2019年12月27日

関節のすべりは氷上を滑る8倍もの、つるっと感があるんです。それの発揮が気血の停滞を改善する鍵ですよ!

関節がぎくしゃくと動きづらく思えて久しいならば。

関節って、こんな程度の作動なんだろうと信じてしまいますよね。

アイススケートで氷上を滑るときも滑りやすいが、
股関節や肩関節、それに他の大部分の関節は、
氷上のすべりの8倍もの滑りやすさなのです。


つるんとしていて摩擦熱を発することもなく、
動き続けられるようにできているのですから。

人体はよくできたものです。


ですが関節を挟んだ靭帯や腱や筋肉が緊張し続けたり、ときには骨化したならば、
関節の本来のつるんとしたすべりの良さが発揮できなくなって、
ときには痛み等の不快感を覚えますし、関節の可動域が制限されることにもなる。


絶妙な動きをする股関節が不調で左右どちらか一方でも動きの制限が存在すれば、
その影響は体全身の関節に及びます。
氷上を滑る8倍もの滑らかさで動く他の全身の関節作動を狂わせてしまうのです。

その状態が半年も続くと、あたかも関節が滑らかにつるんと滑るものだと信じられなくなってくるです。

そして頭のイメージで、関節とはこのような動きづらさがあって当然だと思い始めると、
その状態から抜け出ることができなくなっていくのです。


ただ、、、そのような状態のお客様が、
自らの感性豊かで慎重な自主エクササイズに取り組んで、
見事に復活を遂げつつあるという方もおられます。


その氷上を滑る8倍ものすべりを感じられるポイントは、
骨同士がかみ合ってすべりがよくすべる方向に動かすことです。

動き方がぎこちない動きをする人は、
体の体幹の骨から徐々に末端の骨を、
関節がかみ合ってすべることができない方向に動かしています。

それを無自覚的にしているのです。

関節の動きを探る.png

そしてそれがもっとも股関節や膝関節、肘関節や肩関節、その他の関節周囲を通る血液やリンパ液の流れを阻害する。
中医学的に言えば、気の流れもそれにより停滞することとなります。


たとえば腕の動きの関連が関節の動きをかみ合わないまま動かそうとする不都合な動きとなるならば、、、
それで肩が痛んだり、三角筋が痛んだり、肘にしこりができたり、等々がおこるのです。

たとえば脚の動きの関連が関節の動きをかみ合わないまま動かそうとする不都合な動きとなるならば、、、
それで股関節が痛んだり、大腿直筋が張ったり、膝に痛みがでたり、等々がおこるのです。

その場合は、過剰に動かさなくても、ある動きをしたり、あるポジションに移すと、痛みが起きます。

私にはそのときの発痛は、
体の内側にドクターがいて
「関節をダメにしてしまう危険な動きを強いているから、痛みを出したり動けなくして、リスクを回避するような処置をとって置いた」
と言っているように聞こえます。


決して無意味な痛みを感じさせてはいないのです。


もし関節がスムースに動けない方向に無理して動き続ければ、
関節部位の軟骨はすり減り当たりだしてしまうでしょう。
そうなれば一つの関節が激痛を感じただけで全身に電流が流れます。
健康的な生活は送れなくなるため外科的な手術が宣告されるようになります。
そこまで進行する過程で、その周囲にある靭帯や腱が強烈な痛みで問題を伝えようとしてくれます。
警告ですね。


そしてその警告的な痛みも尋常じゃない苦痛ですから、
そこから抜け出すことは容易ではないことです。

そのことがどれほど困難なものか。

本当に日々努力を重ねられて進化をして壁を突き破る人だと感心しています。

その努力の中に、
ボディワイズで長年かけて深部に入り込んだ固まって動かなくなった筋膜の癒着や軟骨などからの骨化、
その他の骨格をうまく再構成させて安定できる状態へと書き換えるお手伝いはしました。

ですがそれ以外にご本人が、めちゃんこ真剣そのもので、時間も労力も熱意も傾けて、
研究的に自身の体に磨きをかけておりました。
私も感心するところです。

そのお客様の動きの探索のしかたが、
筋肉を動かすという基礎的な探求から、
骨を把握して関節の動きやすい方向を探り動かす次のステップへ進まれていて。

その成果がかなりでてきていて、
状態が安定してきたようにお見受けしています。

お客様のお体がかなりつらかったときのことが、
徐々に脳裏からは思い出せなくなっているのではないでしょうか。
お客様自身にしかわかりえませんが、
ほんとうに痛みがしばしばでてきてつらい思いを重ねてきたはず。
繊細な身体操作の改善と固めた鎧を脱ぎ捨てることが、
うまく重なると、


そしてお客様からご報告をいただくことがあり、それを楽しみにしております。

長年かけてため込んだ体の奥に入り込んだ影響は容易には取り除くことはできません。
一進一退で徐々に上向くというのが通常です。
本格的な改善は決して甘いものじゃない。


ですが、自身の動き方の改善は、
自分の内側で起こしていた体を痛めてしまう謎を解き明かしておられました。
だからそこに戻る必要がないことを知り、
いままでとは違った神様が仕組んだ通りの氷上を滑る8倍ものすべる関節を手に入れだしています。



私、実は、左腕の三角筋と上腕二頭筋が厳しい痛みがでることがときおりあって。
それは施術でお客様のリリースをするときにでた邪気当たりもあるのですが、
私も一から腕の関節のすべりを取り戻せるような動きを探っていこうと思います。

お客様に心構えを教わったような気がいたしております。

感謝!



posted by スズキ at 12:17| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月03日

大腰筋上部が硬い人で散見するケース 「つま先立ち」と「かかと押し」




つま先重心.jpg


■ かかと側に重心を置いて立ったとき。。。


ひとまず「かかと方面(足部の後ろ側)に重心を置く」とよいでしょう。

上図の右側がそのイメージです。

かかとでしっかり地面を押せているときは。。。
・アキレス腱を縮めずに伸長させる感覚です
・膝裏が延びて緊張していない状態です
・背中側の抗重力筋を伸長させる姿勢で脊椎がのびやかになります
・体幹に関する関節の詰まりが軽減されて上方へ伸びあがります


たとえば、バレエをなさっておられる方もトゥーシューズのなかの操作では、
かかとが持ち上がっている状態であっても「かかとをもっと踏み込むこと」ができる特殊な考慮された構造なのです。
なのでバレエシューズよりも、履き方がわかるときれいにダンスできるようになっているわけです。

楽にこの姿勢で立てるようになれば、
本当の足裏へ抜けさせる重心の位置を、
自然なところを感じて移行させてください。





でも、癖でどうしても「つま先重心」になりやすい傾向がある方のとき。
それをイメージしたのが上図では左側です


■ つま先重心で立つときには。。。

・骨盤が前傾します
・呼吸が浅くなります
・前脛骨筋が硬くなります
・足裏にたこができやすくなります


ケースバイケースではありますが、臨床上多く見られることでは、
つま先重心をしている側が右側であれば、右大腰筋上部が硬化委縮が強くなっています。
その影響で横隔膜の上下動が制限されることもあり、腹式呼吸が抑制され肩を持ち上げて胸式呼吸に頼りやすいのです。
そのため肩が持ち上がり気味になっているようです。

そしてチェックしやすいところでは、足裏を見てください。
足部を前方から見てアーチを作る中足靭帯という靭帯がなえ、
下図の部分にタコができやすくなります。
つま先重心2.jpg

この部分にタコができてしまえば、すねの筋肉の「前脛骨筋硬化」が進みます。
前脛骨筋が硬化すれば足首が自在に動かせなくなり、
動かしたつもりが動いていないという結果からつまづきやすくなります。

この時点で、骨盤の大きな骨の腸骨は前傾しています。
骨格上のゆがみが身長を低く見せるようにしてしまうようです。

posted by スズキ at 09:31| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月27日

姿勢の整うスポーツに、高跳び選手もいたんですね!!!

YouTubeのお勧め部分を見ていたら、つぎの映像が。


https://youtu.be/sNDoa_mjJ_4
優勝 小池芽生 / 2016関東高校陸上 北関東女子 走高跳決勝 Women's High Jump


インパクトある跳ぶスタート前の構え方です。

不思議な構えだ、、、。
これは、いったい?!



しばらく、このページに付いた高跳びインターハイ出場選手たちの関連映像を観ると、
圧倒的に脊椎がいい感じですらっと伸び、見ていてすがすがしい選手が多数いました。


いままで高跳び選手のことは考えてみたこともなく、
すばらしき身体上のポテンシャルを秘めた人たちとして、まったく、盲点でした。。。



高跳び選手のような、
自分の身長より高いバーを跳ぶほどの上へと跳びあがるイメージ。

その場合の自分の目線を置く高さについて、
自分の目の高さよりも高い位置に置くこと。

そのようにバーを見つめる視線には、
頚椎を正す力があるのでしょう。



微小な上向き目線で視野拡張.jpg

目線を微小な角度で上向きにします。
青い矢印ラインが目線です。
この位置に目線を置くなら、
ピンクの矢印のような上下の高さへ視野が拡張できます。

すると首が伸長していき視野角度が拡張していくのです!!

余談ですが、
私個人は目線の高さを第三の目と呼ばれる眉間に置いて、
あたかもここに目があるかのようにイメージして潜望鏡から覗いて情報をキャッチする感じ。
このモードに入ると体の全体、特に頭が軽くなる感覚へ。
足すことの口角と頬の筋肉を数ミリ引き上げていきます。

自由に生きるためには大切な身体設定のひとつです。




posted by スズキ at 04:17| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月25日

ムビラ奏者の演奏の感動と「手の内」にすばらしいと感動!

施術のことでは直接ありません。
間接的に関係があるかも知れません。


昨日は鎌倉にて、



https://youtu.be/AaY1LV12I1c
【ムビラ】シンボッティ・ジャパンツアー2019【ライブ】

を聴きにいきました。

私の信頼するフェルデンクライス・メソッドの先生より、
「いま、シンボッティというムビラ奏者のライブを聴いて感動し、興奮のなかでメールしてます!」
というメールをいただきました。
感性豊かな先生です。

フェルデンクライス・メソッドとは。
身体の動かし方を無理なく合理的に、かつ洗練されたものへと導くメソッドです。
私は、こちらの先生のところへフェルデンクライス・メソッドのATMというセッションを受けに、
亀有のほうへ足を運ばせていただいたことがあります。

その先生が、
「僕の直感だが、鈴木さんの施術再会の際に、すばらしいアイデアがでてくると感じました。
鎌倉でもライブやるのでどうですか?」とメールで知らせていただきました。

私は、「 ジンバブエから来たシンボッティさんて、誰?」「 ムビラって、なに? 」
という疑問が普段だったら雪崩のように思い浮かぶでしょう。
ですがまったくそのようなこともなく、即、「いきます!」。



音楽につきましては、CDを2枚ほど会場で買って帰りましたので、
施術が始まりましたら、お聞きいただくこともあるかと思います。

激しい音のなる力強さが際立つにもかかわらず、
感情的にというよりも、感覚的にというよりも、
しずかな瞑想のうちに音を一音ずつ大切に響かせて連ねています。

ただ癖で、シンボッティさんの演奏しているときの姿勢を、
つぶさに観察してました。

腕の位置と操作は、
胸の前の開きを大切にした位置のキープによっているのかと感じました。
そういえば、二胡奏者ウェイウェイ・ウーさんのライブをみたときにも、
激しく感情が高鳴るようなシーンであったにもかかわらず、
腹のなかが肥沃で安定した大地として力を生み出し続ける。
私はものすごい演奏を聴いたという感動もありましたが、
二胡奏者ウェイウェイ・ウーの身体操作術の並ではなさに、
びっくりでした。
おじい様から中国武術の手ほどきがあったのでしょうか。
それは推測にすぎませんが、、、そう、あってほしいと。。。


演奏中は心拍数が上がるかもしれませんが、
脳波の波形はクールという表現は適切ではありませんが、
鎮まりかえって粗野や粗雑さが掻き消えて繊細になります。

そのような不可思議な安定感が抜群でミスのない熟練さを、
シンボッティさんからも感じました。


シンボッティさんの演奏なさる曲の背景も深い祈りを感じますが、
同時にこのような方の演奏を耳に聞くに及んで、
聴いたものの身体が共鳴することもおこります。


だったらシンボッティさんのCDをBGMにしての、施術で。
なにか、すばらしいアドバンテージがあればと、期待します。
施術をお受けいただくお客様に幸多かれという願いに通じていますから。
 ^-^




思い切って帰り際、
シンボッティさんの両手を見せていただけるようお願いしました。

・・・みごとな、まじりっけない日本語で「手を見せてくださいませんか」・・・ ^-^;

日本語のわからないシンボッティさんでしたが、
怪訝がらないで、笑顔で手を見せてくれました。



生命線もしっかり。^-^
すなおないい手のひらをなさっておられました。

それだけではなく「手の内」がしっかり作られていました。

私は感情表現が外に出にくいタイプで、
こころの内側の声を聴いてもらえれば「おぉー、すばらしいじゃないですか!」と狂喜乱舞。
でも、それが外見上でていないので、
変わったやつだという浅い印象を与えるにとどまりました。
特に、相手が英語しかわからないとなると、余計に無口で引きつった笑顔になりますもので。



CDを買わせていただいてシンボッティさんにサインをお願いして、
握手をしていただいたとき。
まさに、そのシンボッティさんの握手は、
どこぞの政治家の握手ではなく、
手を添えるだけに近い握手です。

<握る>という操作ですが、
意外なほど、これが曲者でして。。。
それを意図的か無意識かはわかりませんが、
達者な身体操作をなさる人の中には、
軽く相手やものに触れて、
手先のセンサーの機能をだめにせずに中身を察知するという人がいます。
合気道の熟練した方は、赤ちゃんのようなソフトで感知性に富んだ手で、
相手を感じてリアルタイムに情報を収穫して、即応することができます。

非常に、生命観あふれたいい、手です。





ただ、ひとつだけ疑問があったのです。

「大変な男嫌いで、女性にだけは、
 しっかりと握りこんだ握手をするのか?」

ときどき、これはあることなので。^-^;


そんなこともないだろうと感じ、
だったら、握らない手の操作をなさられる、
手の内が作られている人なのではないかと。


すると、やっぱり男嫌いで握手の手を抜いたわけではないとわかりました。 ^-^


シンボッティさんが、ジンバブエで特別な身体操作をでき天才だったのか。
それとも他国に生まれ育った人は、ある程度、手の内の操作ができるのか。

おそらく私は後者が正解だと思いますが、
そのなかでも練習をつんで磨きをかけると傑出するのだろうと感じました。







日本人の私には、合気柔術の先生から手の内の作り方を、
初歩から順序だててお伺いできなければ、
一生、この手の内という興味深い身体操作のポイントは知らないまま、生きていったかもしれません。
そうだっただろうと思います。
それでは精密な繊細さと力強さを合わせた身体操作ができません。

ちょうどコツをつかむ、とかいった骨を活かして操作するときに、
「骨」と「腱の張り」を操作する感覚がないと手の筋肉に筋収縮がおこってしまいます。
それではいくら懸命に目測して動きや働きの計算をしてみたとしても、
手先で手掌の「握り」の動作が入った瞬間に
「腹の胆」と手先の末端がばらばらに分離してしまうものです。


私ごとで申し訳ありませんが、
このような状態では施術をしても、手先の感じ取りセンサーも鈍るし、
らせん状のスプリングの伸張をもって筋肉操作をかなえる感じもできなくなります。




外形上の形について、
鏡に映した型はきれにまとめるよう修正をすることはできます。

ただ丹田の内側でつくりだす操作は芳しいことにはなりません!
似て非なるものです。
でも仕組みがわからない限り、
何が非なるものかがわかりません。

ひとつ、重要な気づきをえると、
先に進んだ関連する疑問が思いつきます。

そこが飽きずに楽しくしていられるところで、
自分で自分の内側を愛し認めて富ませることにつながるのでしょう。



ただボディワークに関心を持って人の身体操作の良し悪しをみて生活をしていると、
この人、すごいぞ!と感じられる人にお会いすることができたとき。
ありそうでいて、めったにないことですが、
とても、うれしく感動します。






帰りは一緒の方向でバスや電車に乗ったフェルデンクライス・メソッドの先生に、
すばらしい演奏に誘ってくれた御礼をいいました。

posted by スズキ at 14:47| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月19日

腱や靭帯も、意図的に使えるようにトレーニングしましょう!

昨日、夜分に施術をする先生との会話で。

「フェイスブック等では、文章はほぼ読まれないよね」という内容の話をしていました。

確かに、そのようです。
当ブログのバックアップ用にはてなブログの無料版を使わせていただいてます。
http://bodywise.hatenablog.com/

そちらでは注目記事という内容を表示できる機能があるのですが、
気づけばそちらはすべて画像がある記事ばかりだった。


それでは、なんらかの絵を載せてみようと思います。




靭帯と腱と筋肉と.jpg


上図は人の脚部の解剖絵ですね。


軟部組織は、
・筋肉
・腱
・靭帯

の3つにわかれています。

筋肉・腱・靭帯は、それぞれが別々の機能を持ちます。
健康体とは、それぞれの機能が正常に分担され果たされている状態をいうのです。

そして往々にして、筋肉への意識は高いものの、
腱や靭帯については無関心というケースも多く、
筋や腱や靭帯の不具合が生じてしまうこともあるのです。

そのイメージの概要をみてまいりましょう!



まずは、注目して欲しいのが
外側広筋という赤色文字の「筋肉」。

脚部はほんとうに赤い色をした筋肉が多いですよね。
体の他所ではもっと靭帯部分が幅を利かせているのですが、
脚部は巨大な筋肉群が動くことで発熱して、
その熱を全身に回して内熱を増すというようになっていますから。
脚部が、全身のヒーターのような役割なので、筋肉のウエイトが大きいです。

この筋肉は、皆様ご存知のように、ミオシンとアクチンにより収縮ができる仕組みがあります。

たいていの筋肉は関節を挟んで骨と骨に付着しています。
そして筋肉の収縮機能により骨を動かして、
全身の動きが表現されるわけです。



ただこの筋肉はゴム弾性がありますから縮める操作のときはいいのですが、
筋収縮してその状態で固定したい場合もあるでしょう。
その際には、筋肉は伸び縮みして関節を挟んだ骨の固定が不安定でしょう。

つまり筋肉は動きを表現するのは得意ですが、
骨を一定の状態に固定しつづけるのには不向きなのです。



そんなときに大変便利なツールが人体には用意されています!



アキレス腱・腸脛靭帯というところは黒にて文字を書いております。
赤色というより、ちょっと白色に近い色合いに見えるところですね。


この部分、それは筋肉のようなゴムの伸び縮みのような弾性があまりないんです。

靭帯部分は少しだけは伸びたりもするが、
腱はほとんど伸びませんね。

長さが一定に保たれているよう設計されたツールですから、
筋肉の操作で関節の開き具合を決めて、
靭帯や腱で骨組みの固定ができます。

腱などは骨に収められる溝があるのです。
手や足の骨をみるとただの丸い円筒ではないのがわかります。
ちょっとしたくぼみが作られていて、そのくぼんだ溝に腱を収めれば効果的に腱と骨膜が密着できる仕組みです。
その溝にきっちり収めてぴったり密着させると固定してくれるのです。

たとえば、腕を直角に曲げた状態に筋操作で移動させて、
その後にその状態で固定させておく必要があるならば肘の周りの腱や靭帯で骨の位置を固定させるのです。



筋肉を動かすという動的な作用では多くのエネルギーを消費するのですが、
腱や靭帯が骨組みの固定をするのにはエネルギーロスがあまりありません。



特に腱が骨に密着する性質を考察していけば、
マジックテープをイメージしていただくとわかりやすいかと思います。
マジックテープは、2枚のテープが接触面が合わさればひっつきます。
それで固定ですね。
そしてザクザクザクッとそのテープをはがして固定を解くこともできるのです。
はがしてみて貼り付けるための長さを修正してから、再度貼り付けたりします。


マジックテープイメージ.jpg


そのようなマジックテープと同じ操作を、
腱と骨膜の接触面で行われているのです。
その繰り返しが姿勢を操作するということですね。


ただ問題点があります。
靭帯や腱の操作で骨組みを固定させられるということは、
本来はそのような操作を自然体でできるように作られているのですが、
多くの方々が筋肉の操作方法については関心があるものの、
靭帯や腱の操作方法についてはあまり関心がないか知られていないのです。。。

そうなると本来は腱や靭帯で骨格を固定すれば楽なのだが、
固定設定を筋肉で行おうとするような代用操作をしてしまいます。
これでは本家の機能性の1/10もパフォーマンスがでないばかりか、
確実に筋肉に強いられている過剰労働がもとで筋肉が悲鳴をあげだします。

そしてそれは慢性的なコリを生み出す結果の大元なのですが、
あまりそのことには言明されることはないような気がいたしますがいかがでしょう?


筋肉操作以外の腱や靭帯にも操作意識を持つ。

この腱や靭帯の使い方の巧さは、バレエダンサーたちの演者も武道家も、
優れた使い手の方々は特によくその使い方を知っています。
筋操作同様かそれ以上に腱や靭帯の使い方を研究しています。



筋の操作と腱・靭帯の操作を機能的によく分化して心得ておられ、
別けて筋肉による骨の動き操作と腱・靭帯による骨の固定操作が使い分けできているのです。
すると常人じゃない動きやパフォーマンスも、それほど難しくもなくできるようになります。

そしてそれは同時に健康体を維持することと、加齢しても動ける体を持つ秘訣にもなります。



ただこのような腱・靭帯の操作って?
ということで、私もまったくそこで苦しんでいて研究を続けている訳ですが、、、、。

大腿骨イメージ.jpg

上記で申しましたように腱には骨に収まるべき溝があるのです。


ただ正常に腱が溝にハマれないような状態に陥っている人もいるのです。

それはボタンをはめるときにかけちがえた状態ではめてしまい、
かけ間違えた状態で外さずにずっといる感じと言えばイメージがつかめるでしょうか。
そうなっている本人には皮膚の下にある見えない世界ですから、
違和感は痛みや負担などから感じられても、
そのようなかけちがえたままで過ごしていることに気づく人はほとんどおられません。
それは腱が骨膜にずれた場所で癒着が起こって動けなくなっているということですね。


すると理想的な状態へ姿勢の固定がしづらくなります。
それをカバーするために筋肉を硬化萎縮させることで骨組みの固定をすることになる。

腱と骨膜をマジックテープのようにして固定するなら固定のエネルギーロスはありません。

それに対し、筋肉による骨の固定の維持は、不安定に伸び縮みして安定性がありませんし、
持続的な筋緊張という過労を強いることになるのです。

筋肉は、収縮させるにはエネルギーを消費させることになりますし、
収縮させたままの固定をすれば、血流を滞らせる原因となるのです。

それが大きな体を支える部位であれば、
常に特定部に痛みがでたり、
ある姿勢をとると痛みが走ったり、
なにもせずとも疲れやすかったり。

姿勢維持が苦痛に感じられはじめることになるでしょう。



では、こういった状態は、休めば緩んで元通りになるのでしょうか?



急性であれば休めば緩む可能性もあります。
ただ残念ながら、
休んでもこの骨膜と腱のずれた癒着部は解かれずに、
ずっとそのままを維持してしまうことが多いようです。


そのような場合には、
腱を本来収めるべきところへ収められるように特別な操作をする必要が出てきます。

私の施術を長野方面から受けに来ていただいている先生は、
腱引きという療法を学ばれており、
そのような調整手技に長けておられます。

私も実は深層筋膜を緩めるという言葉の意味には、
この腱と骨膜のかけちがえられたボタンを外して正すイメージで施術の仕事を組んでいます。

筋膜の表層部分を刺激するだけでは、
このボタンのかけちがえられた状態を実質的になかなか修正できないんですね。

かけちがえて腱の表面と骨膜を癒着させるには、
そうなった当時、そうしたほうが有利だったという条件が整えられており、
そのときの情報が体の中には生き続けているのです。
かけちがえをしていておかしいんだよと気づいて、
その状態から脱するような本来持つ体の生理的構造へと帰着させるほどに
自分の体の状態の記憶を取り戻して元返しできれば。。。

それで奇跡のように、するするっと。
生理的な機能できる理想状態へ戻っているということも見たことはある。

ですが深い自身の現状把握をかなえて理想的な気の流れを内側に起こすなど、
様々な感覚器官が間違った癖付されたところから抜け出してピュアになれれば。
稀にですが大改革が体の内側でおこることもあるようです。


そのような大きなリセットボタンを押すか、
少しずつ小刻みに間違った部分を削り取って確実に変えるか。

ちなみに、腱だったり靭帯だったりが周囲の組織と癒着したり、
骨の溝に収まらなくなったりするところを収めると、、、
不思議な痛みの減少や消失が起こるのです。。。。

しびれやある方向に関節を向けるとテテテッという痛みとか、
腱などがずれたらよくおこるパターンですね。
腱には多くの痛覚神経が仕込まれています。

腱の骨に収まるべきところに収まらないというずれの修正は、
うまく進めば体験上、劇的な変化を感じます。



だから私が施術をするときに、
筋骨格系のトラブルでどちらかの痛みや不快感があるとの訴えがあるときは、
下部腰部の張りであれば腸骨の上部分に大幅に白い靭帯や腱をあらわす固定機能層が癒着していることが多いので。
定量ずつそこをリリースしていくんです。
(一気にリリースしすぎると、ギックリ腰や頚椎等に痛みが出ます。
癒着させて重力により傾斜し崩れた状態を固定ていたわけです。
それをいきなり支えていたつっかえ棒をすっぱ抜かれる形になると、
腰の胴回りの自前のコルセット筋を強烈に締め上げ緊張させて支えるしかなくなるので。
それがギックリ腰等に移行するのです。
通常は2割矯正を繰り返して、身体に大きすぎる変化の負担を感じさせずに改善を積むのが正解だと思います)


腱や靭帯は緩めてもとの位置にお返しすることができないと、またすぐもどるんですね。

病邪が裏に入るという深層にまで問題が進行している場合は、
やはり腱や靭帯のかけ違いを秘めている方が多くおられます。



ちなみに骨膜と腱という接点は、深層部にある最たるものです。

で、私が深層筋をリリースしようと言い続けているのも、ここを視野にいれているのです。


そして腱や靭帯のずらされた状態が癖になって収まりが悪いところを修正する。
理想的な動きを指導しても、ちょっとずつ、やりやすくなっていただけるように。





使い慣れていない部位概念ですから意識が入りづらいけど、
器官として運動器系の一部として腱も靭帯も解剖学的に存在しています。


腱や靭帯も、意図的に使えるようにトレーニングしましょう!


posted by スズキ at 12:26| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月02日

思いがけず小手先の操作の講習

一昨日前のこと。

遠方よりお越しいただいて、
母の弔問をしていただいたお客様と、母との思い出を話し合いました。

弔問しにきていただいた方が、
私の知り合いで母とも面識があったので気さくに話ができたのです。

そして最近、アレクサンダーテクニーク関係のエクササイズを習い始めたとのこと。
それから話が、身体操作について私がブログで書いていた合気柔術の手の使い方について解説と実演に飛躍。。。



教えさせていただいたものは、
小手先の使い方という比較的シンプルな操作です。


尺骨を体幹の方へ引き、小指側に引っ張られ、
橈骨を体幹から押し出し、親指を押し出す感じ。
すると手先は以下の図のような位置となります。
手の操作の過程1.jpg

そうして尺骨と橈骨が開いた状態となり、その位置に固定したまま、
手首から先をジャムのビンの回して開ける蓋を操作するようにして、
元通りの位置へと手首を戻します。

この部分に直伝かどうかのテクニックが必要な部分がでてくるのですが。
直伝で手順を踏んでやってもらえれば、教えるのも難しいものではないのです。


このような手の操作をしてみると、
ひとりでに手先と肩甲骨の動きが同期し出します。

それはもう、パワフルなパワーがなにげなーく出せてしまうのです。

手先の移動を背中全体の抗重力筋を使って力を出せるような仕組みを身体のなかで作り出せたわけで、
日頃、非力な方でも、「おぉお!」と驚くような力が出せてしまう。
手先が体幹という身体の大木の幹にしっかりと関連付けされてつながる経験。



やってみられると、これは面白いものです。



この体幹と小手先をつなげることができたとき、
はじめて指が自由自在に、そして柔軟に動いて、
すばらしい表現を発揮できるようになるのです。
とりもなおさず指先の超精密なセンサーは、
このような条件を作り出したときに働き出します。


私にはそれが施術場でのパフォーマンスに活かされるわけですね。


私はこの操作法を、介護中に母の施術中にやり方を工夫してきました。
その過程で、徐々に私の体が、新たな動きのパターンを習得してくれたようです。
そうして要点が自然に体得できると、人におつたえするときに楽になるんですね。



そんな実感を持つことができました。





また先日、たまたま予約順番待ち希望というご連絡を頂き、
現在は申し訳ありませんが予約順番待ちを受け付けておりませんとお伝えさせていただいた方の、
施術に対してのご希望に次のようなことをお書きいただいておりました。

ボディワイズに期待すること・要望・質問:姿勢や身体の使い方についてアドバイスをいただきたいです。
宜しくお願いいたします。



姿勢や身体の使い方のベースに置いてもいいと言えるのが、
上述させていただいたような身体の末端操作が安定してくるようにすると、
パフォーマンスが容易にあがるという小手先の操作の基本修練でしょうか。

逆に言えば、手先は身体の末端に行くほど体幹から離れてしまいます。
手首関節、肘関節、肩関節などのような多関節を別々に動かすプロセスをとるため、
それらの多関節をひとまとめにまとめて扱えるようにする仕組みが必要となるのです。

単関節のシンプルな使い方とは違った次元の複雑さが表現できる反面、
使い方が難しくもあるのです。
それをどうやって捌くのかということですね。



その秘密的なところがわかっておらないと、
体的に酷使なさるような仕事等をなさっておられればしんどくなるもののような気がいたします。
逆に、その仕組みが分かってしまうと、
タフさが増して行くんですよね。


あとは手先とは、いい加減にでもこちょこちょ器用に使えてしまえる反面、
そのいい加減な操作では無駄な動きがでて手首の根の関節のハマリが浅くなったり、
指の腱で動かす本来の肘から伸びた指の筋を余すことなく使うこともできませんし。
そうして非力な手先の筋で、そろーりと動かして力みを持った指を守るため、
パワーの出力を極端に制限させてしまうというトラップが仕掛けられています。

その手先のパワーの出力を抑制して力みを持った力を出そうとすると、
その力みが自分の体に戻って作用して、手首を固めたり腱鞘炎を作り出したり。
いろいろと厄介なものです。


posted by スズキ at 08:28| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月30日

肋骨部分の上部肋骨を操作をしていくうちに気づくこと



肋骨というと、みなさまはどのような印象を持っておられるでしょうか?

ずいぶん大胆に呼吸と共に動くものだという視点で見ている方もいます。

まるでアコーディオンを伸ばしたり縮めたりするかのように、
蛇腹のような印象のある肋骨は巧みに動くことができます。


まさに、そのとおり!


その巧みな肋骨自体の操作を体得して行く過程で、
胴体部分の肋骨(胸骨含む)が体全身を動かすコントロールセンターになると申される方もいます。


まさに、そのとおり!!


そして、そして。
肋骨の操作が意図的にできるようになれると、
免疫力もあがるし、
呼吸も楽になるし。

いいことがたくさんありますよ。

肋骨部分の操作を呼吸にからめてイメージするというのは、、、?

というと横隔膜部分を思い起こす人もいるかもしれません。
それは下部前方肋骨の肋軟骨部分を引き上げたり下げたりという仕組みですね。

ただそれだけでは、免疫力も上がるという部分に対しての直接的な説明にはなりません。

最初に、ただし書をさせていただきますと。
首の筋肉が固くなりすぎていて斜角筋が肋骨の第一肋骨を持ち上げてしまっている方や、
体側部の脇部分の詰まりがある方は体現が難しいのです。
第一肋骨や第二肋骨が自由に動かせる状態であることが、
以下の下準備に必要になるのですね。
そのような状態である方は、のちのちの改善なさった際のための参考までにお耳をおかしください。 m__m





上部肋骨の、第一肋骨、第二肋骨、または第三肋骨も含めた箇所の肋骨部分を、
左右のアコーディオン状の肋骨部の体側を伸ばすことでジャッキアップさせる。

ちょうどそれはラジオ体操で、左右の体側を腕を上げてのびーるという感じの、
あの体操を左右の肋間筋部分を意図的に開くように心がけながらやるのです。

たとえば右側の体側を伸ばして上部の肋骨部が上に移動したとする。
するとその上方に移動した右側の肋骨上部はその位置に極力とどめ置いたまま、
こんどは左側の肋骨部分を伸びーっと伸ばして上に移動させるのです。

その操作を、3回ほど繰り返せば、徐々に第一肋骨・第二肋骨が立ってきます。

すると、、、
その位置に肋骨が設置させられると、

・赤ちゃんじゃないですが、すぐれて首が座り始めしっかりしてきます。
 胸隔膜が初めて水平になって、水平の台の上に首を垂直に乗せられるようになったためです。
 肋骨一番等の上部肋骨が不案内なところへ収まってしまうならば、
 常に首は傾斜した胸角膜という傾斜台の上で傾斜した不安定状態にあり、
 この状況では頚椎と項靭帯のみでは自立できません。
 首にしこりを作ってつっかえ棒として使うのが常です。


・腕力がいきなりしっかり出力できるようになっていきます。
 私自身、太極拳等の動きをしていてこの肋骨の位置を思いつき、
 やってみたらいきなり強い力を出すことが可能になって驚いたことがあります。
 施術をするときに私の力が浸透する、一般の方々のなさる力の発揮とは違うのは、
 他にも多くのノウハウがありますが、一部このような部位の操作も一役を担っています。
 

・体軸の中心が明瞭に感じ取りやすくなります。
 体が前後左右共に分明した状態で中心軸が感じ取りやすくなり安定した立方となります。
 そのようにしたときは、人からちょっとやそっとの力で押されても動じないだけの
 力強い立方となります。
 決して重心が上がって不安定になってしまうわけではないのです。
 やってみて、できてみて、実験してみればわかりますよ。


・そしていつもは口呼吸に近い呼吸をしているものが、ごくごく自然に鼻をつかった呼吸がおこりだします。
 いきなり肺と外気の隔たりが減ったかのような、息のではいりのしやすさを感じて驚く人もいるほどです。


・胸腺が活躍しやすくなることで、風邪やアレルギー症状が収まりやすくなるケースがございます。

 理由は胸骨柄と胸骨の間の関節が詰まると、
 「胸腺」という重要な免疫物質を貯めて送り出すための器官が萎縮して動きが弱まります。
 そうなると、免疫物質を必要な体の部位に届けることができなくて、
 アレルギー体質になってしまったり、
 風邪に負けやすくなってしまうのです。
 そのようになった状態から抜け出したら、胸腺が活躍し始めてくれて、
 免疫物質が体に適切に配られるようになって体が丈夫になるんですね。



ほか、肋骨には、詳細に見れば見るほど、面白い用法がたくさん見つけられるでしょう。

ぜひ、体の操作をこだわりをもっておられる方々。

たのしみながら、肋骨操作の巧みになってください! 




posted by スズキ at 12:29| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月07日

マサイ族の目力は、はんぱないすごさ! 「ミスターマリック VS マサイ族」の映像

先日、お客様との会話で。

私の、解説部分のみ抜粋。 ^-^


「マサイ族って、おられます。

 彼らは狩猟民族です。
 獲物を遠くから見つけます。
 それに自分が捕食動物のライオンやハイエナ等の餌食にならないように、
 狩をするような野生動物が多くいるところでは警戒をするものですよね。」


「だから彼らの目線は目の前のすぐそばのものにばかり配られるのではなく、
 遠方を眺めるような目線でいる。
 そのような周囲の情報を多く集められる者が、
 狩も成功をするから生活もできて飢え死にもしないですし、
 捕食動物に食べられてしまうこともなく生き残れるのです。」


「そして、私たちも、彼らと変わることはなんらありません。
 いまだに彼らのような遠方を眺めて情報を集められるような姿勢で頭部や首を配置したときに、
 肩こりも首こりも、そして腰痛も生じることがない脊椎全体の自然で伸びやかな状態になるのです。」


そういって、マサイ族の写真ではないのですが、
同様にアフリカの部族で身体能力発揮の著しいといわれる
ヌバ族のおじいちゃんが遠方を眺めているすばらしい写真を見てもらうのです。

このおじいちゃんの単なる横向きのバストショット写真が、
私はとても大好きなもので。



実は、頭部の配置について、
最初はデスクワークが主の方等多い姿勢構造パターンがあります、
顎が前に出てしまって胸の胸骨部分に「よいしょっ!」と頭の重さが乗っかって前に頭部が落ちている。
そして肩甲骨と肩甲骨の間辺りが後ろに出っ張って頭が前に落ちようとしている状態を支える構造です。

この状態は身体の骨格上はうまく骨を積み重ねられていない不安定なものでしかない。
決して「理想的な姿勢」とは言いがたいものだが、
それがいつしか首や胸や腰部の湾曲等の筋肉部分にしこりを多数こさえて支えられる構造体を作る。
するとそれらのしこり化した筋肉部分が骨の変わりに支えとなってくれる。
そのことを「機能的な姿勢」という言い方をするのです。

そしてこの機能的姿勢は、長い月日をかけて徐々に自分の首や背中や腹や脚部を硬くしていって、
主要な骨格筋にしこりを作ることとなる。
そしてそのしこり化は経年に比例して自分にとって自然なものとして疑いようがなくなっていく。

私たちは、その状態をなべの水にかえるを入れて、少しずつ暖めていくと、
そのかえるはやがてゆでがえってしまって、危機的状況に陥っても気づくことがないという、
「ゆでがえり」状態に人も陥るのだという。

そのような「ゆでがえった機能的姿勢をとるためのしこりが多数作られた状態」では、
そのおじいちゃんの頭部の状態に持っていってくださいといってもなかなかできるものではありません。
なぜかというと、その姿勢は、のどが詰まったりして息苦しくなってしまう不快な姿勢にしかならないのです。

するとこのおじいちゃんの首や頭部の姿勢にいたるまでの間に、
もうちょっと楽な中間位置となる姿勢をとるように勧めるわけです。

そしてその中間位置にあたる姿勢が難なく取れるようになると、
次に進んで、、、やがてはヌバ族のおじいちゃんの写真のような首の立て方をした状態に着地していただければと願って。


そうしないと、
お客様の身体状況次第では結果的にかえって遠回りになるので
徐々に平易なステップを駆け上るように伝えていきます。







少し話はそこからそれますが。
また、お客様に「マサイ族って、驚異的な身体能力を持っていて、それを理解できる、
        ミスターマリック VS マサイ族 の戦いっていうのがあるんです」

と話をしたことがありました。
なので、その該当する映像がユーチューブにありますので、貼り付けておきますね。
マサイの若者の目力には驚愕です!!!!

興味がある方は、ちょっと長い映像ですが、お時間があるときに参考までにご覧ください。


マリックVSマサイ
42:19


posted by スズキ at 03:23| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月27日

古武術による身体操作をつたえるたのしい映像

いまさらながらといわれそうですが、
一昨日前に、ユーチューブ映像をランダムに観ていて表示されたお勧め映像。

懐かしいなぁと、以前見た記憶をたよりに再視聴しました。
かなり昔の映像なので見たことがある人も多いかもしれません。


身体操作のノウハウは、
伸筋屈筋の操作にも長けておく必要があります。
意識の置き方にもポイントがあります。
その他、様々な要点が複雑に絡み合い、
学ぼうとしてもハードルが高く感じるときもあるでしょう。


ですがこの映像内の吉田秀和さんや爆笑問題さんが体験しているかのように遊びながら学び、
ミラクルさを体感して、そのシンプルな身体操作のチップを用いて業を再現して自分にもできた快感をあじわう。

吉田秀和さんが四つん這いで持ちあげられないぞとしているところを、
ちっちゃい甲野氏が持ち上げるシーンなども、たのしそう。

そのような体験学習の繰り返しが、
自身の動きの概念を書き換えるのには有効なんでしょうね。
実際に新たな身体機能の働きを目の当たりにする回数が増えるに従い、
脳は改めて質のいい動きを学び取る学習意欲をましていきます。



そういう学び方もあっていいんだろうなと思いながら、
楽しく見させていただきました。


少し眺めの27分間の映像です。


古武術家_甲野善紀_カラダ革命_aac



体操の苦手な私でも、
いくつになっても、
体にこびりついた動きの制限をそぎ落とし、
肉体面での自由と自信を増していくよう努めていきたい。

加齢が進むに連れて、
そのような気持ちを持つことは大事なことと思います。
現状に甘んじずに核心をついた自問自答をする。


合気柔術や古武術やフェルデンクライス・メソッド・・・その他多くの、
深い観察や試行錯誤の上に築き上げた本質に通じるものに接するとき。
今までに体験したことのない視点を持たせてくれ視野を広げてくれるでしょう。

身体操作のバイアス抵抗の多くは、
脳のなかの既成の常識といった思い込みによってうみだされます。

自身の常識とした身体操作は、井の中の蛙大海を知らず。。。

そんな言葉を自分に投げかけることもだいじなのでしょうか。
posted by スズキ at 14:33| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月23日

「下町でフェルデンクライス」のグループレッスンATMを受けてきました(一部訂正部分あり)

ご存知でしょうか?
フェルデンクライス・メソッド。

賢い身体操作法に気づくための導きをしてくれるボディワークです。

私達の身体操作の多くは、自ら気づかぬままに、
最も賢明な身体操作をしているとは言えないようです。

生まれてきたときは、身体操作のしかたは多くは白紙でした。
それが幼少時に、体の使い方の基礎を周りの大人の振る舞いをみたり、
自身でとりあえずやってみたりして学び取っていきます。
そうやって「自分にとっての体の使い方のやり方を獲得」してきました。

ただし周りの大人たちの身体操作があまり理合に合わぬもののようであれば、
他人から学ぶという真似て学習する方法はあまり気の利いた結果を生み出しません。

また本能的に身に備えられた野生型の脳からは、
地に足がついた理想的な動き方を獲得していたものの、
それがいつしか筋肉が量的に増えてきた過程で、
体のバランスを繊細に操作するよりも筋力を頼りにしてしまう。
利き手側や利き足側、またはオーバーユースとなった筋肉の筋硬化を生じさせていく。
いつしかぎこちない身体操作に陥ってしまいます。
骨格のバランス感覚を失い出すにつれて、
筋肉の連動連鎖した動きが起きなくなってしまうものです。

そんなこんなで、
自分の身体操作の自分なりの認知が完成していくのです。

するとどうなるのか。

気づけばいつの間にか体のそこかしこの筋弛緩の必要な状態でも力が抜けなくなった感覚が生まれていったり、
他方では筋肉を使わなすぎて廃用性萎縮が起きてしまうようになっていく。

そうなってしまうと、
たとえば、肩がこってしまったり、腰が痛くなったり、膝が問題が出たり。
体に不具合が生じてしまう結果が生み出されてしまうことにもなりかねません。

実際のところ、
そのような身体操作がぎこちなく作動したために起きた腰痛や肩こり首こりその他の筋骨格系疾患は、
いくら整体院等で患部を緩めていただくようなマッサージを受けても元通りの状態に戻りやすいのです。

そのようなことは避けて行きたいという強い意志を持って自分の体の操縦法を学びたいと思う者にとって、
フェルデンクライス・メソッドはとても優れた気づきを与えてくれる宝庫のようなセッションを提供してくれます。


個人的に、もっとも私が身体操作法として面白いなと感じたのは、
脳内のプログラミング講座のような「フェルデンクライス身体訓練法」という本の前半部分にあたる理論編でした。


フェルデンクライス身体訓練法

まぁ、私がこの本を手にしたときには、
ちょっとだけ、難解に思えてしまって。
約半年間以上は机の上に積読中でしたが。

読んでみて、脳に描かれた運動法の認知を改めて変わる可能性に惹かれました。
おもしろいなぁと実感した。

実際のエクササイズの方は、
たった一人でそれを成すのも難しく感じるエクササイズのように感じられて。。。
さらに1年以上は積読中になってしまいました。

私が好きすぎてという「センサリーアウエアネス」という愛読書があり、
それは自分の体との静かながらも明確なセンサーをフルに活性化させた禅の教えを通じた内容で、
同様な雰囲気をフェルデンクライス・メソッドからも感じ取れた。

そして後日知ったのですが、フェルデンクライス・メソッドを、
動く禅だと表するものもいるそうです。
ワタシ的には、深くそれに納得いたします。 ^-^


そういった興味を持っているものの、
実はフェルデンクライス・メソッドは、音声教材から学ぶところまでで止まっていて、
ATMと呼ばれるフェルデンクライスのグループレッスンの受講は、
記憶するところでは1〜2回受けたかどうかで縁遠い感じでした。


ただ、私の持っている身体操作の知識は体系化したところがなく、
ほぼほぼ私の脳内で散らばった状態でとらえどころがないときも。
お客さまにとって必要な身体操作への伝えたいことは、
長年かけて自分なりに、自分に対してならどう伝えれば伝わるか、
という視点で検討して、いろいろと歩き方や立ち方などの基本動作について見つめて積み立てていきましたが。

ですが、いつかはしっかりと。
体系化した身体操作の方法を学ぶ必要があると日頃から考えていたところでした。



そしてつい先日。
一年がかりで学んできたボウエンテクニックの講習会が終了したため、
施術系の講習会は、ここでいったんページを閉じてほかを詰め込みすぎずに熟成させる期間に入りました。

それでは日頃から身体操作について、
私の頭のなかの知識をリセットしてゼロベースに戻して、
身体操作の目的や仕組みについてなど再検証していきたいと思っていたところです。

それは体が十分に動ける今現在の自分の体の状態のときに、
十分な力を養成しておかなければならない。
これこそ、私自身が生きる、生き残るための具体的な、
優秀極まりない乗り物となるであろう。
そこは、ぜひ、欲しい。
必須アイテムですから!







そのようなことを密かに考えているおりに、

「下町でフェルデンクライス」
http://feldenshitamachi.blogspot.com/

さんとご縁が結ばれまして、
7月20日に、フェルデンクライスのATMを受けてきました。

^-^




亀有でフェルデンクライスの先生たちが集まり、
内容の濃いセッションをなさっておられました。

当日は、
メインでセッションをなさっておられる方は2名でしたが、
3名のフェルデンクライス・メソッドの先生が指導をなさっておられました。


前半のコントラバス奏者をなさっておられる女性のフェルデンクライスの先生のセッションでは、
不覚にも日頃の疲れがたたって、エクササイズ中に熟睡できました。。。
そのようなことも無理をさせないスピリットで許し認めてくれるのがATM。 ^-^;
たいへん、失礼いたしました。
とても歯切れよく、リズムよく聴きやすい声で、
細やかなATM参加者に対してのアドバイスがすばらしい。
さすが、音楽家!


後半の伝統的な宗教家をなさっておられる男性のフェルデンクライス先生のセッションでは、
いくつかのATMのCDや本などを見てきたが、
まったくもってお初の内容のセッションでした。
じつはフェルデンクライス・メソッド創始者のモーシェ・フェルデンクライスは1000以上ものATMの音源を残したそうだが、
現在はその音源が散逸して残っているのが550ほどであるといいます。
その資料はフェルデンクライス・メソッドの先生となると購入可能となるそうで、
その英語の音源を自腹で買って訳してくれてセッションをしてくれたという貴重な体験でした。
ありがとうございます!!



それにしても、
・・・えっ、550も、あるんだ!?

と、私はびっくり仰天の状態でした。



モーシェ・フェルデンクライスという身体操作の研究課題を追求心し続け、
すぐれた才能に満ちた人物を想像するのも、充実した思いがよぎってくる。

(大胆に部分的修正 2018年7月26日)

上記の私が書かせていただいた部分につきまして、
お世話になりましたフェルデンクライス・メソッドの先生から修正点のご指摘と、
さらなる良質なフェルデンクライス博士の仕事についての情報をいただきました。

A様、感謝いたしております!

教えていただきました文意をとらえて要点をお伝えしたほうがいいと思うのですが、
私同様にフェルデンクライス博士について深く興味関心を持っておられる方にとり
知りたくなるところもあるだろうと考えて、
お送りいただいた文章をほぼほぼそのままの形で掲載させていただきます。
m__m


【以下、青文字部分が引用文です】

鈴木 政春様

ありがとうございます。下町フェルデンクライスのレッスンについて書いていただいたこと、光栄でとても嬉しいです。

また私のブログのリンクもありがとうございます。

一つ私の説明が不足で、事実関係だけお伝えさせていただきますが、フェルデンクライス博士の遺したレッスンの全てが550だけというわけではなく、これはイスラエルで教えていた一つのシリーズついての事です。

まとめると、イスラエルの'アレクサンダーヤナイ通り'というところで、十数年間教え続けていましてフェルデンクライス博士自身が、録音していました。千以上のレッスンが教えられたそうですが、ただテープの上から新しいレッスンを重ね録音してしまった。家にたくさんそのまま積んであった、テープの保管状況。生徒がテープを借りて行って返していないとか、誰かが持って行ったりして失われた部分も多い。

というわけで、残った550のレッスンがテープ起こしされて、ヘブライ語でしたので、フェルデンクライス博士の死後、有名な弟子の内数人がこれを英訳してフェルデンクライスを教える人が使用可能な形で出版されたのでした。

まさにこれは相当貴重なものですよね。

ただ、フェルデンクライス博士が直接教えたもので残っているものはこれだけではなく、存命中に1970年代の三年間と80年代の二年間アメリカで教師養成コースを二回指導していまして。
最期に指導したコースは三年間中二年直接指導した後倒れて、弟子が引き継ぎ。
これらも音源と映像、テープ起しをされたものが手に入ります。

その他にもアメリカやヨーロッパでワークショップをしたものとか、いろいろ残っていますので、この前説明した550というのはその一部なのであります。

ただ、このアレクサンダーヤナイのシリーズは散逸して数が減ってしまっているとはいえ、内容が優れていて、量も圧倒的で、直接教えた記録そのままなので、臨場感もあり、フェルデンクライスの考え方を知る第一級の資料です。

私は徐々に読み解いている途中ですが、人にレッスンを教える時は、安易に簡易に改変したりせずに、出来るだけフェルデンクライス博士が教えたそのままを教える様につとめています。
もちろん、教える時にその資料を読むのではなく、レッスン内容を、この指示はどのような意図があるのかとか詳細に理解して、時に噛み砕いて教える必要があるので、先週来ていただいた時もそうですが、そのように準備して教えています。






ただフェルデンクライス・メソッドの良質なセッションを受けると、
体がゆるっとゆるみだします。

それにより一時的に体内の日頃に過酷な偏った体の使い方をしていた部分の奥の炎症部が、
ひょっこりと目を出すことがある。
ちょっとくらくらするとか、痛みがでてきたとか。
いくらかの好転反応とも呼べそうな状態となることもあります。

そのような場合も、必ず時間経過とともに治まってきますから。
安心してください。

対処としては、
たとえば横になれる環境ならば、
左側を下にして胎児のように丸まった状態でしばらく保持。
そうすると、比較的早く不快感も収まるようです。

ただ、私としてはお勧めとして、、、
できればそのような不具合を感じている自分自身について、
そのようなことなのだと正面から受け入れてみてください。
そうなさることで、改めて貴重な気づきが得られるでしょう。


そして最後に。

重ね重ね
「下町でフェルデンクライス(http://feldenshitamachi.blogspot.com/ )」のグループレッスンは、
勉強になりました。

身体操作や身体訓練法に興味がある方は、
ブログなどを覗いてみたらいいでしょう。 ^-^
posted by スズキ at 21:13| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月06日

座り方の良し悪し

椅子の座り方の2つのパターン

下図をご覧ください。

椅子の座り方の2パターン.jpg

左図が、お勧めの座り方です。
骨格フレームが強固な支える力を引き出すことができています。
胴体部分の骨格フレームを整えるためには、
四肢及び頭頸部の扱いに気を配ることです。
胴に手足や頭がつながっているが、「間」を空けることが大事。


・胴と脚の「間」
膝が前方へと伸ばされて、
脚が骨盤から自由になる。

・胴と肩の「間」
肩が左右へとなだらかに広がっていき、
腕や肩が肋骨から自由になる。

・胴と首の「間」
頭と首は上方(鉛直線上)へと積み上げられていき、
脊椎全体を伸びやかに解放していく。


このような胴体から四肢と頸部(正確には尾骨部も)が「間」を持っていることが、
胴体を支えるショックアブソーバー的な、または免震構造をかなえる操作ともなる。
頭部を上方に丁寧に積み上げられていて前後左右の傾倒を防ぎ中心軸に釣り合いをとる。
それはまるで皿回しのようなもので、蝶形骨をお皿とし、脊椎を棒として骨盤部の仙骨の動きにより回り続けるもの。
胴体から肩の高さを調整しつつ。左右の手のこわばりや緊張をほどいて「やじろべえ」となる。

そうなれば、ひと呼吸ごとに起きる体の搖動(重心移動)を支えることさえ可能となるだろう。

人は健康状態では揺れながら、その揺れを機敏に修正をかけて整え体を支えるというのが基本です。



右図は、疲れてしまう座り方です。
筋緊張を体を支えるために機能させ続けなければ体を立て続けることができないため、
体内を通る血管やリンパ管等の脈管系が詰まりやすく生命力を落としやすい姿勢です。


こちらの人物設定として、右利きです。

・両足、特に右足を踏ん張っている。
そのため股関節がはまりが浅く、
骨盤と脚部のつなぎを臀筋や腰の筋肉などが固まることで固定する。
そうやって股関節の必要な「間」を、失わせてしまうことになります。


・肩が内旋して肩や手が胴体から自由に分けられていなければ、

【 左肩-----胴体中心軸-----右肩 】

の位置が上から見て一直線上に並ぶことができていないという不合理な設置状態となってしまう。
もしやじろべえを創るときに、軸から伸びた両方の左右の手の部分が真一文字に並んでいなければ、
決してそれは自立して立つことはできないものです。



・頭部がずれていれば必ず全身の姿勢の乱れが生じる仕組みがあります
頭部が前傾したり左右に傾けば、
そこで首の筋肉や背面の筋肉に過剰なテンションをかけて吊りロープ状に使い続けて過労化させ、
首こりや肩こり、背部痛を作り出しています。
それだけではなく顎を乗せるための台として、胸骨部分を固めて委縮させ続けるという
肺呼吸の制限や胸腺への圧迫による免疫系の機能低下を引き起こす姿勢でもある。


posted by スズキ at 12:21| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月27日

体の使い方の視野を深めるかどうかについて



身体機能を機能的に発揮できるような理合にあった身体操作とは。

具体的な話まではいたしませんが、
多くの身体操作の門前にたった者達の感想は、
あまりに一般的な身体操作をする際の視点とは異なっていて驚く。

基本は、解剖学的に合理的な動き方の概念をベースにしています。
だから詳細を図示しながら改善するような解説はできるのですが、
まずもって身体内部にあるしこりなどが骨格をゆがめているなら
その状態が思わしくなければ体では理想の体現はできません。

そして自身の体でその身体操作が体現できないかぎり、
自分の身体とは乖離した他人事の知恵にも至らないアイデアにすぎず、
体の内部には重要度の高い情報として知識として頭に残るものでもない。
自分事のことを言われているにもかかわらず、
一向にそのことを他人事のことのようにしか
耳に届かないという状態に一般的にはなってしまうようです。



そこがもどかしいところですね。



たとえば施術などを受けてみる過程で体の動けるキャパシティは向上しても、
理想の動きを追求することもせずに、
無意識的にいれば勝手に体がしこりを求めてしまう。

なぜそんなことをしてしまうのか?

不思議に思えるかもしれませんが、
つまりしこり化の多くは、
その人にとって体を傾斜させたため崩壊過程を通ろうとする際に、
それを食い止めて安定させるための強力な利用価値の高い対処法だからです。
一部の筋肉をしこり化していたほうが体を支えられていて固定化できるぶん、
楽に全体的な肉体が支えられているという快感を得ているといえるでしょう。

もしそのしこりのみを、
凝りがあるのが悪の根源とばかり、
全体的な現状の支えの仕組みを理解せずにいい加減なリリースをするならば。
体の傾斜した部分は、たいていが骨盤部分からその傾斜は生じていって、
上半身がぐらついて、上半身の突端ともいえる頭部、特に脳が揺さぶられて
正常な思考をする妨げになってしまう。
そしてそれだけではなく、
数カ所の体の部分的なしこりを故意に創りだすことで、
体の多くを支える工夫が無意識のうちにされていたが、
そのようなしこりが取り外されれば体は傾斜し歪みが増していく。
そうなるとさらに複雑かつそこかしこに新たなしこりを創りだす。

そのような現象がおきるものなのです。


だから、施術の難しい点は、しこりを抜くことじゃない。
どのしこりをどの程度の量、どの手順で抜いていいものかを考えぬいて、
そのシナリオに基づいて解きながらまた思考を深めて軌道修正を絶えずすることができるか?

そのような基本的な能力の土台が育っていなければ、
それは一般の方々がセルフメンテナンスをする程度と何ら変わりがないといえるでしょう。
そのときは大きく体のしこりを取られすぎれば反動で、かなりの痛い目にあってしまう。
最近では筋膜リリースをとなえるところであっても、
深層筋までリリースをしようという場合には、
相当に選択を慎重にしたほうがいいのだろう。
個人的にそう思います。。。




ですが実際問題として、私のつたない経験からですが、
相当な施術上の臨床的な観察力や知識や能力がなければ、
安全かつスムースなリリースは期待できるものではない。

多かれ少なかれ、
どこかが反動で痛くなったり、
一進一退の攻防を繰り広げつつ、
少しずつ前進を続けるものです。
技術がある施術家がなすほどの成果が上がらないのは、
理屈で考えれば当然のことのような気がいたします。


ただそのようなしこりを取っていくことについて。
身体操作法を専門的に学ぶ人において、
深い理解と実践を繰り返しながらもしこり等が体内にあって
うまく理想の動きがかなえられない人の場合は違ってきます。

まったくもって体の改善スピードが、
一般のかたとは異なるという人もいます。


それは体が傾斜している状態かどうかを、
自己を詳細に観察しえスキャニングできている人です。
そしてどちらに自身の体のゴールがあるのかを知って、
すでに行き先の切符を買い旅立っている人のことです。
身体操作の要諦をすでにわかってしまっているのだが、
体の内側にはびこるしこりがそれを可能とできないようにするブレーキになっていた。
するとブレーキを踏みっぱなしで理想の身体操作をしようとアクセルを踏んでみても
にっちもさっちもいかない。

そんな状況に陥っているもどかしさを感じていたのです。

それがブレーキを踏みっぱなしでいた足をあげてもらい、
適切にアクセルのみを踏んでもらえれば体は走り出します。



そのような状況の方々も施術を受けに来ていただけることもあるのです。

すると仮に体の現状の状態が相当に悪化しているものであったとしても、
私がかつて経験した施術では、私が目を丸くするようなスピーディーな
画期的な改善を示してくれた方々がおられます。
それは多数ではないものの、まさに驚くような、
施術を受けるたびに頭のサイズが違ってきたり、
顔がシンメトリカルに磨きがかかってきたり、
身長が5センチ伸びたという40代男性もいる。
他にもちょっと信じられない変化が目白押しの人も実際にいたものです。



そしてそのような方々が得ている身体操作の知識や知恵は、
一般的なフィットネスクラブで指導を受けている内容とは
種類が異なることも多くあるようです。
だから、そのような変化のウエーブに乗れたのでしょうね。


そこは、具体的な例示をすれば容易に理解できるはず。
一般の方が考える身体操作と達者な方が感じて実践なさっている身体操作とでは、
それはあまりにも大きな目の付け所の違いがあるからです。
動きの理論自体が、大幅な違いがあるんです。

今日、施術を受けていただいた男性のお客様も、
バレエのレッスンでおこなわれる「プリエ」をするとき
脚部の動きをどう認識して身体を動かすのかがわかると
今までの自分の見立てとは違っているところがあったと気づいたという。

そのような気付きって大事なんですよね。
そしてなおかつ、
自分の身体操作の再点検をつぶさになさって、
そこにメスを入れる気分になれるかどうかです。


人は、自身の身体操作の方法について、
10代前半には動き方の基礎パターンを得ており、
その基本が負担が強いられていたものであっても
そのやり方を保守的に守り続けようとするのです。

それは一旦でも、
手を上にあげる動作ができるようなやり方を知れば、
それを無意識に繰り返すというようなものでしょう。

手をあげるやり方のバリエーションはたくさんある。
だが身体操作をいろいろ試すというのは、
今までしたことがないようなパターンを
なさねばならないということです。
するとやりづらいやり方もあるし、
せっかくすでに手をあげるやり方を知ってるならば、
それを繰り返しておいたほうが脳を創造的に使って血液を大量に使うというコストをかけるようなことはしたくなくなる。

ひとは、自身が動きのパターン化がなされて、
そこの轍にはまりきっていると気づくような洞察力を持って自己を観察できていること。
そしてその観察だけではあまり変化は持続できないもので、
そこから抜け出す決意をしてさらに優れた動きを生み出す努力・創作へと手をださないかぎり、
またその人自身がなさっていた姿勢に逆戻りを、自らしようとし始めるのが常なのです。



それが、すでに自己の身体状況的洞察をあらゆる感覚器官を活かしてなす注意力を持ち、
体の使い方の保守性を黙らせて自由でクリエイティブな身体の扱いを試行錯誤しだすと
人の体は、どんどんと加速度的に書き変わっていくものなのです。


無自覚的にパターン化した身体操作を繰り返す人生を送るのか、
それとも、
創造的で改良につぐ改良を旨とした身体操縦法を成熟させるか。


そこには健康的に生活を送り続ける保証にもかかわるような
大きな隔たりがあるように、私は感じます。





また創造的に身体操縦法を作り出して生まれ変わるにも、
そこにどのような導き手を得ることができるかどうかで、
まったく違ったその後の結果が生じてくるでしょう。

特に身体操作を真剣に学びたい人の場合。
師匠選びには、妥協をすべきではないです。
それはボディワイズにお通いになられる一部のお客様の姿勢を観て、
自分の足でどれほどがんばっておられるかどうかで、
単純に開きが出るものなのだと思えてなりません。
もろに将来の大きな身体操縦法の会得の開きがでてくることになります。


簡単に自身が求める師が得られるという考えは捨てたほうがいいと思います。
中国武術を収めようとするものは最低でも3年間は多くそして広く師を求めて動き続けるようにすべきだという言葉があります。

または安易にこの師についていこうとは思わないことです。
それは自分も真剣に身体操作を学びレベルが上がれば、
今習っている師匠も変える必要が出るかもしれません。


自分に最適な先生を選ぶことを厭わず手間暇時間にお金もかけること。
そこはほんとうに重要だと思えてなりません。

posted by スズキ at 06:06| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月11日

動き方の要諦< 伸筋主導へ移行せよ! >





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私は施術をする前に、どれだけ屈筋と伸筋を使い分けをイメージしているお客様かどうか。
そこをしっかり把握しようとします。

そのような理屈を知っているならば、
とりあえずはその理屈を得る前に得たしこりの群れに翻弄された荷を下ろすことができれば、
さっさと、すべてがうまくいきフィジカル面のみをサポートすればいいケースです。
体が緩みだしてたがが外れると、いままではしづらかった動きがイメージ通りに移行できる。
もちろんイメージ通りにというのにもイメージとの微調整も必要だから練習が必要だし、
体がやわらかくなってから体の内部を探るほうが気づきの量や質が段違いに多くなる。


昨日、はじめてお越しいただけたお客様は、
ヨガを教えておられるそうで、
この屈筋と伸筋について解説を飛ばしてもOKでした。 ^-^

だからほんとうに普通に施術だけをさせて頂くのみの、
整体屋さんという立場で通せるでしょう。

かえってちゃっかりしているのですがヨガでの身体操作について、
私の持っている疑問点をひとつふたつ教えてもらえればと願っています。^-^;


*−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−*

まずは屈筋主導につきまして。


主に目で確認しやすい体の前面部分にある大腿直筋等の<屈筋主導>で動くときには、
自らの意思でそちらへ向かって突き進もうと言う感じです。


屈筋主導では、見たままだから強烈な感覚器官としての視覚的に把握が楽で、
「視覚で把握できたまんま動きを創りだそうとする」直感的なものでもある。

もともと屈筋群は、運動神経系や痛覚神経等の神経的に敏感に感じ取る能力が高いつくりに生理的になっている。
すると非力で使えば使い込むほどに疲弊して姿勢が乱れるものとなるのが屈筋主導の身体操作。
屈筋主導の問題点として、屈筋から動き出す癖が付いている人は、
体を伸びやかに支えるパワフルな伸筋をも委縮させて凝らせてしまう。
ついつい使って体の調子を崩していくというものだ。



シンプルだが経験則上観察で得たルールがある。
この自分の思ってもみない屈筋主導の動きをなさっていれば、
体は黙っていても歪むようにできています。
結局は、施術を受けて筋肉が解けても、
お客様が屈筋主導の動きをしていると戻る。


元あったところにしこりを再度つけてサポートしたりするし、
解き終わりの全体が見えておらなければ複雑さが増した歪みが生じる。


なぜ、体がゆがむの?

その回答は、ひとことで言うと、
「屈筋主導だからだよ!」

そこを少しずつでも改善させていかねば。




それは私自身も屈筋主導の動きが根が深くはびこってもいるので、
まったくもってこの課題は他人事じゃないんです。 -.-;

なので年齢が進みが過ぎると感覚器官の神経系を磨くには難しくなるときがやってくるので、
そのときにいたる手前には、きっちりと屈筋主導との手を切っていかなければならないと考えています。



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次に伸筋主導へ、話題を移行させましょう。

主に目で確認しづらい体の背面や内臓の裏手のディープな筋肉の大腰筋等の<伸筋主導>で動く場合には、
ざっくりたとえれば、
社交ダンスをするときの女性になったかのように、
誰かのリードを受けてそちらへと身を任せると心地良く動き導かれるという感じなのです。

自分で思った方向へと結果的に進むように想定して、
計算してイメージを思い描くわけではありますが、
伸筋は筋断面も太く体を支えるに特化した安定を保証するパワーを秘めた筋肉群ですから。
こちらを使えだす自体を作り出して、動き方を錬成していくならば力みの抜けた動きの展開が生み出せる。


伸筋主導では、視覚的に把握できない部分に配置されています。
それにより伸筋主導を目論むには、
目で確認するという視野のつきやすさを優先する意識から離れなければならない。
そこにひとつの動き方への示唆があるでしょう。

イメージで動きのサポートを思い浮かべ、イメージで創りだされた力の作用を受け取って動く。
それはたとえばビーチで腰辺りまで海水に浸かっている自分を想像で思い描き、
波の揺れに自身の身が前後に揺らされて持ってかれているような動きを感じる。
その波の揺れがさざ波程度だったら身を任せればいいのだが、
あたかも嵐がきたまっただ中であれば荒れ狂い流れは早いし
体が持っていかれないように体幹を整えなければならない。

気功のトレーニングのひとつでは、そのような波のイメージを思い描いて、
その波の揺れに強く抗するような伸筋を鍛えるやり方もあるのです。
これだけでもかなり足腰の筋肉操作がうまくなりますね。

そのときには呼吸にマッチした重心取りも当たり前だが、
関節の緩みや位置、筋肉をスパイラルに絞りを入れたり、
限りなく体というフィールドを深々と探検していくのです。


伸筋主導も、繰り返し反復練習をしていくことで、
関連筋全体が運動神経系のネットワークを組み始めてくれる。
するとあたかも屈筋のような扱いやすさで、伸筋が使えだす。

このような状態となれば、伸筋操作が主導となった定着が終えたときだ。




屈筋主導の人にとって体を動かすという場合は、オートマチックな自動化された動きでは、
黙っていても屈筋ばかりが使われてしまいます。
それは無意識に屈筋を動き出しに使って、それ以降は伸筋主導にスイッチを変えるのは至難の業。
私にはそのような屈筋を使ってから伸筋に使い方を変えるなんて、まずもって絶対に無理ですね。

屈筋主導のオートマ運転から、
「ちょっと待てよ・・・」と自らの動き方の質を改善させるための伸筋操作へ移行させることだ。
手動操作のマニュアル運転に動き方を見つめなおすこと大事になってくるのですね。

そこのプロセスを大切にして行きたいんですよね。



身体操作を、錬成していくときには。
オートマチックな無自覚な操作からマニュアル運転(手動操作)に切り替えてください。
これが鉄則だと思っています。

自動的にできていると思っていることを、
ことさらにやり方のプログラムを白紙にして、
新たなやり方を描き出すという過程にはまどろっこしく感じたり、
できていたことと思っていたことができなくなったような無力感。
そして質の悪い動きだったと認める際に思いがちな羞恥心。
さまざまなものが動き方の生まれ変わりの邪魔をしてくるのです。

およそひとりきりで、このようなものと格闘するのは、けっこう骨が折れます。
私は、どうもひとりきりで動き研究するのが好きなものですが、
やはり私一人の能力だけでは限りの底がすぐにやってきますし。

少しでも学びの基礎を自分感覚で得るように頑張ってきてから、
それを活かして伸ばしていくよう活動していきたいですよね。






そういえば、小田原からお通いいただいているお客様は、
フィットネスクラブにかよってマシントレーニングをするそうですが、
まさに機械的な身体を動かしたいように動かすというところを廃して、
動きの質を上げて安全かつ効率的にトレーニングをなさって成果をあげておられました。
そのお客様の隣でマシントレーニングをしている方は、
ごくごく機械的な動きに終始してやっているそうです。
機械的な運動は、最初に動きのポイントをマン・ツー・マンで知的なトレーナーから教授されない限り、
健康を損ねるリスクがありますから。
できれば、運動強度をあげるよりも、
どこの筋肉を使い、どこの関節を活かし、どのような呼吸をしつつ、、、
という確認事項をこまめになさりながらおこなっている、
私どものところにお通いいただいているお客様を参考にして欲しい!

やはりこちらのお客様の体幹力がきっちりついてきた姿勢が保持でき、
胸辺りがたくましくなってきたということと、
伸筋の筋量が増してきてますね。
非常に良い感じです。 ^-^

私も、見習いたいと思います。


これができれば老後も、身体壮健で安泰になるのだろうと思う。


posted by スズキ at 11:16| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月23日

シンプルさを受け入れよう!「体幹から末端へ意識を流して操作せよ」



『二胡』という中国楽器を中国人の先生に習いに行っていたが、
都合が悪くなって独習になりました。

最初の滑り出しの時だけでも教えていただけて、よかったです。
レッスンのときに聞かせていただいた二胡の演奏実演を頼りに、
どのように弾けばいいのか弾き方の基礎ばかり練習しています。

レッスンをつけてくれた先生のアドバイスで、
「曲をいきなり弾くようなことはせず、いい音を出せるようにすることが先決だ」
とおっしゃられていたことが印象的です。


二胡を手にした弾き始めの頃。

弓を動かすことを「運弓」といいます。
右手の弓を持つ手の運びに気を取られていました。
右手の手の内を意識して動かそうとしていました。

それがいけなかった。。。

どうしても、いい音が出てくれないのです。
それどころか、音がかすれてにごりだす。


しばらくして、肘で動かしたほうがいいのか?
と考えを変えてみたが、
音のかすれが多少良くなっただけでした。
音を奏でるときに、変な節がついている。
これも致命傷です。


そして肩甲骨へ意識を向けていきました。

肩甲骨のローテーターで運弓をしたとき。
あきらかに二胡の音がよくなったようです。

手先の操作 → 肘の動き → 肩甲骨の操作

と、
徐々に腕の付け根に動きだしを作りこんでいく。

体の体幹となる脊椎に近づくにしたがって、
安定感を増していった。
肩甲骨が動きを始動させてから、
肘を操作すると軽々と移動でき、
手先にも不要な力みが入らなくなったのです。

力の流れが源流からほとばしるとき、
このような変化を感じるときがあります。



最近、どうも小手先伸張力の操作を雑にしていて、
それで小手先に意識が居着いてしまい、
肩甲骨部分の操作がお座なりになっていたようです。

改めて手足を動かす際のルールとして、
「体幹から末端へ意識を流して操作せよ」
という感覚を取り戻すことができたような気がします。





posted by スズキ at 08:22| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月19日

二胡は楽に弾いたほうが、いい。体も、楽に動くほうが、いい。

体の使い方について、
合理的かつ機能的な操作を妨げる動作や操作方法を覚えてしまったとき。

 身体操縦法におけるミス・プログラミングをしてしまった、、とか、
 身体操作プログラムにバグがあるようだ、、とか。

そうなると。
いつしか体を緊張したままの操作に居着いて、
マイナスの影響を蓄積している現状に気づけなくなります。

本来は、体の操作について、
もっと楽にその動作ができないか、
もっと快適な姿勢がとれないものか。
得てして、楽に、快適に身体操作ができるから呼吸が整えられて重心も落ち着いていく。
そして、さらなる向上のステップへと進むという成長過程を通るものが、
生命を宿すものの生きる術だ。

未来の自分を愛し、誠意ある心のままでありつづけようと務める。

そのように自分に尽くす目的を持ちながら「もっと楽に、快適に」問いかけ続けること。

それは大事なことですよね。




余談ですが、二胡を習っているときに、先生のアドバイスにありました。
「二胡を弾くとき、緊張したり息を止めていてはダメだ。
もっと体を楽に活かせる操作を探しなさい。
それが二胡をうまく弾くことなんだ」

意図的に緊張した際の自分の姿勢を客観視して、
さらに楽な操作や姿勢で置き換えられないかと考えなさいということだ。

深くリラックスする。
そしてつぶさに観察をして安定的な自身の内側に張り巡らされたセンサーに問いかける。
「先ほどの状態は息が詰まっていたし、緊張の度合いが強く指が固まっていたことに気づいた。
それでは息を詰めないようにして、楽に快適に弾くためには。。。」

と、具体的な案件での自問自答を繰り返していく。
すると、やがてはその解決策が思い浮かぶものです。

たとえば、
「実力云々を無視した強い自分のプライドが、
先生の前で弾くことのプレッシャーを強くさせていたんだな。

だが別に先生にほめられるのが、最終ゴールではないんだ。
ゴールに至って弾く自分の姿をイメージして素直に先生のアドバイスを、
ひとつでも多く受け取り理解していく時期だ。

だったら、とにかくもっと楽に、快適に弾く。
そこへの意識を据えて取り組んだほうがいい。

したたかに活きるには、そのような計らいでよいと考えている」



そのようなことを念じるように未来の自分を輝かしいものへと大事に考えるとき。

リラックスして自己を観察して計算を繰り返していけば、
初心者モードでわからないことだらけで二胡を弾くしんどさも消える。
かえって、いつもの私が施術研究でおこなうような、
私しか思いつけないような独特なやり方で上り詰めようと言う視点で遊び心いっぱいに火がつきだす。

おおよそ下手なまんまがキープされたとしても、
施術をする視点でばかりものを見る私にとって、
二胡のような別のジャンルのものに取り組むのは新鮮です。
そのおかげで、二胡研究途中で得られた気づきが施術にも活かされつつある、この頃です。

^-^



そのような二胡研究でも意識した延長線上で身体操作上の発見もしていくことができるはずだ。
もっと楽ちんにできないか?
もっと快適にできないか?


身体操作が「楽にできる」というのは、
非力な力が抜けた物事への対処しづらい状態から、
余裕ある力が取り出せる身体の内側にある潜在能力を発掘するということだ。



たとえば、体を前傾させた立ち方を、無自覚のうちにしてしまう方がいるとしよう。

その場合、前方への転倒のリスクを回避するために、
大腿直筋や外側広筋へ過剰な緊急避難を起こします。
それら屈筋群を固めて体が前へ転倒するのを防ぐための支え棒にしているのですね。

そうすることにより転倒は免れます。

それは負傷が予測される転倒を回避するという目的をもって
自己防衛能力を働かせ
反射的に(←無意識のうちに)屈筋群を萎縮させることで
つらい体の使い方へとまっさきに陥る緊急避難のときに起こる仕組み。

それは、転倒して頭部を打ち重大な命に関わる負傷を追うようなリスクに恐怖したときの対処。
根っこは『恐怖心』に根ざしている。

そういった状態が長らく続くとなると、
いつしか大腿直筋や外側広筋のようなふとももの前側の筋肉がカチンコチンにできていないと、
強い違和感や不安感を引き起こしてしまうような反応に縛られる人になってしまう。
それは大腿直筋や外側広筋を固めていたほうが安心もするし、
いつもの立ち方でそれら筋肉を硬直させて立つことに慣れているから、
そのままで、ずっと、ずっと、いようとする。
そうして、自分を転倒から守っているのです。

はっきりいって、辛辣な言い方をすれば、
バカのひとつ覚えのように、そうします。
それしか方法がないのだと、信じている。。。。

この状態の強い人は、残念ですが、施術院で施術を受けただけでは、
容易に元の歪みの状態に戻るようです。
中途半端に腰痛や肩こりがあって、その主訴部分のみを和らげられるならば、
かえって後にさらに腰痛や肩こりが悪化し始めて、
改善が前進するどころか後退する人もでてくるほどといいます。

このような骨盤が前傾して起きる問題が、
いったん生じてしまうと、
 ときとして強烈な屈筋緊張状態におちいるケースがでてきます。



すると体のバランサーや筋緊張を察知するセンサーなどが働かなくなる。
そうなると伸筋群の筋肉部位も屈筋の緊張に引っ張られて萎縮緊張化へ。
伸筋群の萎縮とは、
背中の起立筋やハムストリング等が立位で天地へ伸びやかに広がることを妨げる状態。
ときには腎臓裏の部位に太く深部までつづくしこりを挟み込んでしまう人もいますし、
(腎虚状態に陥ったり、腎経の経絡上の問題が生じるケースです)
腰仙関節部分の椎間板がつぶれたり、
第一頚椎やその下の頚椎部分の椎間板が前傾ショートしたり
それを行き過ぎれば胸椎部分にまで椎骨の並びの変位がでてしまう。

それは、「なぜか?」と考えれば、
もともと背中側の起立筋等は緩めて伸ばす感じで脊椎骨にそっと沿わせつつ、
横隔膜部分の呼吸力等を持って体を上の方向へと引き伸ばして
重力で縮みがちな椎間板を持ち上げて緩める役割があるのです。
そういった重力に逆らえるほどの強力な上方への押上のパワーを持ち、
横隔膜や骨盤隔膜、胸隔膜などと協力して発揮できる仕組みになっている。

それが、いつのまにか骨盤が前傾して立つ習慣を身につけたときに、
体の前面の呼吸筋といえるような部分が緊張し萎縮したままとなると、
背中側の伸筋もその屈筋の緊急避難回避の操作に従うしかないよう設定されているので。

体を浮かせて上方へと伸ばして椎間板を開放させリラックスさせる背中側の伸筋が、
いつしか、その人の背中側で、自分の脊椎の椎間板を強力に閉じて萎縮させる悪役に回り出す。

それは椎間板とは、脳と各臓器等につなぐネットワークを組む脊髄神経を、
椎間孔という穴が出入りぐちになって、椎間板が十分なボリュウムがなくなると、
椎間孔狭窄という狭窄、
つまり脊髄神経が通る穴が小さくすぼめられて神経伝達上のノイズが入りだすようになってしまう。

俗にいう、
不定愁訴症候群だったり自律神経失調症といえるような方々の多くは、
このような様子であるといわれていますね。

またたとえば、
心臓部分が負担があるなというと胸椎3,4番当たりの状態が縮んだりねじれていたりよじれていたり。
それは心臓へと向かう脊髄神経が出ているのが胸椎3・4当たりの椎間孔であり、
その椎間孔狭窄等の問題が置きてしまえば脳と心臓との正常な情報のやり取り伝達ができずに、
心臓部の働きに誤動作が生じやすくなるということなんです。

そして腎臓裏部分に強力な大きな幅を占めたしこりがあれば、
腎臓という臓器に向かう神経云々の話を飛ばして、
腎臓自体が縦になって配置できずに斜めになって、
それも強烈な腰背部や横隔膜裏手の引き連れなどからも
腎臓を不用意な牽引して腎臓の状態を圧迫に近い異常事態に陥れてみたり。

そのようなことも、
背中側の起立筋群がいったん固まって萎縮してしまうと起きたりしてしまうものです。

ただある程度の柔軟性がある方々は、
そういった状態でもセルフワークで起立筋群をストレッチをしたり
ストレッチポールやランブルローラーを使ったり。
がんばって継続的な対処をしていけば改善が見込まれるでしょう。

ですがなかには脊椎前側にある喉の前の上部頚椎から下部腰椎当たりまで伸びる靭帯が、
非常に強い萎縮状態をしめしてしまう方々もおられます。
個人的に今までお会いした方々ではという限定情報ではありますが、
そこまでの根深い靭帯が萎縮すると身長は縮みがちになってみたり、
セルフワークでの対処だけでは焼け石に水のように自分でも感じられて途方に暮れたり。

なかなか対処しづらい状態に陥る場合があります。

私も最近、ようやく独自のやり方で、
そちらへのアプローチのヒントを握りしめてリリースのトライアルして
いく人もの成果が感じられ始めたころです。
本当に試行錯誤の過程は30年に渡るほど。。。
(試行錯誤のひとつには、逆さぶら下がり健康器の利用実験で、
現状もそちらは部屋にでーんと異彩を放つ感じです)


もし、二胡の先生の言葉を借りて、
身体操作について私がアドバイスをさせて頂くなら、次のようになるのでしょう。

「体を動かすときは、緊張したり息を止めていてはダメだ。
もっと体を楽に活かせる操作を探しなさい。
それが体をうまく操縦するということなんだ」

体の操作時の緊張を感じとろう。
息を止めていないでしょうか。

筋肉がコチコチになっていませんか?

体が傾いていませんか?

関節が詰まってはいませんか?

肩は前に行き過ぎていないでしょうか?

股関節は外旋していますか?

その他にも多くの楽で快適な体の操作を遠のける具体的な状態は存在するでしょう。

一つの体の不具合な操作は、
2つも3つも、またはそれ以上の不具合な操作を自動的にもたらすようできています。

ひとつの筋肉は必ず関節をまたいで付着しており、
そのひとつの関節が不具合ある状態に持っていかれれば、
同時にその関節を共有する関連筋ともいわれるような筋肉が連動連鎖して問題を起こします。

体を楽に、快適に使おうとする追求心を手放したときに、
身体は理想姿勢や理想的なムーブメントへの移行を阻害して機能異常を起こすものです。

そして、
大腿直筋を一つだけ凝らせてしまう骨盤部の前傾や
それにともなう閉じすぎや開き過ぎでの固定。
その裏側では、
脊柱起立筋群というパワフルな伸筋群の異常ともいえるような体へのダメージを呼ぶものです。

そのことを知っていて、
対処する術を持つ人は幸いです。





また、先日、お客様のおひとりに、
立位姿勢で、かかと側に乗ろうとすると、余計に大腿直筋などの太もも前に力が入ったり、
つま先が浮き上がって安定しないという方がおられました。
前提として、すでにこちらのお客様の身体状況としては、
問題部分の筋肉群はだいぶゆるまるような対処が進んでのこと。
立ちやすい傾向にまで体が仕上がりだしているといえるでしょう。

なのですが、、、どうも、正確な理想姿勢で立とうとがんばろうとすると、、、
大腿直筋が固まってしまうという課題を持っておられました。

その方が工夫してなさった対処は、
大腿直筋の固まる仕組みは、
体のつっかえ棒である筋肉として使ってきた大腿直筋等を緩めると、
転倒して怪我をするのではという本能的恐怖からの過剰なブレーキ。

たいてい、そういった恐怖心に根ざした際のブレーキは相当早く踏み込むというのが、普通なのです。

体を立てても倒れるはずがない様子の場面でも、
事前に大腿直筋等を固めて準備をするんですね。

そういったときには、
どうすればよいのか。。。

転倒しても大丈夫な状況を設定して、
何度か転倒させてみつつ大腿直筋等にかけられるブレーキを
徐々に遅らせていくという対応をするときがあります。

そちらをトライしてもらえればと思って、
私が言葉で「転倒しても、大丈夫だよ、というところで練習してみてくださいね」というと、

同業者の先生でもあるお客様でして、
そのようなちょっとしたイメージや意味の含んだアドバイスを聴いただけで、
早めにブレーキを踏む傾向を遅らせて、
自力で大腿直筋等を緩めて立てるようになっておられました。

恐怖心に根ざした反射を調整するのは容易ではないものです。
それを私も知っていますから、言葉だけのアドバイスで、
自身の頭で機転を利かせて理解を深め楽で快適な状態へ。


自分の身体操作プログラムのバグを取り除いちゃいました。


言葉で聞くと、簡単そうですが、これができるのは50人に1人いるかどうか。。。
そのくらいの割合です。

私も、自分の体でそれを体現するには、そうやすやすとは行かないものです。

さすが、ですね。



かなり多くの身体操作プログラムのバグは、
屈筋の先行する不用意な緊急避難回避の末に植え付けられた緊張グセにより
運動神経系やバランス系の神経麻痺が引き起こされ、そこから端を発するものなのです。

そこに生じる仕組みがどうであるか、
つぶさに見つめ感応感受したならば。

楽で快適、なおかつ機能的で、美しい動きとは?

そのようなひとつの回答が、
みえて感じられるものです。

屈筋群の緊張グセを取り除いた後に、
肥沃に広がる大地が現れるかのようです。


大腿直筋等を固めないで立てるすべを身につけたお客様は、
今後、改善のステップペースが早まっていくことでしょう。



そして、そのようなステップへと進まれるお客様は決まって言うのです。

「なんで、大腿直筋等を固めていたのか、理由は承知しているが、
まったくもって、いまさらながらになにをやっていたことやら!
腹が立つよなぁ〜!!!」
と。

そうやって、以前の状態と決別して、あらたな自分らしさという頂を目指すのでしょう。
posted by スズキ at 17:47| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月01日

手掌の地味でハードなトレーニング中です


なにかを学び取ろうとするとき。
お客様的な場に自分の身を置き、
自分は教えてもらえるものだという意識が多いならば、
そこからはなにも変わりはしません。

自分から求めて取りに行く姿勢のときだけ、
その手でつかめるものもあるのでしょう。
最近、つくづくそのことを実感しています。



ここ最近でのこと。
施術にお通いいただいている方には、
折を見て手掌や手の指先の機能的な使い分けをお伝えさせていただくときがあります。
その詳細は直伝でなければ伝えることは到底できませんので、割愛することをお許し下さい。


私自身、それぞれの指に備わっている操作の巧みな機能分化について、
知識としては知ってはいました。

ですが、実際にその手の使いを巧みにしていかなければという必要に迫られたとき。
つまり、ボウエンテクニックのセッション試行や自作てい鍼の扱いをなすときには、
いまでの指の使いのレベルでは到底精度が足らないという自体に痛感しました。


正確な手の使い方をしているかどうか、
素手よりも粗が目立つのが器具を持つ時です。
素手で手を使うときにはごまかしが多く働き、
できていなくてもできているように感じられてしまう。
そのようなときに優れた先生が横にいれば注意もしてくれますが、
そうでなければ変な力みグセを修正せずに固定してしまうことに。

それが施術で道具を使い出した時から、
指先手先も器用さが増してまいります。

つまり道具を使って施術のときに患部やアプローチポイントに刺激を入れるときには、
しっかりとした事前の意図がなければグダグダな操作で成果は半減してしまいます。
重いブロックを利用したような施術をするときには、
『自分自身の体の型』を意識して反省点や修正箇所を見つけられる機会が得られた。

そのときには不具合な体の操作を微塵でもおこなえば、
確実に容赦無い施術者の体へ激痛が、呼吸ができない、
意識が飛ぶほど疲れて投げたくなる、などに落ちいります。
そこから這い上がるために、今まで得てきた自身の知恵や知識や工夫を総動員して、
対処するようになるのです。

そんなときに、
もし誰かに要領よく教えてもらえばいいという甘えが先にあれば、
自分が課題に向き合う姿勢に雑念が入り、
物を考えない人間になるしかありません。

そこは私自身、きびしく自分を統制したいと考えるほうですから、
要領が悪いと人に言われたとしても、そこは貫きたいと思います。


現在は自作てい鍼を利用したインパクト圧を使い脊椎周辺の神経系の異常な点を見れないか。
お客様には単なる脊柱起立筋のリリースをしているだけと思われそうです。
そういった面もありますが、それは私の目的とするところの2〜3割の益。
基本は私自身が指先の感度を鍛えて、
お客様の脊髄神経から違和感が感じられるところに対し、
少しでも量的にも方向的にも電位的にも的確な刺激を作り出せないだろうか。

そのようなところへの試行錯誤が主な自主研究課題。
そこに取り組んでいるところです。

もともとボウエンテクニックの受講も、
そこの神経系の機能面の蘇生可能性を求めてということで、
自作てい鍼をこさえて用いるに至った経緯も同様ですから。

そこの誓願部分を忘れるわけには行きません。




少し話がそれるようですが、ちょっと聞いてください。

優れた武人の指先を、手を握ったことがある人ならば、
おどろく経験をしたことがあると思います。
どれほどの練習を日々しているにもかかわらず、
手首から先の全体が赤ちゃんの手先や指先のようです。

もともと武術の基礎練には手先のセンサー化をするためのノウハウがあるものです。
そちらを正しい形で伝承されたり、
または自身で練りに練って会得し、
その手先を作っていきます。
適度な厚みがある手の厚み。
赤ちゃんのようにみずみずしく、
暖かみがある肉球部分です。


結局のところ、
その手を得られなければ
これから自分が得ようとしている成果のほとんどは得られないだろう。
別にそれはあやふやな直感ではなく、様々な私が体験したことから得られた知恵です。


そういうこともあって、
手先の使い方を自分に厳しく修練していたときに、
ひさびさに偏頭痛に襲われるわ、
手先が腫れ上がるわ
腰痛を患うは、疲労がピークで風呂で溺れるはと。
またかぁ。。。という修行を繰り出しています。

今もまだ、その真っ只中です。


そういった状態でも施術モードになると自然に意識がそちらに働き対応できてはいるものの、
指先という末梢神経の巣窟を今までのパターンから引き離して動かす努力のもどかしさには、
ほとほとあぜんとしながらも、あきらめずにやっています。

おかげで肩甲骨部分と指先部分のリンクが強まり、
当初目論んでいた、指先のセンサーの尖度が高く、
感じられ方の色味が変わってきたように思います。

手や背部の筋肉のつき方は変わってきて繊細さが増したのが感じられます。

今までも普通にか、または普通以上に手先は捌けていたものとなるよう自主練はしていたものの、
今の指先の操作感や自在性とはまったく劣っていたものだと感じられます。
これは体感からしかわからない、実体験で得た感動です。

そして気づいたのが、
指が分化して機能的な役割をそれぞれ果たしだすようになってきたら、
『思考の整理』や『分析力』も増していくようにも感じられました。

施術上での成果にもそれはあらわれていて、
今まででは、
この段階まで引き上げるにはこれくらいのステップ数が必要だろうと思えたものが、
自然に手先の動きと脳との連携からの動きがそのステップ数を減らしてくれるよう
動き出していることに気付きます。


指が正確に意図を持って操作できるという事柄から、
そんなアタリマエノコトをなぜことさらにいうのだ?
と思われることでしょう。

そしてそこから先、
もっと知りたいと思うか、
スルーするのかの違いは大きいと思います。


体の状態とは、
変化した後に体験してからではなければ今ひとつ人の話が信じられないときもあるでしょう。
または知識ややり方を、ただ知っていただけでトレーニングを積んで経験値を上げなければ、
自らの今の人生の益につながらないこともあるのでしょう。

本当にこれが大事だと思えた本質について、
まずは躊躇せずにその興味の外形を理解しえるだけの接し方をするべきだろうと感じました。



posted by スズキ at 12:22| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月08日

「昔の術には、『不思議さ』があった」

一昨年、年末に合気柔術のセミナーを受けた際。

そちらで岡本師範がおっしゃられていた言葉に、
印象に残ったフレーズがありました。

「昔の術には、『不思議さ』があった」

術理として、術の不思議さを解き明かす研究をなさっておられる方からの口から出た言葉です。

そこに込められた思いは不思議さに惹かれる、若々しさが感じられてすばらしい。

術理があるから再現性があることは無論のこと、
これからも進化し続けていかれるのでしょう。


セミナーではたくさんの知恵を授けられたものの、
受け取る側の私の理解力や進化の進捗状況というものもあります。
内容的に多くの人にその不思議さを知っていただきたいものですが、
そこは興味を深めたいと思えば岡本師範のセミナーに通って欲しい。

それが間を介して又聞きをすると、
どうしても途中の中継で話がずれてしまいますので。


ですが「ここだけは、必須として接してほしい」という立ち方を教えて頂きまして。

以前にこちらのブログでも、
腱や靭帯等を意識した立ち方を伝えてみてという話をさせていただきました。

一般的なグラウディングというものとは印象は違っています。
体を支えるシステムをいくつか見方を変えていくもので、
基本、バレエをなさっておられる方々がなさる立ち方ですね。

そこをもうちょっとシンプルに一般の人にもわかりやすくなるよう、
伸ばしたり張ったりする靭帯や腱を他動的に指示して意識させることで、
少しずつこんな立ち方もあるんだなと体験してもらうようなやり方です。

個人差はあるが、すでに体が十二分に整えられていればいいが、
そうでなくとも施術で体の状態を十分に整えられたところまでいければ、
いつもの屈筋を使うことがない立ち方ができていることに気づくだろう。

個人的な考えではあるが、
あまり体が整えられていないのに、
このやり方の立ち方を、他者から強制されて覚えこませられるのは危険もあるでしょう。
かえって深層の脈管を詰めてしまわれるように感じられるので。
そのリスクを取るつもりで試行錯誤を加えて進むことは修行となりますから、
私はそれはよくないことだとか単なる後悔になるだろうとは思いませんが。
ある程度の専門的な知識や身体操作ができていない方がいきなりやり過ぎると、
予想外の部分に痛みがでるようなこともあるでしょう。

そしてあんまり理想状態で立てはしないから「な〜んだ、こんなもんか」で終わりますから。

体ができてきた人がトライしてみると、
身に染みこんでくる伝えようとするものの教授量が多いので、
それでその後の身体操作のプログラムを書き換えていけるほどの印象を与えてくれるでしょう。

私自身、まだその立ち方の指導がうまく要領がわかっていないため、
お客様が多々迷宮に入られるようなこともありますが。
いままで、私も施術中に立ち方を伝えるとき、
個人的に背面の筋肉が必要でそちらの抗重力筋を使えばいいので、、、
等々の説明は試行錯誤し続けてしてきましたし、
自分の内側では長い年月をかけて首も長くなったし、
年齢が行っても年々身長が伸び続けているものですから。。。
勘の悪い思いつきで体づくりをしてきたわけではないと思います。

ですがシンプルに、わかりやすく、腱や靭帯等を活かした立ち方の伝え方として、
明らかに岡本師範がなさっている教授法のほうが秀逸。

それでしっかりセミナーの際に学習した内容を噛み砕いて
徐々に多くのお客様に伝えていくようにしております。


屈筋という老化した際には、
誰もが萎えていく筋肉の誤用を廃し、
理想的な勢いを持った姿勢を得ること。

それができずに、
多くの人びとが腰痛や肩こり等から体の歪みの全般まで、
つらい思いを引きずった人生を送っている側面がある。

そこに気づいて身体操作のプログラムを書き直すこと。
それが健康寿命を長くするための、重要な鍵となります。

合気道等の師範が老後にも壮健なままで技のキレの進化を止めない。
それこそが「不思議さがある術」に秘められた大きな成果といえるのでしょう。


要はこの立ち方は合気柔術での軸を作る際の立ち方なので、
あまり聞き慣れないし見慣れないと思います。
この軸のつくりで、一気に人を投げることもできるし、合気をかけることもできます。
「いつもの自分じゃないようだ・・・」とつぶやいてしまうような、
ちょっとした超人になったかのように、
自分を錯覚するような体験もできます。

もちろんそのための練習は必要ですが。

尋常じゃない力が、一瞬後に相手の体を通せるというのも不思議ですが、、、。
でも人体を「筋力一辺倒の視線」から目をそらして活かす発想があれば、
そこには多様なツールが体の内側に備え付けられていたことに気づきます。
その多様なツールの探検隊になるというのが、
不思議さの追求になるわけです。


合気柔術のなんたるか、、、というのは、とりあえず関心ある人も少ないでしょうし、
ここの場ではそれを語るのもどん引きなさられる方々の顔が浮かびますのでよしますが。 ^-^;

「こういう立ち方のバリエーションもあるんだな」と多くの方々が貴重な体験をなされ認知し、
定着させていってほしいとお願いできれば。

posted by スズキ at 10:39| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月23日

姿勢選択の自由(こちらがゴールであり、はじまりでもある)

地面に対して垂直に立つという「グラウディング」のイメージが
知的かつ実践的に深まることが大事なことだと思います。

ただここで私がイメージする状態とは、
一般的にいわれる「身体を上下に引っ張る」という、
アバウトで必要な情報が抜け落ちているレベルの話ではありません。

外形はどのようなものか。
先日、私が合気柔術セミナーで教えていただいた合気をかけようとする際の立ち方。
そちらによく似ています。

全身の骨格と腱と靭帯を柱とし、
大腰筋含む姿勢制御筋で倒壊を防ぐ姿勢補正力を発揮させて立つ。
それに近しいところがあります。
このような立ち方をするときに、
身体的な基礎力が養成されていること。
それは全身の筋膜単位の相互関係で体の局所から全体を統括できていることもひとつ挙げられます。
局所の動きを体の全体で支える吊り帯が体の中で自然に作られて作用する状態を作り出すのです。

この状態は「屈筋群」を一部でも利用してしまえば機能できません。
「伸筋群」を巧みに意図的に使えばできるところでもあります。
実際は「伸筋群」と呼ばれる筋肉も、筋力を使うならば疲労が蓄積するので、
そこの作用も出し惜しみすべきだと言われます。
自身の身体の重さを運動のエネルギーへと転化。
それにより筋疲労が大幅減にもなりうるのです。

ただ、重みを利用する前に、
個人的には無意識に「屈筋群」ばかりを使う状態から
「伸筋群」の利用意識を持って身体操作を再構成させていくこと。
まずはそこができていなければ、話にならないような気がします。

なのでまずは日ごろから「伸筋群」を使えるよう修練が必要です。
それはたとえば木刀の素振りを工夫して「伸筋群」を有意義に利用して繰り出すようなことが
自身の身に「伸筋群」の動作を運動神経系にしみこませていくトレーニングを積んでいくのです。
そこでは100回素振りをすれば100通りの工夫をいれた打ち込みがなされる必要があります。
まんぜんとワンパターンの素振りの動作を繰り返してはなりません。。。

そんなことを注意しながら「伸筋群」の利用感覚を磨いていきます。

そのような姿勢を整えつつ行う素振りで基礎力が身についていくと、
自分の身体が地球とのどのようなかかわりを持つかという関係性も感じてくることでしょう。


ただし、ここまでの状態を自在に自身の体を制御して作り出せる人はあまり多くはありません。

ひとりのお客様で、
日ごろから素振りを修練のひとつの項目として取り入れておられ、
サトルムーブメント系の自身の体とのおしゃべりが上手な人がおられます。
その方に私がいくつかの腱や靭帯を使う意識を誘導していくと、
まさに伸筋を巧みに使う状態で立たれていました。

私はその姿勢が理想系で正確さにも驚きました。
今まであまり見たことがない私好みの姿勢です。

姿勢選択にかかわる仕事にこだわり続けて、何かの結実を感じた。


グラウディングは身体と脳を直結し、
身体的機能美を表現する土台になる。
そしてそれは潜在的に鋭敏な重力に対しての感受性を高めてくれるものです。

人間としての生命力の根源を探りだすには、
そこがたどり着くべきゴールでもあり、そこからがはじまりでもある。

または別の言葉で表現すれば、
身体的運動能力の性能を発揮するためのゴールでもあり、はじまりでもあるといえるでしょう。

私は今まで、
施術とは体を動かしやすくするための下地作りだといい続けてきました。

実際は、身体の運動能力が機能的な身体操作の上で操作されておらねば、
そこから自明の理のごとく肉体へネガティブな負担の蓄積がおこるから。
そこに手あてをすることで、永続的に調子のいい身体状況を維持したい。

そこに手抜かりがあれば、真の健康を手に入れることはできないと思う。

そのようなこだわりを持ちながらも、
どのような取り組みとして機能的な身体操作を学べるものなのか。
私自身もいまだに自得の成果を言語に落としこめてはおらず、
日々の研究で試行錯誤を繰り返し固定したアイデアにはならない。

そんな状態が続いている何十年のことでしたので、
みごとにお客様が「伸筋群」を活かして立つ瞬間を目撃したとき。
うれしいものでした。



ここからはあまり私自身が口に出して言うべきではないとはわかっていますが、、、。

基本的には私が動き方を伝えることで、
そこから金銭的な利潤が私に生じるわけではありません。
別料金をいただいて体の使い方を伝えるかどうかを選択してもらっているわけではありません。
おそらく施術だけおこない体の使い方については、概要をプリントして渡していくのでもいい。
一般的にそのようになさっておられる施術院は多く、
それでも十二分に丁寧だとお客様は認めていただけているケースを多数知っています。
そのようにすれば数時間かけてひとつのことを積み重ねて解説することもなく、
長くても10分程度でおつたえすることができるものです。


施術者として、施術だけでけっこう体力的にハードなため、
ときには解説中に意識が遠のくこともあってしんどいとき。
微妙に声が出ていなかったりかすれていたり、
目線を上方に向けて考えるふりをして呼吸を整えてみたり。
お客様も施術を受けていただいた後に、
血行が激しくなって頭がボーっとしていることがありますが、
私も疲労で同様な状態に陥っていることもあります。


ときには「体の使い方など教えてくれなどとは頼んだ覚えはない」と怒鳴られたこともある。
「あんたは、施術だけやってればいいんです。余計なことに時間を使われて迷惑だ」という。
多分にそのような考えの方は、私の施術を受け続けてほしいとは思わないので、
以降の施術の依頼は私からお断りさせていただきましたが。。。
ただ私のガラスの心がずたずたにひびが入ったのは確かです。

そのようなとき。
自問自答で、「はたしてこうすることが自身のしあわせに、つながっているのだろうか?」
真剣に思い悩み、苦しく感じることもあります。


そのようなドタバタした状態ではありますが、
私の体の使い方へのアドバイスは最初から完成したような完成度の高いものではなくて、
ひたすら研究して徐々に理解を深め構築したものをお客様に伝えていくことの繰り返し。
それを愚直に続けていきあきらめずに進んでいくしかない。

おそらく私と同様なことを粘り強くなさっておられる方も、
どこかにはおられると思います。

ただ私が得ようと目的としていた最終地点と同じ方はいない。
そのような気がいたしております。

伸筋群を活かした立ち方をお客様がなさり、
今年一年の締めくくりに、
私が狙っていた何十年もの立脚の夢がかなえられた感じです。
形を見ることができて、浮かばれました。。。



私にとって施術とは、
このような姿勢で立つという選択ができるようにするための、
有用性の高い道具となります。

私自身、ほんとうにからだが誰よりも弱くてへたれだったが、
どうにか立ち方を靭帯や腱を使い、
同時に地球との感覚的な接点を深め、
かつ瞑想上のイメージにより肉付けした立ち方ができるようになったとき。
まだまだ未熟ではあったが、実際に私自身の身長は4〜5センチは伸びて、
頭部の形状も変わってきた。
それに免疫力もあがったし。
そのときに月に何度も風邪をひいて寝込んでしまっていた弱かった状態に、
さよならをつげることができた。。。

そのような変化を自身の内部で感じてはいたが、
それがどのようにおきたかを人に言語で伝えることは難しい。
そこは外見のすりよせで伝えるだけでは意味がない、
内部感覚からその詳細で言語化が難しいものを共有できるかどうか。
そのようなところで難儀し続けてきたのです。


今回のお客様の立ち方の様子が起きたのは、
こちらのお客様の感性の鋭さや日ごろからの伸筋を用いた修練の賜物があってのことだと思います。

残念ですが、今はまだ他のお客様に容易に再現性がでていくものではないでしょう。

ただし私の中では、今までの伝えようとしてもうまく成果がでないときから、
ひとつ大きなステップを上るための知恵が増したのは確かだと思えています。
この経験値はそのお客様にいただいたものでもあり、
同時に他の今まで接していただいたお客様にもかかる感謝の念が募るものです。。。

個人的なことですが、
最近、ちょっと二胡を習いにいこうかなと考えているのですが、
私自身の立ち方の状態の気づきが少なからず増したものですし、
以前に独習で挫折したところから変われそうな気がしています。



新たな姿勢を受け入れ選択できるようになることで、
私の施術の締めくくりという「ゴール」となりますが、
お客様にとりまして新たな自身の身体操作を再構築して活かしきるための「スタート」になるのです。


posted by スズキ at 06:29| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月15日

活きた手の内の作り方は二胡を弾くのにも役立つようです ^-^

手の内の作り方。

私の「はてなブログ」のほうへ miitsuさんから合気柔術関係のコメントをいただきました。
その彼にも役立てばと思い書かせていただきます。

手の内の作り方は合気をかけるために大事な基本となるところですが、
なかなか詳細までは語っているところは少ないようなので、
講習会での聞きかじった内容と、
そしてもうちょっと私なりに膨らませたところをもたせた形で解説しますね。

ただ文章だけで正確に手の内の作り方を描くのはちょっと酷なことなので、
なんとなくそういうことかという程度の概要イメージをつかんでくれれば幸いです。

^-^



「手掌腱膜」という、
手のひらのたなごころ辺りにある腱が膜のように手首から指先方向へ広がる扇状の部分。
こちらを分解的に使い込む握り方です。

まずは手掌腱膜の扇を開くかのように、
手のひらと手の指もをぴーんと開きます。
手掌腱膜部分を伸ばす際に、手の甲側の伸筋群の腱部分が浮かび上がるような感じにするといい。

そしてこの時の手の裏の甲側伸筋をそらす感じを維持し続けてください。

この状態で、小指と薬指を90度位の角度で内側に握るかのように、
手掌腱膜の腱を動かす意識で移動させていきます。
キーになるのが「尺骨を肘方向へ引く感じ」にします。
またずっと手の甲側に反らす感じも維持したままです。
その手の甲側に反らす力を働かせつつも、
握りこむ力のほうが少し優っているため、
握る状態に至った感じでしょうね。

このときに大切なことは、中指、人差し指、親指は、
小指と薬指の動きに引きづられないようにその場で維持することが必要です。

次に、親指の伸筋にあたる部位の腱を伸ばし
人差し指の爪の方向へ指紋を押印するかのような動作にも似た動きで
親指を人差し指に近づけていきます。
そのときに自然に人差し指が内側にある程度曲がりはじめるでしょう。
流れに任せた適量程度ならば、そうなったとしても問題ありません。
親指が腱の力で発力し始めたときの根本部分は、
肘から手首まで伸びる「橈骨の力」を親指の力の源泉として利用すると、
手のタバコくぼ当たりを親指が伸びる側方向へと開く感じとなるでしょう。

この親指を動かすムーブメントをしているときには、
その他の指や手のひら部分の手掌腱膜部分は動かさずにその場でキープします。


この形状の安定体で「手の内」を創り練っていくこと。

これが合気柔術の岡本師範がおっしゃっておられた「茶巾絞り」の手です。

指先の向くベクトルの方向を観察すれば、
親指は橈骨の延長線方向、
人差し指と中指は背屈方向、
薬指と小指は内側に屈曲方向。
そのように手の内のなかは、
3つのベクトルを持ちます。

この手の内部分にどちらにも偏りいつくことのない3つのベクトルの力を創りだすことが、
合気柔術での合気をかける際に必要な手となります。

この一見すると複雑なベクトルをもつ方向性を表すのですが、
橈骨を支えとして前方へつきだして、
尺骨をバランサーとして後方へと引く意識を持てば、
それはさほどイメージするのは難しくなく自然の手掌の形状づくりの送りとなるでしょう。

手先をこの状態で作っておくようにすると、
それが契機となり、肘内側や肩内側の腱を膨らみを持たせた状態にするのも容易になります。

肘が、空中でぐらぐらと動きを持ってしまうことで、
それで手先の位置が乱れて制御できなくなるのです。
それも「茶巾絞り」の手先であれば手先があたかも空中に漂うかのような軽さをあたえられ、
肘をその手先の空中のここに止めるという意識で固定させれば肘もそれにしたがい固定できます。

ちなみに、
この手の内を何度も何度も創りだす練習をすると、
なかなかそれぞれの指を独立させて動かす難しさ。

それにもまして指先だけで操作しようと言う、
小手先も先だけの手抜きの操作をしがちです。

指の筋肉自体は肘から伸びているのですから、
しっかりその指の筋肉の起始と終点の長い距離をイメージし動作するのがまっとうな動かし方です。


最初は、この茶巾絞りの手の内を創りだすには、
慎重に正確な動きを心がければほんとうにぎこちなくて、
不要なまでの筋の力みが入り込みぷるぷると震えますし。

手先をいつもとは違った操作を巧みにしようと意図した動きをさせることにより、
「なんでなんだ〜」と叫びたくなるほど、眠くなったりだるくなったりし始める。
恥ずかしいことに手の指が思う方向へ動かしたり静止したりするのに手こずって、
なんどか手の指がつりまくりました。けっこう、痛かった〜。 ^-^ 。。。

でもこのような正確な手の作りを自然にでるようになれば、
くっきりと明瞭な手の形を外見上さほど創らなくても、
手の内側の世界できっちり作りこみができていればいける。

すると中国武術でいう勾手の手の型をきっちり創らなくても合気の技がかけられやすくなる。
手先の茶巾絞りができれば、合気をかけるための基礎の一端が得られたことになるのですね。
またこの手の型を取れば、全身を腱や靭帯で伸長させて立脚させる姿勢が容易とれるように。
そのように合気をかけるための体を仕込む下準備が、手先によりなされているのです。

茶巾絞りの手の内について。
メリットはそれだけでなく、
全身的に体をしなやかで優雅に動かせる伸筋優位のスイッチが入るという点もあります。
姿勢のよさを、こんなところで叶えてくれるというのか!って、これまた驚きますよね。


この茶巾絞りの手の型を何度となく練習していくと。
やっぱり、容易にできるようになれるのも人間です。 
みなさまも、合気柔術のセミナーに通うなど為さり、
ぜひ、詳細を知って身に付けるよう努めましょう!

私が仕事で得た手の内を活かせたメリットには、
正業の施術中の圧の強弱や方向などの巧みさが、
格段に意図した操作ができるようになりました。
おかげで自作てい鍼を、本当に巧みに使えるようになってきたと思います。 ^-^


それだけではなく。
私は二胡という中国由来の楽器を持っているのですが。

その二胡の弓を動かすときや弦を押さえる際も、巧みさが格段に増したのです。
(楽譜等読めないので、二胡が弾けるとは、恥ずかしくて口に出せません  ^-^;;;;)

二胡を教室等で習ったことがなかったのですが、
ここは恥を忍んででも、この手の内が演奏に生きるのかどうかを知りたくなって、
ぜひどちらかのスクールで習ってみようという気になりました。 ^-^
posted by スズキ at 23:28| Comment(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月10日

弓状靭帯と大腰筋の操作の連関について。

弓状靭帯と大腰筋の操作の連関について。

合気柔術のセミナーにておそわったこと。


横隔膜下の下部に弓状靭帯という靭帯があります。
その人体は大腰筋の上部と接触している。

つまり横隔膜と大腰筋との動きの関係性があって、
大腰筋を動かす感覚は以外に持ち出しづらくとも、
横隔膜を上下させることは腹式呼吸をするときに
感覚的にも容易にできるものです。

すると、、、大腰筋を動かせ!!という意識から、
横隔膜下の弓状靭帯を呼吸筋操作で動かせと変えたら。。。

おぅ、なーるほどね、こんな大腰筋操作の仕方もあるんだと実感しました。

つまり大腰筋の上端部分を上へ引き上げるという操作を大腰筋に意識して、
頑張って引き上げようとしてもちょっとやりづらいんですよね。

それが横隔膜の背部の脊椎部分に付着している弓状靭帯を持ち上げるのはできるもんですよね。

だからそこに意識の焦点を当てれば、大腰筋操作が楽ちんになっていくということ。
大腰筋はどちらかと言うと脚部を動かすという題目があって、
脚部の小転子の付着部分のほうに意識が取られがちとなる。
すると上方に引き上げるという大腰筋の操作がイメージがうまく描けなかった。
どうしても下方への伸びがイメージで強く、
上方への引き上げがうまく説明で描いてつたえられなかった。

ただ自分では弓状靭帯で引き上げるということができていたが、
実はこの靭帯を自在に上げたり下げたり奥まっていかせたりと、
操作を巧みにすれば、呼吸力と言えるおもしろい力が発力できるようになっていく。

バレエとかでは、胃の後ろ側を上に引き上げるのよ!
とよく聞いていたが、
そこってもしかしたら存在する組織は弓状関節部分を指していたのかな。

「弓状靭帯の利用」、、、あんまし考えていなかったなぁ。


posted by スズキ at 12:45| Comment(2) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする