2019年05月04日

小手先を活かした施術操作を今後、もっと巧みにしていくために

以下の自己ブログのつづき。
2019年05月02日思いがけず小手先の操作の講習http://bodywise-note.seesaa.net/article/465468896.html



こちらの小手先の使い方の要諦ですが、
小さく動き、その動きのなかに激しい運動料を込めるのです。
小さく動くと、相手は逃げられない。

この要領を施術内部にふんだんにいれること。

施術では息を吐きながら相手に近づき、
接触したときに息を丸めて使うようにします。

その小さな動きで大きな作用を及ぼすには「てこの原理」ももちいますね。


と、ここまでお読みいただくと、
「え、それって合気道のそのまんまのパクリでは?」
といわれそうです。


はーい。
そうなんです。



別段、私が発見したようなことはまったくありませんです。 



母の施術をしていたとき。

今までは合気道の身体操作について頭ではイメージはできていました。
ですが修練を怠っていて体が動かなくてついていけなかった。

それが母の施術をがんばらないとならなかったため、
一定期間の連続施術の日々を過ごしていたのです。

すると徐々に要領がわかってきたのでしょう。
または、体がそれに慣れてきたんでしょうか。

真剣そのもので、小手先を使い倒した施術の日々。


やるかどうかじゃ、すでにありません。

泣いても笑ってもやらなきゃならない状況に追い込まれたのは、
モチベーションとしてはこれ以上のものはありませんでした。


小さい動きながらも大きなエネルギーを与える。
同時に母の条件反射を引き出していくことができる。
それはたぶんに母に起きた新しい負担部分のケアを
つねに試行錯誤を加えてアプローチをして対応して。

母としては
「まったくもって不測の危機や急場で、今、こうして欲しいという必要がでたときに、
施術でさってば、さっ!とやってもらえるのがいい」
といっていました。

それができたのは、
合気の操作が施術の手に渡ったときにでてきた母の言葉でした。


私の推測ですが、
何気なく手を置いたり緊張さて手を触れるときには、
小さな動きに大きなエネルギーを込められないのです。
それが普通の人間と人間との接触のありようなのです。


そのような通常のケースとは逸脱させること。
いつもは感じられない小さな動きや些細な接触なはずが、
激しい運動量を与えられると条件反射的にビビッとくる。
そのときに「気が通る」「自分が動くと相手が付いてくるように動きだす」といったことがおこるのです。

それが手で接触させる施術の成果を引き出すことになるのですね。

実は、私は今まで巨大な重りを使ったずり庄で筋膜を解いたり、
プルパのような道具を使ってみたり。
あまりお客様の体を直接接触することのないような技術を中心にしていて、
去年習ったボウエンテクニックで、クライアントの体にムーブという接触をした当初は、
ずいぶん慣れていないことだなと思えてなりませんでした。

ただあまり手での庄で解決させるよりも、
様々なパワフルなツールを使ったほうが成果がよかったのでそちらに使い道具としてとどめていたのですが、
このたびの母の施術をしていく過程で手での接触の際の小手さばきができてきたとき。

大きく道具を使った施術から、
手の小手先を活かしたものへ、
母の施術をしていたときシフトしていきました。

今後の施術を再開させるときにも、
そのときの影響がでてくるでしょう。

そのような気がしています。


そして実は、、、重いおもりをてこの原理等を使って筋膜の癒着した部分の広い面をリリースさせるやり方ですが、
ずっと使っていたものが、3ヶ月ほどメンテナンスを一切することがなくなっていたら。。。
みごとに外装も内部的にもボロボロになってしまったんです。

そしていま、私がこころの施術の師匠と思っている先生からも、
「もうそろそろハードすぎて自分の体を潰すような施術はやめて!
 それがあなたのためよ。
 きっとね。」
とアメリカからスカイプアウトで母へのお悔やみを言ってくださる時に、
おっしゃってくださいました。


旧石器時代から新石器時代に使われていたような、
石器のような錘も、そろそろ卒業するときがきた。
そのように考えを改める時期がきたのでしょう。

そして現状のタイミングで、次に進むとしては、
母の施術をするときに使いこなしていたものを磨きをかけることでしょう。

小さな動きの中に激しい運動量を発生させてあたえるには、
きちんと丹田に重心がくることもあるし、
身体の伸筋層(抗重力筋群)を意図的に操作することもあります。

この接触は強い気を生じさせることにもなって、
それが母のクラニオサクラルセラピーをするときに、
ものすごく深いリラクゼーション状態にスムースに移行できて役立ちました。


大変な状態の時にでさえ、これがあったから、、、。
ほんとうに、役立ちました。
この技術が磨くご縁がなければ、母の病状を緩和させるには足らず、目も当てられません。。。


ただ支点を固定せずに円運動をして、自然に相手の動きを誘い込むというようなことは、
母の施術ではやる機会を考えつきませんでした。
そこがまったく意図できた修練にはなっておらず、
ここをしっかり磨いていくタイミングなのでしょう。


シンプルで簡単な小手先の操作ではありますが、
これからの自分にはその技術ができないというのはおかしいんだと思います。


これから施術の仕事で働いていくにも、
この操作を磨くことに注力したいです。


この小手先の技術は、手の操作で活用していけるように思えますが、
実際は足の操作もこれの応用です。


身体改造計画をすすめていくにも、
自分の体を意のままに動かせるような努力をする過程で、
基本的な修練をつまなければならないものもあって。
そのなかのひとつとして、忘れてはならないものでしょう。

posted by スズキ at 12:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。