2019年03月27日

切羽詰った時ほど「自己肯定感を上げることば」を自分に贈ろう。

私の施術上のこころの師と感じている方から、
いまこそ「無」になって施術にあたってくださいという助言をいただきました。

」になるというのも、様々な解釈があります。

「無」に対するものを「有」とすれば、
ある意味、<0か1か>のようなものでしょうか?
そのような意味で使った助言ではないでしょうね。

「無になる」という状態ほど、
禅問答の考案のように答えを求めてほっていけども、
自分の成長により変化して感じられるものはないように感じます。


もっとよく思索を深めていかなければ。。。




そこで、少し別の角度から考えてみようと思いました。

たとえば、、、。
柳生新陰流の開祖となる柳生石舟斎の剣は、
無念無想という無意識のうちに剣で相手と接し打ち倒し、
守備でも無意識のうちに最高の反応ができてしまいます。

無念無想
一切の邪念から離れて、無我の境地に到達した状態をいいます。
仏教の禅などでは、
無念」は雑念を生じる心を捨て無我の境地に至ること。
無想」は心の働きがないこと。

無論、そのような境地に達するには、
それまでに多大な修練を積んだからできることであるのは言うまでもありません。

相手に刀で切られる恐怖をも無くしていなければ、
容易にはそのような無意識に体を捌くことはできません。
平常心では、反射的に恐怖を感じて身がすくむのが当然ですから。


無にいたろう。
言葉に出して言うは容易く、行うは難し。
それは剣の道でも十分に言えることで、
同様に施術の道でも言えることでしょう。


ひとつの捉え方として<無我の境地を目指す>のもよいでしょう。





ただ、私の施術のこころの師と慕う方は、
私がそう言わせていただいて十分すぎるほどの行を積んでおられまして、
他の方向性でも考える視野の広さがあると思っております。

大自然との深いつながりを感じて溶け込むような境地といいましょうか。
西郷隆盛が好んで使い、よく揮毫した言葉にあるく敬天愛人に近しいことを、
よく行動で実践なさっておられる方ですから。

天を敬い我欲を捨て去り人を愛すること。

その視点で行動をなせば自然と「無」になるという姿勢で考えたほうがマッチしているようにも思います。



と、いろいろと頭でっかちな思索を続けてみたものの、
現状の私では、その無になる手前でしなければならないことがあるようです。


それはどういうことかというと、
自分が自分に対して、
まず、どんなときにでも言ってあげたい言葉があります。
次のように。


” そのままでいいんだよ。

  いままでも、ずいぶん、がんばってきたんだからね。”



そういって「自分を肯定する」ことからはじめるように努めています。


近い以前は、まっさきに” なんにも出来ていないじゃないか! ”と、
理想に遠い自分の現状を否定というよりも非難することから始まって、
士気をくじいて出足を止めるという悪癖を持っていました。

そうして士気をくじかれても、前進はしなければならないときもありますよね。

自己否定に切羽詰まりながらも、次の行動へと鞭を打つのです。

ですが、そうなると、目で見えているものでさえも見えなくなってしまうことに気づきました。
まさに、自分を見失ってしまうというように言えると思います。

こころの緊張にがんじがらめになって、視野が狭くなるからでしょう。



そんなときに、「このままじゃ、大変なミスをしでかすぞ・・・」と青くなります。

そして冷静になってみようとしたとき、
まずは自己肯定をして、元の自分の心身に戻ってから行動していこうと思いました。


そのとき出てきた言葉が、


” そのままでいいんだよ。

  いままでも、ずいぶん、がんばってきたんだからね。”



という自己肯定感を持ち上げるものでした。



これはかつて私が通っていたコーチングスクールで耳にした言葉が脳裏からよみがえったのでしょう。

「無」になるどころか、浮き足立って冷静さを見失うままにいた自分には、
いつもの元となる自分に立ち返って視野を広げることからはじめなければ。

それには自己肯定感をあげるための自分への言葉をかけて、
自分を嫌いになったり卑下して疲弊するようなことをなくしていくことです。


特にここ最近は、そんなことをよく思い起こされています。


いずれ自分の元の元の元まで、ずっとたどって観ていくことで、
やがては「無」の域ににまで、到達できればとも願っています。







posted by スズキ at 14:55| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

上部頚椎のリリースのやりかた

たまたま一昨日前に直感で得た上部胸椎部分に効くリリース法です。^-^




上部胸椎部分ってほんとうに緩みづらくて、嫌になってしまうほど。
胸椎棘突起を押してみてもびくともしなかったり、押されて痛みが強くて不快だったり。
だからなかなか解けにくい部分の代表格の一つが、ここ。上部胸椎です。



その上部胸椎の簡単なリリースのやり方の解説。

まずいきなりですが合気柔術で教えていただいた手を作ります。
そして次に頭部の百会という左右の耳の穴を結んだラインと眉間の中心から頭のてっぺんに向けたラインが頭上で交わるところをみつけます。

ちょうど頭部にサラダボウルのようなものをかぶせているようなイメージを持ち、
合気柔術の手で時計回りに百会を中心にして2回ほど頭部のサラダボウルを回転させるように頭皮とその下の頭蓋骨が動くかのように
回転刺激を加えます。

そして最後に後頭骨の頂点部分から下方の頚椎や胸椎を撫で下げるようにします。
それを3回ほど。


注意点として。

・側臥位でも座位でもOK。

・頭部の鉢部分を回転させる際の摩擦庄は強すぎず、500グラムほどの一定の庄を続けゆっくりと回転させるのです。
 そのような回転庄を作り出すのが合気柔術の手さばきであれば作れるのです。
 ただ合気柔術をなさっておられなくとも、注意深く500グラムほどの一定の庄を続けるようにしていただければよいようです。

・そして後頭骨の頂点部分から下方の頚椎や胸椎を撫で下げるときには、
 光の水をたたえた滝のごとく水が下方へと流る様をイメージしてみてください。
 動きはさっスイープさせるという感じでもいいですが、
 頭部内部の脳脊髄液が脊柱をつたって下るという解剖学的な体液の流れをイメージしてもいいでしょう。
 これも合気柔術の手で500グラム程度の一定量の庄を保持し続けながら、流します。
 上記と同様に合気柔術をなさっておられなくとも、注意深く500グラムほどの一定の庄を続けるようにしていただければよいようです。



頑固でなかなか解けなかった上部胸椎を挟んだ起立筋部分や頚椎や上部胸椎部分が
この操作をするとゆるんでくれます。
まだ多くの方に利用したわけではありませんので、
一般の方はあまり試していただくことはお勧めできませんが、
施術をなさっている先生がおられれば試しにやってみてください。


「先行してのお詫び」
上記の文章解説ではあまり要領が得られていないので、
再現が難しいとおもえて申し訳ないところです。

ただ私自身、トライしてみて実際になんでこれでこんな簡単にしつこいこの上部胸椎がゆるむの?!って、あっけにとられまして。
そして数名の方にさせていただいたところ、リリースされて楽になるような成績がよく好評です。



あまり参考にはならないかもしれませんが、
上部胸椎部分を緩めるためのなんらかのヒントになれば幸いです。 



posted by スズキ at 05:02| Comment(0) | 施術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

重度の低血糖状態の怖さを実感しました・・・

私ごとですが、最近は、家事と母の施術を考え実行し、
母の付き添いで一日を過ごしていることが多いのです。


現在、私の母は糖尿病にて。
血糖値をインシュリン注射でコントロールしているところです。



そのようなおりの一昨日前のこと。
私がかねてからホーリーバジルというハーブのお店が気になっているところがあり、
そちらが閉店しそうと聞きまして。
その前に一度、いってみたいと考えていました。

母の血糖値はインシュリン注射により安定した状態に落ち着いてきておりました。
それで私は半日だけ外出させていただきたいと母にお願いした日のことです。



私は午後3時から、ハーブショップの方へでかける予定をたてました。
その前に午前中に母が隣家でもあるかかりつけの病院に通院することになっていました。

これから病院へと出かけようと準備をしていたのですが、
母が「ちょっと体がだるくて、休んでからいきたい」という。

そこで了解し、私は二階にあがり施術の研究をしていたのです。

二階にチャイムで合図を送れるナースコールのような機器を用意していまして、
行けるようになったらそちらを押すようにお願いしていました。

ですが、少し時間がすぎても母からの連絡がない。



「おや?完全に寝入ったのだろうか」と思ったものの、
午前中の病院の診療時間内に病院へと行きたかったので寝ている母をおこしにいきました。



すると母は尋常ではない汗をかいており、
すでに意識状態が極端に低下しています。
瞳孔が開いているような状態で目を見開いたまま。

それは素人の私でも低血糖の症状でも重度の状態だとわかります。
交感神経がとんでもなく優位な状態に陥っています。
筋力は脱力して力が入らない。

私が手持ちのブドウ糖を飲ませても、
まったく効き目を感じられない。
危険な状態です。



緊急でかかりつけの病院に電話連絡をさせていただきました。

運が良く先生が往診に出かける前ですぐに来ていただけました。
( もしすでに往診に出て外出なさっておられたならば、、、。
  そのように考えると背筋が寒くなります )


そしてやはり医師も低血糖の状態であると判断していただいて、
ぶどう糖液を4本注射し、点滴を2本。

するとしばらくすると母の意識が徐々に戻り、
夕刻には意識もはっきりしだして大丈夫な状態になりました。




この度の問題は、
昨日、あまり母はご飯が食べられず血糖値が正常範囲であったがいつもより低い状態。
それで医師の指示通りの通りのインシュリン量を注射したのですが、
そのインシュリン注射が効きすぎて低血糖に至ってしまったのです。

私もインシュリン注射について、そう詳しく調べたものではなくて、
うかつでした。。。




低血糖の症状も、
軽度や中度の方はお客様でおられまして存じ上げておりましたが
重度の場合は昨日の母がはじめてでした。
それは一分一秒の対処スピードを必要とするものでした。

たまたま私が外出する前の発見で、
そしてたまたまかかりつけ医が往診するために外出なさる前ですぐ駆けつけてくれたこと。

この幸運がなければ、
大変なことになっていました。
いま、振り返っても、ぞっとします。。。




大学病院で入院中に看護師からの低血糖についての対処法の説明で、
気分が悪くなったり空腹感が突如として襲ってきたらブドウ糖を摂取したり砂糖の入ったジュースを飲むようにしてください
という指導がありました。
私も外出時には、歩いて血糖を消費して低血糖になりやすいためブドウ糖を持っているかというチェックをし
気分が悪くなったらブドウ糖を摂取しようねと言ってました。
ただ、母には低血糖の恐ろしさについて認識がなされず、
その対処の必要性について軽視しすぎていたのでしょう。

気分が悪くなってという自覚はあったものの、
ブドウ糖の顆粒などを口に含むこともなくて、
そのままの状態で待ってしまったそうです。

そもそも自分が低血糖になるという認識がうとかったようです。




低血糖の症状と思えそうな状態には、
食事量や摂取したものの糖分等の量などから
運動量、睡眠の状態などという様々な要素から
体のコンディションの日々の変化が生まれます。

ただインシュリン注射の注射する単位は日々それにあわせていけるわけではなく、
次週にまた病院へ行って血糖値計測をしたノートを医師に見せて調整をしていただくものですから。

毎食ごとにインシュリン注射のインシュリン量の単位を調整しているわけではありません。
ですからどうしても今回のような低血糖の症状へと至るケースもでてきてしまうものです。

もちろんかかりつけ医の先生は、そのようにならないよう細心の注意をして、
安全性と効果性の天秤をかけて配慮していただいておりますから、
今回のような不測の事態がそうそう起きるわけではありませんが。
十分に自覚を持って注意を怠らないようにしていくべきでしょう。



そういった低血糖のリスクがあることを前提で考えて、
今後の母自身が身体の変調の自覚を観察しブドウ糖を摂取して低血糖を回避するタイミングを図っていただければと願っています。




いまも重度の低血糖に陥った時のことは、
母はほとんどなにも思い出せません。


母が意識を回復したとき、言った言葉は。
「やっぱり、いざとなったら家族のものがいないと、どうなっちゃってたか・・・」でした。




日々、いくつかの母の対処に苦慮するような課題はでてきます。
そのなかのひとつの課題として「低血糖にならないように」というものが明確に加算されました。

低血糖が大変な人体への被害をもたらすと聞いてはおりましたが、
その様子を目の当たりにすると、まじまじと血糖のコントロールをしてくれている臓器に感謝です。




現在、ボディワイズでは、
施術を受けにきていただいているお客様に大変なご無理を申し上げて休業をさせていただいております。

ボディワイズでの施術を身体のメンテナンスとして取り入れていただいて、
ときとしてそのお客様のお体の状態を熟知しているゆえに対処できることもあると思われます。
それなのに施術を休業をさせていただくということへの申し訳なさを感じています。

ただ休業させていていなければ対処できないこともあったのだと実感してわかり、
改めて休業を勧めていただいたお客様のお言葉に、つくづくありがたさを感じました。


ありがとうございます。 
感謝いたしております。



posted by スズキ at 04:29| Comment(0) | 母の自宅介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする