2017年12月03日

マインドフルな体験で心身を休めよう(ボウエンテクニックにより)

いま、ストレスフルな日々を送らざるをえない。
そう感じている人、おられませんか?

私が数年前に読んだ心理学関係の本には、
現代社会では「5人に一人は軽い鬱状態にある」と説かれていました。

その出典は書かれていたかどうかは記憶にありませんが、
ただ、私自身もなんら深く疑うことなくうなづきました。

たまに電車にのると、感情をむき出しにした怒号が聞こえてきたとき。
過労から、人間関係ストレスから、その他多くのストレスフル要因が。


病は気からと申しますが、
気持ちがウツ傾向にあれば気が滞りがちになる。
そこから病が生じることもある。
心因性の腰痛や肩こり、アレルギー症状や内臓疾患等もあります。

そのような傾向が強くある場合。
肉体的な酷使をしていることだけで生じた改善ルートとは異なります。
体の使い方を改善させるよう促しても、
胸の内側には対応しきれないストレスフル要因が影響を及ぼしてきます。


だから、最近「マインドフルネス」って耳にしたことがある人が多いのでは?

マインドフルネス体験とは、「今、ここに全身全霊意識を向ける」経験です。
こころの平静や平安を取り戻すには、こころの波風が密やかになるひとときが大事になります。
それは思想の理解のみではとどまらず、
実際のエクササイズを通じて経験や体験からくる理解が必要となるものでしょう。

そしてマインドフルネスの本には、
坐禅をしよう!
瞑想をしよう!
などの実戦を推奨されているものが多くありますね。


ただ私には、坐禅から瞑想から深い影響を得るにも、
そちらに関心が深い者でなければハードルが高い面があるように感じております。

坐禅をしたほうがいいよと知っていてもやらないし、
やっても三日坊主で終わる人が多いのですよね。
それだけではマインドフルネス状態にはならず、
マインドフルネスになるための知識を得たに過ぎないのです。


私が坐禅や瞑想等をする長年の夢として、
内省的に自身をつぶさに客観視しきれれば、
なにか人生を豊かにする気づきがえられる。
そのようなものだろうと思い描いています。

ステップアップして感じ取れるセッション。
やはり長年にわたって取り組むうちに、
単なる休息とは違うレベルの気づきが増したように感じます。

でも、それに至るまでは、
禅道場を覗いてみたり、
どちらかのリトリートで様子を知り、
フェルデンクライス・メソッドのようなムーブメントによる瞑想も。

多種多様なものを体験してきて自分にあったものを選び出しました。
そこまで至るまで時間や労力を費やして、もちろん費用もかなり出費してきたんです。

するとようやく益することが多くなる。

今の自身のような気づきが増す状態に至ることがあるのかどうか。
やっていく最初のうちは、成果が上がらずに不安でした。
ずいぶん迷いつづけてきて、たった今も、至りきれないところを受け入れつつ取り組んでいます。
つまりかなり成果を出すにもハードルが高いのが坐禅や瞑想でもある。
むろん、それなりにというレベルならば容易に取り組めるのではある。、
でも深いところがあるという体験は、
それは心身が整えられるまで待たなければなりません。

私がイメージするところでの、ひとつの坐禅・瞑想の型として、
ともに身体が整えられて血流が体中まんべんなく行き渡りだす。
そして脳波の整えられたいつもとは違った感覚に近づくことが、
とっても大事なことなんです。

そうなったときに、意識がチェンジする。
それにより「あっ!」というありえなかった気付き。
それに執着の解放から問題が消えて課題に見えたり。
たしかに成長が早くなってくるターニングポイント。
あるんだなぁと思う次第です。


ただ、そうこうするうちに面白いことも発見しました。



それは私がボウエンテクニックのセミナーに参加したときです。

ボウエンテクニックのセッションを受けている人たちの体の反応をみると、、、。
興味深い状態を味わえているようすが伺えたのです。

体が十分血流があるほどには整えられているとは言いがたい。
そういったことは職業柄、外見で観て感じて、考えればわかる。

、、、にも関わらず。

ボウエンテクニックのムーブという
不思議なほどシンプルでソフトな他動的なセッションを受けているだけなのに、
数名の方々は深い瞑想状態へと意識が運ばれている様子です。

それは私自身、眉間あたりに何かを感じるというと変な言い方ですが、、、。
リアルにそのように感じられてくるのです。


それは「睡眠状態とは異なる」のです。
意識があり周囲の耳は聞こえています。
イメージが現れることもございますが、
自分の体が熟睡して寝息を立てている。


なにせ、何よりも確かなことは、
その状態から醒めた本人がそのような状態だったと申しておられたようですし。 ^-^

意識が起きているが体が寝ている。

時間の感覚が
そのような状態は睡眠ではありえませんよね。

マインドフルネスに、ボウエンテクニックのセッションはすばらしい効果があるよね〜と感じました。



余談ですが、
不思議な体験も繰り返されれば日常に通じる一コマとなります。

たとえば、
私が田町にある御田八幡神社で座しているときに、
10〜20分ほど目を閉じているときにおきます。
それは散歩ででかけたいい感じの疲労感にくわえ、
高野山東京別院や亀塚稲荷や亀塚古墳に寄った後、
日常の疲れにより滞った体中の気が流れだすよう。

何かの気づきを受け取れるんですよね。。。
そして一晩以上の睡眠を超えるほどの疲労回復へ。
体の内側の心理的緊張からの拘縮がさっぱりする。

だから私が知人に話をするときがあります。
私が三田の月の岬と呼ばれるこちらにて施術をすれば、
きっと施術成果は飛躍するんじゃないだろうかという。
それはこんな体験を幾度となくしています。

そんな聖地といえるところはいくつかあるのですが、
日常の世界から隔てられた感覚を誘導する場の力は、
ほんとうにありがたいことです。

だから自宅でひっそりとというより神社仏閣巡りで散歩をしている事が多いんですよね。

それはたまたま私が場の持つ気の影響を感じ取りやすいようになる修行をしてきました。
もともとはこれほどの気をつかむ感覚は目覚めていなかったので、
昔の私がこの文章を読んでいたら眉唾もののように思えたはずでしょう。 ^-^

禅や瞑想もしてきましたが、
私にはそれだけではここまでの感覚は目覚めなかったんじゃないかなと思います。
施術で人の体の改善を悩み続け闘いながら感性を磨きつつ、
体やこころの勉強もしてきてよかったなと思います。


ボウエンテクニックの場合はファシリテーターによるムーブという他動的な影響を必要としますが、
それの代わりを特定の場にいくことで体の中の気の浄化等の影響を受け取ることができたためです。
なんだかふたつのものから同様の質的な影響を感じ取ることができているんですよね。



ただ、ひとつだけいえることですが、
ボウエンテクニックのセッションでは
様々な私が長い年月にわたって坐禅等のみでは体験できなかったほどのマインドフルな体験を。。
こころの満たされた今を感じ取るすばらしい感覚体験を。
私が実践しつづけてきた長年の座禅体験等よりも遥かに容易かつより深いレベルだろう状態へ。


私が日ごろしている重りを必死に操り続けて施術をするというものとは違った影響が得られる。
「ボウエンテクニックの成果」と「筋膜リリースの成果」は目的別で選択されるべきものです。
どちらがどの面で優れているからその良い面を良識を持って理解して応用していといい。
両者ともが貴重なんですね。

受ける人の感覚の問題やこころや体の状態から個人差はあるのですが、
3〜5回もセッションを受けてみられれば、
何らかの『マインドフルな体験が得られそうだ』と予想しています。

私自身、そのマインドフルな体験で命をつなぎ、日頃の疲れを拭い、
こころの成長を促してきました。


できましたら、
別に5人に一人の軽度の鬱になっているという自覚がない方にも、
もしマインドフルな体験ってちょっと興味あるんだけど、、、という方がおられれば
時間を創っていただいてボウエンテクニックのセッションを受けてみて欲しいですね。



そう思っています。

posted by スズキ at 12:36| Comment(0) | 施術研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。