2019年07月08日

楽しい夢見へ変わるのも、勉強成果の後のご褒美かと思います

個人的な話で、申し訳ありません。


せんだって、友人と話をしたとき。

「昨日は、最近になってはじめてたのしい夢がみれたんだよ・・・」
と私がいいました。

「えっ?なにか変な夢ばかり見ているの?」
と友人がいうと、


「ずっと苦しい夢をみていたんだ・・・」


その夢の内容は口にするのがつらかったので、
その場で友人には伝えることはできませんでした。



たとえば、ひとつの夢として母が他界したあとに、
はじめて夢に母がでてきたときのこと。


電車で、共に父の墓参りにでかけたシーンでした。
電車の中では私と母は、
話すこともなく無言のまま時が流れます。
ただ私はひさびさの母との小旅行でもあり喜んでいる様子です。

目的の駅について降り立ったときのこと。

母は、いつものように元気に先へと歩き出します。


すると、そのとき。
イメージで言えば山口智子さんに似た女性がいきなり金切り声で叫びます。

「だめ!どうしてあなたはお母さんをここに連れてきたの!!」

直感的にこの女性は、特別な知恵を持つものだと感じられました。

占い師か、それとも、母の現状を見抜ける先生なのか?
ただなにかを知っている人だというのはわかりました。

その女性の迫力ある声に私は驚いて、
私は母に顔を向け声をかけようとすると、、、

いきなり母が苦しそうにうつむき吐瀉する姿をみつけたのです。

その瞬間、私の胸が張り裂けるほど苦しみを覚え、
そこで目が覚めます。




そのような夢でした。


同様な夢を、幾度か見ました。




そのような夢をみる私に自問自答すると。

母の身体の現状を把握できていなかった、
そのくやしさをかみ締めなさいというメッセージが聞こえてくるようです。


施術でがんばれたかどうか以上の問題として
母の身体の徴候を、取り返しのつかなくなる前に見つけてあげられなかった。
その無知さから「自分って、ダメだ」という無力感からの夢でもありました。

その気持ちに押しつぶされそうにもなるのですが、
反面、母が成した闘病中の生きる姿勢から学べば、
そこから逃げることなく反省すべきところを素直に認めよう。
今から改めて花を咲かせようと思えもしてきました。



私はお客様の中には、
お体の状況としてつらいかたもおられることを重々わかっています。
そのようなお客様をひとりひとり思い起こします。
休業を続けるという選択に、申し訳なさを感じ続けています。

ただ、今の自分を改めることないままでは、
どうしても納得ができないのです。

大事な反省点を省みることなくとにかく開業というのでは、
前向きな気持ちに至り施術再開はできません。

また別のシーンで同じ轍を踏むことがあれば、
そのときは母になんと言えばいいのでしょう?

どうしても、そう、考えてしまうのです。


私の見る夢が、私の気持ちを素直に表せているのでしょう。
自分を変える勇気を、この機会に持てなければと思いました。


そのための新たな学びに私が選択したものが「中医学診断法」でした。


中医学基礎理論を学ぶ過程で、
母の働きすぎや母の心への負担などを指摘をいれる必要があったということを再認しました。

中医学による人体構造をわかりやすく話すことができれば、
説明するときの説得力が中医学を学ぶことで増していくものです。
そこからは明るい希望も含めて話すこともできるのです。



ただ実際、私は現状では中医学の見立ての実力的にはまだひどく未熟です。
それに同時に私がかかわることができるお客様の人数は多くはおられません。


「中医学診断法」の基礎部分でも身につけておられる人が、
一家に一人いてくれるようになることが理想なんだろうと。
いまは、そのようなことを思えるようになってきました。

数年後にはそのようになれるような一助をできるようならば、いいのだが。

そのような気持ちになって、落ち着きを取り戻せてきています。



そしてセルフコーチングをして想像上の母の声を聞くとすると。

母が今の私の隣にいて言葉をかけてくれるとすれば、どんなことをいうだろうか、、、。

おそらくは次のようなことを言うように感じます。

「あなたに病気が見つけられなかったことは怒ってもないし、うらんでもいない。
 だれかのせいでじゃないから、気にしないで」
そして、、、
「お客様が、施術を必要としていただいているなら、早く仕事を再開しなさい。
 そうしてくれたほうがお母さんは安心できるのよ!」といってくれると思います。

そのような母の心の声が聞こえてきます。


中医学の勉強をすることで、過去の母におこなうべきアドバイス等が見えてきたので。
苦しい夢以外の夢を、少しずつ見ることができるようになってきたのでしょう。



もしかすると、施術をするものは、多くの先生方々が私と同様なことを感じたことがあるかもしれません。


posted by スズキ at 14:01| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自らをほめることって大事だよね。

お世話になっております。
ボディワイズの鈴木です。


昨日、七夕でした。

それにもかかわらず、
菩提寺になるお寺にて「施餓鬼法要」へ。


 施餓鬼法要って?


 成仏なさっておられないご先祖や他霊に対して、
 ご成仏なさってくださいねという趣旨の法要です。


私の恥ずかしいところですが、
お寺のことは、母に頼りきっていました。

突然の母の他界により「施餓鬼法要・・・それって、なに?」ということが、
多種多様にでてきます。


わからないことがでてきてはインターネットで調べ、
どうにかこうにかクリアしていくという日々です。



NHKの「チコちゃんに叱られる!」のチコちゃんがでてきたら突っ込みどころが多すぎでしょう。



法要のお経がおわりますと、
ご住職が、十枚ほどの手書きに覚書を見ながら、
檀家さんたちに向けて説話をしていただけます。


その内容が私には印象に残りました。

書かせてください。


--------------------ここから---------------*


人からものを「先」に受け取ろうとする心が、世を暗がりにしていく。



たとえば僧侶ににお経をお供えしていただいたときには、
お布施をしますよね。
ものごととして、そのような流れが一般的でしょう。

ですが、まずは自分から人に与えていきなさい。

それは人にやさしい言葉をかけるということも。

人は、誰しもがほめられたいと思っていても、
自分からほめようとはしない傾向があります。

ならば人をほめるということから、暖かい言葉をまずは相手に与えてください。


<ここから私目線の文章にアレンジさせていただきます>


私の菩提寺では、
ご住職が自身で会社を興し、若者を指導して運営をまかせているそうです。
利益を出すばかりが目的ではないため、
赤字が出ずにお給金を支払える程度だとおっしゃられますが、
すでに10数年もの永木に渡りその会社は続いております。

そしてそちらで勤める若者は、
お寺に預けられるものもおり、
個性的な子達がおられるようです。


ただ誰だって仕事上の失敗することもあるでしょう。

そのようなときでも住職は感情的になることは避けて、
ほめられるところをみつけていくそうです。

ほめられて、人は伸びるものだというのは、
ご住職が体験から実感したことでしょう。


後日、ミスをした傷が癒えたころに反省と改善法を考えさせるので十分だといいます。



まずは、温和な気持ちで、隣にいる人を気遣い、
いいところを見つけてはほめることです。


----------------ここまで-------------------------*




昔に観た映画「ペイ・フォワード」を思い起こすお話でした。


ただ先に人に物をを与えるばかりではなく、
「人をほめる」という言葉を贈ることが「人に先にものを与える」こととなる、ということでしょう。


人付き合いも、そのような心構えで取り組むことで円滑になるのでしょう。


「他人を面と向かってほめるのはどうも苦手で、、、」というならば、
「自分を真っ向からほめちぎるようにしよう」というほうが楽かもしれません。

そうやって<自己受容の度合いが高まる>につれて、
次の段でくったくなく他者を明るい気持ちで褒めちぎれるようになるものでしょう。



説話も法話も、ただ「ええ話を聞かせていただいた、次もまた、よろしくたのみます」と、
右の耳から左の耳に抜けていくのでは申し訳ないことです。

施餓鬼法要で、成仏なさっておられない方へ布施をする気持ちで贈り物をすることも大事です。

それと同時に<自分がもしほめ言葉に対して餓鬼になっていたのなら>自分が自分に先にそれを贈ろうねという祈りを、
ご住職の話から拡大解釈して感じました。 ^-^





とりあえず、いろいろと深層筋を緩める方法を考えてきましたが。
一番の有効性が高いものは、以前ブログでお伝えしたものを改良したものでした。

下の写真は、以前の写真となります。
泗濱浮石を敷き詰めてヒーターで温める.jpg



実際は中国の製品ではすでに製品化されてるんです。

それを知って、あー残念だなとなりましたが ^-^;
まぁそれは仕方がありません。

ただ試作品に私独自のかつてからの多面的な工夫を別に付け加えてみて、
私なりのものに仕上げていこうとしております。
それによる成果も徐々に引き出せてきているようです。


特に背中にある膀胱経上にある胃兪などの<兪穴>の並びを的確に皮膚直接に刺激を加えることで、
全身に及ぶ経絡上のメリットがあるように感じました。
それはあずきのホットパックもかなりいい線はいってますが、
それ以上ですね。

有効性を仮設して検証するような実験中です。


私自身の身体には、かなり成果を感じています。

たとえば私自身、母の過酷な介護施術のあとに、
足の指先が感覚が麻痺して血が出ても痛みすら感じられないという状況でした。
ですが今は、自作の温熱で暖めていたら、やたら足裏がつったりしはじめます。
気づけばあれほど冷たかった足のつま先部分に熱が感じられだしました。

まだいやな感じのじんじんとした神経系に対して十分な血が与えられない現状ですが、
「まぁ、つま先が麻痺しても動けるんだから動けばいいさ」
と考えて、見切り発車しようというところからいっきに変わってきました。


私の身体自身がダメージを受けていたからこそ、
身をもって成果を感じられて、ほんとうにラッキーです。 ^-^



他にもいくつかあるのですが、
肩や肩甲骨周辺の深層筋のハードな施術でこさえた凝りが緩みました。

それにより私の首が長くなったようです。

筋膜はいったん深部まで癒着が進むと、
ただ寝ていただけではほとんどそこは解けないまま、緩まないままで、
ずっと血行を阻害しリンパ等の流れを悪化させ続けるものです。

そこが別に肩や肩甲骨周辺を直接温めたわけではないのですが、
私が愛用しているスマーティ以上によく緩ませてくれましたね。
それには驚きました。



とにかく、
圧をかけてリリースされるよりも痛みはないし快適です。
優れた遠赤外線と超音波パワーによるもの。
それが優れているものだから治療道具に古来より用いられていた石だというのは納得です。


ただ手技療法をする段で、このものを取り入れるにはどのようにすべきか。
取り入れ方に割り切りやお客様へのお願いなどが入るので、
そこはおいおい調整をしていく予定ですが、、、。

さらに深く掘って研究していきたくなるものへとご縁をいただけたことを感謝しております。




ちなみに。
現在、私の知り合いの施術家の先生に私が考えた機器を貸し出し、
自宅で体験していただいております。



「だいぶ、いいみたい」という感想がかえってきました。


「これ、すごくいいね!」と感じていただけて、
「いいね!」という言葉がついつい出てしまう評価にいたる工夫が必要だなと感じました。


新たに設計図を引きなおしているところです。





posted by スズキ at 13:06| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする