2019年02月11日

内臓の話を傾聴してみようか!



また臓器等に慢性的な患部を持つ場合、
意識の裏側に隠れた無意識に有り続ける感情のリリースも患部を癒すためのきっかけになるともいわれています。


またがんは五臓六腑それぞれが感情を持っており、
傷ついた部分の話を傾聴するというセッションも。
YNSAの腹診図を使い臓器のチェックポイントをミリ単位の正確さで特定して、
そこを人差し指か中指の指先でちょんと接触して、
私の心の中で傷ついた臓器が「どう扱って欲しかったのだろう。教えてくれませんか」と問う。
ちょっと馬鹿げた話に聞こえますが、
正確に一方の手でチェックポイントに指先を置いてつなげて、別の手を患部がある位置に近づけて置くと、
私の脳裏には傷ついた臓器の想いや願いや苦しさや、悔しさがつたわってくるような気がしてくるのです。
ネガティブな感情が多く、私の指先から伝わってきては、
私自身感情を込めて「そうだったんだ。。うん、うん、わかったよ。不安だったし、怖かったし、大切にされていなかったんだね」と、
私のこころのなかで「他には、何かあるかな?」と問う。
すると次の声がイメージで聞こえてきます。
そしてしばらくすると「もう、ない。聞いてくれてありがとう」という声が私の脳に届き、
その患部のチェックポイントから指先を離します。

そして次の患部のチェックポイントに移ります。

それは私がイメージ上で患部になりきったポジションにチェンジして、
母に対していいたかっただろう思いを代弁する機会を持つための行い。


徹底して聴き切ろう。


患部は、下僕や召使いでもないし、奴隷でもない。機械や道具でもない。
全体の体や魂やこころと切り離せない一体のものです。
臓器にも、ひとつずつ人格があるように思えてなりません。
そこの認識が不足していたならば本人にかわり謝り、
大切なことを忘れてしまっていてすまなかったといいたい。

過労や栄養不足で低い振動数に落とし込まれた重苦しくつらい状態から
しっかり栄養が届けられてエネルギーに満ちた本来の居心地のいい状態に戻せるように務めると約束をしたい。

そうやって患部にこそ、協力を求めお願いをしていく気持ちでいます。
それらの患部こそが創造的に今後の状態を作りだしていく主人公です。

私にはそのような思いがありますから。

私の施術は、それら患部の苦しさや悔しさを癒やし、今までを讃え、これからを期待する想いをつたえる行為なのです。
そのことを、言葉としてイメージでの瞑想中に伝えていきます。



そのような雰囲気で、
私がじーっとしたままの瞑想状態でのセッション中は、
母には「施術に疲れた私の休憩時間」と思われている節があります。



^-^;


別段、この瞑想をしたから画期的な何かが起こる訳ではないかもしれません。

ですが、
私なりの、いままでずっと虐げられつつも必死に頑張り傷ついた臓器たちに対して、
感謝の気持ちを持って話を聞くことは筋が通ったことだと思えてなりません。

私がこのセッションをしたのは3回程度ですが、
数分もすれば決まって気持ちよさそうに寝息を立てています。



ただこのイメージ瞑想のようなものをしながら、
「あっ、私自身の臓器には、まったく意識が向いてなかった!」と気づき猛反省してます。

人のからだは神の住む社だといいます。

そして当然、お腹の中で活躍してくれる内臓諸器官も。

ときには大事に思い、声をかけ、感情を傾聴するのも、
いいのかもしれませんね。





posted by スズキ at 10:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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