2022年05月27日

out of control な 手がつけられない筋の裏側に隠れた存在にスポットライトをあてていこう


合気柔術の道場にて稽古をなさっておられる方と、
メールのやり取りをさせていただいているなかで。


通常、先手必勝という言葉があるように、
先に手を出したほうが相手へ得意技を繰り出せるから勝てるのだという考えがあります。

ですが合気道や合気柔術では、
「後の先」という攻防の流れがあります。

「後の先」とは、相手が先に攻撃に出た切っ先を受け、後から攻めたはずのこちらが優位に立つことをいいます。


>「自分と相手のどちらがコントロールできる状態にあるか」のような感覚があって、
> 自分が勝っている状態(コントロールできる状態)でないと技が成立しません>

この場合、コントロールは2つの要素が入ります。

対相手というコントロールと、
対自分というコントロールです。

そして特に{自分が自身をコントロールできている状態}が「後の先」を成り立たせるのだといいます。
そうした状態が相手以上に深みが増した安定を誇ることがあってこそ、それが技と転じるとのことです。


合気柔術について関心のない方には、
かえって難しそうなたとえになり申し訳ありません。
ここでわかっていただければと願った点は、
「対自分をコントロールできている状態」ほど大事なものはないんだということです。

たとえば、
相手がどんなに筋力に優れたパンチ力があっても、
そのものが自身のコントロールを見失う隙があれば、
対自分のコントロールを徹底しているものにはその隙が穴として容赦なく見透かされてしまう。
つまり対相手をコントロールする前に、対自分のコントロールができたものであることが勝負。


この自分の心身をコントロール、制御するという要素は多岐にわたっているのですが、
先日、筋紡錘とゴルジ腱器官についてお話をさせていただきましたので、
そこを中心としてみていければと考えております。



人は寝ているときに、足の筋肉の筋緊張をさせても無駄な労力を割くだけで利益などないため、
脳神経から、足の筋肉は緩めよ!という明確な命令が送り出されています。
それに呼応して足の筋肉がゆるゆるっと緩まればコントロールできている。
それでOKです。

ですが「筋肉の凝りがあって・・・」という状態が継続することがあります。
脳神経が矢継ぎ早に送り続ける足の筋は緩んでよしというメッセージが、足本体にまで届いていないんです。
または届いていたとして足の筋膜組織の状態が悪化して呼応することができない状態にいるわけです。

この後者の脚へいくら脳からの弛緩せよという命令が来たとしても、
筋膜等の膜組織などが癒着が進んだ状態では、
癒着した筋膜や腱、靭帯、骨膜、内臓の外壁などを、
筋膜リリース等の積極的なアプローチで改善させなければ話は進まないのです。
そうした状態につきましては別の回でお話をさせていただきますとして。

シンプルに
筋膜の癒着等は浅い程度だが脳神経が矢継ぎ早に送り続ける足の筋は緩んでよしというメッセージが、足本体に届かずは弛緩できていないとき。

別の言い方をすれば、
「自分の筋肉の長さ(トヌースといいます)がどれくらいだという情報がはかるセンサーが効かず、
 脳から緩めと命令が来ても「緩んでるかどうかわからないから反応しない」という選択をとります。
 結果、筋緊張しっぱなし」

そのものの筋膜組織は線維化が進んだ変異は癒えている状態だから、
前出の癒着状態が多く体内に散見されているような状態ではないが、
日頃の精神的なストレスや肉体の酷使によるストレスの蓄積が押すとき。

前回申した、筋紡錘とゴルジ腱器官という筋肉の長さを測定し緊張の度合いを検知するセンサーに誤作動がしょうじ、
その筋肉の長さを把握して脳に伝え、脳から筋弛緩させて筋の長さを伸長させるような命令に対処できなくなります。


英語で言えば、

out of control. 手がつけられない, 手のつけられない, 制御不能, 収拾がつかない,

という状態ですね。




このようなとき、対処法はいくつかあります。

たとえば自律訓練法では、身体の各部位に意識のスポットライトを向けて、その部位へ多くの気血を通します。
それにより血が虚した状態に陥ったため筋紡錘とゴルジ腱器官が作動が低下した状態から抜け出すことができるときがあります。

フェルデンクライスメソッド等では、このボディスキャンという呼び名で、体の各部に照明を当てて状態や状況を観察していくやり方はよく摂られており、
まさに、すでに筋膜の膜状が筋膜リリース等でしっかり奥の層まで整えられた者には、
ボディスキャンを徹底して全身に意識の目を向けることが大きな体調改善へのステップへつながることがあります。

人間の特性として、たとえば、ひとつ、ふたつ、身体の痛みや張りがしんどいところがでてくると、
その部位ばかりにスポットライトを当てて、痛みをかえって必要以上に増長させてしまうことがあります。
そのまま本能のまま焦った気持ちでおれば、さらにその不調の場に気が向いて、痛みが増す悪循環に陥るのです。

姿勢や運動上で起きた痛みの炎症か所。
強い炎症が出ている箇所だがそこばかり使っている気はしないというとき。
その痛みが出ている患部は、本来、すべきではない苦手な仕事を無理強いされて壊れた傷ついたということです。
そういった筋の裏手にある拮抗筋が、本来はその動作をパワフルに対処できて得意としていたが、そちらを使っていない。
そうした筋肉の仕事のさせ方の誤用という状態に陥っている。


これが多く、私たちを苦しめている要因です。


筋操作のミスが入り込んだ運動神経系のプログラムを持ってしまったため、
自らの筋を痛める使い方を繰り返すため手に負えない状態に陥ったというわけです。

たとえばボディスキャンをもちいて自ら体内の各所隅々における部位の筋紡錘とゴルジ腱器官のセンサーの能力を取り戻す。
そのように、ひとり静かに自身の身体に語り掛ける時間をたのしむこと。

「瞑想」とは、ただ黙して座すのみにあらず。
こころとからだのすべての状態をつぶさに触れ、すべてをあからさまにわかった状態に置くことをいいます。

ゆえにボディスキャンとは体への瞑想ともいえる、気づきを深め洞察する業のようなものです。
これをしてゆく過程で、いままで見えずにいた体の部位の状態がわかりだしたとき、
その部位もコントロール可能な状態にできたたということです。

対自分でコントロールできるようになるというやり方のひとつとして、
特に筋膜リリース等でしっかり筋膜組織の状態がいったん深層まで解けた状態となった方はぜひ取り組んでほしいと切望いたします。


自身の筋肉に対して「 out of control. 」という状態個所を、
日々、少しずつ削っていき、コントロールが効く状態に持ち込んでください。


ちなみにボディスキャン関係の本として、
感情の観察も示唆したボディスキャン瞑想のような本や
MBSR(マインドフルネスストレス低減法)のようなものにも同種の詳細な解説があります。
私にはフェルデンクライスメソッドのATMというセッションがなじみがあります。
フェルデンクライスメソッドの解説された本にボディスキャンについて詳説されるものもあります。
関心あらば、ぜひ、書店にでかけてチェックしていただくか、
またはYouTube動画等に関連がないか探してみてください。

あと洋書では

のような、ワークブック形式になって本に自分がボディスキャンした状態を書き込むことで、
気づきが流れて消えないようにするテキストが多数出版されています
ね。
なんとなくするボディスキャンより、丁寧に日記をつけるような感覚でボディスキャンに取り組むことで、
自身の身体の状態の気づきが増していく。
結果的に豊かな体との付き合いが手に入ることでしょう。
ボディスキャン日記を、ノートやパソコンにつけることは私からもお勧めいたします。
posted by スズキ at 17:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック