく。
いつしかぎこちない身体操作に陥ってしまいます。
骨格のバランス感覚を失い出すにつれて、
筋肉の連動連鎖した動きが起きなくなってしまうものです。

そんなこんなで、
自分の身体操作の自分なりの認知が完成していくのです。

するとどうなるのか。

気づけばいつの間にか体のそこかしこの筋弛緩の必要な状態でも力が抜けなくなった感覚が生まれていったり、
他方では筋肉を使わなすぎて廃用性萎縮が起きてしまうようになっていく。

そうなってしまうと、
たとえば、肩がこってしまったり、腰が痛くなったり、膝が問題が出たり。
体に不具合が生じてしまう結果が生み出されてしまうことにもなりかねません。

実際のところ、
そのような身体操作がぎこちなく作動したために起きた腰痛や肩こり首こりその他の筋骨格系疾患は、
いくら整体院等で患部を緩めていただくようなマッサージを受けても元通りの状態に戻りやすいのです。

そのようなことは避けて行きたいという強い意志を持って自分の体の操縦法を学びたいと思う者にとって、
フェルデンクライス・メソッドはとても優れた気づきを与えてくれる宝庫のようなセッションを提供してくれます。


個人的に、もっとも私が身体操作法として面白いなと感じたのは、
脳内のプログラミング講座のような「フェルデンクライス身体訓練法」という本の前半部分にあたる理論編でした。


フェルデンクライス身体訓練法

まぁ、私がこの本を手にしたときには、
ちょっとだけ、難解に思えてしまって。
約半年間以上は机の上に積読中でしたが。

読んでみて、脳に描かれた運動法の認知を改めて変わる可能性に惹かれました。
おもしろいなぁと実感した。

実際のエクササイズの方は、
たった一人でそれを成すのも難しく感じるエクササイズのように感じられて。。。
さらに1年以上は積読中になってしまいました。

私が好きすぎてという「センサリーアウエアネス」という愛読書があり、
それは自分の体との静かながらも明確なセンサーをフルに活性化させた禅の教えを通じた内容で、
同様な雰囲気をフェルデンクライス・メソッドからも感じ取れた。

そして後日知ったのですが、フェルデンクライス・メソッドを、
動く禅だと表するものもいるそうです。
ワタシ的には、深くそれに納得いたします。 ^-^


そういった興味を持っているものの、
実はフェルデンクライス・メソッドは、音声教材から学ぶところまでで止まっていて、
ATMと呼ばれるフェルデンクライスのグループレッスンの受講は、
記憶するところでは1〜2回受けたかどうかで縁遠い感じでした。


ただ、私の持っている身体操作の知識は体系化したところがなく、
ほぼほぼ私の脳内で散らばった状態でとらえどころがないときも。
お客さまにとって必要な身体操作への伝えたいことは、
長年かけて自分なりに、自分に対してならどう伝えれば伝わるか、
という視点で検討して、いろいろと歩き方や立ち方などの基本動作について見つめて積み立てていきましたが。

ですが、いつかはしっかりと。
体系化した身体操作の方法を学ぶ必要があると日頃から考えていたところでした。



そしてつい先日。
一年がかりで学んできたボウエンテクニックの講習会が終了したため、
施術系の講習会は、ここでいったんページを閉じてほかを詰め込みすぎずに熟成させる期間に入りました。

それでは日頃から身体操作について、
私の頭のなかの知識をリセットしてゼロベースに戻して、
身体操作の目的や仕組みについてなど再検証していきたいと思っていたところです。

それは体が十分に動ける今現在の自分の体の状態のときに、
十分な力を養成しておかなければならない。
これこそ、私自身が生きる、生き残るための具体的な、
優秀極まりない乗り物となるであろう。
そこは、ぜひ、欲しい。
必須アイテムですから!







そのようなことを密かに考えているおりに、

「下町でフェルデンクライス」
http://feldenshitamachi.blogspot.com/

さんとご縁が結ばれまして、
7月20日に、フェルデンクライスのATMを受けてきました。

^-^




亀有でフェルデンクライスの先生たちが集まり、
内容の濃いセッションをなさっておられました。

当日は、
メインでセッションをなさっておられる方は2名でしたが、
3名のフェルデンクライス・メソッドの先生が指導をなさっておられました。


前半のコントラバス奏者をなさっておられる女性のフェルデンクライスの先生のセッションでは、
不覚にも日頃の疲れがたたって、エクササイズ中に熟睡できました。。。
そのようなことも無理をさせないスピリットで許し認めてくれるのがATM。 ^-^;
たいへん、失礼いたしました。
とても歯切れよく、リズムよく聴きやすい声で、
細やかなATM参加者に対してのアドバイスがすばらしい。
さすが、音楽家!


後半の伝統的な宗教家をなさっておられる男性のフェルデンクライス先生のセッションでは、
いくつかのATMのCDや本などを見てきたが、
まったくもってお初の内容のセッションでした。
じつはフェルデンクライス・メソッド創始者のモーシェ・フェルデンクライスは1000以上ものATMの音源を残したそうだが、
現在はその音源が散逸して残っているのが550ほどであるといいます。
その資料はフェルデンクライス・メソッドの先生となると購入可能となるそうで、
その英語の音源を自腹で買って訳してくれてセッションをしてくれたという貴重な体験でした。
ありがとうございます!!



それにしても、
・・・えっ、550も、あるんだ!?

と、私はびっくり仰天の状態でした。



モーシェ・フェルデンクライスという身体操作の研究課題を追求心し続け、
すぐれた才能に満ちた人物を想像するのも、充実した思いがよぎってくる。

(大胆に部分的修正 2018年7月26日)

上記の私が書かせていただいた部分につきまして、
お世話になりましたフェルデンクライス・メソッドの先生から修正点のご指摘と、
さらなる良質なフェルデンクライス博士の仕事についての情報をいただきました。

A様、感謝いたしております!

教えていただきました文意をとらえて要点をお伝えしたほうがいいと思うのですが、
私同様にフェルデンクライス博士について深く興味関心を持っておられる方にとり
知りたくなるところもあるだろうと考えて、
お送りいただいた文章をほぼほぼそのままの形で掲載させていただきます。
m__m


【以下、青文字部分が引用文です】

鈴木 政春様

ありがとうございます。下町フェルデンクライスのレッスンについて書いていただいたこと、光栄でとても嬉しいです。

また私のブログのリンクもありがとうございます。

一つ私の説明が不足で、事実関係だけお伝えさせていただきますが、フェルデンクライス博士の遺したレッスンの全てが550だけというわけではなく、これはイスラエルで教えていた一つのシリーズついての事です。

まとめると、イスラエルの'アレクサンダーヤナイ通り'というところで、十数年間教え続けていましてフェルデンクライス博士自身が、録音していました。千以上のレッスンが教えられたそうですが、ただテープの上から新しいレッスンを重ね録音してしまった。家にたくさんそのまま積んであった、テープの保管状況。生徒がテープを借りて行って返していないとか、誰かが持って行ったりして失われた部分も多い。

というわけで、残った550のレッスンがテープ起こしされて、ヘブライ語でしたので、フェルデンクライス博士の死後、有名な弟子の内数人がこれを英訳してフェルデンクライスを教える人が使用可能な形で出版されたのでした。

まさにこれは相当貴重なものですよね。

ただ、フェルデンクライス博士が直接教えたもので残っているものはこれだけではなく、存命中に1970年代の三年間と80年代の二年間アメリカで教師養成コースを二回指導していまして。
最期に指導したコースは三年間中二年直接指導した後倒れて、弟子が引き継ぎ。
これらも音源と映像、テープ起しをされたものが手に入ります。

その他にもアメリカやヨーロッパでワークショップをしたものとか、いろいろ残っていますので、この前説明した550というのはその一部なのであります。

ただ、このアレクサンダーヤナイのシリーズは散逸して数が減ってしまっているとはいえ、内容が優れていて、量も圧倒的で、直接教えた記録そのままなので、臨場感もあり、フェルデンクライスの考え方を知る第一級の資料です。

私は徐々に読み解いている途中ですが、人にレッスンを教える時は、安易に簡易に改変したりせずに、出来るだけフェルデンクライス博士が教えたそのままを教える様につとめています。
もちろん、教える時にその資料を読むのではなく、レッスン内容を、この指示はどのような意図があるのかとか詳細に理解して、時に噛み砕いて教える必要があるので、先週来ていただいた時もそうですが、そのように準備して教えています。






ただフェルデンクライス・メソッドの良質なセッションを受けると、
体がゆるっとゆるみだします。

それにより一時的に体内の日頃に過酷な偏った体の使い方をしていた部分の奥の炎症部が、
ひょっこりと目を出すことがある。
ちょっとくらくらするとか、痛みがでてきたとか。
いくらかの好転反応とも呼べそうな状態となることもあります。

そのような場合も、必ず時間経過とともに治まってきますから。
安心してください。

対処としては、
たとえば横になれる環境ならば、
左側を下にして胎児のように丸まった状態でしばらく保持。
そうすると、比較的早く不快感も収まるようです。

ただ、私としてはお勧めとして、、、
できればそのような不具合を感じている自分自身について、
そのようなことなのだと正面から受け入れてみてください。
そうなさることで、改めて貴重な気づきが得られるでしょう。


そして最後に。

重ね重ね
「下町でフェルデンクライス(http://feldenshitamachi.blogspot.com/ )」のグループレッスンは、
勉強になりました。

身体操作や身体訓練法に興味がある方は、
ブログなどを覗いてみたらいいでしょう。 ^-^
posted by スズキ at 21:13| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月06日

座り方の良し悪し

椅子の座り方の2つのパターン

下図をご覧ください。

椅子の座り方の2パターン.jpg

左図が、お勧めの座り方です。
骨格フレームが強固な支える力を引き出すことができています。
胴体部分の骨格フレームを整えるためには、
四肢及び頭頸部の扱いに気を配ることです。
胴に手足や頭がつながっているが、「間」を空けることが大事。


・胴と脚の「間」
膝が前方へと伸ばされて、
脚が骨盤から自由になる。

・胴と肩の「間」
肩が左右へとなだらかに広がっていき、
腕や肩が肋骨から自由になる。

・胴と首の「間」
頭と首は上方(鉛直線上)へと積み上げられていき、
脊椎全体を伸びやかに解放していく。


このような胴体から四肢と頸部(正確には尾骨部も)が「間」を持っていることが、
胴体を支えるショックアブソーバー的な、または免震構造をかなえる操作ともなる。
頭部を上方に丁寧に積み上げられていて前後左右の傾倒を防ぎ中心軸に釣り合いをとる。
それはまるで皿回しのようなもので、蝶形骨をお皿とし、脊椎を棒として骨盤部の仙骨の動きにより回り続けるもの。
胴体から肩の高さを調整しつつ。左右の手のこわばりや緊張をほどいて「やじろべえ」となる。

そうなれば、ひと呼吸ごとに起きる体の搖動(重心移動)を支えることさえ可能となるだろう。

人は健康状態では揺れながら、その揺れを機敏に修正をかけて整え体を支えるというのが基本です。



右図は、疲れてしまう座り方です。
筋緊張を体を支えるために機能させ続けなければ体を立て続けることができないため、
体内を通る血管やリンパ管等の脈管系が詰まりやすく生命力を落としやすい姿勢です。


こちらの人物設定として、右利きです。

・両足、特に右足を踏ん張っている。
そのため股関節がはまりが浅く、
骨盤と脚部のつなぎを臀筋や腰の筋肉などが固まることで固定する。
そうやって股関節の必要な「間」を、失わせてしまうことになります。


・肩が内旋して肩や手が胴体から自由に分けられていなければ、

【 左肩-----胴体中心軸-----右肩 】

の位置が上から見て一直線上に並ぶことができていないという不合理な設置状態となってしまう。
もしやじろべえを創るときに、軸から伸びた両方の左右の手の部分が真一文字に並んでいなければ、
決してそれは自立して立つことはできないものです。



・頭部がずれていれば必ず全身の姿勢の乱れが生じる仕組みがあります
頭部が前傾したり左右に傾けば、
そこで首の筋肉や背面の筋肉に過剰なテンションをかけて吊りロープ状に使い続けて過労化させ、
首こりや肩こり、背部痛を作り出しています。
それだけではなく顎を乗せるための台として、胸骨部分を固めて委縮させ続けるという
肺呼吸の制限や胸腺への圧迫による免疫系の機能低下を引き起こす姿勢でもある。


posted by スズキ at 12:21| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月27日

体の使い方の視野を深めるかどうかについて



身体機能を機能的に発揮できるような理合にあった身体操作とは。

具体的な話まではいたしませんが、
多くの身体操作の門前にたった者達の感想は、
あまりに一般的な身体操作をする際の視点とは異なっていて驚く。

基本は、解剖学的に合理的な動き方の概念をベースにしています。
だから詳細を図示しながら改善するような解説はできるのですが、
まずもって身体内部にあるしこりなどが骨格をゆがめているなら
その状態が思わしくなければ体では理想の体現はできません。

そして自身の体でその身体操作が体現できないかぎり、
自分の身体とは乖離した他人事の知恵にも至らないアイデアにすぎず、
体の内部には重要度の高い情報として知識として頭に残るものでもない。
自分事のことを言われているにもかかわらず、
一向にそのことを他人事のことのようにしか
耳に届かないという状態に一般的にはなってしまうようです。



そこがもどかしいところですね。



たとえば施術などを受けてみる過程で体の動けるキャパシティは向上しても、
理想の動きを追求することもせずに、
無意識的にいれば勝手に体がしこりを求めてしまう。

なぜそんなことをしてしまうのか?

不思議に思えるかもしれませんが、
つまりしこり化の多くは、
その人にとって体を傾斜させたため崩壊過程を通ろうとする際に、
それを食い止めて安定させるための強力な利用価値の高い対処法だからです。
一部の筋肉をしこり化していたほうが体を支えられていて固定化できるぶん、
楽に全体的な肉体が支えられているという快感を得ているといえるでしょう。

もしそのしこりのみを、
凝りがあるのが悪の根源とばかり、
全体的な現状の支えの仕組みを理解せずにいい加減なリリースをするならば。
体の傾斜した部分は、たいていが骨盤部分からその傾斜は生じていって、
上半身がぐらついて、上半身の突端ともいえる頭部、特に脳が揺さぶられて
正常な思考をする妨げになってしまう。
そしてそれだけではなく、
数カ所の体の部分的なしこりを故意に創りだすことで、
体の多くを支える工夫が無意識のうちにされていたが、
そのようなしこりが取り外されれば体は傾斜し歪みが増していく。
そうなるとさらに複雑かつそこかしこに新たなしこりを創りだす。

そのような現象がおきるものなのです。


だから、施術の難しい点は、しこりを抜くことじゃない。
どのしこりをどの程度の量、どの手順で抜いていいものかを考えぬいて、
そのシナリオに基づいて解きながらまた思考を深めて軌道修正を絶えずすることができるか?

そのような基本的な能力の土台が育っていなければ、
それは一般の方々がセルフメンテナンスをする程度と何ら変わりがないといえるでしょう。
そのときは大きく体のしこりを取られすぎれば反動で、かなりの痛い目にあってしまう。
最近では筋膜リリースをとなえるところであっても、
深層筋までリリースをしようという場合には、
相当に選択を慎重にしたほうがいいのだろう。
個人的にそう思います。。。




ですが実際問題として、私のつたない経験からですが、
相当な施術上の臨床的な観察力や知識や能力がなければ、
安全かつスムースなリリースは期待できるものではない。

多かれ少なかれ、
どこかが反動で痛くなったり、
一進一退の攻防を繰り広げつつ、
少しずつ前進を続けるものです。
技術がある施術家がなすほどの成果が上がらないのは、
理屈で考えれば当然のことのような気がいたします。


ただそのようなしこりを取っていくことについて。
身体操作法を専門的に学ぶ人において、
深い理解と実践を繰り返しながらもしこり等が体内にあって
うまく理想の動きがかなえられない人の場合は違ってきます。

まったくもって体の改善スピードが、
一般のかたとは異なるという人もいます。


それは体が傾斜している状態かどうかを、
自己を詳細に観察しえスキャニングできている人です。
そしてどちらに自身の体のゴールがあるのかを知って、
すでに行き先の切符を買い旅立っている人のことです。
身体操作の要諦をすでにわかってしまっているのだが、
体の内側にはびこるしこりがそれを可能とできないようにするブレーキになっていた。
するとブレーキを踏みっぱなしで理想の身体操作をしようとアクセルを踏んでみても
にっちもさっちもいかない。

そんな状況に陥っているもどかしさを感じていたのです。

それがブレーキを踏みっぱなしでいた足をあげてもらい、
適切にアクセルのみを踏んでもらえれば体は走り出します。



そのような状況の方々も施術を受けに来ていただけることもあるのです。

すると仮に体の現状の状態が相当に悪化しているものであったとしても、
私がかつて経験した施術では、私が目を丸くするようなスピーディーな
画期的な改善を示してくれた方々がおられます。
それは多数ではないものの、まさに驚くような、
施術を受けるたびに頭のサイズが違ってきたり、
顔がシンメトリカルに磨きがかかってきたり、
身長が5センチ伸びたという40代男性もいる。
他にもちょっと信じられない変化が目白押しの人も実際にいたものです。



そしてそのような方々が得ている身体操作の知識や知恵は、
一般的なフィットネスクラブで指導を受けている内容とは
種類が異なることも多くあるようです。
だから、そのような変化のウエーブに乗れたのでしょうね。


そこは、具体的な例示をすれば容易に理解できるはず。
一般の方が考える身体操作と達者な方が感じて実践なさっている身体操作とでは、
それはあまりにも大きな目の付け所の違いがあるからです。
動きの理論自体が、大幅な違いがあるんです。

今日、施術を受けていただいた男性のお客様も、
バレエのレッスンでおこなわれる「プリエ」をするとき
脚部の動きをどう認識して身体を動かすのかがわかると
今までの自分の見立てとは違っているところがあったと気づいたという。

そのような気付きって大事なんですよね。
そしてなおかつ、
自分の身体操作の再点検をつぶさになさって、
そこにメスを入れる気分になれるかどうかです。


人は、自身の身体操作の方法について、
10代前半には動き方の基礎パターンを得ており、
その基本が負担が強いられていたものであっても
そのやり方を保守的に守り続けようとするのです。

それは一旦でも、
手を上にあげる動作ができるようなやり方を知れば、
それを無意識に繰り返すというようなものでしょう。

手をあげるやり方のバリエーションはたくさんある。
だが身体操作をいろいろ試すというのは、
今までしたことがないようなパターンを
なさねばならないということです。
するとやりづらいやり方もあるし、
せっかくすでに手をあげるやり方を知ってるならば、
それを繰り返しておいたほうが脳を創造的に使って血液を大量に使うというコストをかけるようなことはしたくなくなる。

ひとは、自身が動きのパターン化がなされて、
そこの轍にはまりきっていると気づくような洞察力を持って自己を観察できていること。
そしてその観察だけではあまり変化は持続できないもので、
そこから抜け出す決意をしてさらに優れた動きを生み出す努力・創作へと手をださないかぎり、
またその人自身がなさっていた姿勢に逆戻りを、自らしようとし始めるのが常なのです。



それが、すでに自己の身体状況的洞察をあらゆる感覚器官を活かしてなす注意力を持ち、
体の使い方の保守性を黙らせて自由でクリエイティブな身体の扱いを試行錯誤しだすと
人の体は、どんどんと加速度的に書き変わっていくものなのです。


無自覚的にパターン化した身体操作を繰り返す人生を送るのか、
それとも、
創造的で改良につぐ改良を旨とした身体操縦法を成熟させるか。


そこには健康的に生活を送り続ける保証にもかかわるような
大きな隔たりがあるように、私は感じます。





また創造的に身体操縦法を作り出して生まれ変わるにも、
そこにどのような導き手を得ることができるかどうかで、
まったく違ったその後の結果が生じてくるでしょう。

特に身体操作を真剣に学びたい人の場合。
師匠選びには、妥協をすべきではないです。
それはボディワイズにお通いになられる一部のお客様の姿勢を観て、
自分の足でどれほどがんばっておられるかどうかで、
単純に開きが出るものなのだと思えてなりません。
もろに将来の大きな身体操縦法の会得の開きがでてくることになります。


簡単に自身が求める師が得られるという考えは捨てたほうがいいと思います。
中国武術を収めようとするものは最低でも3年間は多くそして広く師を求めて動き続けるようにすべきだという言葉があります。

または安易にこの師についていこうとは思わないことです。
それは自分も真剣に身体操作を学びレベルが上がれば、
今習っている師匠も変える必要が出るかもしれません。


自分に最適な先生を選ぶことを厭わず手間暇時間にお金もかけること。
そこはほんとうに重要だと思えてなりません。

posted by スズキ at 06:06| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月11日

動き方の要諦< 伸筋主導へ移行せよ! >





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私は施術をする前に、どれだけ屈筋と伸筋を使い分けをイメージしているお客様かどうか。
そこをしっかり把握しようとします。

そのような理屈を知っているならば、
とりあえずはその理屈を得る前に得たしこりの群れに翻弄された荷を下ろすことができれば、
さっさと、すべてがうまくいきフィジカル面のみをサポートすればいいケースです。
体が緩みだしてたがが外れると、いままではしづらかった動きがイメージ通りに移行できる。
もちろんイメージ通りにというのにもイメージとの微調整も必要だから練習が必要だし、
体がやわらかくなってから体の内部を探るほうが気づきの量や質が段違いに多くなる。


昨日、はじめてお越しいただけたお客様は、
ヨガを教えておられるそうで、
この屈筋と伸筋について解説を飛ばしてもOKでした。 ^-^

だからほんとうに普通に施術だけをさせて頂くのみの、
整体屋さんという立場で通せるでしょう。

かえってちゃっかりしているのですがヨガでの身体操作について、
私の持っている疑問点をひとつふたつ教えてもらえればと願っています。^-^;


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まずは屈筋主導につきまして。


主に目で確認しやすい体の前面部分にある大腿直筋等の<屈筋主導>で動くときには、
自らの意思でそちらへ向かって突き進もうと言う感じです。


屈筋主導では、見たままだから強烈な感覚器官としての視覚的に把握が楽で、
「視覚で把握できたまんま動きを創りだそうとする」直感的なものでもある。

もともと屈筋群は、運動神経系や痛覚神経等の神経的に敏感に感じ取る能力が高いつくりに生理的になっている。
すると非力で使えば使い込むほどに疲弊して姿勢が乱れるものとなるのが屈筋主導の身体操作。
屈筋主導の問題点として、屈筋から動き出す癖が付いている人は、
体を伸びやかに支えるパワフルな伸筋をも委縮させて凝らせてしまう。
ついつい使って体の調子を崩していくというものだ。



シンプルだが経験則上観察で得たルールがある。
この自分の思ってもみない屈筋主導の動きをなさっていれば、
体は黙っていても歪むようにできています。
結局は、施術を受けて筋肉が解けても、
お客様が屈筋主導の動きをしていると戻る。


元あったところにしこりを再度つけてサポートしたりするし、
解き終わりの全体が見えておらなければ複雑さが増した歪みが生じる。


なぜ、体がゆがむの?

その回答は、ひとことで言うと、
「屈筋主導だからだよ!」

そこを少しずつでも改善させていかねば。




それは私自身も屈筋主導の動きが根が深くはびこってもいるので、
まったくもってこの課題は他人事じゃないんです。 -.-;

なので年齢が進みが過ぎると感覚器官の神経系を磨くには難しくなるときがやってくるので、
そのときにいたる手前には、きっちりと屈筋主導との手を切っていかなければならないと考えています。



*−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−*

次に伸筋主導へ、話題を移行させましょう。

主に目で確認しづらい体の背面や内臓の裏手のディープな筋肉の大腰筋等の<伸筋主導>で動く場合には、
ざっくりたとえれば、
社交ダンスをするときの女性になったかのように、
誰かのリードを受けてそちらへと身を任せると心地良く動き導かれるという感じなのです。

自分で思った方向へと結果的に進むように想定して、
計算してイメージを思い描くわけではありますが、
伸筋は筋断面も太く体を支えるに特化した安定を保証するパワーを秘めた筋肉群ですから。
こちらを使えだす自体を作り出して、動き方を錬成していくならば力みの抜けた動きの展開が生み出せる。


伸筋主導では、視覚的に把握できない部分に配置されています。
それにより伸筋主導を目論むには、
目で確認するという視野のつきやすさを優先する意識から離れなければならない。
そこにひとつの動き方への示唆があるでしょう。

イメージで動きのサポートを思い浮かべ、イメージで創りだされた力の作用を受け取って動く。
それはたとえばビーチで腰辺りまで海水に浸かっている自分を想像で思い描き、
波の揺れに自身の身が前後に揺らされて持ってかれているような動きを感じる。
その波の揺れがさざ波程度だったら身を任せればいいのだが、
あたかも嵐がきたまっただ中であれば荒れ狂い流れは早いし
体が持っていかれないように体幹を整えなければならない。

気功のトレーニングのひとつでは、そのような波のイメージを思い描いて、
その波の揺れに強く抗するような伸筋を鍛えるやり方もあるのです。
これだけでもかなり足腰の筋肉操作がうまくなりますね。

そのときには呼吸にマッチした重心取りも当たり前だが、
関節の緩みや位置、筋肉をスパイラルに絞りを入れたり、
限りなく体というフィールドを深々と探検していくのです。


伸筋主導も、繰り返し反復練習をしていくことで、
関連筋全体が運動神経系のネットワークを組み始めてくれる。
するとあたかも屈筋のような扱いやすさで、伸筋が使えだす。

このような状態となれば、伸筋操作が主導となった定着が終えたときだ。




屈筋主導の人にとって体を動かすという場合は、オートマチックな自動化された動きでは、
黙っていても屈筋ばかりが使われてしまいます。
それは無意識に屈筋を動き出しに使って、それ以降は伸筋主導にスイッチを変えるのは至難の業。
私にはそのような屈筋を使ってから伸筋に使い方を変えるなんて、まずもって絶対に無理ですね。

屈筋主導のオートマ運転から、
「ちょっと待てよ・・・」と自らの動き方の質を改善させるための伸筋操作へ移行させることだ。
手動操作のマニュアル運転に動き方を見つめなおすこと大事になってくるのですね。

そこのプロセスを大切にして行きたいんですよね。



身体操作を、錬成していくときには。
オートマチックな無自覚な操作からマニュアル運転(手動操作)に切り替えてください。
これが鉄則だと思っています。

自動的にできていると思っていることを、
ことさらにやり方のプログラムを白紙にして、
新たなやり方を描き出すという過程にはまどろっこしく感じたり、
できていたことと思っていたことができなくなったような無力感。
そして質の悪い動きだったと認める際に思いがちな羞恥心。
さまざまなものが動き方の生まれ変わりの邪魔をしてくるのです。

およそひとりきりで、このようなものと格闘するのは、けっこう骨が折れます。
私は、どうもひとりきりで動き研究するのが好きなものですが、
やはり私一人の能力だけでは限りの底がすぐにやってきますし。

少しでも学びの基礎を自分感覚で得るように頑張ってきてから、
それを活かして伸ばしていくよう活動していきたいですよね。






そういえば、小田原からお通いいただいているお客様は、
フィットネスクラブにかよってマシントレーニングをするそうですが、
まさに機械的な身体を動かしたいように動かすというところを廃して、
動きの質を上げて安全かつ効率的にトレーニングをなさって成果をあげておられました。
そのお客様の隣でマシントレーニングをしている方は、
ごくごく機械的な動きに終始してやっているそうです。
機械的な運動は、最初に動きのポイントをマン・ツー・マンで知的なトレーナーから教授されない限り、
健康を損ねるリスクがありますから。
できれば、運動強度をあげるよりも、
どこの筋肉を使い、どこの関節を活かし、どのような呼吸をしつつ、、、
という確認事項をこまめになさりながらおこなっている、
私どものところにお通いいただいているお客様を参考にして欲しい!

やはりこちらのお客様の体幹力がきっちりついてきた姿勢が保持でき、
胸辺りがたくましくなってきたということと、
伸筋の筋量が増してきてますね。
非常に良い感じです。 ^-^

私も、見習いたいと思います。


これができれば老後も、身体壮健で安泰になるのだろうと思う。


posted by スズキ at 11:16| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月23日

シンプルさを受け入れよう!「体幹から末端へ意識を流して操作せよ」



『二胡』という中国楽器を中国人の先生に習いに行っていたが、
都合が悪くなって独習になりました。

最初の滑り出しの時だけでも教えていただけて、よかったです。
レッスンのときに聞かせていただいた二胡の演奏実演を頼りに、
どのように弾けばいいのか弾き方の基礎ばかり練習しています。

レッスンをつけてくれた先生のアドバイスで、
「曲をいきなり弾くようなことはせず、いい音を出せるようにすることが先決だ」
とおっしゃられていたことが印象的です。


二胡を手にした弾き始めの頃。

弓を動かすことを「運弓」といいます。
右手の弓を持つ手の運びに気を取られていました。
右手の手の内を意識して動かそうとしていました。

それがいけなかった。。。

どうしても、いい音が出てくれないのです。
それどころか、音がかすれてにごりだす。


しばらくして、肘で動かしたほうがいいのか?
と考えを変えてみたが、
音のかすれが多少良くなっただけでした。
音を奏でるときに、変な節がついている。
これも致命傷です。


そして肩甲骨へ意識を向けていきました。

肩甲骨のローテーターで運弓をしたとき。
あきらかに二胡の音がよくなったようです。

手先の操作 → 肘の動き → 肩甲骨の操作

と、
徐々に腕の付け根に動きだしを作りこんでいく。

体の体幹となる脊椎に近づくにしたがって、
安定感を増していった。
肩甲骨が動きを始動させてから、
肘を操作すると軽々と移動でき、
手先にも不要な力みが入らなくなったのです。

力の流れが源流からほとばしるとき、
このような変化を感じるときがあります。



最近、どうも小手先伸張力の操作を雑にしていて、
それで小手先に意識が居着いてしまい、
肩甲骨部分の操作がお座なりになっていたようです。

改めて手足を動かす際のルールとして、
「体幹から末端へ意識を流して操作せよ」
という感覚を取り戻すことができたような気がします。





posted by スズキ at 08:22| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月19日

二胡は楽に弾いたほうが、いい。体も、楽に動くほうが、いい。

体の使い方について、
合理的かつ機能的な操作を妨げる動作や操作方法を覚えてしまったとき。

 身体操縦法におけるミス・プログラミングをしてしまった、、とか、
 身体操作プログラムにバグがあるようだ、、とか。

そうなると。
いつしか体を緊張したままの操作に居着いて、
マイナスの影響を蓄積している現状に気づけなくなります。

本来は、体の操作について、
もっと楽にその動作ができないか、
もっと快適な姿勢がとれないものか。
得てして、楽に、快適に身体操作ができるから呼吸が整えられて重心も落ち着いていく。
そして、さらなる向上のステップへと進むという成長過程を通るものが、
生命を宿すものの生きる術だ。

未来の自分を愛し、誠意ある心のままでありつづけようと務める。

そのように自分に尽くす目的を持ちながら「もっと楽に、快適に」問いかけ続けること。

それは大事なことですよね。




余談ですが、二胡を習っているときに、先生のアドバイスにありました。
「二胡を弾くとき、緊張したり息を止めていてはダメだ。
もっと体を楽に活かせる操作を探しなさい。
それが二胡をうまく弾くことなんだ」

意図的に緊張した際の自分の姿勢を客観視して、
さらに楽な操作や姿勢で置き換えられないかと考えなさいということだ。

深くリラックスする。
そしてつぶさに観察をして安定的な自身の内側に張り巡らされたセンサーに問いかける。
「先ほどの状態は息が詰まっていたし、緊張の度合いが強く指が固まっていたことに気づいた。
それでは息を詰めないようにして、楽に快適に弾くためには。。。」

と、具体的な案件での自問自答を繰り返していく。
すると、やがてはその解決策が思い浮かぶものです。

たとえば、
「実力云々を無視した強い自分のプライドが、
先生の前で弾くことのプレッシャーを強くさせていたんだな。

だが別に先生にほめられるのが、最終ゴールではないんだ。
ゴールに至って弾く自分の姿をイメージして素直に先生のアドバイスを、
ひとつでも多く受け取り理解していく時期だ。

だったら、とにかくもっと楽に、快適に弾く。
そこへの意識を据えて取り組んだほうがいい。

したたかに活きるには、そのような計らいでよいと考えている」



そのようなことを念じるように未来の自分を輝かしいものへと大事に考えるとき。

リラックスして自己を観察して計算を繰り返していけば、
初心者モードでわからないことだらけで二胡を弾くしんどさも消える。
かえって、いつもの私が施術研究でおこなうような、
私しか思いつけないような独特なやり方で上り詰めようと言う視点で遊び心いっぱいに火がつきだす。

おおよそ下手なまんまがキープされたとしても、
施術をする視点でばかりものを見る私にとって、
二胡のような別のジャンルのものに取り組むのは新鮮です。
そのおかげで、二胡研究途中で得られた気づきが施術にも活かされつつある、この頃です。

^-^



そのような二胡研究でも意識した延長線上で身体操作上の発見もしていくことができるはずだ。
もっと楽ちんにできないか?
もっと快適にできないか?


身体操作が「楽にできる」というのは、
非力な力が抜けた物事への対処しづらい状態から、
余裕ある力が取り出せる身体の内側にある潜在能力を発掘するということだ。



たとえば、体を前傾させた立ち方を、無自覚のうちにしてしまう方がいるとしよう。

その場合、前方への転倒のリスクを回避するために、
大腿直筋や外側広筋へ過剰な緊急避難を起こします。
それら屈筋群を固めて体が前へ転倒するのを防ぐための支え棒にしているのですね。

そうすることにより転倒は免れます。

それは負傷が予測される転倒を回避するという目的をもって
自己防衛能力を働かせ
反射的に(←無意識のうちに)屈筋群を萎縮させることで
つらい体の使い方へとまっさきに陥る緊急避難のときに起こる仕組み。

それは、転倒して頭部を打ち重大な命に関わる負傷を追うようなリスクに恐怖したときの対処。
根っこは『恐怖心』に根ざしている。

そういった状態が長らく続くとなると、
いつしか大腿直筋や外側広筋のようなふとももの前側の筋肉がカチンコチンにできていないと、
強い違和感や不安感を引き起こしてしまうような反応に縛られる人になってしまう。
それは大腿直筋や外側広筋を固めていたほうが安心もするし、
いつもの立ち方でそれら筋肉を硬直させて立つことに慣れているから、
そのままで、ずっと、ずっと、いようとする。
そうして、自分を転倒から守っているのです。

はっきりいって、辛辣な言い方をすれば、
バカのひとつ覚えのように、そうします。
それしか方法がないのだと、信じている。。。。

この状態の強い人は、残念ですが、施術院で施術を受けただけでは、
容易に元の歪みの状態に戻るようです。
中途半端に腰痛や肩こりがあって、その主訴部分のみを和らげられるならば、
かえって後にさらに腰痛や肩こりが悪化し始めて、
改善が前進するどころか後退する人もでてくるほどといいます。

このような骨盤が前傾して起きる問題が、
いったん生じてしまうと、
 ときとして強烈な屈筋緊張状態におちいるケースがでてきます。



すると体のバランサーや筋緊張を察知するセンサーなどが働かなくなる。
そうなると伸筋群の筋肉部位も屈筋の緊張に引っ張られて萎縮緊張化へ。
伸筋群の萎縮とは、
背中の起立筋やハムストリング等が立位で天地へ伸びやかに広がることを妨げる状態。
ときには腎臓裏の部位に太く深部までつづくしこりを挟み込んでしまう人もいますし、
(腎虚状態に陥ったり、腎経の経絡上の問題が生じるケースです)
腰仙関節部分の椎間板がつぶれたり、
第一頚椎やその下の頚椎部分の椎間板が前傾ショートしたり
それを行き過ぎれば胸椎部分にまで椎骨の並びの変位がでてしまう。

それは、「なぜか?」と考えれば、
もともと背中側の起立筋等は緩めて伸ばす感じで脊椎骨にそっと沿わせつつ、
横隔膜部分の呼吸力等を持って体を上の方向へと引き伸ばして
重力で縮みがちな椎間板を持ち上げて緩める役割があるのです。
そういった重力に逆らえるほどの強力な上方への押上のパワーを持ち、
横隔膜や骨盤隔膜、胸隔膜などと協力して発揮できる仕組みになっている。

それが、いつのまにか骨盤が前傾して立つ習慣を身につけたときに、
体の前面の呼吸筋といえるような部分が緊張し萎縮したままとなると、
背中側の伸筋もその屈筋の緊急避難回避の操作に従うしかないよう設定されているので。

体を浮かせて上方へと伸ばして椎間板を開放させリラックスさせる背中側の伸筋が、
いつしか、その人の背中側で、自分の脊椎の椎間板を強力に閉じて萎縮させる悪役に回り出す。

それは椎間板とは、脳と各臓器等につなぐネットワークを組む脊髄神経を、
椎間孔という穴が出入りぐちになって、椎間板が十分なボリュウムがなくなると、
椎間孔狭窄という狭窄、
つまり脊髄神経が通る穴が小さくすぼめられて神経伝達上のノイズが入りだすようになってしまう。

俗にいう、
不定愁訴症候群だったり自律神経失調症といえるような方々の多くは、
このような様子であるといわれていますね。

またたとえば、
心臓部分が負担があるなというと胸椎3,4番当たりの状態が縮んだりねじれていたりよじれていたり。
それは心臓へと向かう脊髄神経が出ているのが胸椎3・4当たりの椎間孔であり、
その椎間孔狭窄等の問題が置きてしまえば脳と心臓との正常な情報のやり取り伝達ができずに、
心臓部の働きに誤動作が生じやすくなるということなんです。

そして腎臓裏部分に強力な大きな幅を占めたしこりがあれば、
腎臓という臓器に向かう神経云々の話を飛ばして、
腎臓自体が縦になって配置できずに斜めになって、
それも強烈な腰背部や横隔膜裏手の引き連れなどからも
腎臓を不用意な牽引して腎臓の状態を圧迫に近い異常事態に陥れてみたり。

そのようなことも、
背中側の起立筋群がいったん固まって萎縮してしまうと起きたりしてしまうものです。

ただある程度の柔軟性がある方々は、
そういった状態でもセルフワークで起立筋群をストレッチをしたり
ストレッチポールやランブルローラーを使ったり。
がんばって継続的な対処をしていけば改善が見込まれるでしょう。

ですがなかには脊椎前側にある喉の前の上部頚椎から下部腰椎当たりまで伸びる靭帯が、
非常に強い萎縮状態をしめしてしまう方々もおられます。
個人的に今までお会いした方々ではという限定情報ではありますが、
そこまでの根深い靭帯が萎縮すると身長は縮みがちになってみたり、
セルフワークでの対処だけでは焼け石に水のように自分でも感じられて途方に暮れたり。

なかなか対処しづらい状態に陥る場合があります。

私も最近、ようやく独自のやり方で、
そちらへのアプローチのヒントを握りしめてリリースのトライアルして
いく人もの成果が感じられ始めたころです。
本当に試行錯誤の過程は30年に渡るほど。。。
(試行錯誤のひとつには、逆さぶら下がり健康器の利用実験で、
現状もそちらは部屋にでーんと異彩を放つ感じです)


もし、二胡の先生の言葉を借りて、
身体操作について私がアドバイスをさせて頂くなら、次のようになるのでしょう。

「体を動かすときは、緊張したり息を止めていてはダメだ。
もっと体を楽に活かせる操作を探しなさい。
それが体をうまく操縦するということなんだ」

体の操作時の緊張を感じとろう。
息を止めていないでしょうか。

筋肉がコチコチになっていませんか?

体が傾いていませんか?

関節が詰まってはいませんか?

肩は前に行き過ぎていないでしょうか?

股関節は外旋していますか?

その他にも多くの楽で快適な体の操作を遠のける具体的な状態は存在するでしょう。

一つの体の不具合な操作は、
2つも3つも、またはそれ以上の不具合な操作を自動的にもたらすようできています。

ひとつの筋肉は必ず関節をまたいで付着しており、
そのひとつの関節が不具合ある状態に持っていかれれば、
同時にその関節を共有する関連筋ともいわれるような筋肉が連動連鎖して問題を起こします。

体を楽に、快適に使おうとする追求心を手放したときに、
身体は理想姿勢や理想的なムーブメントへの移行を阻害して機能異常を起こすものです。

そして、
大腿直筋を一つだけ凝らせてしまう骨盤部の前傾や
それにともなう閉じすぎや開き過ぎでの固定。
その裏側では、
脊柱起立筋群というパワフルな伸筋群の異常ともいえるような体へのダメージを呼ぶものです。

そのことを知っていて、
対処する術を持つ人は幸いです。





また、先日、お客様のおひとりに、
立位姿勢で、かかと側に乗ろうとすると、余計に大腿直筋などの太もも前に力が入ったり、
つま先が浮き上がって安定しないという方がおられました。
前提として、すでにこちらのお客様の身体状況としては、
問題部分の筋肉群はだいぶゆるまるような対処が進んでのこと。
立ちやすい傾向にまで体が仕上がりだしているといえるでしょう。

なのですが、、、どうも、正確な理想姿勢で立とうとがんばろうとすると、、、
大腿直筋が固まってしまうという課題を持っておられました。

その方が工夫してなさった対処は、
大腿直筋の固まる仕組みは、
体のつっかえ棒である筋肉として使ってきた大腿直筋等を緩めると、
転倒して怪我をするのではという本能的恐怖からの過剰なブレーキ。

たいてい、そういった恐怖心に根ざした際のブレーキは相当早く踏み込むというのが、普通なのです。

体を立てても倒れるはずがない様子の場面でも、
事前に大腿直筋等を固めて準備をするんですね。

そういったときには、
どうすればよいのか。。。

転倒しても大丈夫な状況を設定して、
何度か転倒させてみつつ大腿直筋等にかけられるブレーキを
徐々に遅らせていくという対応をするときがあります。

そちらをトライしてもらえればと思って、
私が言葉で「転倒しても、大丈夫だよ、というところで練習してみてくださいね」というと、

同業者の先生でもあるお客様でして、
そのようなちょっとしたイメージや意味の含んだアドバイスを聴いただけで、
早めにブレーキを踏む傾向を遅らせて、
自力で大腿直筋等を緩めて立てるようになっておられました。

恐怖心に根ざした反射を調整するのは容易ではないものです。
それを私も知っていますから、言葉だけのアドバイスで、
自身の頭で機転を利かせて理解を深め楽で快適な状態へ。


自分の身体操作プログラムのバグを取り除いちゃいました。


言葉で聞くと、簡単そうですが、これができるのは50人に1人いるかどうか。。。
そのくらいの割合です。

私も、自分の体でそれを体現するには、そうやすやすとは行かないものです。

さすが、ですね。



かなり多くの身体操作プログラムのバグは、
屈筋の先行する不用意な緊急避難回避の末に植え付けられた緊張グセにより
運動神経系やバランス系の神経麻痺が引き起こされ、そこから端を発するものなのです。

そこに生じる仕組みがどうであるか、
つぶさに見つめ感応感受したならば。

楽で快適、なおかつ機能的で、美しい動きとは?

そのようなひとつの回答が、
みえて感じられるものです。

屈筋群の緊張グセを取り除いた後に、
肥沃に広がる大地が現れるかのようです。


大腿直筋等を固めないで立てるすべを身につけたお客様は、
今後、改善のステップペースが早まっていくことでしょう。



そして、そのようなステップへと進まれるお客様は決まって言うのです。

「なんで、大腿直筋等を固めていたのか、理由は承知しているが、
まったくもって、いまさらながらになにをやっていたことやら!
腹が立つよなぁ〜!!!」
と。

そうやって、以前の状態と決別して、あらたな自分らしさという頂を目指すのでしょう。
posted by スズキ at 17:47| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月01日

手掌の地味でハードなトレーニング中です


なにかを学び取ろうとするとき。
お客様的な場に自分の身を置き、
自分は教えてもらえるものだという意識が多いならば、
そこからはなにも変わりはしません。

自分から求めて取りに行く姿勢のときだけ、
その手でつかめるものもあるのでしょう。
最近、つくづくそのことを実感しています。



ここ最近でのこと。
施術にお通いいただいている方には、
折を見て手掌や手の指先の機能的な使い分けをお伝えさせていただくときがあります。
その詳細は直伝でなければ伝えることは到底できませんので、割愛することをお許し下さい。


私自身、それぞれの指に備わっている操作の巧みな機能分化について、
知識としては知ってはいました。

ですが、実際にその手の使いを巧みにしていかなければという必要に迫られたとき。
つまり、ボウエンテクニックのセッション試行や自作てい鍼の扱いをなすときには、
いまでの指の使いのレベルでは到底精度が足らないという自体に痛感しました。


正確な手の使い方をしているかどうか、
素手よりも粗が目立つのが器具を持つ時です。
素手で手を使うときにはごまかしが多く働き、
できていなくてもできているように感じられてしまう。
そのようなときに優れた先生が横にいれば注意もしてくれますが、
そうでなければ変な力みグセを修正せずに固定してしまうことに。

それが施術で道具を使い出した時から、
指先手先も器用さが増してまいります。

つまり道具を使って施術のときに患部やアプローチポイントに刺激を入れるときには、
しっかりとした事前の意図がなければグダグダな操作で成果は半減してしまいます。
重いブロックを利用したような施術をするときには、
『自分自身の体の型』を意識して反省点や修正箇所を見つけられる機会が得られた。

そのときには不具合な体の操作を微塵でもおこなえば、
確実に容赦無い施術者の体へ激痛が、呼吸ができない、
意識が飛ぶほど疲れて投げたくなる、などに落ちいります。
そこから這い上がるために、今まで得てきた自身の知恵や知識や工夫を総動員して、
対処するようになるのです。

そんなときに、
もし誰かに要領よく教えてもらえばいいという甘えが先にあれば、
自分が課題に向き合う姿勢に雑念が入り、
物を考えない人間になるしかありません。

そこは私自身、きびしく自分を統制したいと考えるほうですから、
要領が悪いと人に言われたとしても、そこは貫きたいと思います。


現在は自作てい鍼を利用したインパクト圧を使い脊椎周辺の神経系の異常な点を見れないか。
お客様には単なる脊柱起立筋のリリースをしているだけと思われそうです。
そういった面もありますが、それは私の目的とするところの2〜3割の益。
基本は私自身が指先の感度を鍛えて、
お客様の脊髄神経から違和感が感じられるところに対し、
少しでも量的にも方向的にも電位的にも的確な刺激を作り出せないだろうか。

そのようなところへの試行錯誤が主な自主研究課題。
そこに取り組んでいるところです。

もともとボウエンテクニックの受講も、
そこの神経系の機能面の蘇生可能性を求めてということで、
自作てい鍼をこさえて用いるに至った経緯も同様ですから。

そこの誓願部分を忘れるわけには行きません。




少し話がそれるようですが、ちょっと聞いてください。

優れた武人の指先を、手を握ったことがある人ならば、
おどろく経験をしたことがあると思います。
どれほどの練習を日々しているにもかかわらず、
手首から先の全体が赤ちゃんの手先や指先のようです。

もともと武術の基礎練には手先のセンサー化をするためのノウハウがあるものです。
そちらを正しい形で伝承されたり、
または自身で練りに練って会得し、
その手先を作っていきます。
適度な厚みがある手の厚み。
赤ちゃんのようにみずみずしく、
暖かみがある肉球部分です。


結局のところ、
その手を得られなければ
これから自分が得ようとしている成果のほとんどは得られないだろう。
別にそれはあやふやな直感ではなく、様々な私が体験したことから得られた知恵です。


そういうこともあって、
手先の使い方を自分に厳しく修練していたときに、
ひさびさに偏頭痛に襲われるわ、
手先が腫れ上がるわ
腰痛を患うは、疲労がピークで風呂で溺れるはと。
またかぁ。。。という修行を繰り出しています。

今もまだ、その真っ只中です。


そういった状態でも施術モードになると自然に意識がそちらに働き対応できてはいるものの、
指先という末梢神経の巣窟を今までのパターンから引き離して動かす努力のもどかしさには、
ほとほとあぜんとしながらも、あきらめずにやっています。

おかげで肩甲骨部分と指先部分のリンクが強まり、
当初目論んでいた、指先のセンサーの尖度が高く、
感じられ方の色味が変わってきたように思います。

手や背部の筋肉のつき方は変わってきて繊細さが増したのが感じられます。

今までも普通にか、または普通以上に手先は捌けていたものとなるよう自主練はしていたものの、
今の指先の操作感や自在性とはまったく劣っていたものだと感じられます。
これは体感からしかわからない、実体験で得た感動です。

そして気づいたのが、
指が分化して機能的な役割をそれぞれ果たしだすようになってきたら、
『思考の整理』や『分析力』も増していくようにも感じられました。

施術上での成果にもそれはあらわれていて、
今まででは、
この段階まで引き上げるにはこれくらいのステップ数が必要だろうと思えたものが、
自然に手先の動きと脳との連携からの動きがそのステップ数を減らしてくれるよう
動き出していることに気付きます。


指が正確に意図を持って操作できるという事柄から、
そんなアタリマエノコトをなぜことさらにいうのだ?
と思われることでしょう。

そしてそこから先、
もっと知りたいと思うか、
スルーするのかの違いは大きいと思います。


体の状態とは、
変化した後に体験してからではなければ今ひとつ人の話が信じられないときもあるでしょう。
または知識ややり方を、ただ知っていただけでトレーニングを積んで経験値を上げなければ、
自らの今の人生の益につながらないこともあるのでしょう。

本当にこれが大事だと思えた本質について、
まずは躊躇せずにその興味の外形を理解しえるだけの接し方をするべきだろうと感じました。



posted by スズキ at 12:22| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月08日

「昔の術には、『不思議さ』があった」

一昨年、年末に合気柔術のセミナーを受けた際。

そちらで岡本師範がおっしゃられていた言葉に、
印象に残ったフレーズがありました。

「昔の術には、『不思議さ』があった」

術理として、術の不思議さを解き明かす研究をなさっておられる方からの口から出た言葉です。

そこに込められた思いは不思議さに惹かれる、若々しさが感じられてすばらしい。

術理があるから再現性があることは無論のこと、
これからも進化し続けていかれるのでしょう。


セミナーではたくさんの知恵を授けられたものの、
受け取る側の私の理解力や進化の進捗状況というものもあります。
内容的に多くの人にその不思議さを知っていただきたいものですが、
そこは興味を深めたいと思えば岡本師範のセミナーに通って欲しい。

それが間を介して又聞きをすると、
どうしても途中の中継で話がずれてしまいますので。


ですが「ここだけは、必須として接してほしい」という立ち方を教えて頂きまして。

以前にこちらのブログでも、
腱や靭帯等を意識した立ち方を伝えてみてという話をさせていただきました。

一般的なグラウディングというものとは印象は違っています。
体を支えるシステムをいくつか見方を変えていくもので、
基本、バレエをなさっておられる方々がなさる立ち方ですね。

そこをもうちょっとシンプルに一般の人にもわかりやすくなるよう、
伸ばしたり張ったりする靭帯や腱を他動的に指示して意識させることで、
少しずつこんな立ち方もあるんだなと体験してもらうようなやり方です。

個人差はあるが、すでに体が十二分に整えられていればいいが、
そうでなくとも施術で体の状態を十分に整えられたところまでいければ、
いつもの屈筋を使うことがない立ち方ができていることに気づくだろう。

個人的な考えではあるが、
あまり体が整えられていないのに、
このやり方の立ち方を、他者から強制されて覚えこませられるのは危険もあるでしょう。
かえって深層の脈管を詰めてしまわれるように感じられるので。
そのリスクを取るつもりで試行錯誤を加えて進むことは修行となりますから、
私はそれはよくないことだとか単なる後悔になるだろうとは思いませんが。
ある程度の専門的な知識や身体操作ができていない方がいきなりやり過ぎると、
予想外の部分に痛みがでるようなこともあるでしょう。

そしてあんまり理想状態で立てはしないから「な〜んだ、こんなもんか」で終わりますから。

体ができてきた人がトライしてみると、
身に染みこんでくる伝えようとするものの教授量が多いので、
それでその後の身体操作のプログラムを書き換えていけるほどの印象を与えてくれるでしょう。

私自身、まだその立ち方の指導がうまく要領がわかっていないため、
お客様が多々迷宮に入られるようなこともありますが。
いままで、私も施術中に立ち方を伝えるとき、
個人的に背面の筋肉が必要でそちらの抗重力筋を使えばいいので、、、
等々の説明は試行錯誤し続けてしてきましたし、
自分の内側では長い年月をかけて首も長くなったし、
年齢が行っても年々身長が伸び続けているものですから。。。
勘の悪い思いつきで体づくりをしてきたわけではないと思います。

ですがシンプルに、わかりやすく、腱や靭帯等を活かした立ち方の伝え方として、
明らかに岡本師範がなさっている教授法のほうが秀逸。

それでしっかりセミナーの際に学習した内容を噛み砕いて
徐々に多くのお客様に伝えていくようにしております。


屈筋という老化した際には、
誰もが萎えていく筋肉の誤用を廃し、
理想的な勢いを持った姿勢を得ること。

それができずに、
多くの人びとが腰痛や肩こり等から体の歪みの全般まで、
つらい思いを引きずった人生を送っている側面がある。

そこに気づいて身体操作のプログラムを書き直すこと。
それが健康寿命を長くするための、重要な鍵となります。

合気道等の師範が老後にも壮健なままで技のキレの進化を止めない。
それこそが「不思議さがある術」に秘められた大きな成果といえるのでしょう。


要はこの立ち方は合気柔術での軸を作る際の立ち方なので、
あまり聞き慣れないし見慣れないと思います。
この軸のつくりで、一気に人を投げることもできるし、合気をかけることもできます。
「いつもの自分じゃないようだ・・・」とつぶやいてしまうような、
ちょっとした超人になったかのように、
自分を錯覚するような体験もできます。

もちろんそのための練習は必要ですが。

尋常じゃない力が、一瞬後に相手の体を通せるというのも不思議ですが、、、。
でも人体を「筋力一辺倒の視線」から目をそらして活かす発想があれば、
そこには多様なツールが体の内側に備え付けられていたことに気づきます。
その多様なツールの探検隊になるというのが、
不思議さの追求になるわけです。


合気柔術のなんたるか、、、というのは、とりあえず関心ある人も少ないでしょうし、
ここの場ではそれを語るのもどん引きなさられる方々の顔が浮かびますのでよしますが。 ^-^;

「こういう立ち方のバリエーションもあるんだな」と多くの方々が貴重な体験をなされ認知し、
定着させていってほしいとお願いできれば。

posted by スズキ at 10:39| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月23日

姿勢選択の自由(こちらがゴールであり、はじまりでもある)

地面に対して垂直に立つという「グラウディング」のイメージが
知的かつ実践的に深まることが大事なことだと思います。

ただここで私がイメージする状態とは、
一般的にいわれる「身体を上下に引っ張る」という、
アバウトで必要な情報が抜け落ちているレベルの話ではありません。

外形はどのようなものか。
先日、私が合気柔術セミナーで教えていただいた合気をかけようとする際の立ち方。
そちらによく似ています。

全身の骨格と腱と靭帯を柱とし、
大腰筋含む姿勢制御筋で倒壊を防ぐ姿勢補正力を発揮させて立つ。
それに近しいところがあります。
このような立ち方をするときに、
身体的な基礎力が養成されていること。
それは全身の筋膜単位の相互関係で体の局所から全体を統括できていることもひとつ挙げられます。
局所の動きを体の全体で支える吊り帯が体の中で自然に作られて作用する状態を作り出すのです。

この状態は「屈筋群」を一部でも利用してしまえば機能できません。
「伸筋群」を巧みに意図的に使えばできるところでもあります。
実際は「伸筋群」と呼ばれる筋肉も、筋力を使うならば疲労が蓄積するので、
そこの作用も出し惜しみすべきだと言われます。
自身の身体の重さを運動のエネルギーへと転化。
それにより筋疲労が大幅減にもなりうるのです。

ただ、重みを利用する前に、
個人的には無意識に「屈筋群」ばかりを使う状態から
「伸筋群」の利用意識を持って身体操作を再構成させていくこと。
まずはそこができていなければ、話にならないような気がします。

なのでまずは日ごろから「伸筋群」を使えるよう修練が必要です。
それはたとえば木刀の素振りを工夫して「伸筋群」を有意義に利用して繰り出すようなことが
自身の身に「伸筋群」の動作を運動神経系にしみこませていくトレーニングを積んでいくのです。
そこでは100回素振りをすれば100通りの工夫をいれた打ち込みがなされる必要があります。
まんぜんとワンパターンの素振りの動作を繰り返してはなりません。。。

そんなことを注意しながら「伸筋群」の利用感覚を磨いていきます。

そのような姿勢を整えつつ行う素振りで基礎力が身についていくと、
自分の身体が地球とのどのようなかかわりを持つかという関係性も感じてくることでしょう。


ただし、ここまでの状態を自在に自身の体を制御して作り出せる人はあまり多くはありません。

ひとりのお客様で、
日ごろから素振りを修練のひとつの項目として取り入れておられ、
サトルムーブメント系の自身の体とのおしゃべりが上手な人がおられます。
その方に私がいくつかの腱や靭帯を使う意識を誘導していくと、
まさに伸筋を巧みに使う状態で立たれていました。

私はその姿勢が理想系で正確さにも驚きました。
今まであまり見たことがない私好みの姿勢です。

姿勢選択にかかわる仕事にこだわり続けて、何かの結実を感じた。


グラウディングは身体と脳を直結し、
身体的機能美を表現する土台になる。
そしてそれは潜在的に鋭敏な重力に対しての感受性を高めてくれるものです。

人間としての生命力の根源を探りだすには、
そこがたどり着くべきゴールでもあり、そこからがはじまりでもある。

または別の言葉で表現すれば、
身体的運動能力の性能を発揮するためのゴールでもあり、はじまりでもあるといえるでしょう。

私は今まで、
施術とは体を動かしやすくするための下地作りだといい続けてきました。

実際は、身体の運動能力が機能的な身体操作の上で操作されておらねば、
そこから自明の理のごとく肉体へネガティブな負担の蓄積がおこるから。
そこに手あてをすることで、永続的に調子のいい身体状況を維持したい。

そこに手抜かりがあれば、真の健康を手に入れることはできないと思う。

そのようなこだわりを持ちながらも、
どのような取り組みとして機能的な身体操作を学べるものなのか。
私自身もいまだに自得の成果を言語に落としこめてはおらず、
日々の研究で試行錯誤を繰り返し固定したアイデアにはならない。

そんな状態が続いている何十年のことでしたので、
みごとにお客様が「伸筋群」を活かして立つ瞬間を目撃したとき。
うれしいものでした。



ここからはあまり私自身が口に出して言うべきではないとはわかっていますが、、、。

基本的には私が動き方を伝えることで、
そこから金銭的な利潤が私に生じるわけではありません。
別料金をいただいて体の使い方を伝えるかどうかを選択してもらっているわけではありません。
おそらく施術だけおこない体の使い方については、概要をプリントして渡していくのでもいい。
一般的にそのようになさっておられる施術院は多く、
それでも十二分に丁寧だとお客様は認めていただけているケースを多数知っています。
そのようにすれば数時間かけてひとつのことを積み重ねて解説することもなく、
長くても10分程度でおつたえすることができるものです。


施術者として、施術だけでけっこう体力的にハードなため、
ときには解説中に意識が遠のくこともあってしんどいとき。
微妙に声が出ていなかったりかすれていたり、
目線を上方に向けて考えるふりをして呼吸を整えてみたり。
お客様も施術を受けていただいた後に、
血行が激しくなって頭がボーっとしていることがありますが、
私も疲労で同様な状態に陥っていることもあります。


ときには「体の使い方など教えてくれなどとは頼んだ覚えはない」と怒鳴られたこともある。
「あんたは、施術だけやってればいいんです。余計なことに時間を使われて迷惑だ」という。
多分にそのような考えの方は、私の施術を受け続けてほしいとは思わないので、
以降の施術の依頼は私からお断りさせていただきましたが。。。
ただ私のガラスの心がずたずたにひびが入ったのは確かです。

そのようなとき。
自問自答で、「はたしてこうすることが自身のしあわせに、つながっているのだろうか?」
真剣に思い悩み、苦しく感じることもあります。


そのようなドタバタした状態ではありますが、
私の体の使い方へのアドバイスは最初から完成したような完成度の高いものではなくて、
ひたすら研究して徐々に理解を深め構築したものをお客様に伝えていくことの繰り返し。
それを愚直に続けていきあきらめずに進んでいくしかない。

おそらく私と同様なことを粘り強くなさっておられる方も、
どこかにはおられると思います。

ただ私が得ようと目的としていた最終地点と同じ方はいない。
そのような気がいたしております。

伸筋群を活かした立ち方をお客様がなさり、
今年一年の締めくくりに、
私が狙っていた何十年もの立脚の夢がかなえられた感じです。
形を見ることができて、浮かばれました。。。



私にとって施術とは、
このような姿勢で立つという選択ができるようにするための、
有用性の高い道具となります。

私自身、ほんとうにからだが誰よりも弱くてへたれだったが、
どうにか立ち方を靭帯や腱を使い、
同時に地球との感覚的な接点を深め、
かつ瞑想上のイメージにより肉付けした立ち方ができるようになったとき。
まだまだ未熟ではあったが、実際に私自身の身長は4〜5センチは伸びて、
頭部の形状も変わってきた。
それに免疫力もあがったし。
そのときに月に何度も風邪をひいて寝込んでしまっていた弱かった状態に、
さよならをつげることができた。。。

そのような変化を自身の内部で感じてはいたが、
それがどのようにおきたかを人に言語で伝えることは難しい。
そこは外見のすりよせで伝えるだけでは意味がない、
内部感覚からその詳細で言語化が難しいものを共有できるかどうか。
そのようなところで難儀し続けてきたのです。


今回のお客様の立ち方の様子が起きたのは、
こちらのお客様の感性の鋭さや日ごろからの伸筋を用いた修練の賜物があってのことだと思います。

残念ですが、今はまだ他のお客様に容易に再現性がでていくものではないでしょう。

ただし私の中では、今までの伝えようとしてもうまく成果がでないときから、
ひとつ大きなステップを上るための知恵が増したのは確かだと思えています。
この経験値はそのお客様にいただいたものでもあり、
同時に他の今まで接していただいたお客様にもかかる感謝の念が募るものです。。。

個人的なことですが、
最近、ちょっと二胡を習いにいこうかなと考えているのですが、
私自身の立ち方の状態の気づきが少なからず増したものですし、
以前に独習で挫折したところから変われそうな気がしています。



新たな姿勢を受け入れ選択できるようになることで、
私の施術の締めくくりという「ゴール」となりますが、
お客様にとりまして新たな自身の身体操作を再構築して活かしきるための「スタート」になるのです。


posted by スズキ at 06:29| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月15日

活きた手の内の作り方は二胡を弾くのにも役立つようです ^-^

手の内の作り方。

私の「はてなブログ」のほうへ miitsuさんから合気柔術関係のコメントをいただきました。
その彼にも役立てばと思い書かせていただきます。

手の内の作り方は合気をかけるために大事な基本となるところですが、
なかなか詳細までは語っているところは少ないようなので、
講習会での聞きかじった内容と、
そしてもうちょっと私なりに膨らませたところをもたせた形で解説しますね。

ただ文章だけで正確に手の内の作り方を描くのはちょっと酷なことなので、
なんとなくそういうことかという程度の概要イメージをつかんでくれれば幸いです。

^-^



「手掌腱膜」という、
手のひらのたなごころ辺りにある腱が膜のように手首から指先方向へ広がる扇状の部分。
こちらを分解的に使い込む握り方です。

まずは手掌腱膜の扇を開くかのように、
手のひらと手の指もをぴーんと開きます。
手掌腱膜部分を伸ばす際に、手の甲側の伸筋群の腱部分が浮かび上がるような感じにするといい。

そしてこの時の手の裏の甲側伸筋をそらす感じを維持し続けてください。

この状態で、小指と薬指を90度位の角度で内側に握るかのように、
手掌腱膜の腱を動かす意識で移動させていきます。
キーになるのが「尺骨を肘方向へ引く感じ」にします。
またずっと手の甲側に反らす感じも維持したままです。
その手の甲側に反らす力を働かせつつも、
握りこむ力のほうが少し優っているため、
握る状態に至った感じでしょうね。

このときに大切なことは、中指、人差し指、親指は、
小指と薬指の動きに引きづられないようにその場で維持することが必要です。

次に、親指の伸筋にあたる部位の腱を伸ばし
人差し指の爪の方向へ指紋を押印するかのような動作にも似た動きで
親指を人差し指に近づけていきます。
そのときに自然に人差し指が内側にある程度曲がりはじめるでしょう。
流れに任せた適量程度ならば、そうなったとしても問題ありません。
親指が腱の力で発力し始めたときの根本部分は、
肘から手首まで伸びる「橈骨の力」を親指の力の源泉として利用すると、
手のタバコくぼ当たりを親指が伸びる側方向へと開く感じとなるでしょう。

この親指を動かすムーブメントをしているときには、
その他の指や手のひら部分の手掌腱膜部分は動かさずにその場でキープします。


この形状の安定体で「手の内」を創り練っていくこと。

これが合気柔術の岡本師範がおっしゃっておられた「茶巾絞り」の手です。

指先の向くベクトルの方向を観察すれば、
親指は橈骨の延長線方向、
人差し指と中指は背屈方向、
薬指と小指は内側に屈曲方向。
そのように手の内のなかは、
3つのベクトルを持ちます。

この手の内部分にどちらにも偏りいつくことのない3つのベクトルの力を創りだすことが、
合気柔術での合気をかける際に必要な手となります。

この一見すると複雑なベクトルをもつ方向性を表すのですが、
橈骨を支えとして前方へつきだして、
尺骨をバランサーとして後方へと引く意識を持てば、
それはさほどイメージするのは難しくなく自然の手掌の形状づくりの送りとなるでしょう。

手先をこの状態で作っておくようにすると、
それが契機となり、肘内側や肩内側の腱を膨らみを持たせた状態にするのも容易になります。

肘が、空中でぐらぐらと動きを持ってしまうことで、
それで手先の位置が乱れて制御できなくなるのです。
それも「茶巾絞り」の手先であれば手先があたかも空中に漂うかのような軽さをあたえられ、
肘をその手先の空中のここに止めるという意識で固定させれば肘もそれにしたがい固定できます。

ちなみに、
この手の内を何度も何度も創りだす練習をすると、
なかなかそれぞれの指を独立させて動かす難しさ。

それにもまして指先だけで操作しようと言う、
小手先も先だけの手抜きの操作をしがちです。

指の筋肉自体は肘から伸びているのですから、
しっかりその指の筋肉の起始と終点の長い距離をイメージし動作するのがまっとうな動かし方です。


最初は、この茶巾絞りの手の内を創りだすには、
慎重に正確な動きを心がければほんとうにぎこちなくて、
不要なまでの筋の力みが入り込みぷるぷると震えますし。

手先をいつもとは違った操作を巧みにしようと意図した動きをさせることにより、
「なんでなんだ〜」と叫びたくなるほど、眠くなったりだるくなったりし始める。
恥ずかしいことに手の指が思う方向へ動かしたり静止したりするのに手こずって、
なんどか手の指がつりまくりました。けっこう、痛かった〜。 ^-^ 。。。

でもこのような正確な手の作りを自然にでるようになれば、
くっきりと明瞭な手の形を外見上さほど創らなくても、
手の内側の世界できっちり作りこみができていればいける。

すると中国武術でいう勾手の手の型をきっちり創らなくても合気の技がかけられやすくなる。
手先の茶巾絞りができれば、合気をかけるための基礎の一端が得られたことになるのですね。
またこの手の型を取れば、全身を腱や靭帯で伸長させて立脚させる姿勢が容易とれるように。
そのように合気をかけるための体を仕込む下準備が、手先によりなされているのです。

茶巾絞りの手の内について。
メリットはそれだけでなく、
全身的に体をしなやかで優雅に動かせる伸筋優位のスイッチが入るという点もあります。
姿勢のよさを、こんなところで叶えてくれるというのか!って、これまた驚きますよね。


この茶巾絞りの手の型を何度となく練習していくと。
やっぱり、容易にできるようになれるのも人間です。 
みなさまも、合気柔術のセミナーに通うなど為さり、
ぜひ、詳細を知って身に付けるよう努めましょう!

私が仕事で得た手の内を活かせたメリットには、
正業の施術中の圧の強弱や方向などの巧みさが、
格段に意図した操作ができるようになりました。
おかげで自作てい鍼を、本当に巧みに使えるようになってきたと思います。 ^-^


それだけではなく。
私は二胡という中国由来の楽器を持っているのですが。

その二胡の弓を動かすときや弦を押さえる際も、巧みさが格段に増したのです。
(楽譜等読めないので、二胡が弾けるとは、恥ずかしくて口に出せません  ^-^;;;;)

二胡を教室等で習ったことがなかったのですが、
ここは恥を忍んででも、この手の内が演奏に生きるのかどうかを知りたくなって、
ぜひどちらかのスクールで習ってみようという気になりました。 ^-^
posted by スズキ at 23:28| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月10日

弓状靭帯と大腰筋の操作の連関について。

弓状靭帯と大腰筋の操作の連関について。

合気柔術のセミナーにておそわったこと。


横隔膜下の下部に弓状靭帯という靭帯があります。
その人体は大腰筋の上部と接触している。

つまり横隔膜と大腰筋との動きの関係性があって、
大腰筋を動かす感覚は以外に持ち出しづらくとも、
横隔膜を上下させることは腹式呼吸をするときに
感覚的にも容易にできるものです。

すると、、、大腰筋を動かせ!!という意識から、
横隔膜下の弓状靭帯を呼吸筋操作で動かせと変えたら。。。

おぅ、なーるほどね、こんな大腰筋操作の仕方もあるんだと実感しました。

つまり大腰筋の上端部分を上へ引き上げるという操作を大腰筋に意識して、
頑張って引き上げようとしてもちょっとやりづらいんですよね。

それが横隔膜の背部の脊椎部分に付着している弓状靭帯を持ち上げるのはできるもんですよね。

だからそこに意識の焦点を当てれば、大腰筋操作が楽ちんになっていくということ。
大腰筋はどちらかと言うと脚部を動かすという題目があって、
脚部の小転子の付着部分のほうに意識が取られがちとなる。
すると上方に引き上げるという大腰筋の操作がイメージがうまく描けなかった。
どうしても下方への伸びがイメージで強く、
上方への引き上げがうまく説明で描いてつたえられなかった。

ただ自分では弓状靭帯で引き上げるということができていたが、
実はこの靭帯を自在に上げたり下げたり奥まっていかせたりと、
操作を巧みにすれば、呼吸力と言えるおもしろい力が発力できるようになっていく。

バレエとかでは、胃の後ろ側を上に引き上げるのよ!
とよく聞いていたが、
そこってもしかしたら存在する組織は弓状関節部分を指していたのかな。

「弓状靭帯の利用」、、、あんまし考えていなかったなぁ。


posted by スズキ at 12:45| Comment(2) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月04日

力を発揮するには、体の中心から末端へと連携させた身体操作をすること


体の使い方の中心から末端へという法則が大事だなという簡単な実験。

(a) 両者が向かい合い、両手を前に出して手を合わせる姿勢を取ります。
その状態で「手の力だけで、こちらを力強く押してみてくださいませんか?」
とお願いをします。

対面して手で相手を押す1.jpg

(b)すると、ふたつの状況が起こります。
中心から末端へという流れで体を使えていない人は【2】へ。
中心から末端へという流れで体を使えている人は【3】になります。
対面して手で相手を押す 残念 2.jpg   対面して手で相手を押す どーん 3.jpg

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

この腕力を発揮できるかどうかは
筋力があるかないかの問題ではありません。



それは相当に筋肉隆々の人でも、中心から末端へという流れが表現できていなければ【2】の、
頑張って押しているのに力が発揮できなくて悩みます。

もちろん筋力不足で私が押せないわけではないのです。
ただ末端部分だけの操作で力を発揮させようとしたからです。
だからちょっと体の中心から末端へと身体部位を連携させて連続した動きを教えれば、
「ドゴーン!」と相手が吹き飛ばされてしまうわけです。



それに対して「筋力が私はなくって・・・」という方でも、
中心から末端へという流れで身体操作ができていれば【3】の、
「ドゴーン!!!」といういう力で弾き飛ばしてきます。

自分は非力だからと思っていたお客様とこちらをトライしたら、
私が重心を奪われてあわや背後にある柱に頭を打ちそうに。。。
本人は力がないという自覚があるからナチュラルに言われた通りの体の操作をしたら、
なんとなく私が立っていられなくなって後方へと「わぁぉっ!」とバランスを崩して、
あわやというときがありました。 ^-^;



ポイントは、
脊椎を中心として付着点を持つ筋肉部分からの動きを、
どう最初に作り出していくよう努めるか。

手で言えば、たとえば、ひとつのルートを仮想的に挙げるとすれば、

 菱形筋を伸長させ、

 肩甲骨の動きを誇張させ、

 上腕三頭筋を伸長させて、

 尺骨側の筋を伸ばす。


そのような手順です。
もちろんこれは手の使い方のバリエーションのひとつで、
工夫次第ではさらに応用例は増えるでしょう。
ただこの使い方が一番伝えるのにシンプルで、
了解していただきやすいようです。

ただやっぱり動き自体は、直伝で伝えないと、
うまくはポイントが伝わらないようですので、
施術を受けているお客様のなかで
この遊びのような手の操作の実験を受けたことがないなぁという方がいたら、
ぜひ、施術においでいただいた際におっしゃってくださいね。

うまくその操作ができるものがファシリテーター的に伝えようとすると、
難なく「あっ、面白いじゃん!」となるようですから。


文字で書くだけでは、体使いの専門知識がないと難しいかもしれませんが、
バレエやダンス、武道等をなさっておられる方々にはピンとくるのでしょう。

また二胡やバイオリンのような弦楽器の演奏をする際に、
弓を動かす際に大きな気づきをえられることもあるようです。
私としては二胡の弓を弾くときの音の強弱の表現や繊細さまで違ってきて、喜んでいます。
二胡は楽譜が読めずに弾けませんが、なんとなく音のなりがよくなっただけでもうれしい。 ^-^





実は、このエクササイズを教えていただいたのは「ロルファーのたちばな」さん。
彼が所有のケトルベルを5分ほど前後に振り続けて肩甲骨の操作をしやすくしてから、
手押しの実験をさせていただいた感じです。

私はケトルベルを持っていなくて、
いくつか自己流にアレンジさせてもらいましたが、
原型はたちばなさんが【腰 痛 ─エビデンスに基づく予防とリハビリテーション─【原著第3版】〔Web 動画つき〕】の本から持ってきてくれたエクササイズにあります。

たちばなさんが所有しているその本を、
ちらっとみせていただいたら、
丁寧に読み込んでいると思えし付箋やアンダーラインがびっしり。

私もたちばなさんのブログを再度確認してから本を購入してみたんですが、
読み進めるにはハードルが高いと体感上感じている時期です。
今後、こちらの本を刺激的な本として読める日がくることを期待しています。

やはり、本を読む際には、何をそこに求めているかということを脳に明記してからでなければ、
表面上の字面を追うだけの砂をかむほどのつぎはぎだらけの浅い理解に留まるものです。
目的や目標が明確になっていないから読み込む取り組みにエネルギーが湧いていないのでしょう。
そこの点は自覚的に反省したほうがいいと思っています。

たちばなさんのセッションから、いい感じの刺激を受けて、
それを遣唐使が唐から日本へ持ってきて伝えたような感じ。
そのような出処でありました。 ^-^ 多謝。
posted by スズキ at 13:29| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月06日

動き方のノウハウ理解は本よりも直接指導が、わかりいい。

一昨日前に、
Z-HEALTH を学んだ宮崎さんと、夜に秋葉原で会食。

宮崎北斗さんの Z-HEALTH 関係のページ
http://hktmyzk.tokyo/z-health/


人間には必然的に備えられている運動反射等をベースにした動きのプログラムについて具体的アプローチ法や、
様々な脳が気づかぬうちに獲得した動きの盲点から生じた制限に気づくことの可能性について教えていただた。

メールで「 Z-HEALTH って どのような可能性があるのか」など、
宮崎さんからわかりやすく説明をしていただいていたのです。

ただ私の動きのプログラムを学ぶ目的は、
実際に自分でトライしてそれにより得た経験から関わっていただいているお客様や友人の役に立ちたい。
...ということなんです。

何かの変革を自身のなかで動かしてブレイクスルーをするためには、
文章で理論を解説していただくことも価値を潜在的に感じますが。。。

そこだけでは必要十分な目的を達成することはできませんでした。
実際にお会いして話をする時間を通して、学ばせていただく必要を感じました。

動きのトレーニングは文章から学ぶのもいいし映像から読み解くのもいいでしょう。

ですが動きのノウハウの伝授で効率がいい学びの機会とは、
目の前で直伝で話を聞かせてもらい、
疑問点があれば簡単に質問をさせていただける参加感覚がある状況ですよね。

そのことをつくづく感じました。 ^-^





印象的だったひとつのことは、
ときおりというよりひっきりなしに
宮崎さんが右の手首を「グニャリ、ぐるぐる、グニャリ、ぐるぐる、グニャリ・・・」
と円を描くように動かしています。


いったい、それって、なにをなさっておられるものかな。。。 
競馬の騎手の特殊トレーニングの一環なのだろうか?

ただ他に知りたいこともあって、
手のぐるぐるに話がそれるのもよくないと思いまして、
気にはなるものの特に質問もせずスルーさせていただきました。

脳梗塞後の後遺症をどのようにしたら改善基調に乗せることができるか?

そこの質問をドーンとさせていただくことは、
その日の課題として欠かせないテーマでして。
その部分についてのアドバイスもいただきまして、
今後の私の思考する参考にさせていただければと感謝しています。

ただ後に、手首のぐるぐるの答えが Z-HEALTH のアプローチに関係していたと聞き、
「あっ、そういうのに役立つんですね。そういうことだったか」と納得。 ^-^


私の学んできた動きのノウハウで考えてみて体験してみたこともないことを、
Z-HEALTHのスキルにはあるようだと実感できて有りがたかったです。





ちなみに。
そのとき、彼自身、これからどうしても《Z-HEALTH》を通して、
健康問題を多くの人に改善していただく支援ができないかとか、
新たな運動指導の方法として提示できないかという考えのもと、
以下の様なセミナーも開催させていただいて、
ご縁ある方に、体験してもらいたいとのこと。


日本初上陸!《Z-HEALTH》 神経から身体のバランスを整える!
Z-HEALTHプラクティショナー兼現役プロアスリートの講師が日本初上陸のボディメンテナンスの方法を指導します!
https://www.street-academy.com/myclass/26586

実際目の前で解説をしていただき動きを見せていただいて、
そこから「あぁそうか。そういうのって、気が付かなかったよな」という経験をすることができました。
おそらくそのような実践的な動きを通して参加者に、
感覚器からのインプット、脳での処理、そして運動器へのアウトプットという、
一見当たり前にも見えるところのなかに存在している、
動きの出力前に起きる滞りがちな盲点部分に手を加えた指摘を受けて感じられる動き方の指導に、
それぞれの参加者が、どう、それを受け取るのか。

私もその反応が興味深いところですね。



個人的に、宮崎さんに対して
Z-HEALTHに関わって、自分がその技術を使い何を縁ある人に伝えることができるのだろうかと模索し、
セミナー開催という手で具体的な行動に落とし込んで、
その経験からその後のパフォーマンスを挙げていこうとしている。

そのような姿に、私もいつかなにかしてみたいものだな、勇気をもらえた感じがしました。



彼にしかできない切り口でZ-HEALTHを提供してくれることに、期待したいですね。

posted by スズキ at 04:25| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月05日

筋着くんと筋肉スパッツ、そしてイケメンくん頭部モデルが練習台に

昨日、ボウエンテクニックの練習会に参加させていただきました。
セミナー参加して聞き漏らしていたことが山のようにあったので、
同期の方々に親切に教えていただける機会をいただいて感謝です。 ^-^

和気あいあいする雰囲気で楽しく学べる場で、気に入っています。
講習を受けるそれぞれの方々が前向きで賢明な姿勢で学び続けて、
自身のものにしていこうという活気があります。

私自身、他の講習生の方のうちの2人対極というのは語弊がありますが、
教えてくれる講師の手のタッチを正確に理解し身につけ進化する方と、
体幹から手部を触覚鋭く精密に円の操作に似たタッチをする方と、
それぞれの施術での動きを観ると、
それぞれのよさに引っ張られて自身を見事に見失いました。 ^-^;

そのようなプチパニックをどうするかというのも、
浅い知識量で考え過ぎている今の時期のたのしい感覚ですよね。


結果として、
学びつつやり続けて行く過程で
「自分の理解が深まったとき」に解けるものです。
もう少し深めて煮詰めないといけないですね。

そこが少し見えてきたら、
施術をお受けいただいている方を限定で、
無料でボウエンテクニックの体験会をします。

といっても、よーく考えれば実験台になってくださいという感じですが。

^-^

おそらく直接、ボウエンテクニックを私の現状の施術に乗り入れるのは、
外形上は好ましく無いと思うのですが、その内部や背景を知るに連れて、
相乗効果もでてくるでしょう。

あとはボウエンテクニックというものは、
非常に受ける人に負担のない手技ですから、
介護を受けておられる方などにもいいでしょう。
私の現状の施術では、そのような方々の受け入れはできる手技ではなかったのすが。

これからは、前向きにそのようなシーンを見据えていく時代がくるのだと思います。
そんなところを思考してでの、ボウエンテクニックの練習です。




練習会当日朝にテキストを手にしつつ、
下の写真にあるモデルで練習しました。

解剖着スタイル人形等身大 横から.jpg

解剖着スタイル人形等身大 後ろ.jpg

解剖着スタイル人形等身大 頭上から.jpg


どこの筋肉に狙いを持ってアプローチをするのか。
そこに意識を向けるべきトレーニングの場合には、
正確な筋肉の模様があるとわかりやすいですよ〜。


ただ間違ってはならないのは、
パーティーグッズ仮装のための「進撃の巨人」きぐるみモデルのでは、
解剖学的にへんてこな部分がありますから、それを使っちゃいけません。
もともと仮装用パーティーグッズクォリティなのですから! ^-^

posted by スズキ at 12:28| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月14日

脳は生き残りのために活躍する

先だって、ブログに取り上げさせていただきましたZ-health。

脳機能特性をというところを細かく専門用語を並べて語るも、
施術者仲間からはピンと来ないというつれない反応でした。 ^-^;

私自身、脳機能の特性をというところでは、
フェルデンクライスメソッドの脳のプログラミングを押すボディワークや
アプライド・キネシオロジー等の神経系を通じた施術を学んできたおかげで、
その魅力を感じているのですが、
脳機能のレンズを通して動きを変えるというアプローチを
どういうものかということを伝えることまでは思いが至りません。

相当に解剖生理学的視野がなければ、語ることができないのです。
残念ながら、私にはそこが十分ではありません。



とりあえずZ-healthとはイメージが異なりますが、
私の言葉でどのように脳と動きとの関係性を見ているのかを語りたいと思います。
m__m



5分の使い方で人生は変わる

こちらの本を読んでいたら、
興味深いエピソードが紹介されていた。

この本の著者の小山氏。
若かりしときに事業で失敗して路上生活をしたことがあるそうです。
そのときの体験。

今日明日を生きるために食事を手に入れるなどのことが関心事となり、
早々に自身の身を清潔にすることは忘れてしまっていました。
公園の水道で体を洗うこともできたはずですが、
脳はすでに体を清潔に保たなくても生きていけることを知り、
そちらへ関心を保つ必要がなくなっていった。

生き残るためには、
身奇麗にするより
他に緊急で必要なことがある。
だったら、そちらへと関心を寄せて対処していったほうがいい。

すると脳はいつしか風呂に入らなくても平気になってくるどころか、
風呂にはいることが億劫どころか苦痛に思えるようになってしまう。



今の自分にとって大事なものは何かを脳は基準を設け判断している。



そしてそのフィルターから、
今を生き残ることが大事だ。

生き残るために優先順位が低いことに関心を寄せることは、
ネガティブな結果の訪れへと近づいたことと本能的に悟り、
そうするのに抵抗しようとブレーキを踏む行動に出ていく。

人に対して未来に向けて何かをおこなうことの大切さを説くこともできるが、
現状の土台が崩れそうであれば、
脳は躊躇なくブレーキを踏む。


このような脳の生存確保のための機能があることを、
念頭にいれて行動をつくり上げるようにしているでしょうか。

現状の差し迫った二者択一の選択肢があるならば、
基本安全策を選択するようにできているものです。



たとえばですが。。。
体の使い方について学んだ時のこと。

写真に立位姿勢を撮影してビフォア・アフターを客観視した。
立つという体の使い方を新たに学んだときのリアクションで、
「これは、画期的な身体機能を活用できる所作ですね!」
と満面の笑みを浮かべたとしましょう。


それは他者から得たアドバイスを元に、
自分で動きを試行した結果に得られた戦利品のようなものです。

ですが今までの自身が繰り返してきた姿勢。
それも、体の歪みを人は誰しも持っている。
その歪みを強力に補正するよう工夫を重ね続けて得た姿勢です。

ビフォア・アフターのビフォアの姿勢が
即座に過去のものとして葬られるものでしょうか?


それは、難しいものだということは察することができるでしょう。

いったん骨盤部分が無意識のうちに左右どちらかか両方かの腸骨が前傾しだしたなどの歪みが生じれば、
相当な質の良いエクササイズを取り入れていたり、
身体感覚に鋭敏でかつ骨格でバランスを再構成する感覚に優れた者以外は、
気づかないうちに歪みを残したまま体の傾斜をただ支えるというだけの補正で対処するようになります。

それはどういうことかといえば、
たとえば家の土台が軟弱だったり老朽化した立て付けが悪い家であったりすれば、
傾斜しだすこともあるでしょう。
とりあえずあなたならば家が傾斜しだしたらどうしますか?
私ならば、倒壊を免れるために有無も言わさぬうちに血相を変えてつっかえ棒を探し出しますね。
悠長に「あぁ〜、家が傾いて倒れていくぅ」と眺めているようなことはしません。

つねに倒壊の恐れを感じ続けているのです。
それが歪んだ状態の骨格を持っているということなのです。

今も刻々と歪みの状態は新たな局面をむかえるよう変化が続き、
新たな支え棒を必要としているのです。

歪みが歪みを呼び込みさらに複雑な筋骨格系のアンバランス方向へ向かいだして、
現状維持をすることが困難になる仕組みです。

回り始めたマイナスのスパイラルが広がるにしても、
それはしかたがないのです。

運動系の身体操作という野生で生き残るには緊急かつ必須の事項だと、
私たちの本能、そして脳が高い優先順位だとして判断していますから。


体のバランスを根本的かつ深刻に見失ったようなときには、
相当念入りに体の傾斜が複雑に生じてそれを支え続ける体になっています。
一度、そこにまで達すると、自力で体の歪みを改善させて体調を良化させることが難しくなってきます。
自分の脳が良かれと判断して、
傾斜した体を支え続けるための部材をしこりとして用意する緊急避難的措置を行うのですから。

その脳の得た生存確保の基準は相当に高いものですから、
その高さを超えるものは容易には現れることはないはず。。。

ただ、、、
本当の体の理想形は、
体の深部にしこりを配置させて歪みを補正する状態ではありません。
不用意なしこりをはびこらせれば、多くのデメリットが生じます。
関節の可動域を減少させていき、
体内の体液の流動性を停滞させたり、
神経を圧迫させたり内臓諸器官に負担を強いてみたり。。。

ですが、それらが生じてしまったとしても、
体が支えを失って傾斜し動けなくなるより、
ずっとマシな快適な状況なのです。

そのことを把握しておけば、
なぜ、自分が新たな体の使い方を覚えようと、
何十回も何百回も慣れるまで体にいいというエクササイズをしてみても、
思うように改善できないのか?

その理由がわかってくるでしょう。


たとえば、私が自分自身によくやる手ですが、
身体操作上の不備や未熟を感じた部分を得て、
新たな身体操作法を身につけるようなときは。

自力で体の動きを紙に図示したりメンタルビジョンにシミュレートさせていきます。
徹底的に繰り返しアイデアを出し、
そのアイデアに加筆訂正を加えて、
最終的な見方を深めていきます。

そのような絵を脳内に腑に落ちるまで描ききるだけです。

そして「新たなイメージ通り動くのが当然だ」と感じ始めれば。
つまり生き残るためにはこちらの身体操作にすべきだと感じた。
すると、すでに脳内の身体操作ビジョンの基準は
過去のものから新たなものへと書き換えられていくのでしょう。

その場合には、不思議に思われますが、
体は勝手に新たなビジョン通りに動き、
練習などは一切不要ですね。
新たなビジョンに印象の楔が深く突き刺されば、
過去の不適切な身体操作には逆行することはない。


身体操作方法を教えてくれる先生や師範のような他者から教えられたことは、
先生が言わんとしている言葉が伝わるかどうかの適切さは一般的に十分でも、
先生と生徒が共通言語で話ができていないときも多い。
先生の言葉は意味内容は簡略化されていたり、
ねじ曲がっていることが多いように思います。
それ以前に、先生が説明をしても身体操作上、
体ができていない人には、
自身の体で容易に言われたことは再現できず。
そんな自身にフィットせぬものなどが容易に脳のなかで取り入れるべき優先順位が高いものとして、
慣れ親しんだ以前の身体操作法を捨ててしまうようなことは起こりはしないのです。
そのような点を理解することができていれば、
本当に身につけるべきものかどうかを判断を


結果として腑に落ちてはいませんから、
脳内ではそれに魅力を感じきれません。

先生の解説等を元にして内容を咀嚼しないかぎりは
自分のものにしたくもないよそ者の不自由なツールでしかないのです。
脳内にある過去の動きの基準を引き下ろすべきだという信念は芽生えていないならば、
一時的には講習会等で得た動きができていたとしても、
やがて過去の動き方に舞い戻るでしょう。

実際のところ、
新たな動き方へ変化させるという場合には不測の事態に陥り、
ダメージを身体へ与えるリスクが想像以上に大きくあるものです。
そのようなリスクテイクを無計画で不用意にしていくならば、
早々にミスの連続が祟ります。
そこへの対処法や改善法を熟知しておらねば、
体は崩壊した状態へ流れ着くでしょう。

そのようなリスクテイクを、脳は好まずに、
今までの生き抜けてきた実績のある過去の使い方に固執する。
それが得策と考えているのです。


動き方を改善させるという内容は以上のような性質があるようです。


ただ逆に考えれば、脳の特性をよく把握していけば、
脳に気に入られる手順や手はずで、
うまく改善させるプログラムを書き込むことができるものですよね。


そのように考えてみると、
脳機能を把握して作り上げていくムーブメントアプローチは、
魅力的なものにもなりそうですね。
posted by スズキ at 09:34| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月06日

他動的な助けを借りて、体幹に接する筋肉から手足を動かして、脳内手続き記憶を構築しよう!

腕を動かすには、どこの筋肉を動かそうか?

デスクワークを長時間なさっておられると、
姿勢よく直立不動で胴体をキープできるかといえば、
そうもなかなかいかないものです。

だんだんと、肩が前へ、上へと移行して、
いつしか腕と胸の前側の付け根が詰まり始めます。

この姿勢は呼吸をするにも浅い呼吸しかできない。
いわば、不良姿勢の典型として呼ばれるものです。

ならば肩が前に回りこんで肩甲骨と肋骨の間が窮屈になっている状態を
うまくリセットするにはどうすればいいのか?

肩を意識的に後ろへと引いて持って行こうとするのがいいのだろうか?
でも、それを実際にやってみたところで、
そのようにする意識が薄れた瞬間に、
先程までの肩が前に回りこんだ位置に毎度のように舞い戻るように見える。。。

では、では。。。
そんな、強烈な肩が前に行こうとするパターンを打ち破るには、
必要に迫られてどのような新たな操作パターンを入れていけばいいのだろう。


最近、数名のお客様にトライしてみていただいているのは、
肩甲骨と胸椎を結ぶ菱形筋という筋肉や腕と中部下部脊椎を結ぶ広背筋の筋肉を、
リズミカルに施術者の私がお客様の体に触れて、
背骨の方へ筋肉が縮む方向へ他動的に縮める動作を、
30回ほど繰り返していくというやり方をしてます。
私がお客様の菱形筋を縮めていくときに「ここ!こんな感じに縮めて!」「ここ、縮めて!」
などと必ず声掛けをしていきます。
そこ、ひじょうに重要な脳への再プログラミングをする際のポイントとなりますので。

わりとやってみると、いつも使っていなかったなぁという感じになっていれば、
他動的に動かされるという補助がツイているのにもかかわらず、
真面目にやってみると結構疲れるものです。 ^-^



今日、施術をお受けいただいたお客様には鍼灸師の免許ホルダーの方がおられ、
自身も体を意識的に巧みに操作を加え鍛えておられる方です。

お客様の右側の菱形筋を私が背後で縮める動作をすれば、
胸の前で菱形筋に前後で拮抗するような位置にある大胸筋を
伸びやかに伸長させればいいとわかってくれていました。

菱形筋が縮み肩甲骨が背骨の方に近づいた次の筋肉の動きは大胸筋の伸張へとつながっていく。

そうやって体の前後が連携して動くときに、
肩を動かす感覚で肩を使うのではなく、
胸や背中の筋を伸長させたり収縮させることが腕や肩を力ませずに動かす動作になるのだと気づきます。
腕や肩で動かそうとする動きは、
体幹に通じる筋肉の動作が無視されて腕や肩を動かそうとなさられる場合が多く、
そうなると末端から先に動かすという窮屈で呼吸を奪う動きに必ずなってしまう。

そんなことを理解するのにも、
しっかりと菱形筋から動き出しを創って、
その動きがどのように周囲の動きに連動されてゆくのかを観察するのは有意義なことだといえるでしょう。


その動きをやる際に重要であるのは、
頭部の位置が、しっかり胸鎖乳突筋の筋交いの筋肉の浮き上がりが出るところへ持っていくこと。
それができる立ち方がかなえられている人でなければ、
うまくこの操作ができてこないのです。

しっかりと体幹を先行して整えられた状態である方に対して頭の位置を正して、
この動きのトレーニングをさせていただくとやり方の要領が見えてくるのです。



ちなみに、菱形筋を縮める操作と大胸筋を肩側へ向けて伸ばす操作は、
ほぼ同時に動いているように見えたり感じたりしやすいのだが、
同時に動かす意識は、非常に良くないと思います。

同時に動かそうと幾本もの筋を捌くと、
たとえ拮抗している筋肉でさえ、
一本ごとの筋パワーの発揮が感覚的に十分操れない状態に終止してしまう。
特に、最初に新しい筋肉の操作を練習して覚えようとするときには、
一つの筋肉を取り上げてどのような動きをもって最良となるかを割り出し経験させ、
次の連携している筋肉へ、同様に筋肉の操作手順を練磨させていく。
それを連続しておこなうようにしていけば、
最後にはそれらの筋肉を連綿と連続して動かしても1つずつの筋肉の機能が他の筋肉にぶつかって、
フリーズするようなことがなく力を発揮させることができるようになります。

一時期に、一筋肉を操作の限度とする。
ということを合気柔術の先生から教わったことがあります。
やってみると、まことに、そのとおりだと頷くところです。

筋肉は、同時に幾つかの筋肉を意識して操作するのが苦手で、
1つずつ順繰りに動かすようにできている。
それぞれの筋肉の操作性を最大化しパワーも必要十分量を確保するのが上等とされるので。
その動作の連携が非常にスムースに進行するとは、
次の筋肉から次の筋肉、そしてまた次の筋肉へと動きの連携が1/10秒以下で切り替わっていくと、
ほぼほぼ同時に動かしているように外見上は見えてしまっている。

だが実際は、自身の意識では、
いつでも、一つの筋肉を動かしたら次に行って、を繰り返しているに過ぎない。

そのようなことも重要ですよね。


あとは鍼灸師のお客様には、もうちょっとだけ無茶ぶりで菱形筋や広背筋の筋肉を
上中下の3つのパートに分割してそれぞれのパートごとに動きを作り出して、
その動きの違いを感じ取ろうと言うことも。。。 ^-^

なかなか、どうして、早々にその要領もつかんでおられる様子でした。


あとは、同様に足を動かすときに、
腕に対して広背筋の操作に似ているのが、足の大腰筋。
腕に対して菱形筋の操作に似ているのが、臀部の股関節周りの外旋六筋。

足のほうは腕と比べればずっと操作が感覚的にやっかいなものですが、
同様に他動的に動かして動きの正確な流れを把握していただきました。

足のほうはなかなかできているかどうかが不安になるところですが、
まずは大体の筋の起始と終点と機能の方を把握しておいて、
それに即した動きをイメージしてやっていくことで、
およその正解に近いところがでてくるのかもしれないです。
ただ、、、脚部の外旋六筋の操作が、、、かなり難しい。 ^-^;

相当な運動操作性を誇る方々でもない限りは、
ピンとくる人はいないと思いますので、
ここは感覚先行型で動きを作り出すよりも、
イメージでどうなるのかを分析的にみていく。

まぁ、、、他動的に私が代わりに外旋六筋のひとつの筋肉の梨状筋はこのように縮むという流れを、
やってみてということをさせていただけるのであれば、
感覚的にも動きの正解が感じ取りやすいものであるのだが、
自分一人で操作をしていくと難しくなるのだろう。

そしてここまで実際にこのようなトレーニングをしていただくと、
今まではそれほど菱形筋に意識が行かなかったり広背筋の縮む方向をピンと着ていなかったりしたのが、
正確になっていく。
それだけでも背中全体の神経がいつもと比べて幾倍もの量、活発に働こうとしていっていることに気づく。

また外旋六筋の一本ずつの動きを細分化して股関節の動きをイメージしていくことで、
いつもより股関節が深く入り込み出しますし、
大腰筋の鼠径部で引っかかっている仕組みを把握しつつ動きを意識していけば、
大腰筋の操作が腸骨ごと上方に脚部の骨を持ち上げる結果となることにも気づくだろう。


なかなかやってみるとおもしろい成果を感じられるでしょう。

文章だけでは、どのような操作をしているのかがわかりづらいと思いますので、
施術にお通いいただいてるお客様で興味がある方がおられれば、
「他動的に動かされるって、どんな感じのものなんですか?」とおたずねください。
やってみるとちょっと数十分それだけでかかりますが、
意義深い体験となるかもしれません。 ^-^
posted by スズキ at 03:54| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月11日

促通反復療法って、多くの方の身体操作の熟練性をあげるために役立つと感じました!

もともと協調的な身体の連動が苦手な運動音痴だった私のようなものには、
身体の操縦術として新たな視点を拡張することが大切ですし、価値がある。

研究課題のひとつとして

フェルデンクライス・メソッドの、
手を使った動きの指示誘導をして合理的な動き方を身につけさせる機能的統合。

これは実際にフェルデンクライス・メソッドの先生にお願いするのが一番いい。
体験から入ると、腑に落ちる点が多く得るものも大きい。
補助的に知識を得たいのならばYouTubeなどで、
海外の方が多くの映像がアップされています。
関心がある方はご覧いただければと思います。
また洋書ですがテキストもあります。

そちらを私はここ半年、メインで見続けてきたんです。

その延長線上としての考えで、
片麻痺の方のために心強い促通法という身体訓練の方法の本。
こちらに添付してあるDVDを繰り返し視聴しています。


片麻痺回復のための運動療法 第3版 促通反復療法「川平法」の理論と実際

今は、いつもするように映像を流し見をしていて、
毎回ごとに、1つ2つと気づいた点や感じた点を、
こころに留めておくという作業をしているところ。

促通反復療法とは、
麻痺をしている患部を含んだ動きを促進させる方法。
術者が患者の麻痺を起こした部位の動きを作り出す。
そのときには協調運動から丁寧に創り上げていって、
末端部分だけの操作に終始しがちな手抜かりのあるよくない操作法から脱却した動きの方法を伝えている。

意識を向けるべき方向へ声掛けをして動作を助けたり、
患者様の体をタップして動作を促したり、
患者の筋を伸長させて動きを促す伸張反射を活かすのも秀逸で
歩行時には転倒の危険を回避するようサポートしながら安心できる動作を促したり。

そうすることで脳に動作全体の運動へ注意を向けさせて、
繰り返しこれを反復し続ければ良好な動きの操作が身につく。

ただそれは片麻痺以外の方が、この方法で動き方を学ばれても、
動き方の質が向上することで、省エネで無理やムダのない身体機能の合理的活動ができるようになるだろう。

そのようなものだと言える側面もあると見て取れたところも収穫だった。
学ぶところの多い臨床家のノウハウといえるところも散見することができ勉強になりました。


また・・・やはりテキストだけでは学べないなぁと痛感するところです。
DVDの映像は促通法の操作の感じやタイミングを観て学ぶには必要だ。


またより関心がある方は下記のサイトをごらんいただければと思います。
川平先端リハラボ: 促通反復療法研究所
http://kawahira.org/
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2017年05月18日

「仙骨・尾骨は歩くときには回転軸に関係する感じですね」をもっと咀嚼してみてください



歩き方をお伝えするとき。
仙骨と恥骨へ手をそれぞれ添えてもらい、
骨盤を前後に挟み込んだ手で
骨盤を回転させて歩いてもらうことがあります。

これはすでに臀部や腰部や腹部、そして脚部が中層から深層上部まで解けてきた方の場合ですが、
実際に理想的な身体操作から骨盤内のボール状にイメージした下丹田を回転させると、
歩幅は広がり太ももの前側の筋肉に力を入れずに一歩ずつ前進できることに気づくでしょう。

(※ 仙骨周りに癒着があったり仙腸関節の可動が悪ければ、この感覚を味わうのは難しい。)


慣れないうちは違和感を感じるかもしれません。
ですが大腰筋等のコアの筋肉を活かす者たちは、
匠にこの体幹の操作から足の運びをかなえます。

利き足が過剰に使われてしまうことにより、
片側の大腿直筋が育ちすぎていたり、
脚部の左右の筋肉の太さ自体違ってしまったりしたとき。

そのときは、特に丁寧に骨盤の前後を手で挟んで骨盤を操作する感覚を味わうようにといいます。

これは地面に対して垂直に釣り合いを持って立つグラウンディングをするにおいても、
非常に重要な要素となります。

丁寧にこの骨盤操作による歩き方を練習していき、
脚部の筋硬化の左右差を実感してからそれを改善しようと感覚を鋭敏にして、
動きの回転軸を感じつつ力みを抜いていくようにしていただくことも大事です。


実際にこの動作をしていれば気づかれると思います。
尾骨が左右に一定の周期で振られる振り子感覚がつかめれば、
後ろから人に押していただいている感覚を得たり、
あたかも椅子にでも座りつつも歩を進めている感じを得たり。

不思議な感覚を味わえるようになります。

これは体の背面にあるパワフルなエンジンを積んだ筋肉群が働き出す場合に感じる状態で、
深層筋や背中側の筋肉などは伸筋に属するもので、
動かしていたとしても動かしている使用感がない。
どこかの第三者が自分に力を与えてくれるという、
そんな錯覚を覚えるでしょう。


それにこれにより拮抗筋上、無駄なブレーキをかけつつアクセルを踏んで前に歩くようなことを避けられ、
省エネモードの効率のいい歩行が可能となっていきます。


この実感をつかむには、
それぞれの腑に落ち方がずいぶん違っていて、
ごくあっさりと理解し実践して行く人もいますが、
それは多くはありません。

それぞれが相当な試行錯誤を繰り返して研究実践して行く過程で、
自分の内側でぽっかりと盲点になっていたところを発見していく。
そのような盲点は人それぞれ場所や意識や力みなど千差万別です。

ただ貴重なターニングポイントを自ら見つけ出すことができると。
いかにも「な〜んだ、こんなことだったんだ」と、
今まで説明をされていたことばに意味が付帯され、
目から鱗が落ちるた瞬間に動きの質が向上します。

そのような事を向かえられた方々は、
「動き方を変えるって、画期的じゃないですか!」
と、ぶっ飛んだほどの驚きで、
動き方を磨きをかけて変え続ければ、
人生は宝の山を得たのだという意味。

直感できるかもしれません。



ちょっと視点を変えて考えていけば。。。

施術は人から受ける必要があるものの、
体の動かし方は、自分ひとりで工夫して磨きをかけて変えられるものでもあります。

施術では他人に自分の車のハンドルを握ってもらい運転を代行してもらう感じです。
私の個人的な感じ方では、よっぽど優れた施術家の施術でも、
自分の運転する車のハンドルを安易に任せられないものです。

それはなぜかというと、
体の操作を磨くときには、自分が自分の車のハンドルを持ち操作することですから、
そのような操作可能な状態であれば、必ず運転技術に工夫を加えて、
さらにうまく操作可能な状態にする気持ちがあるからです。
そちらに価値を見出したとき、
身体の内部から活気づきます。

どのみち、他人がもしうまく施術をしてくれたとしても、
それ自体は、一月に一回だけ数時間ほど施術を受ける人ならば、
99%の時間は自分で体の負担を蓄積しないように工夫せねばなりません。

それは施術の戻りがあるといいますが、
多くは施術をする前の体の使い方のパターンを
体を現状の歪みを創りだすものとして身につけておられるからなのです。

実は、フェルデンクライス・メソッド的な動き方を熟知しておられる方が、
一端は体が硬くてうまく身体操作をするにも様々な動きづらさからうまくいかなかった動作ができだすと、
明らかに体の状態の戻りがあるという後退よりも、
体の状態が自然にさらに改善していくのです。

そのような方々を、私は12名ほど存じあげております。
各人の初期段階の身体状況にもよりますが、
結果的に一様に優れた改善と定着がなされ、
続々とより深部へと筋肉の癒着部位を解き進めることができます。


優れた合理的な動き方を変える修行をしている人は、
私の施術を受けていただくことを契機に、
体のコンディションが向上しやすい筆頭。

そんなこともございますが、
実際はそこまでの身体操作の予備知識をお持ちの方々は少数派です。

だから、
私としてはたとえば歩き方を分析的に読み、
どのように歩き方の練習をすればいいのか、
自分なりに考えて伝えさせていただきます。


ただ、それと同時にというか、
それ以上に、自分なりに、
たとえばマラソンをしていれば、
走る際の自分の気に入ったお手本を吟味して見つけ出し、
そこからどのようなところが自分に活かせるかなどを考えながら観察するのか。

そういった自分自身が独自に興味関心を抱いて、
動き方の他者観察をしたり、
それを自分のなかで活かしてみたり。

たとえ、現状の捉えられる運動の知恵や知識量が欠けていたとしても、
自分の脳で汗を流したものほど、新たな発見も多いし気づきが定着しやすいものです。

要領よく、他者の言葉や理論をハックするのも悪いことではありませんが、
多くは先駆者の完コピは不可能で抜けたところが多く、
結局は似て非なるものができあがることが多いのです。
先駆者の遺稿などは良いヒントにはなりますが、
丁寧過ぎる直伝であったとしても、
自らがそれを受け取るだけのレベルにまで成長できていなければ、
理解したまでには遠く至ることはないでしょう。

なので、、、
体の使い方の知識量を増やすよりも、
体を使っての体験量を増やしてみる。


ということで、
たとえば...
恥骨と仙骨を左右の手で挟んでみて、
手で動かすウォーキングの練習をして、
その体験から自分なりに感じたことを
動き方のパターンのメモリーバンクに書き込んでみてください。

仙骨・尾骨は歩くときには回転軸に関係する感じですね・・・という印象も、
受け取ることができるかもしれません。
ですが、それだけではなく、他にも様々なことを、
その動きの様子や、動きを改善させて磨きをかける試行錯誤のプロセスから、
多くの感覚的な体験や、さらなる進化への発見などもなさるかもしれません。


そんなことを、、、たとえば、私はフェルデンクライス・メソッドのような
身体をやさしく操作するボディワークメソッドで学んだわけですが、
その研究過程で理想的だなと思え夢がかなったとき、
「なに」がそこで起きたものなのかを言葉で述べてみる。

すると思い付きは一過性で忘却の彼方に去るのがほとんどでしょう。
ですがたとえば他人にどんなことを発見したか説明してみたり、
または自分で発見したものを文章化してメモしたり図示したり。
そうすることで血に肉にしていくこともできます。

そのように動き方のプロセスを再検証して、
もしもさらなる理想形があると発見すれば、
そちらへ意識を向けて膨らませることも大事ですね。


posted by スズキ at 05:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする