2019年02月19日

横隔膜上下動をもって、肝臓や膵臓や胃を癒すことへ

なぜ、いきなり膵臓というみぞおち部分の臓器に負担がきたのか?


私の母のことといった私的な書き込みで恐縮いたします。
母が緊急入院してから、20日間経ちます。

そして母の体は施術により起立筋等の胴体の伸筋部位は柔らかさを常人以上に取り戻せてきました。
そこで少しずつ胴体の長さが長くなると思いきや、そんなに甘いものじゃない。

そこをふたたび痛感させられました。


最近、母はずっと昔の自身が娘時代だった頃、
そして若かりしときのよく働いたときのこと、
すでに亡くなっている父のこと。
常に昔のことを思い出し、話をし続けているのです。
その話を、うなづきながら、私と姉が聞いています。

今後に希望を持ってなにかに取り組もうという視点で話をすることは、めっきりなくなりました。

母は周囲への気遣いで常に明るい笑顔は絶やさないのですが、
病状を聞かされていて、どう感じているか、どう考えているか。

私には察することができないことです。


ただし昔話ばかりを聞かされて、貴重な時間を使うようなことばかりで過ごす私ではありません。


ボディワーカーとしての観察では、
臓器の変異が起きた場所は、何らかの縛りがきつくなった交点でおきたというケースも多々見ている。

すると「なぜ、みぞおちの下にある臓器が固くなってしまったんだろうか?」という見方も出てくる。
膵臓が傷んだという捉え方をいったん横に置いておいて、
単純すぎる話に聞こえるが、
横隔膜の下にある肝臓や膵臓や胃が被害を受けていると言えそうな気がする。。。


胸郭の動きは自由になれるようなリリースは済んだ。
起立筋は緩んだ。
立位での背中も伸びてきた。

だったら横隔膜等の隔膜も動き出していいはずではないか?

でもどうやら使おうとはしていない様子が見受けられます。
それはなぜだろうか?

ひとつは、理想的な身体操作を脱力可能な状態で体験したことがなかったから。

今までの固くなっている筋骨格により動き方を小脳が記憶していたため、
そちらの縛りが強くて身体の緩みが現れているにもかかわらず、
運動神経系では脳からの以前の硬かった体の状態のままの動きをやろうとする。

とりあえず、多くを教えると母の頭が混乱をするため、
常に右脇が締まった状態にして所作をひとつだけ身に付けてほしくて
猿のハンドパペットを渡して右脇に挟むようにお願いしておきました。

その猿のぬいぐるみを脇に挟むと、すっっと背筋が自然に伸びていき首もしゃんとしている。

このままをキープしてもらえれば。
これ、最低必要条件。

私が面会している時は、口やかましくならない程度に、ぬいぐるみを右脇に挟ませて食事や歓談です。





でも、なぜ、急速に母のみぞおちが固まりだして横隔膜の下の臓器が悲鳴をあげたのだろうか?
そちらは、私がみても、あまりにも急激な変化だったように感じます。

私が不甲斐なくも、姉が一昨年前から私の家に理由あって来ており、
その姉が母のマッサージ等をするからいいというようなことをもうされたため。
それが姉にとっての母との過去のやりとりの状況を変える大切な時間になると思って任せていたのですが。


その期間に状態は急速に変わっていったようです。


私の記憶にも残っているのですが、
半年以上前になりますが母が以前、足をくじいたときがありました。
カラオケ教室にかよっていて、暗室のような部屋の裏を通る時。
足元が階段になっていることに気づかずにいました。

そしてガタンッと右足首をくじいたのです。
その後には痛みが左膝や左足首に飛んで、
そちらの側の痛みがあまりにも本格的に出てきた。

それらはどうにかオステオパシーの手技と養生で終えたかと思っていましたが、
もしかするとその足の先をかばって、がに股、O脚で歩くというやり方が、
さらにその時点で問題が進行してしまったのではないか?




それでは肝経などの脚部内股側を通る経絡がだらりと緊張感もなくなりますから、
脚部の骨で体を支えずに、胆のうに関係する胆経という脚部の外側を通る部分に力みが常に入り続ける。

そこからは呼吸を押し殺して横隔膜が上下するスムースさを奪うこととなります。

そして呼吸の隔膜の最大の司令塔の骨盤底筋群の動きがなくなります。

そのような視点を修正していかなければなりません。


今日は母に、脱力した動きのすばらしさについて。

2〜3例を話せればと思います。
緊張した固まった気のめぐりが悪い動きよりも、
腰が緩み伸びて首筋が通った動きの方がよりよいという印象づけをしよう。

血がめぐると、気がめぐるのです。
気というと、いろいろな解釈ができますが、
ここでは生体電流という電気的なものとして考えていただければよいでしょう。

血液も、一箇所にたまって流れが滞ると、
その場の周囲の組織は酸欠ですし栄養もなくなり老廃物という廃棄物がそこの場にたまりにたまる。

そのような場に、がんや腫瘍はできやすいといいます。

よくいわれることですが、体の中の臓器で、ひとつだけ絶対がんにならない臓器があるのですが、
それはどこかといえば、心臓です。

やはり心臓は血液が活発に通り過ぎるポンプで、そこで血が滞ることは生きている上では起こりづらい。

そしてマッスルポンプとして各筋肉や臓器が動きをしっかりなされ、
血を滞らせず循環させている場は、やはりがん化しづらいものです。

それには筋肉の伸筋の伸長する動作も必須ですし、
それが呼吸による身体全体の膨張し収縮する運動が常になされていることも必要です。

そのような体はすっきりと体内の状態を浄化しつづけられるものでしょう。



それには骨格筋の筋緊張を緩めること、しこりを緩めること。
そして体の骨の置き場を考えて関節をどう向きを整えるのか。
注力して創造的に作り出していくこと。
とても大事なことだと思います。

もし母が、半年以上前に足をくじいた時から胆のうにかんする経絡部位に問題を生じて、
そこからの悪化も横隔膜上下動を狭めたと仮定してそこを改善させることが課題のひとつだと考えれば。
流れを、0.001%でも、こちらにもって来られそうなものであるのなら、試さないわけには生きません。

そしてもし筋肉の操作法を緊張がつづけるものがよしと習慣化したものがほどければ、
それは施術で他動庄をかけて緩めるというのは非常にリスクがあって忌避事項に係ることでして、
そこの施術を受ける側の負担を軽減できるようなメリットも頂戴できれば上々ですし。



「脱力の極意」などは、私も未だに見当がつかないところです。
ですが、その影くらいは見えてきました。




体の使い方について、私が母に何かを伝えようとしても、
つねに「あーわかった、わかった。そうなのね。」とうなづくが決して頭に落とし込まずに、

「やっぱりねぇ、長年使い続けてきた体だから変わらないんだから、しかたがないですわね」
で結局はシャッターがガラガラっと閉められて変えないままでして。
もう100回以上、トライしてもこんな感じで…


ただ私の説明する態度にも問題があったと思います。
いまさら母が急にしおらしく話を聞きたいというような奇跡は起こらないと思いますので。

私自身の身内に対して説明をする姿勢を正すことで、
今日の成果をつかんでいこうと考えています。


これからまた母の面会にいってきます!


お読みいただきまして、感謝いたします。 m__m


posted by スズキ at 11:19| Comment(0) | 母の面会日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする