2016年11月20日

無意識操作から自覚的な動きへ移行しよう



私が文字を書くときは、
右利きですから右手で書きます。

文字を書く際は、
ペンをなんとなしに文字を書くための体勢で握ります。
この握り方をすればもっとも書きやすいという状態に、
無意識のうちに握っています。
無意識に勝手にペンが文字を書いてくれているようで、
なんらストレスをためてしまうこともありませんよね。

自分の名前を書くときには、
スラスラスラッと。
そんなにうまい字ではないですが流暢に書くものです。
そのときのペンを動かす操作は単純なものではなくて、
けっこう複雑な操作をしているんですね。

たとえば右手を怪我をしてしまって、
役所に提出する書類を左手で文字を書かなければならなくなったとき。

利き手ではない左手で文字を書こうとすると、
いやっというほど思うように書けないことを痛感しますね。

ペンを握るにも握り方がわからない。

それは右手でペンを握れている人です。
だから、すでにその人は
それを手本にして考えてみればできそうですが、
どうも右手でどう握っているのか思い出せない。

仕方がないから、
たどたどしく左手なりの持ち方を工夫し始めるのです。

そのときな無意識状態で握れている状況じゃないですね。

自覚して「どう握ればいいのか」をやっきになって探す。
思うように動いてくれない左手やその指先にイラつくし、
書けた文字もみみずがのたくったようなひどいものです。

この状態はかなりストレスを感じる状態。

すでに利き手では文字の書き方を知っているのですが、
普段、使っていない身体の一部は通用しない。
特別な動きをさせようとするときには、
はじめから無意識状態で流暢に動いてくれるようなことなどないのです。

自覚的にどのようにして体を操作すればいいのかを、
事細かに操作手順を検証して積み重ねて動かすこと。

そのようなストレスフルな訓練を繰り返していくと、
やがては左手でも右手で文字を書くようなレベルへ。

自覚的な動きを繰り返す修練量に比例して、
やがては無意識に動き使えだしていきます。


ここまで書きましたことは、
いわれてみれば当然のこと。

どなたも承知のことでしょう。


今日、マラソンに情熱を傾けるお客様の施術をさせていただくとき、
以前の身体状況と大幅に筋肉の質や姿勢の様子など、大幅な変化があります。

こちらのお客様は、自分の身体感覚をフルに活かしつつ
合理的な身体操作のフォームを追求しておられますから。

大腰筋や腸骨筋、臀部を含む股関節周りの筋肉や腰方形筋等、
腹部のコアやコアの周辺に位置するコアをパッケージする筋肉に活躍の跡を見て取ることができます。

以前は大腿直筋や外側広筋がランで使われていたため膝に負担がきていましたが、
そのようなことは、もう、なくなってしまって膝に苦痛を感じることはなくなったそうです。
それは施術を受け始めた当初のような大腿直筋が硬化して足部の骨格部のハイアーチの固定が消えている。
そのようなところからも、
相当に自覚的に骨盤を感じながら体幹を操作しておられる。
コアを活かして大腰筋を使っているかどうか、、、というのは、
大腰筋事態が使えているかどうかは筋肉を操作している際の筋感覚がない筋肉ですから
自覚して操作している感じは乏しいものです。

だから「大腰筋を使えているかどうかはわかりませんよ〜」とおっしゃられるのですが、
大腰筋の柔軟性や太さなどをチェックすれば使えています。 ^-^

施術を受けていただいた当初の身体操作をする際の「屈筋群の非効率的な筋肉の操作」というものから、
自覚的にコアの部分の動きも研究なされて『伸筋群の効率的な筋肉の操作』へと。

筋肉の使い方をチェンジしていかれたのですね。

変え始めは、どのようにすればいいかは、皆目検討もつかない感じです。
ほんとうにこれでいいのか、、、。

それは他人の動きをみても、
その概要はまねたり外形をコピーするのはできても、
身体内部にある筋肉の筋操作は見えるものではない。

だからどなたでも恐る恐るの不安感があるものです。

多くは「トライ・アンド・エラー」を繰り返しつつ、
積極的にやってみて得られた体験からデータを得て、
データを一定量以上に取り揃えることができたとき。

その体験データをいくつか組み合わせ総合化すると、
自分でも納得できるような動きができてくるのです。

そのような自覚的な動きをする労をおしまなければ、
やがては、、、
ちょっとだけ「私って、天才かも!?」と思うけど。。。

これが正解とか究極とか、、、
そんな空論を語って自他をだまくらかす必要はなく、
修行にゴールはない。
ひとつ上れば、違った景色が見えてくる。

完成形など、成功事例を得たと思ってそれを後生大事にしているのは、
極めてつまらないものの考え方ですよね。

つねに今の自分は、今以上の自分になれる伸びしろがあるのですから。


ちなみに、私がかつて読んだことがある合気道の本には、
体の操作として、つぎのようなステップがあると書かれていました。


「屈筋操作」→「コアを含む伸筋操作」→「重みによる身体操作」

すると、こちらのお客様は伸筋操作について、理解が深まっておられる。
姿勢に勢いが出てくるので、ちょっと見でもすぐにわかります。

ならば、→「重みによる身体操作」について、
少しだけ理解を深めるためのきっかけになる説明をさせていただきました。
私の独特な理解からの視点ですから、
たぶんにわかりづらい点もありますし、
一般的な論じ方とは違っているでしょう。

最初からこれが正解だと決めつけることなく、
広い視野を持ってさまざまな見方をしてほしい。

そのような意味もあり、
ほんの参考までにということでして。 ^-^

身体の重みを利用して動くためには、
筋肉を意図して利用する身体操作より、
もっと体が統合された動きができること。

どのように体をユニットに分けておいて、
それらを独自の機能を発揮させつつ組み合わせ、
全体を理想的な状態で統合化できるものなのか。


私の頭のなかにはその概念はありますが、私の体ではできません。

それはまだまだ私の体が追いついていかないところもありますし、
視野が固定され広がりが狭くなり、理解が足らない証拠でしょう。

もし重みを使いこなせて人生を送れるのならば。。。

私は自分の内部環境を悪化させる屈筋群を主体にして「多くの病」を得る次元から、
別のステージにステップアップできるのだろうなと思い期待します。

ですが、私も未だに緊張時には屈筋群を使ってしまってボロボロに。
そんなことを繰り返しては、「いかん、いかん!」と自重してます。^-^;;

本日、おいでになられたお客様もそうなのですし、
他の身体の柔軟性が以前のレベルとは異なってきた人たちは、
以前の自分の体の内側に硬化なコルセットで締め上げて支えていた身体操作状態からぬけ出すには、
いったんは、無自覚で動ける状態を捨ててしまわなければなりません。

自覚的に現在の体を感じて動きを創りだすのです。
そうとうなストレスフルな状態を体験するかもしれません。
そのストレスに負けて、無自覚で使える以前の状態に戻る。
そんな選択をしたくなります。。。

それをぐっと、こらえてください!!

屈筋群を使うことを覚えている方が、
無意識に操作される以前の身体操作に頼ったとき。
パターン化された悪癖のある身体操作の罠からは、
抜け出せないのです。


次の伸筋を使いこなす操作ステップに進めません。


左手で文字を書くときのように、最初は、書きづらくてしかたなくとも、
やがて、新たな身体を動かす操作法がパターン化していくにつれ無意識操作が可能になります。

それまでは、
意図的に動くこと。
自覚的に動くこと。


そして究極は、
無意識に昨日思いついた操作に身体が操縦されるされるよりも、
いつもさらにステップアップできるような身体操作になれるよう、
自覚的に生きることでしょう。
posted by スズキ at 20:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 体の使い方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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