2019年06月17日

感情がもたらす病気があるから、ときには逃げるが価値がある!

中医学基礎の解説になるのですが、
病気になるには、原因なるための種があるんです。

種をまかなければ、芽も出ません。

それって、因果律で考えればわかりますよね。

その因果の種になるひとつに、感情という身体の内から起こる病因もあるんです。
それを(内因)といいます。

感情も行き過ぎはいけません。
行き過ぎれば臓器を傷つけて、
そこから病に転じるのです。



それはたとえば感情も過度になれば、プラスエネルギーを持つ「喜び」でさえ体を壊す種になるのです。

喜びすぎて気が緩むと「心臓」を傷つけるのです。
喜(き)」となると、
集中力が低下し、不眠になり、不安感が増して、精神錯乱などへ。


他にも挙げていきますと、

怒りすぎると気が上昇して「肝臓」を傷つけるのです。
怒(ど)」となると、
頭痛、めまい、目の充血、脳卒中、動悸、不眠などへ。


考えすぎて「脾臓」を傷つけると、気が停滞します。
思(し)」となると、
腹痛、食欲不振、膨満感、軟便などへ。


悲しみ、憂いがすぎると気が消えて、「」を傷つけます。
悲(ひ)・憂(ゆ)」となると、
咳き、息切れ、胸苦しさなどへ。


恐がりすぎると気が下がると、「腎臓」を傷つけます。
恐(きょう)」となると、
大小便の失禁、白髪の増加などへ。


驚きすぎると気が乱れて「腎臓」を傷つけます。
」となると、
動悸、不眠、精神錯乱、物忘れなどへ。







と、ここまでは中医学の基礎のお話ですね。
もう一歩、考えを進めてみましょう。



「人間とは社会的な動物です」

アドラー心理学を学べば、
悩みのほとんどには対人関係が絡んでくると明言しています。

コーチングをするときにも、
対人関係をどうすればよいか?」というテーマで<課題の設定>して進めるケースが多いのです。


私も、幾度もコーチングをするほうではなく、先輩コーチにコーチングを受ける方でお世話になりました。
それはコーチングを学ぶためには、自らがコーチからコーチングを受けて学び取れることが多いのですが、
やはり私も対人関係上の問題をテーマとして設定した記憶があります。


コーチングでの対人関係のテーマになるのは、「うれしすぎて気が狂いそう!」というものはないですね。
多くが、相手がひどい奴でいやでしょうがないとか。
職場の人間関係で八方塞がりでつらくてしょうがないとか。
。。。などが課題のほとんどです。


一部の人間に対してもつ対人関係のねじれもありますし、
または大胆な人は人が怖いとか嫌いとか信用できないとか、、、。

これは実はコーチング等で、
その課題がブレイクスルーしたり、
その課題自体に対して話し合っていて問題を感じられなくなったときのスッキリ感の半端なさからして。

対人関係に苦しんでいたときの感情の傷が肉体を攻めるということが水面下で起きているといえるほど、
その苦しみが消えたときに体調がよくなる人も、ほんとうに幾名も見かけることがあるのです。

ということは、、、
確かに自身の感情が過剰になって自らの臓器を傷つけているようです。
具体的に、今の自身の過剰な感情がどの臓器を傷ついているといった自覚はないにせよ、
なんらかの漠然とというレベルを通り越した不快感を持っているからこそ、
対人支援を得意とするコーチの門を叩くのでしょう。


内因の過剰な「喜・怒・思・悲・憂・恐・驚」という感情が発見されたなら、
自身ならばどう対策をとるべきでしょうか?
そこが大事ですね。

中医学の門を叩くというよりも、
たとえばですが私は対人関係を支援してくれるコーチの門を叩くほうが適切だろうなと考えています。

私が目を通した中医学のテキストには病気の原因に内因があるということは書いても、
それに対しての対人支援を受ける必要ありというようなところまでは突っ込んでは書かれていません。
内因に対しての危険を提唱したとしても
具体的かつパワフルな対策が打たれなければ、
クライアントの臓器の傷は減りませんし、
誰もしあわせにはなりませんから。



余談ですが、
「臓器が病気になるほどの過剰な感情」という、行き過ぎた状態では
感情を生じさせるエネルギーを過剰に消費させて健康ではいられなくなります。
それは別に強い怒りの感情を爆発させた人の息をビニール袋にでも貯めて、
小さな昆虫などをいれると通常ではありえないほど死んじゃうのです。
通常の感情では息をいれてもピンピンしている昆虫なのに。。。

自分の内側で内因動機により毒を創り出しているんですね。

その毒を外に吐き出すこともできますが、
うちにこもる毒もでてきます。



特にですが家族、親族、友人、仕事場で、
対人関係に苦しむことってありますよね。


いちばんきついのが身内だと思います。
人間関係を学ぶ修行をするときにもハードな学びになるのが身内からです。


たとえば身内にいつまでもいつまでも恨み言をいう人もいますよね。
ときには非常識な理由で噛み付いてきたりすることもあるんです。


そのようなことを言う人に対して。
「そのようなことじゃいけないよ」と注意をしたほうがいいのでしょうか?


個人的な考えでは、
ずっとそのような言葉を言い続けているような人が変わる手助けは望んでおらず、
かえって反発されて恨み言のネタが増えていくだけ。
本人が心底そうしたいと感じるほど懲りない限りは、
自分のやり方がまずかったと反省もしません。

コーチングでも、多くの場合、
クライアントが悩むのが、
どうやって相手の考えを変えようかというところでつまずきます。

たとえばその相手がコーチングを受けたいとなれば打つ手はありますが、
そうではない場合は、
けっして強制力を用いて相手を操作するようなことはすべきではないという姿勢でいること。
そのような考えがアドラー心理学のベースにあるのです。


すると賢明な行動としては、
できるだけ顔を合わさずに遠くへ逃げておくように私ならばさせてもらいます。
同じステージに登らないようにしたほうが、平和なのです。

立場上、逃げられないときもあるでしょうが、
もしも相手がひどすぎるときには、
表向きでは関わっているようにみせても、
精神的な面では関与しない姿勢で逃げる気持ちでいるのが正解でしょう。

少し前にやっていたドラマですが
『逃げるは恥だが役に立つ』でいいじゃないですか。

posted by スズキ at 12:56| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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