2017年07月13日

「よかったよなぁ。おれは足が痛いって入っても歩けないっていうことじゃないんだ。」

2017年1月25日に、
予約順番待ちに30名様を受け付けさせていただきました。

それから半年前後経過したのですが、
昨日、15名様まで順番が来ましたというご連絡をさせていただけました。

あと5名様前後のお並びいただいているお客様に対して、
順番がきましたというご連絡を、
できるだけ早くと予定しています。 

30名のお並びいただいているお客様すべてに、
ご連絡出来たとき。


ほっとするんです。





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施術とは違う話ですが。

昨日、私が良くしていただいている60代男性から、お電話をいただきました。
(いつも私は「先生」とその方を呼ばせていただいております)

最近、足の調子が悪くてという連絡をいただいていて、
先日、一度施術にも訪れていただけたのですが。

残念ですが、
状態からすると単純に足先だけの問題というもので終止するものではありません。

腰部の反りのほか、いくつか改善すべき課題があり、
自身での運動習慣を根付かせる必要もあられるとおっしゃって、
ウォーキングなどで体を正しい姿勢で動かすようにしておられました。

ご自宅の近くに歩きやすいところをみつけ、ウォーキングに勤しみました。

実際は、足腰が痛かったことでしょう。
だから気分よく、ルンルンした感じでという、気楽な散歩とはなりません。


先生は往年の昭和歌謡史に残るような名曲を歌われる方が好きで、
お気に入りの曲を聞きながらウォーキングをしておられました。
その曲に鼓舞されるように体を動かし習慣化なさっておられた。


それで行動力ある先生なもので、
歌手の自宅をネットで調べられたのか連絡を取り、
この間、歌のレッスンを受けてこられたようです。

今までは、その歌い手さんは音源から聞こえてくるヘッドホンやスピーカー越しの存在から、
一気に、身近なものへと手繰り寄せていくというところは先生らしい。
私には、容易にはできないところで見習いたいところだと感じてます。


先生自身が歌うこと、
そしてそれをさらに同好の者へと歌う喜びを広げ活動しようかという考えておられる。

そのような急展開から歌に自分のやりがいを見出された先生が電話口でいうには。。。

「よかったよなぁ。おれは足が痛いっていっても歩けないわけじゃないから大丈夫だ。」

という内容の言葉。
先生の今までのご苦労を伺ってもおりましたので、私には胸に残りました。

足の痛みなんか放っておいても大丈夫ですよと言いたいのではありません。

気持ちが充実しだして、生きがいに目覚めたとき。
自分の体の痛みが、その目標のスケールを縮みこませる手かせ足かせにはならないものだということ。
人は、気づくのでしょう。


私個人の考えでは、
自分の魂が揺さぶられるほどの情熱を傾けるものをえたとき。
その時点で、人は、しあわせをつかんだのだと思います。
あとはどのような愛情を注ぎ育んでいくかどうかでしょう。


足が痛いという際のウォーキング中の苦境があったからこそ、
繰り返し繰り返し自身の好みの歌い手さんの歌に励まされて。
先生にとって福音をもたらす人として、
その歌い手さんへの感謝が募っていったことでしょうから。

足が痛いという状態の事実は、先生には歌に情熱を燃やすための動機付けになりました。
縁起のひとつとして、建設的にそれを受け入れる気持ちに至ったならば、
マイナスが強い分、ひっくり返ってプラスに転じ白黒が移ったときには、
大きなプラスへと転化するものだと思います。

人生には平坦な平野ばかりではなく、
山もあれば谷もあるでしょう。
それが生きる修行でもあって、
何も刺激がない平坦な道ばかりでは、
自身を磨き続ける強さや気づくものも育ちません。


つらいことも、それは事前に用意されたものであって、
そこに接した際に山の頂上を見つめて登りだそうという目を持ち続けられるかどうか。。。
そこが試されているのだろうと思えてなりません。


所々の状況や事情がマイナスのときはつらくてへこみます。

そこをそれをそのままに自身の人生が根付かせるのか、
それともしぶとく針の穴からでも抜け出るほどの気合で、
「自分ならどうなりたい」かを明確にしていき
自身が自分の救世主になり、
自身を救い出すよう尽力するための最良の時期が来たのだと言い切れるかどうか。
常日頃から、マイナスを転じる気持ちの強さだけは、持って生きていこうと思う。




余談ですが、
たまたまその歌い手さんのご自宅は、
私が知っている神社のすぐ近くにお住いらしく、
その名前がでてきたときに、内心、なにかを思い出していました。

過去義理の兄が癌に侵されたときに住んでいた地がその神社の近所でして。
私がみてもすぐれて気の流れが澄み霊験あらたかな力強さを備えられた神社。
なので義理の兄の家にいく手前で、かならず参拝させていただいておりました。

2年前の夏の日がな、神社の参道に蝉の幼虫が道路に這い出して、
車に引かれそうな方向へ進もうとしていたものが数匹いたもので、
何往復か繰り返し、拝殿の方へ持って行ったことを思い出します。

なんだか、そのようなときは偉そうに、
「おいおい、ダメですよ。そっちにいったら引かれちゃいますよ」とひとりで口に出しているもんですね。


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posted by スズキ at 12:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 業務連絡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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