2019年08月20日

中医学の悪性腫瘍に関する本を学ぶには、初学者は平易から難易へと段階を経て読むといいようです

中医学にて「悪性腫瘍」について、
どのようなアプローチがあるのか。


いまさらといわれそうですが、
西洋医では母のがんは末期で助からないため、
積極的な悪性腫瘍に対しての治療は、
一切しませんでした。

ただそのようなときにセカンドオピニオンとして、
中医学では期待ができる臨床があるのだろうか・・・。

そのような思いから、
鍼灸院に母を車椅子に乗せて通ったのです。
ほんとうに2回ほどの通院でした。
それで母は天国からのお迎えの時間がきてしまったため、
母に贈ることができたのは、
鍼治療による血糖値のコントロール以外の治療を最後に施していただいたことでした。
それでも母は、鍼治療を受けたときに、うれしそうに喜んでくれていたことを思い出します。。。





鍼灸院の先生は
「悪性腫瘍を鍼治療で治せるという人もいるが、そういったものではない」と
きっぱりと申されていました。

特に私の母の状態を見てからですから、
希望を過度にもたせることは酷だろうという配慮もあったのかもしれません。





私は中医学上では素人ですから「そうですか・・・」と先生の話を素直に受け取るしかありませんでした。




ただ私が実際に中医学を少しでも勉強して内容を垣間見れるようになったとき。
なんらか、別の考えでものが見えてくるときも訪れるかもしれません。

中医学ではどのようなことが期待できるか。

その点について、
自分が腑に落ちるよう学ぼうと務めたあとならば。
そのときに何かアドバイスを受けたとして「そうですね」と納得した返答ができたことでしょう。







考え方ですが、
この先、身内や自身が悪性腫瘍を患って苦しむことがあるかもしれません。

そのようなときに、中医学で悪性腫瘍を扱う際にどのようなものであるか。
先々に学んで知っていたならば、いざというときの行動が早くなります。
そして的確にもなるでしょう。



ただ私は医師や薬剤師ではありませんから、
漢方薬の処方などはできません。
それに鍼灸師でもありません。
鍼灸による施療もできません。

だから勉強して理解が進んだとしても私では手も足も出せないので、
結果として、臨床経験豊富な先生を頼ることになるのですが。。。




ですが学ぶことが時間や費用や労力の無駄かと言えば、
そうではないと私は信じたいのです。
無駄にしないよう心がけて研究していけば、
学んだからこそわかる大切な気づきが得られるはずです。


悪性腫瘍に苦しんだ母の介護が念頭に有り続けて、
執念深いぞといわれそうですが、
なにかそれに関係する対応を勉強せざるを得ない。

そのような気持ちが未だに続いております。





そしてとある薬剤師の先生に、
中医学で悪性腫瘍について書かれた本を読むには、
中医学の基礎力を要請する平易な内容の本から
徐々に難易度の高い書籍の精読へとステップアップさせる学習を勧めていただきました。


そして以下のような書籍を、
初学者ならば上から順番に身に付くまで読んでいくように。
それから( ↓ )の先にある難易度や臨床度の高いものへと移るといいでしょう。

平易なものから、私も腰を落ち着けて学びだそうと思っています。

本自体は、出版社のオンライショッピングで購入することとして、
手続きは済ませましたが、
自信をもって読みこなした感がでるまでには、
少なくても3年はかかるような気がしています。





【以下が私が参考にさせていただいている本となります】
=============================

【ステップ1】
(東洋医学の基礎をわかりやすく学べる本)
・まんが 中国古代の「養生法」
・やさしい中医学入門

   ↓

【ステップ2】
・中医学入門  神戸中医学研究会 (著)
(※ この本を先生方は10回はしっかり精読したとのこと)

   ↓

【ステップ3】
(中医学診断法についての本)
・脈診 ―基礎知識と実践ガイド―
・CDーROMでマスターする舌診の基礎
・中医臨床のための舌診と脈診

   ↓

【ステップ4】
・「標準」中医内科学
(※ この本は書店では取り扱いできず、直接出版社で通販すべし)

   ↓

【ステップ5】
(各悪性腫瘍を中医学でケアする方法や臨床例など)
・臨床家のための中医腫瘍学
・中医オンコロジー―がん専門医の治療経験集


=============================
posted by スズキ at 01:06| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月19日

無料のお勧め!解剖学3Dソフト「人体 (男)インタラクティブな教育用3D」 Mozaik Education

先日、お金は払いたくないが無料でそこそこ使える解剖学3Dソフトってないかな?
と質問を受けました。


そのとき、最近はその手のものも多数出て入るのですが、


私がandroidタブレットで利用しているソフトのなかでも、
以下のものがいいんじゃないかなと思います。

Google Playで、該当するソフトを検索して、
無料ですから一度試しにダウロードして試用してみてください。


解剖学ソフト.jpg

「人体 (男)インタラクティブな教育用3D」 Mozaik Education
https://play.google.com/store/apps/details?id=com.rendernet.humanmale&hl=ja

「人体 (女)インタラクティブな教育用3D」 Mozaik Education
https://play.google.com/store/apps/details?id=com.rendernet.humanfemale&hl=ja




上記のアプリではひとつひとつの筋肉を指定して調べる等の細かいことはできません。

そういうのは「ヒューマン・アナトミー・アトラス 2020 」という有料ソフトを
買わざるを得ないでしょう。

ですが大変スッキリしたわかりやすい構成で、
皮膚、体の部分、骨格筋、骨格、消化器系、呼吸器系、心臓血管系、リンパ系、排出系、生殖器系、神経系、内分泌系
の3Dの概要図を眺めることができます。

たとえば、骨格を眺めるときには、皮膚の状態が半透明に描かれているため、
皮膚と骨格のパーツとの奥行き感や位置関係がわかりやすい。
そして自動的にゆっくりとくるくる回ってくれる設定で、
感覚的な立体視が容易にできます。

あとはビデオで体全体の構成を解説してくれていて、
英語でのナレーションですが、
脇に日本語文章が提示してくれています。



posted by スズキ at 13:43| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月10日

人は人により磨かれ、人は人により救われるもの、ですね。

私の個人的な話が含まれていて、申し訳ありません。


昨日、千葉県香取にある私の両親の入る墓参りに行ってまいりました。
ずっと気にかかっていたので、
行くことができて幸いでした。

墓所までは交通機関を降りてから、数時間は歩きます。
昨日は相当な暑さと天気予報で報じられており、
涼しくなるまで数日も待ってもよかったのです。


ですが数日前にお墓に備える花を買ってしまい、
日持ちがするものではなくしおれだしてしまい。。。
昨日、がリミットで行くしかなかった。
というの単純な理由でした。



墓参りにいくときには、
交通機関の都合上、香取神宮前に高速バスの停留所があります。
そして最寄り駅とはいいづらいJR「香取駅」から歩きだしても、
途中に香取神宮が位置しております。

それで決まって「香取神宮」にお参りにいきます。

まずは香取神宮に足を運んで参ってから、
お世話になる寺に向かうのが通例です。


そのように足を運ぶ私にとり不思議でありがたいことですが。
時間があるときには香取神宮の隅っこでひとりで瞑想しているか、
ノートを出して思いついたことを書き留めています。
(瞑想といっても、たいていが半分疲れて眠っている感じです)

そんなとき、
お参りして振り返れば綺麗な虹を見てモチベーションがあがりましたし、
私が施術に使っているプルパの映像が見えてきたのもその地での瞑想時。
仕事に活かせるシンプルな発想が、よく思い浮かんでくるのです。
それもそのまま直接的に戦力になるようなものが大半を占めます。

直感やヴィジョンという「非言語」を通して、
何かを感じるものがあります。



香取神宮のパワースポットといわれる所以を感じます。



お寺の住職が私の自宅との距離を考えると、
お墓参りは大変でしょうとおっしゃっていただけるのですが、
私には修行への行脚の旅のようなものでして。


ただ昨日は35度超えと天気予報の予測。
田んぼはまだ水があり涼しさがありますが、
畑のエリアは暑い炎天下では倒れてしまいそう。
農業をなさっておられる方々のご苦労がしのばれます。。。

ひ弱な私はそれを避けたくて、
朝の始発で電車に乗り込み、
朝9時前に香取神宮に到着しました。
この時間はさすがに炎天下ではありません。


香取神宮の本殿裏手の大きな杉の木陰。
私はその場所が好きで、
静かに佇んでいます。


そのときです。


巨大なカメラレンズを備えた一眼レフを首から下げた方が、
目の前を通っていかれました。

軽く会釈をすると、
ありがたくも気さくに話しかけてきていただけました。



聴くと、
鹿島神宮・息栖神社・香取神宮のガイドを
登録なさって活躍している方だそうです。
だから本当に香取神宮のことも、神社のことも詳しい先生で。

本日は早朝に草花や野鳥の写真を香取に撮りに来たそうです。


それから蜂や虫に襲われつつ、立ち話をしました。
様々なお話を私の胸の内に刻んでいただきました。

たとえば、香取神宮の、歴史的背景。
どのような神様が祀られていてという解釈さえも、
一般書に書かれているものとは一味も違うものでした。



それにオフレコで私の印象に残ったことを教えていただきました。
90歳を越えるご高齢の神官をなさっておられる方のガイドを頼まれたそうです。


そのときの高齢の神官の方がなさる拝礼に心が奪われたそうです。

礼拝のなさり方について。
一般的な拝礼の手順は以下のような流れです。
拝礼の仕方
@ 深いお辞儀(礼)を二回繰り返します。[ 二礼 ]
A 次に両手を胸の高さで合わせ、右手を少し手前に引き、肩幅程度に両手を開いて拍手を二回打ちます。[ 二拍手 ]
B そのあとに両手をきちんと合わせながら心を込めて祈ります。
C 両手をおろし、最後にもう一度深いお辞儀(礼)をします。[ 一礼 ]
(※ 詳しくは 東京都神社庁 http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/sanpai/


それがご高齢の神官様が参拝させていただきましたとき。
[ 二拍手 ]は、なさらなかったそうです。

理由は以下のようなことでした。
神様が拝殿前で参拝者の手が叩かれた音を聞き出てくるものです。

恐れ多き大神さまを訪ねたとき。
私めのごときことで大神様を呼びつけるようなことはしたくない。
拝殿の前、そして神様がおられる本殿のそばに近づく場に位置を変えて、
90度まで腰をおって丁寧なお礼をなさったそうです。


ちなみに供物となるお賽銭は。
純白の半紙の上に紙幣を起き、
それでお納めいただけるよう祈りをあげてから、
お賽銭箱にいれておられたそうです。


ただその高齢の神官の方も、
多くの方々が訪れている場では
独自の思想と神様へのご配慮からくる気づかった拝礼の仕方はなさらないといいます。


通常の礼拝の仕方をなさります。
神官として祭祀をなさるときも、
通常の神社庁で統一されたこと。
そちらで執り行われるそうです。

一般に広まった秩序を取り入れもしますが、
自身の思想上の基幹部分は大事にしている。


大きな視点から大切にしていきたい価値観にあったものを眺めてみれば、
高齢の神官がなさった大神への拝礼なさりかたは、
私には「間違ったもの」ではなく「心の澄み切った崇高さ」を感じます。

その神官はそのような拝礼の儀をなさるためか、
早朝の他の参拝なさる方々がお越し成られない早朝の時間にガイドを頼まれたそうです。
しっかりそのようなところも配慮しておられるのですね。



私も考えさせられました。


その時代ごとに秩序を保つためのルールを印象づけられたものを信じている。
これでよいという正解と信じ込まされたことを、
その背景もさほど考えずに従ってきたものです。

私自身、
ついぞ先程までしっかりと定型の拝礼の仕方を、
なんら疑問も持たずにやっておりました。。。

そしてもう一つ教えていただいたのが、
奥宮は荒神としての神の魂をまつる場ですから、
柏手はやめておいたほうがいいとのこと。
わかりやすく説明していただけて、納得。。。

案外、私自身も好きでそのような本を読んできたが、
生で神様やその神官に接しておられる方の話からは、
深みの違う内容のお話をお伺いできるものですね。



歴史的に香取神宮本殿に描かれた象徴や祀られる神や本殿の色彩も、
時代により変えられてきました。
香取神宮の社殿は黒が基調ですが、
昔は朱色であったといいます。
そのことは知ってはいましたが、
黒色への変更がどのようになされたか。
そのときどきの為政者や関係者の考えで状態は変わり続けるものと教えていただきました。


そこでガイドさんから笑をもって、
「事物のすべては【 諸行無常 】です」という言葉がでてきました。


ひとつの言葉の意味内容を具体的に紹介して目の前で歴史的な香取神宮の社殿の装飾の意味や彩りなども示して
現時点で「これが当たり前」と考えられたすべての常識は、消えていくものに過ぎませんといわれてみたときは。。。。

その方は以前は高校の先生をなさられていたとのことで理性的な話の組立で、
明瞭な発音で聴きやすく、語り口も明瞭でした。
話が私の中にも入りやすく、諸行無常も、いつも以上に深く頷けるほどです。




個人的に私も思いますが、
「常識のほとんど」は誰かの都合により、
意図的にか非意図的に造られ、
ときには捏造もされるもの。


本質的な意味合いを探らずにいれば、
「常識だからそうするものだ」「常識的なルールに沿えば、普通はこうでしょう」という考えが頭を占めているものです。
そうなると、そこから先を考えなくなるんですよね。。。
考えなくてすむと思えば、脳はそれ以上の追求はしないものです。

「おや?その【常識と呼ばれるもの】はなんか変だぞ、おかしいぞ」と感じはするが、
常識だったらしかたないと飲んでしまうならば、真の見るべき光は見えなくなるはず。


すると自己の価値観に根付く大切にしたいものへとエネルギーや時間を費やせないし、
自身の感性を磨くようなこともできなくなってしまう。

「当たり前」は<諸行無常>の歴史上の視点でみれば、
その時、その場の一時的なことでしかなく、
後の時代に移り変わり塗り替えられれば古臭く感じるか往時をしのぶ過去の当時の事物に過ぎないもの。

自身の目や耳や体や心で感じたもの以外によりつくられた他者があたえた常識に疑問を持ち、
大切にしたい自身のヴィジョンに描かれた価値観の本質を愚直にまで見つめて生きていこう。


そのようなことを感じさせていただきました。






気が付けば
そのガイドをなさっておられる方から一時間近く、様々なためになる話をお伺いしておりました。



そして話の途中に思ったのが、
香取神宮では非言語のヴィジョンが主なメッセージだと感じていたのですが、
ついに香取神宮にて、言語としていただけたのか!

うれしくもありますが、
いつものシンプルな神社境内内で見たり感じたりした非言語上のメッセージと比べれば、
言語という実に複雑で多義的な表現に理解が追いついていけなくて。 

聞き逃してしまわないように必死でした。
お別れしてからすぐにメモをとりました。
大切なことが忘れられ抜けないように。

お話を終えてお礼を述べて立ち去ったときには、
ぐったりしていました。。。。 ^ー^;


香取神宮では、具体的にこれを用いなさい、という手応えあるヴィジョンを受け取ることが多く、
やる気やモチベーションが上がり意気揚々と帰宅するわけですが。
そのような感じとは違っていました。



ただ、ひとつだけ思い当たることがあります。

ガイドさんの繰り返していたフレーズですが、
「私はね、ボランティアのガイドをやるようになってから、
ガイドをしているときに、ガイドを受けてくれた人たちから多くのことを教えてもらえたんだ。
私も研究をしたが、ガイドを受けてくれた人たちが教えてくれたことの貴重さやありがたさは大きいんですよ」

という人との関わりで、自身が成長して行けている喜びをかみしめておられるということでした。




ダイヤモンドは、ダイヤモンドでなければ研磨することはできません。
同様に、
人は、人により磨かれるものです。




ガイドさんは、ガイドされる方に教えられ、
人とのかかわり合いにより磨かれていると。

ガイドされる人に教えてもらうというのは、
ボランティアとはいえ職能を疑われるという見方もありましょう。

ただしガイドするものもガイドされるものも、
両者ともに成長できる貴重な時間の連なりを、
その場で持つ日々の連続であったほうがいい。
そのような視点で人と人が磨き合うことの素晴らしさを捉えれば、
何よりだと思えてなりません。


うれしそうにガイド中に多くの知識をいただきもすると語ってくださった方の姿が、
今も声が聞こえてくるほど印象に残りました。


純粋なすがすがしい気持ちでおられる男性に、
私のこころも磨いていただいたように感じました。


自分がガイドをするんだという緊張から解き放たれて、
ガイドをしている自分も教えていただいて
素晴らしい経験を積んでいるというのです。


私も施術をするんだという緊張を、最近感じすぎていました。
中医学診断に触れると病理上の読みが、
今まで以上に身に備わってくるのです。

筋膜リリースを主にしていますから病理的なことを全面に見るのではなく、
お客様と具体的に接するときに必要なことがあれば徹底して調べる程度で。
病理の全体をみてみようということはありませんでした。
私がよく読んでいたオステオパシー系の本や筋膜リリースのためのマッサージの本などには、
そのような事象のページはあまり割かれておりません。
均整術系の本などでは詳細もあるものの、
東洋医学を系統建てて基礎から学んだことがない私には、
そちらの内容を把握しきれもせず。
ということでした。

それが少しずつでも病理につき見立てられてくると。
それはありがたいことの反面、
お客様として接する際の緊張の度合いが上がってきていたのです。
自分の内側のお客様の状態を把握する際の感覚の違いを感じ取り、
戸惑っていました。


べつだん、筋膜リリース屋さんに、
中医学診断うんぬんといったところまでは望んでも期待してもいない、
そのように考えておられるのが現状なのかもしれません。
ただ私自身の母の病状を正確に見て気づいて手が打てなかった私には、
施術の研究上の後悔がいまだにあるのです。

そのときと同じようなままの自分でいたくはない。

だったら学ぶしかないんですね。

ですが病理を学び始めたときに、
いきなり今までの筋膜リリースとは違った感じ方でお客様を感じ始めたところがあって。
もちろん健康的なお客様の場合は、
まったくもって問題なくいつものままなのですが、
症状に重いものをお持ちのお客様であったときは。。。

まったく違った見方・感じ方がしてきましたし、
その上で未だに自分には施術での有効な手出しの仕方が確定できていないという由々しき状態。

ベン石を応用して使っていくことで。
少しずつ興味深いものを掘っていくこともでき、
何らかの方向性を見つけ出す突破口を得ようとしていますが、
そこは研究段階でまだ定かではありません。

そこで施術を本格的に再開するには遠く感じられ
ずいぶん苦しい気持ちになっていました。



そのような気持ちでいたときに、
ガイドをするものはガイドを受けるものから教えていただいて、
多くを学び成長できるものだと語る方の笑顔をみたときに。



私の内側のなにか硬直した緊張が解き放たれて、
「お客様から教えていただいて成長し続けてもいいんだ」
という気持ちになっていきました。


現状の中医学診断に対しての理解の未熟さや
それを活かせぬもどかしさからの緊張も強く。
ただしそこから背を向けても問題は解決せず、
ガイドさんの仕事をする姿勢を、学ぶといい。

そのような気持ちにさせて頂けました。
お陰様で、
私の肩の緊張が半分は瞬間で消えました。


中医学の勉強をはじめる前は、
お客様に教えてもらうことが多いと感じていたのが、
いつのまにか休業が長引いて薄れてきたのでしょう。
最近、つとに追い詰められた気持ちに陥っていたと気づかされました。





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また余談となりますが、、、
昨日、香取神宮で早朝参拝を一瞬で終わらせて、
帰り際にまた香取神宮に寄ろうと考えていました。

そうすれば朝9時ならまだ太陽が高い位置にいかず
気温上昇も35度以降にならずにお墓への行脚へといけると踏んでいたのですが。。。
ガイドさんとのお話を終えて、
気づけば太陽が燦々と照りつけ、
凄まじい状況になりました。

「これから数時間の行脚はしんどそうだ」と思いつつも、
やはり、いかないわけにはいかないお墓参りです。。。


暑さに朦朧となりつつお寺まで歩きました。
予備のシャツに着替えましたが、
着ていたシャツはかなり汗を吸って絞ったら大変な量でした。


それからそのお寺にある夢殿というお堂の日陰で、
体力の復活を待ちました。
伝説的にそのお堂で釈迦が夢にでてきて悟った、、、
という内容を聞いたことがあります。

その話にあやかって、そのお寺の参拝しているとき、
私が一人きりというときは、そちらの縁側で坐禅をしている。

2時間弱、時間が過ぎて、そろそろ出立しなければ
帰りの高速バスに乗れないぞとなって腰をあげると。


寺に一台、タクシーを乗り付けて入って来た人がいました。
それをみて、目を疑ったのですが、
私の姉が墓参りにきたんですね。
姉がその日に墓参りにくるとは知りませんでしたから驚きました。


それでちゃっかり香取神宮へあと二キロというところまで、
タクシーで送ってもらい、返り路をショートカットできまして。

脱水症状がやばいなと、自身の脈をみて察知していたのですが、
香取神宮までのたった2キロの30分弱の距離の歩きでも、きつく感じました。
2時間弱を炎天下、道を戻っていたとすれば厳しかったでしょう。

危険な崖を、崖っぷちで回避できました。



まさに「人は、人により救われるもの」ですね、、、、。



<感謝です>
posted by スズキ at 16:52| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月07日

ベン石のかっさで、心地よく頭部(主に頭皮部分)と左右の両脇下を刺激して夏の息苦しさを軽減できるか?!

ラジオを聞いていたら。
湿度が高いのは日本の夏の特徴だそうで、
イギリスから日本に訪れていた旅行者が、
「自分の国では、こんなにシャツを何枚も取り替えるなんてなかったよ〜」
といっていたそうだ。


確かに蒸し暑い。


そして蒸し暑くなると、
呼吸が大幅にしづらくて息苦しくなってしまうのは私だけだろうか?


そんなときに、
ちょっとイレギュラー的な使い方だが、
ベン石のカッサを4枚ほどまとめて重ねて持ち、
ちょっとした厚みのある圧をもって頭部と脇下の肋骨をマッサージ。

ベン石のカッさ.jpgベン石のカッサ2.jpg


かっさの大きなヘコミカーブのところを頭部に当てるようにして、
頭部を200回ほど心地よいほどの圧で擦ってみる。

同様にかっさの大きなヘコミカーブのところを頭部に当てるようにして、
脇下の肋骨部分を左右50回ほど、徹底して心地よいほどの圧で擦ってみる。
脇の下はちょっとチクチクして痛みを感じる人もいるかもしれません。
ですが数日も続けていけば、
徐々に脇下にて肋骨の詰まりがあったものが解消されていく実感を持てるようになるでしょう。


すると、不思議な感じだが、
外出時の暑さによる「もぁっ」とした感じが減少して感じられる。
それは他の人でも「た、確かに、そう感じる、、」ということだ。


もうひとつ不思議なことですが、
ベン石のかっさと別の素材のかっさでは、
ベン石のほうが圧倒して軽快した度合いが大きく感じられるようだ。

そこにはプラシーボも入っていそうだが、
私だけがそう感じられたわけではなくて、
やはりベン石には人体に作用するミラクルな力が認められるのだろう。


ただもちろん、各人の暑さの耐性にかかっています。
そのときの身体条件により感じ方は変わります。
全員がすべてそうなるとは限らないわけです。
ですがやってみて損はない、
興味深い発見でした。




頭部が体の中で一番高い位置にありますから、
暑い熱は頭部に容赦なく照りつけてきますし。

だから頭が熱でやられて、
中医学でいう「熱邪」に犯された状態となり不調を感じるのでしょう。


頭部は、体全体の経絡の線が集まってくる場所として知られています。

そのような頭部が刺激を受けて和らぐことで、
全身の経絡に関係する筋肉のこわばりが緩み、
気・血の流れを順調にしてくれるのでしょう。


気功などを練習していると、
喉で気の全身への流れが妨げられて、
頭部に気が停滞して全身に回らない感じになることがあります。
それは「偏差」と呼ばれているのですが、
そうなると気分の悪いもので、
なかなかそれが治りません。



特に体内の熱の調整に汗を使って冷ますため、
体内の水分量が減らされて足らなくなるとき。
体の熱の調整機能が低下しているはず。

そして十分な水がないと、
気も血も流れられないし、
筋膜の癒着も溶けません。

気候として熱さがあるほうが、
筋膜は融解しやすいのですが、
しっかりとした水分補給が必要な条件なのですね。







最後に、

砭石の頭部の刺激により

・髪が生えたり、
・白内障に改善の兆しがみえたり

などの様子を紹介するページがあります。


www.weiwenku.org




もしかしたら、ベンセキのかっさで頭部を緩めれば、
髪や目にも、なにかいいことが起こるかも。。。

関心ある方は、ぜひ、一度、砭石を手に入れてトライしてみてください!
posted by スズキ at 14:47| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月05日

部屋のなかでの熱中症も、起こりうる暑さですね

皆様、お元気でしょうか。

東京の品川区の私の部屋は、
朝6時には30度を超えて、
ほぼ一日を通して30度超えています。

日中のもっとも暑いときは、
34度以上と温度計が訴えてきました。

これでは何もできなくなり、
冷房をいれながら作業をするしかない。
扇風機だけでごまかしていたのですが、
それでカバーできる範囲を超えてます。

ほんとうに暑いですね。。。



暑さ指数.jpg


上記の暑さ指数は、
熱中症になる危険な温度を表す表です。


こちらを見ると、
確かに部屋の中でも熱中症になれます。
気を付けないと、
とんでもないことになりかねませんね。


ボディワイズでは、
先日の施術をさせていただくときの温度は27〜28度ほどでした。
冷房の設定は25度設定で、どうにかこうにか上記の温度が出るという様子です。

現在はワークベッドを利用して、
少し地面から高い位置にお客様の身を置くこととなっております。
そのおかげで以前の床に位置するときよりもエアコンの冷気が届きやすくなりました。
そして私も立位での施術となり、
頭部を冷やせる結果となります。
以前の床でのワークよりも暑さは減ってます。
その分、施術をさせていただく私も体力のセーブができております。



ただ、いかんせん、
施術場のエアコンの効きが悪くて、すいません m__m; 
エアコン洗浄クリーナーを購入しましたので、
どうにかあと数度の調整が付くようにしたいと思います。

仰向けで横たわってじっとしていると、
背中に汗をかくような温度です。

どうか、そのようなときは、
どのタイミングでも良いので水分補給を申し出てくださいね。


27〜28度は涼しいとはいえない温度ですが、
施術を受ける際には副交感神経が優位になって体温が必然的に下がります。
このときの冷気は、身体に負担が寒気として入り込んで悪さをしますから、
そう考えれば、27度は「可」という感じでしょう。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



個人的なことで恐縮ですが、
今週中に体力勝負の鈴木家の墓参りにいく予定です。

その際に、いつものことですが4時間ほど、
田畑の間を歩き続けて突き進むため、
熱中症で倒れそうな気もしてきます。



こまめに水分補給をしなければ。。。

水分補給.jpg
posted by スズキ at 21:27| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月22日

イライラ防止には、百合(びゃくごう)を。


個人的なことで、
施術関係ではなくすいません。



いまは、母の新盆で母のカラオケ友達や親友から、
綺麗なアレンジメントされた花が送られてきます。

デコレーションされた花のなかには、ユリもある。

ユリは高価なお花です。

このようなときでなければ、
私の家では飾られることはなくて。
お贈りいただいた方に感謝いたしております。





最近、テレビでワイドショーを見て、
他者を攻撃する気持ちがつたわる事件が多く流れてきますね。

私が施術をしていたときはテレビを観る時間もなっくて、
ワイドショー関係のニュースをチラ見することもなくて。

世間に対し孤立して平和な気持ちで暮らしていたものの、
ちらっとでもワイドショーを観る機会が出てくると、
そうはいかなくなってしまうものです。。。





そんなとき、ふと、思い出したことがあります。

「ユリが咲く頃、その近くの川にいる鮎は釣れなくなる」と。


鮎は、成長していくと餌はコケしか食べないのです。
すると餌を付けて釣りをするわけにはいきませんね。

では、どうやって釣るのでしょうか?

その釣り方をご存知の方もおられるかもしれません。
「鮎の友釣り」ですね。

そしてコケの生える自分の餌場を、戦い覚悟で死守します。
その強い攻撃性を持つ性質を利用して、
お取り鮎を泳がせて揉め事をけしかけます。
その鮎を攻撃してくる鮎に針を引っ掛けて釣る。

鮎の闘争心あっての独特な釣り方ですね。


ただそのような鮎もユリが咲く時期に、
花から強い芳香が川に至ると友釣りを挑んでも釣れなくなります。
ユリが持つ鎮静効果により、お取り鮎をけしかけても攻撃色を示さなくなっているのです。
それほどまでユリの持つ鎮静効果は強いんですね。

そしてユリが終わる8月終わりの彼岸花が咲く頃には、
鮎が釣れるようになります。
ユリが咲くときは縄張り意識が減ってしまい、
縄張り争いも起きない。
または体当たりするほどの激しいものはない。
一時的にでも水中で鮎たちは平和な時間を鮎も過ごしていたんですね。




別の話では、
荒れそうな宴会では。
料理人が気を利かせてお吸い物に百合根を入れるのです。
すると喧嘩等の争い事が起きないで無事に終わるともいいます。





ユリや百合根には、中枢神経に作用させ興奮を鎮静させて、
イライラした気持ちを温和な気持ちに変えてくれる力があります。

漢方薬の処方では、ユリの鎮静効果を狙った<百合知母湯>があります。
漢方生薬に加工されたユリを(百合:びゃくごう)と読みます。


そしてユリの花は。
仏花として飾るならば、
仏様の気持ちを温和にやさしくなれるよう穏やかにしてくれる花。
あらためて、そのような意図もあって備えられる花と感じました。




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2019年07月12日

私の持っているパワフル・プルパはウランバートルの仏具店で売られていたんですね!

昨日、私がフェルデンクライス・メソッドのATMというセッションを受けさせていただいている先生が、遊びにきてくれました。

A先生、ありがとうございます!



彼は、僧侶でもあられモンゴルのウランバートルというところへ修行兼旅行にいかれ、
ウランバートルの仏具店に足を伸ばしたそうです。
何軒かの仏具店を回ったそうです。

一部、装飾華美な土産物のような仏具もあったが、
そこで見たことがある仏具を発見なされました。

それは私が使う30センチを超える長さの「プルパ」とまったく同型のプルパがあったそうです。

それを見て、その先生もプルパを購入なさいました。 ^-^
(モンゴルから出国時に、武器と間違われないように仏具店からレシートをしっかり発行してもらったそうです。賢い)



実は私も予備にそのプルパがほしくて喉から手が出るような感じです。

でも、日本のプルパを販売しているサイトのプルパをみても、
気に入ったものがなくて。。。


それは、ある特定のプルパは、
その穂先を軽く当てるだけで、
肌や筋にたまった邪気が抜けて緩んでいくんです。

お客様が気づかないような部分での変化ですから、
特段のことをお伝えすることはありません。
私も最初は「緩んだのは気のせいかな」と思いました。


ですが、確かに何かが出て変化しています。


現状の私の深層筋リリースには、こちらの邪気を抜く力に補ってもらっていますから。

ただ日本のどこをみても、私の納得できる気のでているプルパと同型のものがなくて。
その後の入手宛が見つからず、あきらめていたのです。


また、その先生からおみやげとして「カルタリ(曲刀)」をいただきました。
このカルタリは、緻密でかつエネルギーに溢れたもので、
今まで手にしたことがありません。

A先生、ありがとうございます!




あと大いに驚きましたのが、
プルパの写真の中央にある、
四角で囲んだプルパですが。

こちらは、見た瞬間、
「おぉぉ!これはものすごいエネルギーが周囲に放散されてすごい」
とびっくりしました。

この小さめな手に収まりそうなプルパを目の前にしただけで、
私自身の上半身のチャクラのいくつものが力強く反応している様子がわかります。
こちらをていしん風に利用させていただければ、
経穴から経絡に気が力強く流れますよ、きっと!

おそらくこちらのプルパは、いざというときに、
または平素からも身を守ってくれる力が大きいでしょう。
まさにA先生の身を守っていただけるご縁仏具なのでしょう。

そのような気がいたしました。


私のプルパとA先生のプルパ.jpg

私のプルパとA先生のプルパが並びました、圧巻です。。。

ちなみに、私所有の右側の大きなプルパと、その脇の小さなプルパです。
この2本からは気の流れを促進させるような作用は、あまり感じられません。
(もちろん、気の操作性がゼロというわけじゃありませんよ!)
ただ、ウエイトがしっかりした重さがあるから、
純粋に力強い筋膜リリースツールとして利用しています。
もう一本の小さめなプルパは、用途が見つからずにいます。


おそらく気のあまり制御できないプルパは、
仏具として作られた際に魂入れをする祈りの差にも現れるものでしょうか。。

やはり魂入れをしている仏具と、
そうではないような仏具とでは、
何らかの違いがあるようですね。

人の願い祈りを込められたものに、改めてありがたさを感じました。



ウランバートルのほうまでいけば、運が良ければ手に入るんですね。
本当にいい情報をいただきまして、こころが沸き立ちました。 ^-^
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2019年07月08日

楽しい夢見へ変わるのも、勉強成果の後のご褒美かと思います

個人的な話で、申し訳ありません。


せんだって、友人と話をしたとき。

「昨日は、最近になってはじめてたのしい夢がみれたんだよ・・・」
と私がいいました。

「えっ?なにか変な夢ばかり見ているの?」
と友人がいうと、


「ずっと苦しい夢をみていたんだ・・・」


その夢の内容は口にするのがつらかったので、
その場で友人には伝えることはできませんでした。



たとえば、ひとつの夢として母が他界したあとに、
はじめて夢に母がでてきたときのこと。


電車で、共に父の墓参りにでかけたシーンでした。
電車の中では私と母は、
話すこともなく無言のまま時が流れます。
ただ私はひさびさの母との小旅行でもあり喜んでいる様子です。

目的の駅について降り立ったときのこと。

母は、いつものように元気に先へと歩き出します。


すると、そのとき。
イメージで言えば山口智子さんに似た女性がいきなり金切り声で叫びます。

「だめ!どうしてあなたはお母さんをここに連れてきたの!!」

直感的にこの女性は、特別な知恵を持つものだと感じられました。

占い師か、それとも、母の現状を見抜ける先生なのか?
ただなにかを知っている人だというのはわかりました。

その女性の迫力ある声に私は驚いて、
私は母に顔を向け声をかけようとすると、、、

いきなり母が苦しそうにうつむき吐瀉する姿をみつけたのです。

その瞬間、私の胸が張り裂けるほど苦しみを覚え、
そこで目が覚めます。




そのような夢でした。


同様な夢を、幾度か見ました。




そのような夢をみる私に自問自答すると。

母の身体の現状を把握できていなかった、
そのくやしさをかみ締めなさいというメッセージが聞こえてくるようです。


施術でがんばれたかどうか以上の問題として
母の身体の徴候を、取り返しのつかなくなる前に見つけてあげられなかった。
その無知さから「自分って、ダメだ」という無力感からの夢でもありました。

その気持ちに押しつぶされそうにもなるのですが、
反面、母が成した闘病中の生きる姿勢から学べば、
そこから逃げることなく反省すべきところを素直に認めよう。
今から改めて花を咲かせようと思えもしてきました。



私はお客様の中には、
お体の状況としてつらいかたもおられることを重々わかっています。
そのようなお客様をひとりひとり思い起こします。
休業を続けるという選択に、申し訳なさを感じ続けています。

ただ、今の自分を改めることないままでは、
どうしても納得ができないのです。

大事な反省点を省みることなくとにかく開業というのでは、
前向きな気持ちに至り施術再開はできません。

また別のシーンで同じ轍を踏むことがあれば、
そのときは母になんと言えばいいのでしょう?

どうしても、そう、考えてしまうのです。


私の見る夢が、私の気持ちを素直に表せているのでしょう。
自分を変える勇気を、この機会に持てなければと思いました。


そのための新たな学びに私が選択したものが「中医学診断法」でした。


中医学基礎理論を学ぶ過程で、
母の働きすぎや母の心への負担などを指摘をいれる必要があったということを再認しました。

中医学による人体構造をわかりやすく話すことができれば、
説明するときの説得力が中医学を学ぶことで増していくものです。
そこからは明るい希望も含めて話すこともできるのです。



ただ実際、私は現状では中医学の見立ての実力的にはまだひどく未熟です。
それに同時に私がかかわることができるお客様の人数は多くはおられません。


「中医学診断法」の基礎部分でも身につけておられる人が、
一家に一人いてくれるようになることが理想なんだろうと。
いまは、そのようなことを思えるようになってきました。

数年後にはそのようになれるような一助をできるようならば、いいのだが。

そのような気持ちになって、落ち着きを取り戻せてきています。



そしてセルフコーチングをして想像上の母の声を聞くとすると。

母が今の私の隣にいて言葉をかけてくれるとすれば、どんなことをいうだろうか、、、。

おそらくは次のようなことを言うように感じます。

「あなたに病気が見つけられなかったことは怒ってもないし、うらんでもいない。
 だれかのせいでじゃないから、気にしないで」
そして、、、
「お客様が、施術を必要としていただいているなら、早く仕事を再開しなさい。
 そうしてくれたほうがお母さんは安心できるのよ!」といってくれると思います。

そのような母の心の声が聞こえてきます。


中医学の勉強をすることで、過去の母におこなうべきアドバイス等が見えてきたので。
苦しい夢以外の夢を、少しずつ見ることができるようになってきたのでしょう。



もしかすると、施術をするものは、多くの先生方々が私と同様なことを感じたことがあるかもしれません。


posted by スズキ at 14:01| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自らをほめることって大事だよね。

お世話になっております。
ボディワイズの鈴木です。


昨日、七夕でした。

それにもかかわらず、
菩提寺になるお寺にて「施餓鬼法要」へ。


 施餓鬼法要って?


 成仏なさっておられないご先祖や他霊に対して、
 ご成仏なさってくださいねという趣旨の法要です。


私の恥ずかしいところですが、
お寺のことは、母に頼りきっていました。

突然の母の他界により「施餓鬼法要・・・それって、なに?」ということが、
多種多様にでてきます。


わからないことがでてきてはインターネットで調べ、
どうにかこうにかクリアしていくという日々です。



NHKの「チコちゃんに叱られる!」のチコちゃんがでてきたら突っ込みどころが多すぎでしょう。



法要のお経がおわりますと、
ご住職が、十枚ほどの手書きに覚書を見ながら、
檀家さんたちに向けて説話をしていただけます。


その内容が私には印象に残りました。

書かせてください。


--------------------ここから---------------*


人からものを「先」に受け取ろうとする心が、世を暗がりにしていく。



たとえば僧侶ににお経をお供えしていただいたときには、
お布施をしますよね。
ものごととして、そのような流れが一般的でしょう。

ですが、まずは自分から人に与えていきなさい。

それは人にやさしい言葉をかけるということも。

人は、誰しもがほめられたいと思っていても、
自分からほめようとはしない傾向があります。

ならば人をほめるということから、暖かい言葉をまずは相手に与えてください。


<ここから私目線の文章にアレンジさせていただきます>


私の菩提寺では、
ご住職が自身で会社を興し、若者を指導して運営をまかせているそうです。
利益を出すばかりが目的ではないため、
赤字が出ずにお給金を支払える程度だとおっしゃられますが、
すでに10数年もの永木に渡りその会社は続いております。

そしてそちらで勤める若者は、
お寺に預けられるものもおり、
個性的な子達がおられるようです。


ただ誰だって仕事上の失敗することもあるでしょう。

そのようなときでも住職は感情的になることは避けて、
ほめられるところをみつけていくそうです。

ほめられて、人は伸びるものだというのは、
ご住職が体験から実感したことでしょう。


後日、ミスをした傷が癒えたころに反省と改善法を考えさせるので十分だといいます。



まずは、温和な気持ちで、隣にいる人を気遣い、
いいところを見つけてはほめることです。


----------------ここまで-------------------------*




昔に観た映画「ペイ・フォワード」を思い起こすお話でした。


ただ先に人に物をを与えるばかりではなく、
「人をほめる」という言葉を贈ることが「人に先にものを与える」こととなる、ということでしょう。


人付き合いも、そのような心構えで取り組むことで円滑になるのでしょう。


「他人を面と向かってほめるのはどうも苦手で、、、」というならば、
「自分を真っ向からほめちぎるようにしよう」というほうが楽かもしれません。

そうやって<自己受容の度合いが高まる>につれて、
次の段でくったくなく他者を明るい気持ちで褒めちぎれるようになるものでしょう。



説話も法話も、ただ「ええ話を聞かせていただいた、次もまた、よろしくたのみます」と、
右の耳から左の耳に抜けていくのでは申し訳ないことです。

施餓鬼法要で、成仏なさっておられない方へ布施をする気持ちで贈り物をすることも大事です。

それと同時に<自分がもしほめ言葉に対して餓鬼になっていたのなら>自分が自分に先にそれを贈ろうねという祈りを、
ご住職の話から拡大解釈して感じました。 ^-^





とりあえず、いろいろと深層筋を緩める方法を考えてきましたが。
一番の有効性が高いものは、以前ブログでお伝えしたものを改良したものでした。

下の写真は、以前の写真となります。
泗濱浮石を敷き詰めてヒーターで温める.jpg



実際は中国の製品ではすでに製品化されてるんです。

それを知って、あー残念だなとなりましたが ^-^;
まぁそれは仕方がありません。

ただ試作品に私独自のかつてからの多面的な工夫を別に付け加えてみて、
私なりのものに仕上げていこうとしております。
それによる成果も徐々に引き出せてきているようです。


特に背中にある膀胱経上にある胃兪などの<兪穴>の並びを的確に皮膚直接に刺激を加えることで、
全身に及ぶ経絡上のメリットがあるように感じました。
それはあずきのホットパックもかなりいい線はいってますが、
それ以上ですね。

有効性を仮設して検証するような実験中です。


私自身の身体には、かなり成果を感じています。

たとえば私自身、母の過酷な介護施術のあとに、
足の指先が感覚が麻痺して血が出ても痛みすら感じられないという状況でした。
ですが今は、自作の温熱で暖めていたら、やたら足裏がつったりしはじめます。
気づけばあれほど冷たかった足のつま先部分に熱が感じられだしました。

まだいやな感じのじんじんとした神経系に対して十分な血が与えられない現状ですが、
「まぁ、つま先が麻痺しても動けるんだから動けばいいさ」
と考えて、見切り発車しようというところからいっきに変わってきました。


私の身体自身がダメージを受けていたからこそ、
身をもって成果を感じられて、ほんとうにラッキーです。 ^-^



他にもいくつかあるのですが、
肩や肩甲骨周辺の深層筋のハードな施術でこさえた凝りが緩みました。

それにより私の首が長くなったようです。

筋膜はいったん深部まで癒着が進むと、
ただ寝ていただけではほとんどそこは解けないまま、緩まないままで、
ずっと血行を阻害しリンパ等の流れを悪化させ続けるものです。

そこが別に肩や肩甲骨周辺を直接温めたわけではないのですが、
私が愛用しているスマーティ以上によく緩ませてくれましたね。
それには驚きました。



とにかく、
圧をかけてリリースされるよりも痛みはないし快適です。
優れた遠赤外線と超音波パワーによるもの。
それが優れているものだから治療道具に古来より用いられていた石だというのは納得です。


ただ手技療法をする段で、このものを取り入れるにはどのようにすべきか。
取り入れ方に割り切りやお客様へのお願いなどが入るので、
そこはおいおい調整をしていく予定ですが、、、。

さらに深く掘って研究していきたくなるものへとご縁をいただけたことを感謝しております。




ちなみに。
現在、私の知り合いの施術家の先生に私が考えた機器を貸し出し、
自宅で体験していただいております。



「だいぶ、いいみたい」という感想がかえってきました。


「これ、すごくいいね!」と感じていただけて、
「いいね!」という言葉がついつい出てしまう評価にいたる工夫が必要だなと感じました。


新たに設計図を引きなおしているところです。





posted by スズキ at 13:06| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月30日

屋外での手技のための簡易レクチャ ^-^

二日ほど前のこと。

最近は家にひとり閉じこもって中医学の勉強や、
今後の私がお客様へお配りさせていただく施術法について。
どのようなものとするのかを検討する日々が続いています。

そのようなところですが、
この日は久々に外に出て、すがすがしい空気を吸いたいと。

そこで私の知り合いの同業の先生と、
目黒駅から徒歩でいける東京都庭園美術館の庭園へ。
https://www.teien-art-museum.ne.jp/visit/
庭園のみの入場料は一般は200円です。

静かで広大な芝生が広がり、
空が広く感じられます。
それだけではなく茶室もあり、
広い池には透き通った池水を気持ちよく泳ぐコイやメダカのような小魚も。
芝生の上にある椅子に腰掛けてすずめや他の名を知らない小さな小鳥が、
かわいい姿で楽しげに餌をついばんでいるのをみて、時を過ごします。

そういえば私は庭園美術館を見て気分いいな〜と感動したのみですが、
一緒に行った知り合いの先生は、しっかりスマートフォンで写真をとり、
いずれインスタグラムに載せるのでしょう。
営業熱心です。
勉強になります!




そこの場で同業の先生が施術上の体の操作について、話あいました。
先生曰く、どうも自分は施術で疲れやすいような気がするそうです。
だから施術動作を工夫をしていかなければという話をなさっておられました。

そしてその先生がなさっておられる施術法の流儀を教えてくれている先生、
つまり、先生の先生の施術をするときの映像を見せていただきました。
するとしっかり背筋が伸びやかに、
骨を活かして自身の体重を使った圧力のかけ方をなさっておられます。
その先生の先生、実は以前はバレエをずっとなさっておられたようで、
その話をお伺いして、その施術をするときの動作を見れば納得です。

身体操作をするときの、
基礎があるんですね。

目線の置き方とか、
頭や耳、頭頂の位置とか、
肩や肩甲骨の活かし方など。


見せていただいた映像からは、
上半身の様子をよくとらえた映像で、
下半身の動作はよくわかりません。
ですが上半身の操作からは下半身も無理なく安定的に支えをつくり、
脊椎の軸回転を股関節の操作でうまく捌いているように感じられる。


私は、施術を始めた当初は、
どろのようにいつもつかれて意識が朦朧という時が続きました。
体の使い方がまったくわかってなかったんです。。。

のちのちになって、
それ以前におこなっていた武道の基礎と身体操作が結びついていて、
施術をするときの身体操作をするときの注意点をあらわしているものだと気づくまで。

ほんとうに、そこまでは、死ぬほどしんどかったですから。

そういった状況だったから、
その施術での身体の使い方を研究しようという先生も、
私が昔感じていたようなしんどいときなのだろう。
そのように思いながら、お話を聞いておりました。

きっとその先生を教えてくれている先生の動きを何度も映像で確認して
ポイントを学び取ろうとがんばっていたことでしょう。



なので東京庭園美術館の庭で椅子に座りつつ、
骨を活かした動き方を、私の分かる範囲内でですがお伝えしました。

「屈筋の筋収縮」を人は本能的にしたくなるものです。
そこから抜け出すにも容易ではないでしょう。

実際に「屈筋の筋収縮」をしながら私が手を伸ばしたところを押してもらいましたが、
まったく力が私につたわらないことを実感してもらいました。。。
屈筋に力をいれれば、外へ向かって力が広がる動作はできないのです。。。

それから少し頭部の耳を上方へ伸ばしたりといった使い方の意識してもらって私を押すと、
ストレートに私の手がパーンと跳ね除けられて、
椅子の上に座った私がよろけてしまいます。

その先生が私が指示させていただいた要領で、
耳を上に上にと引き上げておいたままの身体操作をなされば。
脊椎の伸びやかなラインを崩して腰猫背が入る余地がなくなります。
呼吸効率がてきめんに悪くなってしまわないような姿勢で、
ばてやすくなりますし、背中が張ったり筋肉のコリが進んだりもしづらくなります。
それで同時に股関節の操作ができるようになったときに、ということですが。

そうして「伸筋を活かして圧力を浸透させる」という伸びやかなイメージが持てるだけでも、
画期的な手技へと変わっていきます。


急場での「伸筋を使おうとするための簡単なやり方」を伝えただけですが、
もともとの体力自体は身に備えておられる先生ですから。
伸筋を活かした押しは外にベクトルが向かっているので、
私が弾き飛ばされたのです。


ざっくり言えば。
施術者が屈筋を縮めてする手技はエネルギーが施術者自身の内にこもり、
施術者が伸筋を伸ばしてする手技はエネルギーがお客様の中へ浸透します。
そこは観る者が見れば、瞬時に見分けが付けられます。



   人を弾き飛ばすなんて・・・。

   要領を知っていれば、わけないのです。



少しだけレベルを上げて考えると、
難しいとやがて悩むときがくるでしょう。
それは強い力も出せるし弱い力も出せるようになってからです。
調整して「ちょうどいい力加減」を模索して取り出すことです。


ここが難しくて、強い力を出しそうな力がでそうなところを、
セーブしていくときに自分の体の内側に力がこもってしまう。

この自分の体の方向にかえってくる力によって
施術者は自傷的な筋肉の凝りを作り出すんです。

私も施術で疲れてきて余裕がなくなってくると、
このような自傷的な凝りに悩むことがあります。

つまり伸筋でコントロールをしていくほうがいいとはわかっていたとしても、
そこの筋が疲れてきて制御が甘くなると、
「しかたがない、、、屈筋も使うか・・・」
となります。
筋力を使っての施術はよくないとわかっていても、
伸筋の体力の限度をぎりぎりまでいくと、
屈筋を使って伸筋のような動作をさせるのです。

そのようなところまで気を遣いつつを冷静に見つめていただいて修練を詰めば、
施術の成果も確実にアップしていくことでしょう。
さらに自信を持って施術ができるようになります。

「ぜひ、また施術を受けたい!」というお客様が増えていくでしょう。

すると施術をさせていただく仕事をしていて、
よかった〜とうれしくなりますから。
posted by スズキ at 23:01| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月25日

施術スペースのモノの処分と模様替えを少し。 ^-^

私は、母の介護のとき斎藤一人さんのyoutube映像から流れる音声を、よく聞いていました。
私の姉は斎藤一人さんは上から目線で怖いといいますが、
素直に勉強になることがたくさんあります。


そのひとつが斎藤一人さんの「掃除のしかた」です。


その掃除のポイントは?

まずは使わなくなったものや不要なものを徹底的にとにかく捨てること。
そこからはじめよう!ということでした。

まずは、迷ったら捨てるんだよ、とっておこうなんて考えるんじゃない。
そのような手厳しくも耳に刺さる声が耳に届きます。



最近、多数出版されているお掃除本のなかにあるような
「ときめかないモノは手放!」
というように、私の自宅のようなスペースが狭く限られているところでは、
整理整頓をしようにも、目の前にあるものを大胆に手放すことから始めなければ話は進みません。



斎藤一人さん、いわく。
整理整頓されておらず物が雑多に置かれている。
そのような物置のようなところに住んでいたならば、
いくら言葉で「ついてる!ついてる!」「感謝しています」といっても、
効果はないとは言い放ちます。

そしてごちゃごちゃになって、整理できないものが多数あるような部屋は、
そこに住む者が安らかに休むべき自宅のはずが、
かえって気が滞って心身を疲れさせます。
それがもとで病気にだってなりかねない。
そこも、強調しておりました。


たとえば、、、、。
漠然とした不安感が尾を引いていく。
めまいがしたり、気が鬱々としてしまう。
気持ちも暗くなるよう作用してしまうのです。
それに金運も、ダウンしそうです。


本来、人間ほど整理整頓しきれいにすることを徹底しようと考える動物は他にはいません。
そして神社仏閣でも、清浄な空気を満たすところからは、そのような性状の表れでしょう。


掃除をして、部屋もこころも脳内も整理を進める。
人が創造的な幸せな物やアイデアを生み出す力を最大限引き出すには。
神様に鎮座していただくには、神様が好むような清浄な社(やしろ)と境内が必要ですです。
そのような雰囲気に近づけていければ、、、。



ずっと私自身、施術のしごとを向き合おうとするあまり、
その大切なところをおろそかにしていたと反省しました。
いざ施術の研究にはいると、
いくら時間があっても足りませんから。
いま、休業させていただいているときがチャンスです。

それ以前に、整理整頓作業が終わらなければ、
本格的にはお客様の施術を受付できない。。。

自宅開業の私は、お客様に対しての責任ともなります。


真剣に取り組ませていただいたおかげで、
物を捨てる、そして整理整頓作業は、体感的には5割ほど済みました。
(とりあえず半分まで走り続けたマラソンランナーの気持ちです)


いまはお陰様で部屋にて勉強をする際の心持ちは安定しています。
集中力が増したような気がします。



今回のお掃除は、掃除という以前の作業が大部分でした。
所有しているものの吟味と処分がメイン作業でした。

自分が手に入れたものを捨てるときには、
手放すつらさもあるしエネルギーが必要なんだといいます。
そのつらさを実感してみることで、再度、このつらさは味わいたくない。
そのような切実な気持ちから、
必要なものだけを吟味して買う習慣を徹底するきっかけが得られました。


ただ今回の私の場合は過半数が母や父の残したものの整理整頓処分です。
そうなるとモノを捨てるというところにも、
両親の思い出を捨てていくという別のつらさも出てくるんですね。。。





最後に、斎藤一人さんの掃除についてのyoutube映像を貼り付けておきます。
関心があられる方は、お時間があるときに聞いてみてくださいね。


https://youtu.be/a9QRXJUk6iw
斎藤一人 迷ったら捨てる。部屋は人間の気を養うところ。無駄な波動が出ると疲れる。片付けるは捨てる。もったいないの観念。



posted by スズキ at 10:54| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月20日

中医学診断を学んで使えるようになって「備えあれば患いなし」へのサポートステップへ

西洋医学と東洋医学の違い

母がメインバンクにしていた信用金庫にて、
母の貯蓄を相続人の私に移行する手続きをしています。


その信用金庫で、相続に関しての手続きをアドバイスしていただける方との会話。
都合、何度も顔を合わせることとなりまして、
世間話が少しだけはいってきました。

信金アドバイザーさん
「鈴木さんは、整体師をなさっておられるんですか。
 私、どうも自分の骨盤が歪んでるような気がするんですよね。

 だから整体とか興味あるんだけど、、、。」



「そうなんですか。
 なるほど。
 でも、この場所でしたら、
 施術院、選び放題じゃないですか。」
(駅から、こちらの職場の間までで、整骨院、鍼灸院、整体院、マッサージ゙゙店を合わせれば26軒ほどの施術院があります)
(こちらは特に施術院の激戦区ですから、いつも窓越しに多くのお客様がお待ちしているような人気店もあるんです)


信金アドバイザー
「でもねぇ、、、。
 一度行ったらずっと行くことになるんじゃないかと二の足を踏んでるんですよ」



「その気持ちもわかります!
 ・・・・・・。」




という世間話をさせていただいて。
で、話を終えて本題に進んでいったことがありました。




西洋医学と東洋医学では、
診断の際の見立てに違いがあるのです。


西洋医学では、検査を受けて数値をチェック。
正常値であるかどうかを診て判断します。

データ的にも病気が見つからない健康な状態。
そのときは、問題ないわけですね。

もうひとつの場合があります。
検査のデータが異常無しを示して健康体に属するが、
本人的には体調不良、不定愁訴の自覚があることも。

すうなると、健康体であるから治療対象にならない。
健康体なんですから。




それに対して、
東洋医学では、もともと正常値という概念が明瞭化されてはおりません。

医師免許をお持ちの先生が東洋医学の実践をなさっておられ、
西洋医学の検査データを使いこなすという先生もおられます。

ですが一般的に東洋医学に軸を置く先生方は、
日々の生活内での感情上下動やの四季の変化や生活環境で健康な状態かどうかを問診等で見ていきます。
それによって気・血・津液の流れがスムースでない滞りを見つけ出して、
そちらへのアプローチを各自の先生が得意とする施術法で改善させていくのです。

すると血液検査等のデータをチェックしたら「正常値」だが、
中医学のチェックでみれば問題が見つかったということも往々にしてあります。

中医学の見立ての力がある先生では、
「するとここの部位のこの深さに気・血・津液の流れが滞る問題が潜んでいそうだ」と判断し、
そちらへと課題改善のための手を打つのです。


お客様にしてみれば、
検査データ上では問題のない未病の状態です。
それ以上の進行がないように押しとどめたり。


東洋医学では、そもそも未病を対処する腕が上等なのだとされているのですね。

慢性化や重病になる不都合になってからの対処するよりも。
できるだけ病が身体の芯まで深く入り込む前に改善したい。
未病状態では、皮膚近くに病があるというときが多くあり、
慢性化や重病は、病が身体の芯まで入り込んだ状態です。


【 健康体 → <未病> → (病気) → 慢性化・重病 】

怪我等を除き多くの病気は上記のような流れで病気に至ります。



つねにより健康体に近づくよう改善への方向づけを施術者はしているのですが、
数値化するというステップを東洋医学ではございませんから。。。



なので体調的に不安があるお客様も施術院にお通いいただくことがありますが、
身体的にベストパフォーマンスを仕事や生活上で保持したいという積極的な方々も多くおられます。



これからは医療費が増加していく時代に日本は突入していくことでしょう。
それでほけんの窓口が人気が出ているわけです。
病に至る前に、病になった時のための計画建てていこうという、
備えあれば憂いなし。

ということでしょう。

現状の不景気ですから、3割負担の医療費も払込みたくなくなります。
そうして医者へといく必要な方々が行くのを躊躇すれば、
やがては病気の慢性化や重病化が進み4割負担等へと進むことになる予想が建てられています。

私は母のことで重病のつらさや介護する者の切なさを感じています。
だからこそ今までの私の施術場で反省するところを多く見つけ出し、
どうやって重病化が病気前の未病へと収められなかったのか。


いままでの私の施術提供の中心が筋膜リリースを中心としていたため、
そちらへのスキルを独自に進化させていったものではありましたが。
真剣に東洋医学の勉強にまでは手が伸びていなかったんですね。



そのことは、いま、東洋医学のテキストを開き、脈診講座に通い、
もし今の学んだ状態であれば、
母の重病化する前に引き返せたところもあったはずとわかります。

そのような愚かな自分を愛し許すためには、
母にそのことを気づかせていただいた感謝をしながら、
東洋医学の基礎を学ぶ時間を設けたいと思っています。

そこが一筋縄で行かぬもので、、、。
施術の再開が時間がかかっているので、
自分である程度のレベルまでいけたら、
そこで施術をさせていただきつつ学ぶという流れに変えていきたいと思っています。


今までのお客様を見る目を中医学の書や技術を用いて。
病院に通わなければならない病気になる前の状態で。
未病にとどめたほうがしあわせだし、
それはご本人も、そしてご家族にも価値があることです。


そのようなことがありましたもので、
もし私が信金の所員の方に、

「健康体維持は、攻めの姿勢で取り組むほうが、ついてたり、うれしくなったり、しあわせを感じられるんですよ!
 ぜひ、一度、骨盤が斜めってずれが出ている状態を脱してみて、快適感を味わってください。」

と積極的に口が出るようになれれば。

普段、ほとんど施術の場以外では、人の身体の傾向へのアドバイス等は一切しないのが常になっていて、
営業ワードにつながりそうなことも一切いうことがない。

それは「あきんど」としては失格。


それに、私が見たところでは、
他にも根っこになる改善していただいたらいいだろう課題は6部位ほど見つけていまして。^-^;;
 
・・・・・。

ということとなると、
やはり、信金の所員の方がおっしゃられるように、
「一度行ったらずっと行くことになるんじゃないかと二の足を踏んでるんですよ」

というところの、一度行ったら当分のあいだ通うことになるのだろうというのは当たってます。。。。
一回や二回で、軽度の改善でことを済ませるのではなく、
未病の状態へいけるように、リードしてくれる治療院もあります。

それは費用をご負担いただくことですから、
大変な出費となって家計を圧迫していきます。
私がお客様の立場ならば、お客様以上に、腕組みして考え込むでしょう。

ただもしもしっかりした腕を持っている施術院を見つけることができ、
定期的に通う機会を設けられるようであれば。

生活の質は変わっていくでしょう。

そこへ到れる実感を持てるようなことがあれば、
費用は施術期間を調整することで負担感を軽減させるなどして、
やりくりをしてでもこれから進む高齢への対策に乗り出すでしょう。


それが病気への対策にもなりますよね。
「ついている!」といえるようなことになるでしょう。




・・・・・という、考えで、一度、いい施術院を見つけて通ってみるといいですよ!

のように、助言できたほうがよかったのでしょうか。



ただ、施術院選びはかなり難しいんです。。。
私も、幾度かいい先生にめぐり逢い感謝すべきこともありましたが、
逆に、ほんとうに嫌な目にも、何度もあったりしましたから。
施術を受けて傷口が広がったり取り戻しがつかないなどのことも、
お客様方からときどききくことですから。

だから信金アドバイザーの方も、
いくつかの通うデメリットの不安が取り除かれて、
きっとここの腕が確かな施術院に行けば、どんなすてきな将来が訪れるかをイメージできていれば。

通うための必要性は感じていて、通う後にも不安なく通えるなら。
そのような見通しを伝えられれば、
通うハードルが下がり行動に移る方だったのでしょう。



ほけんの窓口での、「備えあれば憂いなし」も必須の時代ですが、
施術院の窓口での、「備えあれば患いなし」も病を患わない備えもオススメです。



私としては、
これからの「備えあれば患いなし」の基礎として、
中医学の目を持つことができるかどうか。
そこは別に他院との差別化を目論んでのことではなく、
母の施術から感じた切実な持つべきものと考えてのものです。

「そこができるまでは3年はかかるだろう」と脈診講座の先生がおっしゃられるほど、
おくぶかく難易度も高いものなのですが。
少しずつ頭に刻んでいきたいと思います。

その私的な中医学診断学の学習過程で、
ときおり唐突に中医学のこ難しいワードがでてきてしまうことがあるので、
その際は、どうぞ大目に見ていただければと願っております。
posted by スズキ at 11:02| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月19日

「産後の女性はスマートフォンを(長い時間)操作しちゃいけません!」

「産後の女性は本を読んではいけない」って、なぜ?

わたしが読んでいる中医学の本に、
五行学説というものの例としてコラムのような形で紹介されています。


中医学ってなんだろう 1 人間のしくみ


「えっ、産後の女性がなんで本を読んじゃいけないの?」と、
不覚にも私は思ってしまいました。


本を読むといけない、、、その理由は、次のように。


血液を貯蔵する臓器は肝臓です。

人がものを見るときの流れとして、
目の機能をはっきさせるために肝臓から多量の血液を送り込まれ、
その血液を使ってものを見る作業がなせるのです。

それが、女性は出産するときに、血を多く失います。


産後直後は一時的に肝臓内の血が足らない状態になっているのです。
そのような血の足らない状況下で目を酷使すると、
眼がその後にまで弱ってしまいやすくなるのです。



ちなみに、中国の五行学説という考え方では、
「肝臓」という臓器には「目」という器官が関係深いものとされています。


そう、それは生理的な上記の産後の目を酷使するなというメッセージに通じているんですね。
一見して中医学の五行学説の内容は迷信めいて見えてしまいますが
その根底では現代医療に通ずる生理学に符合する点が多く見受けられるのです。

昔の中国人が観察に観察を繰り返して収集した情報を分析的にみて搾り出した知恵が詰まっている。
そのような感じを得ることもできます。

ただ陰陽五行説も、中医学の古典を数刷紐解いて読んでみると、
本ごとにちょっと違った規定がなされているんですよね。。。
現在、私たちがみる五行学説図は、
近代の学者が古典の中医学書を参考にしつつ、
総合的に見てこれでいいのではということなのでしょう。


あと余談ですが、

産後の女性は本を読んではいけないですよ、というメッセージは、
本以外にもテレビを見つめすぎて目を疲れさせることも、
上記と同様の理由によりよくありません。

現代では、
「産後の女性はスマートフォンを(長い時間)操作しちゃいけません!」というように内容は変わるのでしょうか。



ちなみに肝臓は目に関係するというもの以外の臓器がどの身体の器官に関係するかと言えば、
心臓は舌、脾臓は口、肺は鼻、腎臓は耳に関係するといいます。


posted by スズキ at 10:33| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月17日

感情がもたらす病気があるから、ときには逃げるが価値がある!

中医学基礎の解説になるのですが、
病気になるには、原因なるための種があるんです。

種をまかなければ、芽も出ません。

それって、因果律で考えればわかりますよね。

その因果の種になるひとつに、感情という身体の内から起こる病因もあるんです。
それを(内因)といいます。

感情も行き過ぎはいけません。
行き過ぎれば臓器を傷つけて、
そこから病に転じるのです。



それはたとえば感情も過度になれば、プラスエネルギーを持つ「喜び」でさえ体を壊す種になるのです。

喜びすぎて気が緩むと「心臓」を傷つけるのです。
喜(き)」となると、
集中力が低下し、不眠になり、不安感が増して、精神錯乱などへ。


他にも挙げていきますと、

怒りすぎると気が上昇して「肝臓」を傷つけるのです。
怒(ど)」となると、
頭痛、めまい、目の充血、脳卒中、動悸、不眠などへ。


考えすぎて「脾臓」を傷つけると、気が停滞します。
思(し)」となると、
腹痛、食欲不振、膨満感、軟便などへ。


悲しみ、憂いがすぎると気が消えて、「」を傷つけます。
悲(ひ)・憂(ゆ)」となると、
咳き、息切れ、胸苦しさなどへ。


恐がりすぎると気が下がると、「腎臓」を傷つけます。
恐(きょう)」となると、
大小便の失禁、白髪の増加などへ。


驚きすぎると気が乱れて「腎臓」を傷つけます。
」となると、
動悸、不眠、精神錯乱、物忘れなどへ。







と、ここまでは中医学の基礎のお話ですね。
もう一歩、考えを進めてみましょう。



「人間とは社会的な動物です」

アドラー心理学を学べば、
悩みのほとんどには対人関係が絡んでくると明言しています。

コーチングをするときにも、
対人関係をどうすればよいか?」というテーマで<課題の設定>して進めるケースが多いのです。


私も、幾度もコーチングをするほうではなく、先輩コーチにコーチングを受ける方でお世話になりました。
それはコーチングを学ぶためには、自らがコーチからコーチングを受けて学び取れることが多いのですが、
やはり私も対人関係上の問題をテーマとして設定した記憶があります。


コーチングでの対人関係のテーマになるのは、「うれしすぎて気が狂いそう!」というものはないですね。
多くが、相手がひどい奴でいやでしょうがないとか。
職場の人間関係で八方塞がりでつらくてしょうがないとか。
。。。などが課題のほとんどです。


一部の人間に対してもつ対人関係のねじれもありますし、
または大胆な人は人が怖いとか嫌いとか信用できないとか、、、。

これは実はコーチング等で、
その課題がブレイクスルーしたり、
その課題自体に対して話し合っていて問題を感じられなくなったときのスッキリ感の半端なさからして。

対人関係に苦しんでいたときの感情の傷が肉体を攻めるということが水面下で起きているといえるほど、
その苦しみが消えたときに体調がよくなる人も、ほんとうに幾名も見かけることがあるのです。

ということは、、、
確かに自身の感情が過剰になって自らの臓器を傷つけているようです。
具体的に、今の自身の過剰な感情がどの臓器を傷ついているといった自覚はないにせよ、
なんらかの漠然とというレベルを通り越した不快感を持っているからこそ、
対人支援を得意とするコーチの門を叩くのでしょう。


内因の過剰な「喜・怒・思・悲・憂・恐・驚」という感情が発見されたなら、
自身ならばどう対策をとるべきでしょうか?
そこが大事ですね。

中医学の門を叩くというよりも、
たとえばですが私は対人関係を支援してくれるコーチの門を叩くほうが適切だろうなと考えています。

私が目を通した中医学のテキストには病気の原因に内因があるということは書いても、
それに対しての対人支援を受ける必要ありというようなところまでは突っ込んでは書かれていません。
内因に対しての危険を提唱したとしても
具体的かつパワフルな対策が打たれなければ、
クライアントの臓器の傷は減りませんし、
誰もしあわせにはなりませんから。



余談ですが、
「臓器が病気になるほどの過剰な感情」という、行き過ぎた状態では
感情を生じさせるエネルギーを過剰に消費させて健康ではいられなくなります。
それは別に強い怒りの感情を爆発させた人の息をビニール袋にでも貯めて、
小さな昆虫などをいれると通常ではありえないほど死んじゃうのです。
通常の感情では息をいれてもピンピンしている昆虫なのに。。。

自分の内側で内因動機により毒を創り出しているんですね。

その毒を外に吐き出すこともできますが、
うちにこもる毒もでてきます。



特にですが家族、親族、友人、仕事場で、
対人関係に苦しむことってありますよね。


いちばんきついのが身内だと思います。
人間関係を学ぶ修行をするときにもハードな学びになるのが身内からです。


たとえば身内にいつまでもいつまでも恨み言をいう人もいますよね。
ときには非常識な理由で噛み付いてきたりすることもあるんです。


そのようなことを言う人に対して。
「そのようなことじゃいけないよ」と注意をしたほうがいいのでしょうか?


個人的な考えでは、
ずっとそのような言葉を言い続けているような人が変わる手助けは望んでおらず、
かえって反発されて恨み言のネタが増えていくだけ。
本人が心底そうしたいと感じるほど懲りない限りは、
自分のやり方がまずかったと反省もしません。

コーチングでも、多くの場合、
クライアントが悩むのが、
どうやって相手の考えを変えようかというところでつまずきます。

たとえばその相手がコーチングを受けたいとなれば打つ手はありますが、
そうではない場合は、
けっして強制力を用いて相手を操作するようなことはすべきではないという姿勢でいること。
そのような考えがアドラー心理学のベースにあるのです。


すると賢明な行動としては、
できるだけ顔を合わさずに遠くへ逃げておくように私ならばさせてもらいます。
同じステージに登らないようにしたほうが、平和なのです。

立場上、逃げられないときもあるでしょうが、
もしも相手がひどすぎるときには、
表向きでは関わっているようにみせても、
精神的な面では関与しない姿勢で逃げる気持ちでいるのが正解でしょう。

少し前にやっていたドラマですが
『逃げるは恥だが役に立つ』でいいじゃないですか。

posted by スズキ at 12:56| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月07日

中医学の最大の目的は「病気にならないようにすること」です。と、自宅内部の軽セルフリフォーム近況報告

みなさま、こんにちは。

今日、明日は雨ですね。
かなり激しく降る所もあるようです。
みなさま、お気を付けくださいね。



明日6月8日は、
個人的なことですが母の四十九日法要と納骨で、
寺のある千葉県香取市佐原へ行ってまいります。

これで私にもこころのなかで一区切りついて、
次に動く方向を見定められればと願ってます。



個人的には私が施術への情熱で
母にいつまでも心配をかけ続けてきました。
そんな私に対してともに同じ場で生活をする母。
「こころから、あなたのことを心配をしているのよ・・・」
といってくれた人がいなくなったとき。

そのつらさや口惜しさは、
半端ではないものですね。



消極的安楽死を迎えることになった私の母に対して。

その現実を直視しながらも、
いまも何か出来たことはあったのではないかと、
こころのなかは絶えず何かを追い求めています。

消極的安楽死は、日本では苦痛を長引かせないため、
状態回復の見込みがない場合は延命治療をせずにという判断になります。

私の母自身は、大学病院で病状を宣告されたときに、
消極的安楽死という言葉は使われていなかったので、
これからどうなるのか。
良くなることがあるのか、
最悪なことが訪れるのか、
さっぱりわからなかった。


私も、直接、母にそのようなことがらについて、
噛んで含んでわかりやすいような説明は避けて、
とにかく私ができることを必死にやり抜くしかないと。

その私の姿から、
母への感謝の思いを伝え続ける。
生の望みがあるなしというところを越えた、
思いを受け取ってほしいと考えていました。

ですが少なからず医者が母のがんに対して、
一切の処置をしていないことを知ってから、
消極的安楽死を必要とする患者であるという位置づけだと知る。


母ががんになった責任は、本人にあるもので、
大学病院の先生方が悪いわけではありません。
それはもちろんのことです。

お医者様もつらい闘病をする患者に対して、
消極的安楽死へという判断をして接することは、
並々ならぬ愛情と責任感がなければできません。


私個人の理想としては、
消極的安楽死を選択せざるを得ない重篤な身体の状態に陥る前に、
どうにかするような知識や知恵、方法がなかったものだろうか?
どうしても知りたく思えてきた。



その結果が中医学にようやっと学び出そうと行動を始めたことへ。



私は今、中医学の「黄帝内経」の簡易版や「中医学ってなんだろう」などの平易な本を読んでます。

それらのなかで語られていることがあります。


がんのような病はすぐに重篤となるものではなくて、
皮膚の表面から徐々に内部の奥まで時間をかけて段階を経て進行していくといいます。

その表面から身体の奥の臓腑まで病が進むと、
また表面に戻っていく。
その経過を繰り返し重篤となり、
容易に取り返しのつかないところまで至るといいます。

いま、中医学の診断方法の一つを学び出したときには、
「そういえば、当時の母にこれは当てはまるだろう」
と、思えてしまうようなことがいくつも出てきました。


実際に知識を得て活用していきたい人を見送ったあと、
あのときわかっておれば施術の仕方を変えていたのに。。。
という後悔の念が増す学びをするつらさ感じています。

施術家のなかには自分の身内を助けられなかったときに
その後に執念深く助ける方法を模索し続けてしまう人がいます。
そうやって学び対処力が付き始めて感じる「もしもの世界」ですね。


ですが、そもそも、、、という前提で

中医学の目的は「病気を治す」ことではなく、
一番大切な目的は「病気にならないようにすること」です。


いつも健康でいるための養生をしていく学びなのでしょう。

中医学を学び始めたら、
自分を大切な自然の一部としていたわり慈しむやさしさを、
自身の生き方の中に見出すことが根底に芽生えさせなければ虚しいものと思えてくるでしょう。

そのような気がしてなりません。


もしもの世界を述べることを許していただければ。
私も3年前から、真剣に中医学を学び始めていればよかった。

そんな思いを深めつつ、読み始めています。

仕事が始まって身体が疲れてしまいだせば、
中医学の記憶すべき内容が山のようにある分野は、
頭に入らないようになって投げてしまうしかなくなります。
だから今のタイミングで、まとめて知識を暗記していって、
後々の学習の礎を築いておきたいところです。



そしてゆくゆくは3年前の私に中医学基礎に関心をもたせるような内容を咀嚼して、
誰もが読んで「へーなるほど、なるほど」と言える中身のある知識を文章化してみたいですね。
そうなったときには中医学の目で臓腑や経絡、経脈などが目に飛び込んできて、
より複雑な施術上の一手が打てるようになっていくはずです。


ただし私が独習で本を読むのでは、
重要度の高い鍵が浮かび上がって見えてこなかったりします。
つまりかなり学習が実り実学となるまで遠大な時間が必要になるんですね。

脈診講座の鍼灸院の先生が、
その中医学基礎を教える講座を初学者にという機会を提供してくれているのですが、
時間的に今後、施術を再開したときに日曜日が丸々仕事休みにせねばならなくなり、
会社員のお客様がおられますので折り合いがつけられないと感じております。



・・------------------------------・・



話がかわりまして。



一昨日前から自宅内部のペンキ塗りをしていました。

施術を再開する前のタイミングで、
少しでも手をかけておこうと思いました。

10リットルのミルキーホワイトのペンキを買って、
ひとりで塗りまくっていてちょっとした惨状でした。
いつの間にか、
食事もせず夜中の2時までペンキを塗ることに。。。



ペンキ塗りをするにも
最近のペンキはペンキの臭いが弱くなったとはいえ、
ある程度の耐久性等があるものは臭いがあるのです。

あと数日すれば臭いも収まるのです。
いまはまだ、ひどくクラクラします。


自分で自分の機嫌をよくしていくには、
家の中を整理したり掃除をしてみたり、
明るくなるようにするのはいいですね!


まだまだ、
手をかけなければならないところが多く、
いくつかどうすればいいかを思案中です。


思いつめて頑固にがんばりすぎているぞと人に言われそうなほど、
まじめに仕事に対して取り組む傾向のある私なので。


費用は抑えつつおこなう自力でのリフォームですし、
やり方も手探りでほめられた仕上がりにはなりませんが。

自宅の内部を少しでもさっぱりできるよう、
工夫して時間を使うのもいい息抜きになりますね。


^-^
posted by スズキ at 17:41| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月05日

視力検査で救われました・・・

私は生活上は車に乗ることもなく、
ペーパードライバーとして、
自動車免許書は証明書として使うばかりになっています。

そして昨日、自動車免許書の更新にいってきました。
運転免許書更新のための指定警察署のひとつ、田園調布警察へ。


今年の前半部分での母の介護中は、
睡眠時間が2時間弱の3ヶ月弱の生活をしてきました。
夜中も、ほとんど寝ずに作業してきたもので、
知らず知らずに視力が極端に落ちていました。
今のメガネの度数もかなり強いものですが、
それでも免許更新の際の視力検査に足らないはず。


そう考えていて、
自作ていしんで視力をあげるためのツボを刺激したり、
視力向上を目論んでがんばってました。


過去の免許更新はそれで十分でした。

視力がぐんぐん上がってくれまして、事なきを得たのですが、
今回はダメージが心身に及んでいたためうまくはいかなくて。



だったら早々に眼鏡屋さんに行けばいいのですが、
免許更新について視力検査がパスできなければどうなるのか?
ネットで調べました。


警視庁の公式サイトでは、その回答が見当たらなかったので。
どちらかの方の過去の解説を読むと視力検査で落とされても
費用は次回も持ち越しで3000円で大丈夫とのこと。。。
視力検査を受けても、その日のうちに時間を空けて再検査へ、
という離れ業もできるので、、、等々書いてありました。

なら何回も足を運ぶのは面倒ですが、
視力検査を受けてはっきりしてから
眼鏡屋さんへ向かうのもいいですね。

自分は目が悪いという先入観が強くあって、
もしかしたら意外に現状でも視力検査をパスできるかもしれない。
手早く更新ができれば今日中に済ませたいので、

だったら、警察署で、まずは自分の視力を計測してもらうためでかけよう!



田園調布警察に到着。
免許書き換えの担当の方に、
視力がギリギリかもしれないというと、

「はっきりいいますよ!
 視力検査は試験です。
 視力検査で落ちたら、試験を受けた費用かかりますからね!
 2500円は戻ってきませんよ」とのこと。
(※ 更新申請手数料 2500円 優良講習手数料 500円 のうちの更新申請手数料がこのたびの2500円の検査となります)


「えっ、、、。ほんとですか。(寝耳に水的なびっくりした状態)。 ^-^;」
(※ 視力検査で引っかかりそうな方は、お気を付けください)


「受けますか?
 また今度にして、やめときますか?」


今日、出かける前にあずきのホットパックで目を温めたり、肩や首を温めてたり。
薬局によって12種類の栄養素の入った目薬を買い駅のトイレでとさしてみたり。
急場をしのごうというこそくな努力ばかりですが、ひとまずダメ元で受けました。

すると。

難なく視力検査はパスしました。
それから30分の講習を受けて
免許を新たにいただいて帰ってこれました。


あずきのホットパックとは、
タオル地で40センチ✖12センチほどの袋を作って、
あずきを1キロほど入れたもので、
電子レンジで2分ほど温めるとホットパックとして使えます。

ただあずきのホットパックを、
首や目の周り、肩甲骨と肩甲骨の間辺に置いて温めると。

目の周りが血行が悪くなっていたと気づかされました。
仰向けに寝て目の上にあずきのホットパックを置くと、
目の周りが熱く感じるどころか、
熱いはずがひんやりとクールダウンする実感が生じて。
これは極端な血行不足状態で起こる感覚反応です。

そして目の周りの血行が不足していると同様に、
首や肩や背中も筋緊張して固まっていたということもわかりました。


そんなことさえわからない鈍感な状態に陥っていたのか。

これは普段ではありえないもので、
そこまでいく手前に引き返すはず。
それは身体が敏感な状態ならば、
そこに至るまでの血行不良前に、
つらくて音を上げるものです。
そうなると早めにスマーティなどの遠赤外線ドーム型サウナなどで
体を温めて回復を図るので大事にならないで済むようにしています。


体の機能には。

敏感であれば、
問題ある状況まで行く手前に引き返せるようになっています。
鈍感化すれば、
その後の状態悪化は加速して体内の悪血が蓄積するものです。

鈍感化した状態では、
すでに幾重にも機能を持つ自律神経の働きに異常がでてます。
施術をするものの仕事として、
お客様の体質改善をする底上げをするときには、
自律神経系へ至った異常を改善させることに力を尽くします。



私が自身の身体が悪化した状態がわからないほど、
鈍感化していたことに気づきました。



そんな状態であれば、
自分の身も危ういし、
いい施術をするにも、
支障が出ることも起こるでしょう。

そこから引き返すことができて、
いいタイミングで視力検査を受けられたと思います。


ありがとうございます。
posted by スズキ at 03:11| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月03日

施術のときのワークベッドへの変更に際して、概ね良好のようです

いままでお通いいただいていたお客様は、

施術ベッドがある!と驚くかもしれません。 




■ ヘッドレストとアームレストつき施術ベッドは比較的快適


色はベージュ色ですが下の写真が私のところで利用している施術用ベッドです。

VeneziaAB670.jpg

ワークベッドでは、ヘッドレストを利用し、アームレストも同時に使えますので。
ここ数回の臨時施術では、ヘッドレストおよびアームレストを利用しております。
(※ヘッドレスト:うつぶせ寝のとき、顔を置く穴のあいた台のこと)
(※アームレスト:うつぶせ寝のとき、腕を置く台のこと)


低反発ウレタンで庄のかけられた際の沈みこみの問題があります。
そのためベッドの上にはヨガマットを滑り止めとして敷かせていただきました。

ヨガマットの硬さは居心地の良さと言えば減点です。
ですがしっかり身体がグリップされるようにもでき、
深めの庄で浸透させたいときに滑らずに受け取れる。

とりあえずプルパを使った施術では実践で活用でき、
概ね感想を送っていただいたお客様の声からは、
うつぶせ寝のときの首を曲げた痛みがなく快適。
アームレストを利用し出したときから私も起立筋にかかる施術がしやすくなりました。



■ ヘッドレスト用タオルの用意へ

ただヘッドレストをうつぶせで顔を入れるように使うときに
フェイスタオルがあると息苦しいという感想をいただきました。
それで使い捨てのU字ペーパーというヘッドレスト用のものの購入を検討したのですが。

ひとまず次のものを10枚ほど購入へ。

エステ専用タオル 40cm×34cm

安価なもので生地はうすくて、、、という感じですが、
ペーパーだとすぐに紙がしわしわになって、
そのしわが顔にプリントされることもあるんだと同業の友達からいわれたことも。
素材が不織布(ポリプロピレン)ではなくコットンなら大丈夫だと思いますが、
とりあえず顔にあとがつきにくいという布製を試してみようと思いました。





■ ボディクッションについて

ボディクッション.jpg

またボディクッションという、
特別な背中を心地よく伸ばして仰向けになれるグッズは、
セッティングに微調整が必要ということ。
身長差や腰部のコンディション等で
調整に時間を要するためタイムロスになるし、
ボディクッションの高さで身体が持ち上がるためと
クッション性がプルパを使ったワークにはなじまないようです。

ですが純粋にボウエンテクニックのみを施すときは利用としたほうがいいでしょう。
やはりリラックス度が増して、
成果がより高まるようですね。



■ 施術が終わって立つときの補助を

あとはフェルデンクライス・メソッドの先生をなさっている方から、
ワークベッドのほうが施術が終わったさに降りるとき、
体を立たせる補佐をすることで新たな可能性を見いだせるだろうというアドバイスもいただきました。

施術の直後は、いつものときの身体の感覚ではないため、
質のいい動きなどを抵抗なく受け入れやすいのかもしれません。
研究課題として、取り組んでみたいと思います。

実はときおり施術での事故報告がありますが、
そのいくつかは施術用ベッドから降りるとき、
眠気等で意識が薄らいで転倒というものがあるのです。

いままで、私の施術は床面で行なっていたのでその心配はなかったのですが、
施術ベッドの脚を立てるようになると、
そのようにならないよう気を付けなければならないんですね。
posted by スズキ at 10:36| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月18日

”未病”という言葉をはじめてとなえた本、「黄帝内経」についての映像

未病という概念が中医学にはあります。
この言葉は、約2000年昔の中国書物【 黄帝内経( こうていだいけい、こうていだいきょう ) 】にはじめて出てきました。


病気になる前。
その芽を摘み取ることが大事だと書かれています。

ほんとうにもっとも!




日本人は特になにかと頑張りすぎてしまうといわれています。
心身を満身創痍へと置きながらも前進しています。
私も、まったくもってそういうタイプですから、
自分こそ反省しろという感じですが。

そのような折には自身が鳴門の渦潮に巻き込まれているかのようです。
上も下も左も右も前も後ろも、訳が分からなくなると思います。
自分の生きる姿勢を引きの絵でみれば馬鹿げたことをしている。
そんなことをしていたら、壊れるのも時間の問題じゃないか!

冷静になって他人を見る目で自分を見つめ直せば、
そうとわかってしまうものも、
自分を主観的に見ると、そうやって生きていかざるをえないと、
生活できなくなりたくないという恐怖心や
家族を支える義務感、
社会通念上そうすべきだという思いや理由から。

未病サインを、見てみぬふりをしてやり過ごし、
後になって病が表面化したときに大変なことになってしまう。


そうならないために、
そんなときに未病を説いた最初の【 黄帝内経 】を知り、
細かにポイントをとらえた教えの内容を思い出したならば。

そんなことを思うんですよね。



症状がでて治すのは、
不安で苦痛に耐えることになってしまいますよね。

そうなる前に【悔い改める】ことができたなら、
問題が出る前に解決することになるんですよね。

人は悩みむために生まれてきたのではありません!
悩みを解決するため生まれてきて、
解決する経験が人間的な成長・成熟につながります。

その解決へと気持ちをもっていくこともなく、
ただただ悩み続け時間や感情を費やすならば。
出てきた小さな問題を見ないようにするなら、
小さな問題で解決が容易だったものが、
大きな問題へ発展するでしょう。
解決が困難なステージへと向かいます。


そのままであればその後どうなるかを知ることで、
その悩みの芽を大きく育てずに、
小さいときに芽を詰めば、
それはどうっていうことない。

まだまだ自分自身で自然治癒が進められる内的な気の充実があるからです。
そちらをフルに活用しながら、
食事を変えたり、
人間関係を変えたり、
仕事の取り組み方を変えたり、
睡眠時間を伸ばしてみたり縮めてみたりして適正にしてみたり。
または適切な指導の下で生薬などを積極的に活用すれば盤石でしょう。


私は、未病でいなければならないという切迫感は必要ないと思います。
ただ未病の時期に解決していこうという知恵を持ち、
未病で治めることのできる専門家に相談できたなら。

そのような貴重なご縁が結ばれていたとすれば、

あなたが人生を送るときに役立ちますよね。


以下にとてもゆるーくわかりやすく黄帝内経の大切なポイントを語ってくれている映像を見つけ張り付けさせていただきました。

ご興味がある方は、ぜひ、ご覧ください。
私もこの映像は何度か繰り返し見ました。



120才まで、人間は生きられるように神に作られた存在だ…って、このようなところから来ているのか!
^-^;

面白いですね〜。



https://youtu.be/tzdmgmpfuDs
東洋医学絵本 やわらか黄帝内経素問 知りたい王様
posted by スズキ at 12:44| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月13日

【モリンガ 奇跡の木】の追加調査 

先日、書店に並ぶ「モリンガ」という奇跡の木と呼ばれていそうな樹木関係の本を見て、
スーパーフードとして様々な栄養素をバランス良くふくんでいると知りました。

モリンガは。
インドのアーユルヴェーダという伝承医学では、
50000年以上前からメディカルハーブとして重視してきた経緯からも興味深く感じました。



そしてモリンガのパウダーを購入。


MRM オーガニック モリンガパウダー 8.5オンス(240 g)

意外に、私はココアに混ぜていただくと、
甘味がほどよく気に入って飲んでいます。

もっと飲みづらいハーブ等をしこたま集めていたので、
「えっ、これだったら常用してもつらくなさそうだぞ」と思えるものでした。

というところは、以前、お伝えいたしました。




ただ、実際に私自身モリンガを取ってみて数日経ったわけですが、
おーぉ、という変化効能はわかるものではございませんでしたが。

そういったものでしょう!



でも気になったのでyoutubeに映像でもないかと調べてみました。


すると、とてもわかりやすく見る価値アリな番組を発見しました。


https://youtu.be/xwP3_JmbJVM
【達人道】第82回〜モリンガの達人

生島ヒロシさんの2013年くらいに放映された番組で、
こちらの映像を通しでみてみたら、
あなたもモリンガを一度試してみたくなるでしょう。 ^-^


もちろんモリンガはお薬ではありませんから効果効能を書くことはできないのですが、
含まれる必須アミノ酸がまんべんなくはいっていたり、
ギャバやポリフェノールなどなど。
それらが300もの病を予防するそうですね。

健康寿命を伸ばしたり、美しさを増していくにも。

いまは様々なパウダーだけではなくサプリになったり、お茶になったり。

また番組で紹介されていたのですがモリンガ・どら焼き・・・って、あるんですね。

^-^




あと意外に見ていてすごく勉強になるのが次の映像でした。


https://youtu.be/9l-_lso7624
知って得する「モリンガ」の秘密
posted by スズキ at 12:54| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月10日

後日、無料セッションのお誘いをご連絡させていただきます!(ただし無料は「訳あり」です ^-^;)

個人的なことですいません。

母からの相続、名義書換等の事務的な処理。
まだ申請まで添付書類の取り寄せや、
先方との予約時間が先の先で時間がかかるものはあるのですが。
どうにか主だったところまで、
手をつけることができて見通しがついてきました。

私の家は、複雑な事務的な処理などないはずです。
それでも、役所に行ったり、金融機関に。
なんど足を運んだのが品川区役所ですね。


母の遺品の8分通りは、
とっておいても私が使えるようなものでもございません。
だから忍びない気持ちで、処分しました。
あと2割ほどの残りも、まだまだあるのですが、
これらは父や母が家を買い、大切にしてきた思いが詰まったもの。
なかなか手を付けようにも躊躇してしまうものです。。。
でも、いつかは家の中を簡素化させていこうと思うので、
どうにかせねばと思ってはいますが。


そして母へお線香をあげていただける方々も、一段落ついてきました。


あとは私の家の外にのびるホンコンカポック等の木々が生い茂って、
葉を大量に地面に落とすようになっているので。。。
長年、私のうちに緑の目に優しい風合いを送り届けていただきましたが、
多くの部分、枝打ちをするしかないだろうと考えています。
植物たちには、ほんとうに申し訳ないのですが、
ノコギリを買ってこねば。。。



そして来週までは役所にいく予約等がいくつか詰まっており、
いまもまだ落ち着きませんが。
(これはゴールデンウィークが10日間もあったせいですね)



私自身、少しずつ施術の感覚を身体に思い出してもらわなくてはなりません。
自分で苦心の上に作り出した手技は、
頭というより身体が勝手に動き出してくれるものです。
そこの部分はまったく心配はしておりません。

ですが、この度、重いおもりを使ったずり庄を、
深刻な諸事情により封印しようと考えています。

面を広く当てたずり庄をかけることで、
痛み等の不快感を大幅に低減させつつ、
身体状況の改善も非常に深いという特徴がありました。
それを取りやめるというのも、思い切ったことですが。

介護中に錘たちのメンテナンスが行き届かなくて、
ボロボロに劣化して使えなくなってしまいまして。

その事態を受け入れて次に進もうと思いまして。


現在の施術上の刺激ですが経穴部分をうまく狙うことで、
その部位の刺激から身体の改善を促すというものにシフトしてきました。

改めてそちらへの可能性を探る時期と思っております。


そうすることで、経絡線をたどることで「五臓六腑の情報を得る」ことができます。

その点の中医学的な発想を、いちから学び直して、
そのうえで成果を上げることができるようになりたいと考えております。




新たな施術スタイルを創造して確立するための模索をする時間をいただこうと思っております。


ただ施術風景全体像を模索するにも本を見たり、
頭の中で手順をイメージをしたりするだけでは、
うまくいくかどうかがうかがい知ることができないものです。





そのようなこともありますので、
近日中に1週間ほどのうちの数日間。

ボウエンテクニックと合気の手の内を活かしたセッションを、
お客様向けにご提供させていただければと願っております。


もちろん安全性も高いものですし、
成果へのこだわりもあります。

しかしこのたびは、
前段に申したような試験的かつ試行錯誤をさせていただきたいという意図がありますので、
費用をいただかない形でおこなわせていただければと思います。


あとただ、ひとつだけお願いがあります。

ビデオで私がセッションをしている風景を撮らせていただいて、
後に私が視聴させていただいて研究する材料とさせていただきたいと願っております。


いままでボディワイズにおいでいただけなかったお客様も、
この機にぜひ、体験セッションを受けに来てくださいね。

うん、やはり実際に受けてみるとブログの文字ばかりじゃイメージできなかったな!
ということも、あるでしょう。



たとえば、先日、お問い合わせをいただいた同業者の方など、お時間が合いましたら、ぜひ!

ただ本当は、
いままで施術を急に休業させてしまいご迷惑をおかけいたしました方々、
皆様全員とお会いしたい気持ちです。



ただより詳細の規定をおつたえさせていただくのは、
もう少し事務処理作業をさせていただいた後となります。

具体的には、私のうちが借地権で借りているもので、
そちらとの交渉や手続き見通しが立っておらず、
ひやひやしてまして。
そこがほっとできたら、改めてお知らせいたします。


どうぞよろしくお願いいたします。




鈴木政春
posted by スズキ at 21:25| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする