2019年02月21日

感情ストレスの解放(ESR)に取り組まなければ、、、と、音叉療法による脊椎のゆるくなったというご報告

頑張りすぎる傾向があるから、がん。

よく言われることですが、
頑張りすぎる傾向があると、良くないことが起きるものです。


車を運転するとき。
アクセルペダルとブレーキペダルの両方を同時に踏んで走ろうとする。

アクセルは、走れという。
ブレーキは、止まれという。

その両方を同時に踏むならば、
アクセルの踏む力の量が10で、
ブレーキを踏む力の量が10ならば。
釣り合いが取れて一見するとただの静止状態です。

ですがその内側ではエンジン内部の異常な発熱とブレーキディスクも熱を持ち摩耗します。

冷静さ、客観的視野の広がりがあれば、
静止状態を作りたいならば、
アクセルもブレーキも踏まずにサイドブレーキを引いて放置したっていいんです。

だったら、どうすればいいのか?

ブレーキを踏まなければいいじゃないか。
と言われる方もおられますが、
単調な高速道路でのスムースな走行ならまだしも、
暗がりの田舎のくねったあぜ道をゆくならばブレーキがなければ、すぐ事故に。

やはりブレーキがなければいいという問題ではなく、ブレーキは機能なのです。
行動を積極的に試みようとするチャレンジしようとする行動機能と
行動を慎重にさせて事故をおこさないように調整をする抑制機能と。
ブレーキがない車を運転するのは危険なことで、
ブレーキがあってこそ安心した走行ができるのです。

それらを同時に踏むというところに問題があったのでしょう。

ただそれは何らかの問題発生により、
不安を一気に煽られて。
「どうしよう、どうしよう!!わからないわよ、とっさになんか!」
というときに交感神経が過剰に優位になってしまったが、
実際に走ったり体を動かしたりすれば済むという問題でもないとき。

行動はこのままではいけないと感じつつも、
でもどうすればいいかの道筋が冷静に自分やその際の状況を観察できずに見失っているとき。
そのようなときはあぜ道に落ち込まないようにさせるための機能として
よーく周りを観察しなさいモードの行動抑制をさせるブレーキを踏み込む。
でもアドレナリンが、ぱっと多量に放出されて動こう、動こうとしている。


こうなったときの、
表面上には現れることがないエネルギーロスが甚大です。
リアルに野犬に襲われて命からがら逃げきったというなら、
そこで一件落着をしていますから、
それ以上のエネルギーロスはない。

だが現代社会で感じる不安や恐怖やつらさは対人関係から、
社会保障制度の変更からくる不安など、牧歌的な昔とは異なるサイクルで、
様々な自分の身が蟻地獄にかかってもっていかれる異様な恐怖感をつねに持ち続けている。
手足が縮みこんで逃げるにも、戦うにも不自由で、
それがよけい不安な感情をあおってしまうと、
パニック状態におちいることでしょう。

それでは安心などできるはずもなくて。。。

もちろん人それぞれ生活環境や感受能力から、
潜在意識に落とし込まれた漠然としているが明瞭に感じ続けている不安内容は異なります。
それに、そんなにそのような不安を感じることなく、安全なセーフティゾーンで生きている

ただそのようないつ止むとも分からない心理的な安全を失った場にいる危機感を感じたとき。
人は余剰エネルギーを早々に使い果たし、生命維持にかかわるエネルギーまで使い込みます。


私の個人としての考えですが、
そのような生命維持エネルギーまで枯渇させる負の遺物のことを、
マイナスのカルマと呼んでいます。


そしてこのマイナスのカルマが自分の内側に巣食っていることは、
意外なほど盲点となり、見つかりづらいものです。

なぜかといえば、
自分自身はやむにやまれぬ不安や危険を拭うための緊急避難的な対応をしているだけですし、
そこにはしっかりとした正当性が感じられる分、
客観的広域視野を持って自身を振り返るものでない限りは、
自分に不利益な状態にいつの間にか陥っているという自覚が現れないのです。

感情は、実際に起きた物事や物語(ニュース)を通じて感じわき起こるものです。
実際の事象を、そのときの自分がどう感じたのか?
それが遠い過去のこととなると、思い出して、
そのときの思い込み感情をリセットしたり書き換えるにも手間ひまがかかります。



・・・



蛇足ですが、
今日、私が寝ていた時の夢で、
とある数メートルの起伏ある沼のほとりに腰をおろしたとき。
いきなりその沼が、心臓の鼓動のようなリズムで水面が上昇したり下降したり。
気づくと私の身が固まって身動きが取れません。
暗黒の沼に引きずり込まれそうになった恐怖をめいっぱい感じたときに、
目が覚めました。

正確にいえば、深い眠りがかなえられている訳ではないここ最近なので、
夜に見た白昼夢のようなもののような気もいたします。


ただいま、このブログを書きながら冷静になってみれば。
夢の中の沼の土の上にはツボ草という地下に根を渡すランナー系の植物が密集していたのです。
夢の中の私が腹ばいになりそのツボ草のひとにぎりを優しくしっかり握れば、抜けづらいので。
きっとそれで助かったはずです。
生き残るための試練では、かならず助け舟が与えられている。
そのような思いを深めることができました。

それと同時に、自分自身にも感情ストレスががっつり蓄積している真っ最中で、
そちらをリリースしなければ、冷静な判断がままならないような気がしました。


ただ事細かな感情のリリースを試みるカウンセリング等の時間を惜しもうとするならば、
タッチフォーヘルスのセッションを自分に施すのもいいのか?
そのように思いついたところです。




完全版 タッチフォーヘルス―誰でもが使えるホームケアの決定版!指圧を使った自然健康法の実践ガイド

上記の本の

感情ストレスの解放(ESR)P88
感情ストレスの解放(ESR)の発展テクニック P306


実際問題として、
人はストレスを本当はどの程度の量だったり質だったりを正確に判断せず、
「漠然としたもの・なんとなく感じるのだが」という状態で放置しておくから
対処のしようが具体的な検討までいかないのです。

漠然としたままの不安や恐怖の実態を把握して正体を脳が把握しはじめたときには、
適正な判断やアイデアが思いつきだすものです。
それだけでも感情のブレーキを踏む力を緩めて気分的に肩の荷物がおろせて楽になるか、
やっていこうという対象がみつかって闘士を燃やすものです。

そのようなコーチング的なというかカウンセリング的な、
漠然としたこんがらがった思いの糸をほどくような言葉のやりとりもあります。

ただ額のところにある神経血管ポイントの一部を触りながらというものや、
筋反射テストをいれているようなところがキネシオロジー系セッションらしい。

また発展テクニックでは、過去のトラウマのためのセッションと、
未来のパフォーマンスのためのセッションその他が紹介されています。
未来のパフォーマンスが上がるという前向きさアップという視点はいいですね。


私自身には使い勝手のよい、効果も速攻で期待できるテクニックです。
ただキネシオロジー系のセッションに慣れがなくて要領がわからないとき。
自信なくやるとほぼ効き目が乏しい感じになりやすいので注意しましょう。


無意識に身がすくみ飲み込まれていくことから必死にもがき逃げようとする心境からセーフティゾーンへ一時的に移行して現況を見てみる。
アクセルとブレーキのブレーキを強く踏みすぎて行動に移れない状態に客観的に気づくときにくる感情ストレスの低下は、
目に見えてエネルギーロスが軽減し目の輝きが増すようなシーンが見えてくることもあるのです。

多少、車の車体をこすったりへこませたりしても、
致命傷を追わなければそれでよしとするものです。
こすったりへこましたりさせながら、人は生き方を学ぶのです。


そんな気がしています。





そんなこんなで、今日は、メンタル面でのセッションを母の施術に取り入れる予定。


今の私は、母に対してタッチフォーヘルスの手順を追ったセッションをしていけ!
そこで少しでもいいから、生きる点数を加点せよという発想なのですが、
母は、自分が感情のストレスをためているなどとはピンと来てくれなさそう。
なかなか難航しそうな予感がします。



大学病院では、すでにステージ4でがんについての治療は一切されずにおります。
それで緩和病棟を持つ他の病院を勧めていただいております。


母は、いまは入院して治療中という意識があるので
素直に私の施術を受けてくれます。

ただしおそらく母が退院した瞬間、
悪い意味でほっとしてしまって気が抜けるようでしょう。

我が家に、生きて帰れたのですから当然でしょう。。。

ほっとする瞬間。

気が張っていたときはアドレナリンがでて活気づいていてどうにかやってこれたものの、
それが消え失せた瞬間が、魔の瞬間になるといわれております。

それも退院後を推測するに、
長年の母との付き合いでわかるのですが、
私の施術もいい加減に受けるという流れになりそうです。

メンタル面で、
未来のパフォーマンスが上がるためにはというセッション等から、
そこを書き換えていく必要を感じています。

母には口で説得をしてもあしらわれるだけなので、
「<思い(またはよりよき思い込み)>が自分にどれだけ影響を与え役立つものなのか」
を、どうにか実演販売のプレゼンテーションのような勢いで魅せられるか。

今後、母が賢明なくらしぶりを選ぶかどうかの分岐点となりそうです。

手技以外のところに手をだすタイミングは、今、と考えています。





余談となります。
施術上の昨日の気づきですが。
昨日、母の起立筋群はすでにかなり緩まった状態を創り出しているため、
母の脊椎の棘突起部分が後方へ飛び出ている部分や変位している部位を作り出している椎骨同士をつなげている靭帯のリリースに、
オームチューナーを使いました(オームチューナーは昨日の私のブログを参照してくださいm__m)。

棘突起が出っ張っているので、その出っ張っているところの側面にオームチューナーで振動を加えていきました。
そのオームチューナーは横倒しにされた状態をとり、背中に触れるスレスレの状態にすることになります。

ラバーマレットで音叉を叩くわけですが、そのままの重さでは振動が弱いと感じたため、
ダイソーで購入したぶっとい輪ゴムを6本ほどマレット先端のゴムの周囲にキツめに巻きました。
それで脊椎の変位部分や椎骨前後にしこりがあるかどうかなどを判断して、
ポイントを見極めで1回〜3回〜8回〜20回など、私の脳裏に描かれた回数を叩いていきました。

するとかなり詰まっていた椎間板の部分の微細な改善が促せたようです。
そこでは100%のうちの45%程度の詰まり具合に。
脊椎の椎間板の緩みが出てきたようです。
さらにそこを進めて70%くらいに椎間板や椎骨の萎縮を取り除き押し上げられれば、
自律神経系等の動きは促進されて、
体内の異物を探し出したり環境を整える力へとつながるかと思います。

とにかく深い横隔膜のムーブメントの復活が、緊急課題ですので。

あまり脊椎を音叉で解くのもやりすぎは体のバランスがいきなり大きく変わりすぎて負担を感じる(過矯正になる)ので、
一般的にはごく注意しながらということなのです。
ですがその注意事項もケースバイケースですから。

今日も、椎骨への音叉による高速微振動をかけて、
リリースを図ろうと考えています。

緊急入院したときは、脊椎のつまり度は、
私が見たところでは、緊張が最高で一切動きが取れずにいました。

脊椎の前後運動は自律的な呼吸に関係するため、
ほぼほぼ息を止めて引き取ってしまっていた状態でしたから。
本当に苦しかったことでしょう。
鼻の穴が両方とも巨大に大きく開け広げられていました。
それは少しでも息を吸わなければという本能的な行動です。

そのときと比べると、
ずいぶんと呼吸は深くできるようになってきた。

ただ呼吸の変化改善は、起きた直後は感動ものですが、
数分もすると当たり前の状態になって、
もっと深くできるはずというメッセージが体が元気になると出てくるのです。

そんなところを感じ取りだしてくれれば、非常にうれしい。





ちなみに、音叉療法として参考となる和書は以下に。
もちろん、私はアマゾンで買って所有し参考にさせていただいております。
洋書を和訳したものです。


Human Tuning
posted by スズキ at 09:28| Comment(0) | 母の面会日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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