2017年11月05日

六根清浄のツールになる深層筋部分に届いた筋膜リリース

久々に本格的なフェイスマッサージ

昨日の施術をお受けいただけましたお客様。

鍼灸あん摩の資格をお持ちの方です。
施術中には治療についての話も多く、
私にとって様々参考になりヒントもいただけてありがたい。

多謝!

詳細はお伝え出来ませんがすでにいくども施術をお受けいただいた過程で、
私が気になっていた体の前面の強いハリが軽減してきて、
今まであまり現れていなかった背中側の筋肉のボリューム感がついてきた。
背中側の筋肉の適度、適量の発育状態からは、
徐々に体の深部のインナーマッスル部分を使いはじめるプログラムを作り、
始動し始めたことをあらわしています。


それで以前から目や喉の不調を訴えられていたのですが、
その下を支える基礎土壌が不備のままそちらに手を出すのは得策ではなかった。
一見は良くは見えたような成果を感じられたとしても、
ぐらつくままの軟弱な土壌に斜めって建つような建築物状態では気に入らない。
そのことの意味は同業者であるがゆえ、わかってもらえるところでしょう。

ですが、ここまで進めば、今が時期だなと判断して、
愛用のヤムナボールやメディシンボールやシリコンボール等を利用して頭部全体をリリース。
本人的にも顔の部位の硬い部分は、いくつも散在することに気づいておられましたし、
私も触ってリリースをすると、その下にまた新手のしこりさんがでてくるという繰り返しで。
どんどん状態が変化するに連れ、頚椎第一の閉じた関節部分も開きだして、
それが腰仙関節を緩める作用を出して脊椎全体をゆるめだしてくれるようになり。

鼻の脇にある副鼻腔を狭く閉じさせる部分をまずは開き、
次にこめかみを掘っていくのは当然として、
頭皮が頭蓋骨の付着しちゃならない場所に張り付いた部分を、
がしがしと緩めて、緩めて。
ただ朝の目覚めですでに目がとてもつかれるんだとおっしゃられているので、
それは眼窩周辺にできている眼球を動かすための筋肉の血行を悪くするような
ぐいぐいと締め付ける牽引金があるというわけで、、、。
その部分がまさに眼球の本当のご近所すぎるほど近所ということで、
ヤムナボール等でトラクションをかけつつ持続圧で骨を動かすのですが、
手元が滑って眼球を傷つけるんじゃないかという想像を一瞬してしまったが故に、
非常に怖くてリリースの手が震えまくりました。
そして喉や顎の開き、頚椎のズレや広頸筋などの張り付きはカウンターストレインを使います。
仕上げが頭蓋仙骨治療で使う5グラムの圧で、脳脊髄液がリズミカルに流れるように。
この部分のハードな部分のリリースをするにも、


2時間弱かかりました。
でも仕上がりは、いい。

あと顎関節の使い方で、以前、バレエをなさっておられるお客様から教えていただいた、
両生類の顎の使い方をしてください、とお伝えしました。
下顎を上下させ動かすのではなく、上顎を動かすような仕組みにしていただくことで、
こめかみ部分にある咬筋の食いしばりや斜角筋の筋硬化の引き連れやらが改善します。

せっかくここまで精度よくリリース出来たので、
うまくこの状態設定を脳に常態化させるように、
教化教練していただければという願いで。

まずは大あくびをするときの顎の開け方を選択的に利用すること。
いきなり、そんなことをせよと、申されても。。。と思うかもしれませんが、
10日間は、数分でもいいからレッツトライです!



あとは、
施術中にお客様から、
「髪の毛が邪魔ならスキンヘッドにしますよ!」とか、
「そこは鈴木さんの自作てい鍼のほうがよいんじゃないですか?」
といった施術者に最良な作業環境をあたえようとする後方支援の温かい言葉をいただきました。 ^-^

スキンヘッドにはしなくても、トラクションのかけ方が骨に達するものですから難なく行ける。
貴重な髪の毛が幾本かは抜け落ちることだけを許していただければ、まったく問題ない。

自作てい鍼で表情筋をリリースするとどうなるかは、
私が自分の顔でかつてトライしたことがあり、
それは今回の場合はあまり勧められるものではないと判断し、
自作てい鍼での破壊力ある点のトラクションは避け、
ヤムナボール等での面でのトラクションを選択しました。
基本、表情筋のしこり部が骨化したといえるほど固くなれば、
それで自作てい鍼で圧をかければ100%内出血しますから。
そこはやめておいたほうがいいでしょう。




ここからは長い余談になります。
数日前のブログで離したこととかぶるところがあるのは、
意図的に耳タコにしてまで聴いてほしい内容だからと大目に見てください。


お客様本人的にはもっと太りたいという印象が強いのですが、
このままうまく雑みのあるアウターマッスルの制御を最適化して落として、
次第に骨格を支えるための核になる伸張させる背後の筋肉群を鍛え抜けば。
基本的に伸長させる側の筋肉を鍛え抜くというのは、
力みが体のどこかひとつでも感じられたらアウターマッスルの優位すぎの状態で、
ちっともよくないトレーニング状態になりますから。

まずはサトル・ムーブメントといえるような、
微妙でささやかな力を抜いて動く動きを用いて体の使い方の自己の癖をひとつずつ気づいて抜くこと。
そのようにして体構造を動かし支配する脳部分で描き出す3次元的にこさえた体の操作盤を
より緻密に分けていき、かつそれらを大胆に統合して操作するというムーブメントをトライ。

そういったトレーニング方法も、私の個人的なところでは好きなのですが、
別に体の仕上げ方は一つだけというわけではありません。
アプローチは多様であったほうが周囲にも影響がおよぶ。

すでに多くのものが取り入れたやり方を踏襲するのもいいですが、
自分のアイデアから草の根を分けて開拓して第一人者になること。
得てして他人の知識や知恵をそのまま後追いをするよりも、
自身でコンセプト・目的・目標を決めて創作していくほうが取り組みも積極的な攻めになります。
そうしたほうが私は大成するんじゃないかなと思う次第ですが。。。 ^-^

どのような方向性を持って、これからの体づくりをなさっていかれるのか。
楽しみにしています。


という余談は良しとして、

かなり体全体の状態が安定してきて、
幾つかの私がここが次の段階に進める一里塚的に設定していたところを余裕で突破なさっています。
たしか操体法の創始者の先生が、
体とは建築構造体を立てて移動するようなものだ、といったことをおっしゃいました。
構造体として倒壊しにくい状態で立脚しているか?
そこは見立てのベースに置かれるべきところでしょう。

そこもあるのですが、同時に外骨格筋がどういったコンディションであるか。
そのひとつが筋肉の暖かさ、質です。
腹直筋や左腰部に硬さはあるものの、
背面の筋が血流促進をしてくれているため、
生命力全体を押し上げていってくれている。

そのように【私】はみました。

お客様も、もともと同業者ですが、
自分の体を自分で冷静に見るのは難しいため生命力がイマイチと評されます。


相当に自己研鑚をなされ研究も余念がない人です。
「生命力とは具体的に何を観てそう呼ば示すものか?」という問いを持って
いろいろ研究し続けることでしょう。



生命力・・・。


私はそのことばも多様な見方で、多様に主張されていいものかと思っています。


もちろん深層部に骨以上に固くなっている。
(特に関節部の取り巻き靭帯の骨化部分が驚異的な柔軟性を阻むバリヤーになっている)
そこが体の全体の筋肉が柔軟性が生まれる前は、
漠然としたなんだか体のそこやここらへんが変な感じがするという曖昧な不調感を主張するものです。
本人的にはそれでも十分に問題点をいい上げているような感じはするのですが、
「感覚は嘘をつくもの」という脳の特性を知ればどうでしょう。

そういった生命力も健康増進のためには認識として必要なものです。


脳が十分に情報を体の各部から吸い上げて脳の中の自分の全体に起きている状態に穴なく描ききれば、
それで十二分に使える体の改善プランを創り上げて、それにもとづいて状態の再構成をしてくれます。
それは脳内部に体の各部の情報を集められたデータを元にしてホログラム的な立体像を描いていき、
それをみて全体のバランスを統合させてホメオスタシスを取りつつ生命維持をさせるというしくみ。
それに基づいています。

よく脳の本で、片手を失った方が、その失われた手の指先が痛いと訴えられているという例で、
脳は実際の体を体験しているわけではなく、
脳内に描かれた像を見てそこにもとづいて司令がだされるのだと解説されています。

「リアルな手の実体」のみが情報源であれば、
失われた片手側の一部に痛みがおきるなどは?
ということになりますよね。

ただしすでに筋膜が硬化しすぎていたり神経的に感覚神経が麻痺している寸前になっていて
体性感覚情報が欠如したり欠落している部分が体内部分に多くできあがってしまったとすれば。。。
そこが意味不明状態わからずのグレーゾーンとして脳内の自分像をいい加減にえがくしかない。
通常は、だいたいこんな様子じゃないかなと推測を人工知能バリに推理して作り出していく。

でもその映像が実情にはかけ離れた仕組みであることも、とてもよくあるのです!!!!
そこが感覚には脳内で創りだした錯覚が入る余地があるから、
そこを差っ引いた状態で観察し切れたかどうか。
そこに目を配れるかどうかの課題がつきつけられるのです。

そして、そして。
徐々に筋肉が生きてきて代謝が生まれて感覚器官が蘇ってくる。
体性感覚情報が、正確に脳へと吸い上げられる状態になります。

以前のような情報がないから「だいたいこういった感じじゃない?」という、
お手盛りの情報じゃない状況へと移行してきたわけです。

するとそんなときに感じられる違和感は、
脳内で適当に創りだされた漠然としたバーチャル痛よりも、
リアル痛になります。
「炎症がここにあるから直せって言ってるんだよ!!!」
というメッセージだったり、
「どうしても、ここの、この点、この皮膚の2センチ半奥に入った、まさにここが引き連れてる」
といったような具体的かつ適切な情報を含んだ訴えが聞こえてきます。

このレベルにまで体が明らかになっている悟った状態であれば、
まんま、私はお客様のおっしゃられる部分をいわれるままに修理メンテナンスをすることに徹します。
感覚器官がバランスを根底から取り戻せることは、
一度、調整具合を見だしてコントロール不能になるなかなかニュートラルに戻りづらいのです。
そのときにこそサトル・ムーブメントというサトルティな動きで悟りつつ、
感覚の再設定をしていく。

体に多くある六根全体の感覚の再設定が進めば、
それで生命力が手に戻ることだろうと思います。

ちなみに、そこまでの感覚が戻った方の施術は、
それ自体あまり必要じゃないかもしれませんが、
お客様の内側のドクターに告げられたとおりに
私が修理工を務める。

お客様の訴え自体が、
それが私の見立て以上の最適解であることが多いということを経験則上感じていますので。
そんなときは自分を黙らせておくのも必要です。

ただ、、、それは、そこまでいくのは、かなりハードルが高くて、
私も、全然そういったレベルには至っていないのです。
かなり悔しいところです。。。。
ですが同時に課題が具体的になってきたところから、
進捗状況はあるなと思えるフシもあります。


仏道は、この「六根清浄できた状態」が修行過程の大切な入り口といいます。
(※ 六根清浄 とは、身に備わった感覚器官を6つとまとめ、それらを浄化して機能できるようにするということ)

六根清浄できねば、五蘊を語るのも上滑りしそうだと、
私の個人の感覚では思えるところもあるのです。。。。。


私が執り行っている施術の筋膜リリースの位置づけは、
感覚器官の異常を正常な状態へと元返しするためのツール。
六根清浄へステップアップしやすくするツールだと考えてください。
そうすることで何を本当には期待してやっている施術なのだろうか、
という私が人生での課題として感じているもののひとつが見えてくるでしょう。


私には、単純に体の不調が収まって良かったねというのではなくて、
体の内側の世界を外界と同じようにセンサーが張り巡らされていて、
多くの生情報をリアルタイムに感じられていること。

それこそが生命力が感じられる状態で、生命維持をさせる力になる。

野口体操創始者の野口三千三先生の関連本で
「感覚こそ力」というものの見方の本質には、
空恐ろしいほどのクレバーさを感じました。

鍛えるべきは筋肉でもあるが、
鍛えるべきは感覚でもある。

その両者がうまく揃わなければ運動器がうまく作動する最適な動作は期待できません。


「感覚を繊細かつ鮮明に味わう」こと。

そうやって自分の内側に描かれていく3次元立体映像化された自分像を手に入れたとき。
私の推測でしかありませんが、
そのホログラムのような自分像が、自分の動きや自律神経系の制御や思考や感情にも、
多大な影響を与え続ける。
それはこの脳内で創りだした認知像を参照することで統合化した制御可能な一元管理をしつつ、
司令室司令官が観る制御盤のようなやりくりをする基礎がルール化された表象のように感じます。
まずは全体に司令を送るにも情報が司令塔へと(文章ではなく)印象や数値化されメジャーで計測できるような状態を曼荼羅のようなひとつの図版に収めるイメージに置き換える。
そうやって全体像を把握しやすくしてから、正確な物事に近い状態を知り始める。

そういったものではないか。。。。。
と思う次第です。


もしも、今の私自身が感覚の曇が一点もない状態で存在していたとすれば、

どういった気分が味わえるのだろう。。。

どんな感情が沸き起こるのだろう。。。

おそらく、それこそ大変にキラキラと光の粒が周囲全体を取り巻き、
さんざめくようなすばらしいものでしょうか!

神社仏閣でひとりでたたずんでいるとき、
夢想するところがあります。




そのようなところに、
大きな脳を発達させた人間として生まれることをかなえてくれた感謝を感じずにはおれません。

脳の発達した部分の計算機のパワーがある分だけ優位性を感じています。
ただし感覚器官が整理整頓されて理想的な機能を発揮できていなければ。
その目を閉じていれば、どれほどそれはもったいないことでしょう。

アメーバのような単細胞動物では、
おおよそ細胞のひとつを捉えれば、細胞膜で外界と内界を分けるようなシステムになっています。
外界を知るための膜組織こそが感覚器官のすべてといえるような大切なものです。

それは人間にも同様なことが語られるべきでしょう。
筋膜という膜も、アメーバのような体細胞のひとつひとつが生きるための外界と内界を分けて
情報をやり取りするための重要な感覚器官であるのは、あきらかでしょう。
たとえば痛覚等の感覚器官は筋膜や骨膜のような膜部分に集中的に分布します。
それに体全体の自律神経のひとつのかなめと言われ、
体の末梢から脳へと繋がる経絡線も膜組織をはうように通ります。

そんな筋膜という膜感受性が発揮できているときに、
当然ながら脳内の自分像も正確に描けるようになる。

そのような発想で筋膜の生きのいいとか悪いとかをみる。
そんな視点も重要じゃないかと、私は思います。




これが最後です。 ^-^;

私自身の実体験ですが、
頭部のコリが深刻であれば、
脳内で描く立体像に意識が集中できない。
そのような傾向に陥るようです。

単純な話ですが、
眼や耳や鼻や舌などの重要きわまりない感覚器官が頭部に集まっているのですから。
頭部の表情筋や顎を動かすための筋肉が固くなって眼や耳や鼻や舌などの感覚器官組織を、
その組織を歪めさせるような牽引力を生じさせて
血行不良化させたり神経の働きを鈍らせればどうなるのか?

やはり外界の情報を得られる量が減るような形になります。

状態として曇った感じとか閉ざされた感じになるのです。


それもやはり頭頸部の下にある基礎部分の体性感覚が動物的な生きるためのツールとなり、
活動してくれる基本でそのような乗り物に頭部が乗るような感じです。
頭部の下に位置する乗り物がグダグダしていたりくたくたしていれば、
その上に載せられた司令塔もグラグラ状態を引き継いでしまうのです。

昨日施術を受けられたお客様は、
そこから抜け出せるほどの乗り物を手に入れた状態になって、
頭部を首をガシガシと解けるまでになったところまで進まれた。
そこまでくるのにも、どんなに期間もかかり、大変だったことでしょう。


それの一端を私も知るものとして、
意外にお客様以上に私も感無量なのです。

うれしいですね!!!




私の施術者としての人生も、
この先それほど長いわけでもありません。

一回ごとのお客様との施術は、
私にも貴重極まりないものです。

だから毎回、やりぬいた感を持ってがんばっていきます!

よろしくお願いします!!
posted by スズキ at 12:30| Comment(2) | 体のイメージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
数分どころか数時間はその状態をキープしてますよ〜
あくび連発で仕事中はやる気ない人みたいになっております。
Posted by R at 2017年11月13日 08:12
Rさま

こんにちは!

あくびの練習、お疲れさまです! ^-^
Posted by ボディワイズの鈴木 at 2017年11月15日 19:23
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