2016年09月26日

体内にあるしこりが溶ける基礎体力。私は昔、なかったなぁ ^-^;

一昨日前、
施術をさせていただいていて。

かなり体の重心取りがうまくなって、
大腰筋の使い方が向上なさっている。
そして長距離のマラソンをしている。

状況として
身体的な筋肉の柔軟性はある。
スポーツ心臓をお持ちである。

足すことの、
本人の身体操作の研究心が高い。
走りのフォームなどをも含めて、
独自に試行錯誤されています。


そのような体力的にはとても余裕がある方が施術を受けてくれたとき。

体の奥深いところの変化が一気にドバッと出ることがあります。

どのようなことかというと、
おもしろいことを話してくれました。

つい先日、
とあるマラソン大会にて10キロマラソンをなさった際には、
これ以上ない風雨に見舞われた最悪な競技環境だったそうだ。

それはもう、私がその聞いていたら、
私ならばまちがいなく棄権するかも。
そんなように感じられるほど大変で。。。

フルマラソンを走ることもできる人であるにもかかわらず、
相当につかれたそうでした。

その疲労のピークは、
大会が終わった日の、
翌日に起きたという。

朝起きてみて体が重い。。。
どっと体がつかれきって調子が悪くてしんどかった。
自身でも、驚くほどのしんどさだったようです。
(本当に大変でしたよね〜)

「このまま数日も続いてしまったら・・・
仕事にならないし、どうしようか・・・・」
と不安になられたかもしれません。



それが不思議な事につらかったのはお昼ごろがピーク。
午後に差し掛かった頃にはだいぶ楽になったといいます。



以降は私のお客様のお体をつぶさに観察させていただいたうえでの、
推測なのですが。
少しお耳をかしていただければ、
ありがたいです。 ^-^

こちらのお客様。
以前はあった大腿直筋の不要な筋肉量が落ちてきております。
身体の操作方法を工夫して改良しているのが体に現れている。

大腰筋のコリも消えてきました。
以前は大腰筋を施術中にリリースされるとき。
その張りが強くて軽く押されるだけでも「うぅっ」となった。
それがほとんど無反応で施術のとき楽な状態で過ごせている。

それに内臓が柔軟性を帯びる。
腹直筋がまだ中央部に硬さがあるのは確かだが、
当初の1/5ほどの硬さがのこるばかりです。
あとはみぞおちを緩めて下部肋骨の動きが
さらにスムースに可動できるようにしたい。
そんな欲求が私にはむくむく出てきます。

大腰筋や腹部の内臓の筋肉などがコリがあれば、
それでコアの筋肉が使える資格がないも同然で。
一般の方でもその言い方はなりたつものですが、
特に長距離ランナーとしては如実にいえてます。


そのようなコアが
すでにコアの筋肉群を使う要点を体で理解なさっておられる場合。

わずか半日分だけのドーンとしたしんどさで。
泥のようなだるさを感じた一過性の状態を過ぎれば、
体の内奥のシステムがさらに刷新されてしまうなど。

私からすれば、
本当に羨ましく感じることがおきてしまいます。

そのお客様の身体的特徴として、
一回ごとに血液を送る量が一般の人よりも多いスポーツ心臓を持つ(動脈の血のめぐりの強さ)
筋肉ポンプの力(特に脚部が重要)で心臓にまで血液を押し返す力が強い(静脈の血の返しがいい状態)

このふたつの血の循環効率のパワフルさがあると、
身体的な体の深部のしこりを大きく解かしていき、
多大な変化をどっと起こすことが際立ってできる。

特にコアの筋肉をがっつり使い倒すときには、
「泥のように眠くなって意識が飛ぶ」ような状態に陥ります。

つまりおそらくのこと風雨が台風が寄せてきたほどの強さで、
そのなかをがっつりりと走り抜ける10キロメートル。
重心が高ければ風や雨に横殴りになってよれよれで進めずに。
重心を低くして走っていったほうが進みやすいのでしょうか。

するといつも以上に腰を回転させて一歩を出すほうがいいし。

それって、大腰筋を活かした走りの基本ですので。


そうやってコアを大事に動かし
それでコアの部分を使い倒すと、
全身に行き渡る血行は促進され、
いつもとはレベルが違う深部まで血が行き渡りだす。

そのような現象が起きてきます。

走っているときは、
走るための筋肉にそちらの血液は優先して向かいますが、
それが走り終えたとき。
そして走っているときの感覚がまだまだ身体に残るとき。

今度は体の中にあるしこりという炎症を持った体の筋に、
どっとそれらの血流が分配されてしこりを溶かしていく。

筋肉的には酷使したから、
超回復力を示す流れです。

それがいつしか自分の中にあるしこり部分にも血液が回されて
ついでに古傷状態になり筋膜の癒着した炎症部分も溶かします。

これはかなり「お得!」なことなんです。

自力で血液で筋膜の癒着をした炎症が溶かされるならば、
筋膜リリーステクニックでリリースする以上にキレイに
そしてしっかり筋膜がキレイに剥がれてくれるようです。

実に後々にわたってしなやかに生まれ変われるのですね。
その筋肉が、命を取り戻すといった感じでしょうか。



ちなみに、、、
上述した方のように血流がよい人の場合。
血液のめぐりが行き届き、
しこりになっている患部にどんどん当てていける。
その作業が順番的に自力でできれば最良です。

一部は、私のようなボディワークをさせて頂き、
代理をさせていただくこともできるのですが、
それでもお客様のメリットは自力で蘇ること。
そのように私もなって欲しいですし、
そのステップに行くための踏み台が
私達のような仕事でしょう。

一人で痛みを抱えて行き詰まりになるようなつらいときは、
代理をさせていただくようなボディワークを優先するのも
選択としては私は良好なものだと思います。

ですが実際には、
自身の調整力が整えることはあるのは、
原因は施術者がお客様の調整力を肩代わりできません。

とどのつまりは、
習慣的な体の使い方からくる誤用、そして悪用により、
自らの体を傷つけてしまったり、苦しんでいるものは、
そのようになるような体験を積み重ねで作り上げる。
ほとんどの骨格筋のコリが引き金になった慢性的状態というものは、
自分では気づきづらい合理的で楽な体の操作から離れたことから起きるのです。

自分自身でどのような状態が理想の体の使い方かという良質な体の使い方を知りイマジネーションを増やす。
そこから自己管理をしていくという必要があるのです。
つまり施術者がチェックできるというのも、
1ヶ月に一度程度や一年に一度では少ない。

絶対量がそれだけでは少なすぎます。
だから願うことは自分を客観視して、
管理監督できるように自分にどのよな状態が良質かを体験的に判断し積み上げるというルールを与え、
きちっと組み上げていくことが大事。

なかなか簡単なことじゃないですが、
そうすることは、
生きるに際して必要であり、
最短距離で自分が生きて結果をだす。
自分がより良く生きる道筋をつける。

忙しく感じていて、
自己管理ができず、
やってみても成果が上がらなくてやめてしまいたくなる。
そこで自己管理の力を身に付けることができなくなると、
私としては、、、日々の業務として、、、
とりあえず施術を受けて頂いているときは注意してみて、
やってみるのもいいかもしれません。

意外に私が施術前にお客様の立つ姿を見させていただく。
するとその自己管理の見方を別の面からも観る考え方の層を増やすことができます。

そのようなときにお客様自身がどのように自分の体の使い方の着眼点を持っているかをお聴かせいただくと、
私自身がとても気づかせていただくことも多々ありますので。
ちょっと未来の自分はひとりきりで自己管理をすると迷路にハマる時もありますが、
施術に通っている際はぜひ積極的に、私に質問などを投げかけてください。
そのときは、できるだけ丁寧に回答したいと思います。
もしその場で答えられなければ、調べてきますし。

そうして体の使い方の誤用が抑えられる方向に進めるように、
できるだけ最短?の自己構築をしていくためのお役立ちとして
一緒になって考えて行ければいいと思っています。


あと、、、泥のようにだるくなっているとき。
体の中でどのようなことがおきているかです。

血の熱で筋膜癒着部分の周囲のしこりにある水分を温めていきます。
筋膜の癒着を起こす過程では多くの熱が外に逃げて冷えきった状態。
それは板ゼラチンにほどよく類似した固まりのようなしこりです。
それを溶かしだす。


イメージしてください。

ちょっとカチカチになっている板ゼラチンも、
お湯をかけてかき混ぜれば溶け出しますよね。

それと同じ要領で、体の中のしこりは解かれるのです。

血液の暖かさを有効に活用していくのです。
またそうすることで、患部に血流をふんだんにすると、
患部に血液が運んできてくれた栄養素を受け取られて、
まずはすでにダメージが大きい組織は解かして廃棄し、
その後に体を創りだす建築部材としてのタンパク質等
患部には満ち満ちてきて患部の改善が早く確実になる。

そして昨日の方は、
その作業をわずかな時間で済ましてしまっているとは。

心臓のポンプ力が強靭だとすれば、
体内に送り出す血の力が強まるし。

つまりここでは動脈の流れですね。
それは、いわば板ゼラチンを溶かすときの撹拌棒の回転のしっかりさ加減ということ。
低速でかき回せば溶けづらいが、
ガーッと高速で回して遠心力が、
もう、ハンパない? ^-^;

ならば溶けやすいでしょう。

あとは筋肉ポンプという静脈血の戻りの力です。
脚部の太ももやふくらはぎ部分が血に熱を伝え温める主たる機能を持っているものです。

足にあるべきマッスルパワーが貧弱であれば、
心臓に血が帰ってきませんから血圧異常になるのは必定ですね。

たとえばそれは一見すると脚部の筋量がありボリュームもある。
ならば相当強力に使えそうだなと思えても。。。
だが脚部がコリがひどくて・・・となれば、
膝関節や股関節、足首や鼠径部などで止血して流れを抑制され、
静脈の流れが悪くなって心臓に血が帰ってくる量が減じられる。
そのような静脈の血管を塞ぐ部分をしっかりゆるめるのは大切な仕事です。

そのような下地になるいくつものコンディションが整っているような人は、
まるで子どもや赤ちゃんがいきなり高熱を発したら、
一晩でケロッと平熱に戻ったというような大きな変化になるし、
そのような過酷な変化にも耐えられるようになっている。


ただ、
まだまだ心臓の力も弱く、脚部の筋肉のパワーも十分ではなかった。

そのようなときは、
一気にどっと体の内側の奥までを書き換える力がないから、
低温のお湯に板ゼラチンを入れてゆっくり撹拌棒でかき混ぜる感じ。
なかなか早急な変化はおきません。
だけど実際はその方の体の中にしてみれば、
大きな負担分を確実に外へと排除しているかのような除去作業をしているので、
大きな変化は起きているのです。
ですがお客様自身の肉体上に見て取れるような改善が現れるのには、
それから先まで、まだまだ負担分のしこりをゆっくりなくすまでに、
時間をかけていかなければならないのです。


私自身、このような後者の体力がない人のバージョンで体を整えていきましたから。

さぁ、これはこれで、泥のように意識が低下してだるくなって、しんどい。 ^-^

それを、私はだいたい8ヶ月位かけて乗り越えたというゆっくりした人でしたから。
いったんはこれで体が良くなったぞーと思えても、
まだまだ、その先があったことを直後に思い知る。
そのような連続です。

そのような波は未だに続いています。


体内で起きる体の内側のしこりを解くという作業が、
体内のしこりの量の多さに比例して手間や暇がかかるのです。
ただコアが使えると一気に静脈血の帰りがよくなってきます。
それでより短期間に、体の内側の筋膜リリースが進んでいく。

すると外面上はいつもとは変わらないように見えていても、
内面的には血の流れ方がまったく違いその変化について戸惑い、
次の安定できる状態に変化が落ち着くまでつらいですよね〜。

「泥のようにだるくなる・眠くなる」状態に入ります。



私は数ヶ月も意識もうろうに近くなった。
そうとう長い間、ボーッとして思考力が落ちてしまったことも。
生きているか死んでいるかわからないほどに、
だるさがピークが続いたときも味わいました。

私の場合は、「泥のように・・・・」としか形容できない状態の連続。


ひどいときは眠すぎてだるすぎて吐き気が、
または横たわったら起きるのがほんとうにしんどい。
体力がほんとうになかったものですからいたしかたありません。

それにもまして、
実験として自分のコアをどのペースで緩めればどうなるのかを調べてみたかった。
だから少し早めのペースで自分の大腰筋を緩めて試していたということもあって、
相当にきつかったのです。。。

ただ同様に私のように体力がないお客様が同様な変化が起きると、
私はすでにそれを体験しているから共感力がにじみ出てきますね。
施術者として、じつにありがたいことです。 ^-^;




ちなみに、
一気に大きな変化をさせようとしても、
心臓の強さや筋肉のパワーがなければ、
それは私はムチャな話です。

焦りから先走りたくなる気持ちもわかる。
ただ焦りが先走っているときは、
体の治りは確実に悪いものです。

それは経験上、そう思えるのですが。

あるお客様が、施術の圧が痛くてもすぐに解いて欲しいと言い続けていたときには、
体の戻りが早くて日頃の生活上での緊張が抜けていないことを感じられたのです。
そうするとやはり一喜一憂で気持ちが安定しない。
その振れ幅は体が辛い時ほど大きくなるものですが、
一喜一憂のなかでも「一憂」に支配されやすくなる。

それがそのお客様があるとき、
「私は、ずいぶん急いで体を治さなきゃいけない理由があったから必死だったんです。早く治りたいって。
でも、私の中にあるしこりとかずいぶんあるんだなって、自分で自分のマッサージをするようになって、
わかってきたんですよ。
だから、時間がかかるのもしかたがないことだなと思えるようになってきました。
時間がかかってもいいからしっかり解いてくださいね」
と、落ち着いた口調でおっしゃられた日に。

自分の体の中の状態を今まで観たり感じたりするのが悲しく悔しく切なく感じてしまい、
どうしてもそこから一刻も早く逃れることが本能的にしたくてならないことだったはず。
それは常日頃からいたたまれない自分の体という逃れ得ないものから
不快感を感じ続けて緊張してきたという状態だったのでしょう。
詳しくいろいろとお話をお伺いするにつけ、
心中、お察しすることは容易にできるような大変な状況でもありましたから。

ですが自分でマッサージをする日課を持つようになり、
自分の体に正面切って向き合ったときに、
どれほどまで多くの負担が自分の体に積み込まれていたのかを現状認識できた時。
体の不調や不快さも落ち着いて納得することができるようになってきた。
そして同時に、自分で解くようになってみたら、
自分でもできることがあることがわかってきた。

そのときにしこりとの格闘から、
いつしかしこりという自己との会話が始まったのでしょうか。

その後に出てきた、
焦らずに施術を受けていこうと思いますという宣言だったと思います。

ただ、
不思議なほどに、そのように語る彼女は、
両肩の設置場がずれていた線がちょうどよいところまで移行しており、
重心も丹田にもうちょっとというところまできていました。

もうひとりの自分といえる「内なる医者(インナードクター)」と呼ばれるものと出会えたのでしょうか。

あせらず現状をとらえること。
そして慈しみの言葉をかけることから始める。
私にも体調があまり優れなくなったときには、
自分の内側のもうひとりの自分に問いかけて、
主観を捨てた冷静な判断を引き出すときがあります。

そのときのお客様も、
「現状はつらくても、よくがんばって生きてきたよね、私!」

という言葉が、すなおに出てきたのかもしれません。。。
本当にそうだったのでしょう、、、。



私も含めてですが、
もともと体のかしこに動脈や静脈を圧迫する状態があり、
脚力や心臓のポンプ力が弱くて代謝力が不十分であると。

私のところにおいで頂くお客様の過半数はそのような状況でしょう。


そうなると、体質改善のできるだけの体の変化が訪れ始めると。
よくて数日、はたまた半年間も、体質が変わるまで、
ぬるま湯に硬い板ゼラチンを入れて低速で撹拌棒をまわして溶かすような作業が始まります。
スマーティなどの遠赤外線ドーム型サウナに入ると、
体の改善スピードが上がるというアドバイスをするのは、
物理的に冷えて固まった筋膜部分を外部熱で熱することで
温かいお湯につけて板ゼラチンを溶かすほうが早く溶けるという理にほかなりません。


ただ時間がかかったとしても、
どうにかこうにか血圧等のバイタルサインが相応に良い状態にまで改善できれば。
そこで体質的な安定が図られ、体力も回復力も以前よりも増していることに気づくでしょう。


またそうなるにも、姿勢が悪けでは至りづらいわけですから。

それはもともと体の使い方の誤用で関節の使い方が悪ければ、
早々に撹拌棒を回転させて板ゼラチンを溶かす行為を手放し、
いつまでも現状からステップアップできない状態に陥ります。

低空飛行から抜けだして、
安定した高さで飛行する。

その体験をしたら、以前の状態がどれだけつらかったのか。
思い知るときがあります。

私がまさにそうでしたから。


そして貴重な人生の中の時間を過ごすうえで、
もし肉体的にもう少し安定した状態であったら、
あの局面でどうがんばれただろうかとか。。。

ほんとうに、自分の子供の頃や青年時代などの体力や気力が続かなかったときを後悔しました。
「もったいないことをたくさんし過ぎた」と後悔した思いが沸き起こったことを覚えています。
ただ今更悔やんでも仕方がないから、
これからをどうするか、でしょうね。




あとは、蛇足です。
【 蛇足 その1 】
それに体の使い方はいったんはわかったと納得して使い方を改善し改良してみても、
いつぞやの悪癖が入った体の使い方が馴染みが深くてそちらに近づこうとしていく。
そのような、気をゆるめたときの罠が仕掛けてあるようです。


【 蛇足 その2 】

施術を受けていただくお客様で初回のとき。
体力的にかなり優秀な方だなとお見受けしたとき。

そしてどこか明確なネックがない場合には、
初回で体力値が十分であるからそこで卒業。
そのようにして自己管理を徹底するように、
と助言させていただくことが多くあります。

あなただったら自力で自己管理をすれば、
それででも十分がんばっていけるはずだ!
と言ってくれる人がいるというのも。。。
悪くないことでしょう。 ^-^

そのような説得をさせていただいて同意していただけたときには、
もし体的に不安なところが新たに出てきたら、
施術の予約を受け付けさせていただきますし。


自力で頑張れれば、それは素敵なことですよね。


ただそのような体力的に十分で
ご近所の施術院でも対応できるかもしれなくても。
それでもボディワイズにおいで頂ける場合の多くは、
自分自身の体へのこだわりや目標設定が実に明瞭。

そのような人たちがほとんどのようです。





体の変化の山を登るというのは、
各人が自分の山を登るものです。

決して同じ山ではない。

山の高さが高くとも、低くとも。

自分にふさわしい山頂を目指して登り出す足をあきらめずに亀の歩みのごとく出し続ける人は、
あとで来た道を振り返ったときに「ずいぶん高くまで登ってきたな」と驚くことでしょう。

どうぞ、あせらずに、そしてあきらめずに。
自分のペースで向き合っていきましょうね。
posted by スズキ at 03:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 体のイメージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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