2020年06月29日

「上石神井のツボクサ自生地調査」と「皮膚聴力感の鋭敏化」へ

6月28日、本日は上石神井のゴツコラ(和名:ツボクサ)自生地に出かけました。
自生地近くには石神井川が流れ、
練馬区石神井公園があります。
自生地は、わずか3メートル長の街路に突如として現れます。

ネットには、書かれていません。
ですが私はその地に引き付けられるように足を運びました。

価値に気づけば。
人は宝を見つける力を持っているのです。
ただ何をどうして必要かが明瞭であることが大事です。
思いの念がぼやけていては、脳は引き付ける対象が理解できずに働かないものです。

でもひとたび描き切れば、人間ってすごい!



雨上がりの自生地で。
ツボクサの葉や植わる土質や周囲の自生する植物を観察。
膝をつき、手で土を触り、葉をちぎってはにおいを嗅ぎます。
ツボクサに違いないと納得して、ホッとする。
小さなゴマ粒ほどの赤くかわいらしい花を見つけて喜ぶ。

人通りがある街路では、通行人からは、
「雑草を見てよろこんでるんだい?!」と痛い目で見られてましたね。

好きなことをしているときには、強く美しい意志の力が働きます。
そのようなときはぶれることなく自信をもって動ける。
そんなとき弱い気になれば、気の乱れから方向がずれてすべてを失い後悔しかねない。
他者は味方にもなり、そうはならないときもあります。


好きなことも「そこそこ好き」程度でいいものと、
「好きだから(命がけで)極める」というものと。
その存在感は、二手に道が分かれるでしょう。
「そこそこ好き程度」だったら、私も恥ずかしそうにしてその場を立ち去るでしょう。。。


ゴツコラは、和名がツボクサといいまして、
ひっそりと家の周囲に自生しているときもあります。
育てやすい植物ですが、いまの東京では見つけにくくなりました。


価値あるものと、それを見たか?
世の中にあるものすべてを宝の山と意識してみなす目を持っているか?
そういう目を育てる大切さ。


養いたい。



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私が自身でここ10日間食べ続けてきた実食実験で感じたことが、
自然派志向のあなたにも、ゴツコラを食べてほしいと感じたことがありました。

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ゴツコラ実食とベン石温熱器によるセルフリリースを初めて、
集中力アップ」は感じています。
さすがWHOが「21世紀の脅威的薬草」として認定しただけあります。



最近、ゴツコラを試食実験するようになって気づいたことがあります。

私の極端に悪い左右ともに0.1を切る視力は悪いままですが、
集中力が増したせいか「聴覚が鋭敏化」していきました。

私の部屋は小さなスピーカーで同じ音楽をエンドレスループさせています。

ふと、気づけば。
私の耳に入るその音は同じはずだが、クリアに聞こえだしました。
スピーカーから流れる曲の情報量が10倍に増えたように感じます。
個人的感想です。客観性がとれずに非常に申し訳ない m__m; 
でもコーチに、どれくらいの変化を感じたかとスケールを問われたら、私ならばこういいます。

あたかも別の優れた音源を持ってきたかのようで、驚きました。


私の脳の聴覚野あたりに入る血流量が増えたかのよう。
胸鎖乳突筋の停止部を温熱対応で熱を数分当てるようにしていて、
その熱が脳の部分にまで骨を熱媒介にして届いたものだろうか?
(※ちょうど耳の穴の近くのもうちょっと上に大脳皮質の聴覚関係の部位となるため、
胸鎖乳突筋の停止部のリリースでついでにここは熱対応しているので)

それもないこともないが、他に再現性あることとは思えない複雑な匂いがする。

理由は定かではないが、
音がよく感じることができれば、
仕事にテンポとリズムがついてくる。

特徴としてひとつのことに突っかかると、
そこでテンポが大幅に乱れて失速することがあるが、
そこを乗り越えられるようになったらうれしいですね。
(※少しずつ乗り越えられてきていそうな実感はある)


また皮膚も、外界からの風や音などの振動を捉える器官として働きます。

別の見方では観音様を例示すると、
観音とは「音(=振動)」+「観る(=観察する)」に卓越した仏さまです。
つまり振動を観察する菩薩様ということです。
振動(=振動数の定義)について語れば長くなるので割愛するが、

人は目で物を「ガン見」しだせば、前傾がきつくなるといいます。

だから立ち方を指導するときに
「背中で来ているシャツの接触している部分を感じて」とか
「背後の音を背中の皮膚の振動でキャッチして」というようにつたえて、
『見つめる悪癖』をぬぐうためのお願いをすると、
立ち姿勢の質が変わり背筋が自然体での伸びを示します。


なので、実は聴覚が鋭くなったというのもうれしいが、
それ以上に「皮膚感覚等の感覚を体感する力(※全身の皮膚による聴力の意)」が増せば最高です!


聴覚は、皮膚全体の振動を感じキャッチする能力の象徴のようなもの。
ただしゴツコラで皮膚がきれいになる(塗る感じ)とはよく聞くが、
皮膚感覚が豊かになるという変化・改善例は聞いたことがありません。
末梢血管の拡張する作用から体の末端に位置する皮膚への血流量が増して、
豊富な血液中の酸素に支えられた神経が活躍しだすと予想していました。

ですがいろいろゴツコラを食すメリットを紹介すると、
口幅ったく項目が多くなりすぎて印象に残らなくなるから。
知ってて体感覚組織の目覚め(=鋭敏化)が起きることは伏せたのでしょうか。
またはいうこともないほど、それは当たり前のことだったとか。

ヨガの行者が山にこもって精神修養するときに、ゴツコラのみを口にするという。
または中国の仙人のような方々も。
知力を伸ばす以上のことが、体感覚の充実にはあり、
おそらくそれは霊的成長につながるものでもあった。


そのように言えるのだろうかと考えています。

私がゴツコラに惹かれるところは、
そのようなところからも来るように感じます。


とにかく聞こえる音が新鮮になるのは美しい体験です。
新たな世界を知る扉にもなります。

目による視覚は外界のみをキャッチすることができます。
対して音や振動に対しての感受性の向上では、
外界の情報をキャッチできるのみならず、
体内の情報も豊富に得られるようになる。

それは施術をする者として、
お客様のカラダと自分のカラダの共感感覚をもって見るとき。
なくてはならないものといえるでしょう。




これから楽器の練習をしたら、挫折せずに楽しめそうです。


posted by スズキ at 04:12| Comment(0) | アダプトゲン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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