2016年08月26日

初見では私は自分の施術を受けるようにとはあまり勧めません ^-^

私は施術をする場以外では、他の人について体の状態を指摘することは、
まず、絶対にありえません。 ^-^



聞かれればわかることをお答えしますが、
自分から進んで「あなたのここが問題がありそうだ」ということは、
自分も薄々気づいていてつらいなと思うところに念を押す感じです。

それは私自身がやられたくないこと。
その筆頭にあがることです。

ネガティブなことを、面と向かっていわれるのはいやなものですし、
医者でもないものに、そんなことをいわれるのはなおさらでしょう。


ただし施術を受けに来ていただけたということであれば、
それは私が何も気づいたことを言わないのでは申し訳がない。
それにお客様自身も、
「さぁ、言いたいことがあったら、いってみなさい。 聞いてあげるから!」
という腹づもりができた状態でお見えになられています。

だから不意打ちに「あなたのここは、ちょっと問題です!」なんていわれる状態とは違っていますよね。
「ふむふむ、なるほど、そういうものですか!」と施術をするものの意見を参考にする姿勢でいられる。

施術を学び始めの頃は、
おせっかいが過ぎたことですが、
「この人に体に起きている重要な情報を伝えるのは私の使命」という信念で、
ついつい口走ってしまうこともあるのですが、
そこは、もう何年もしているものにとっては、
クリアしているわけです。 ^-^;

ただ初見の方に施術をしている人だと知れて、
というときには、少しだけ気づいた点を言う。
そのようなことも出てくるのです。

そういうときは、
情報を出す側の私側が多量の言いたいことを数点にとどめてお伝えするのですが、
実際はそれでも耳から聞いてみると情報量が多すぎ印象から残らずに消えていく。
たとえ私が解説していることをノートにとられたとしても、
ぜんぜん記憶に残らないそうです。


それが体の状態が施術により改善したときに解説をすると、
たいていの人はすっと頭に整理して入り残ります。

施術をする前の概説で説明されたとしても、
言われている意味や状態が自分の体の現状に即してないため臨場感に乏しい。
自分のことをいわれている実感が持てないのです。

そこで説明している方と、説明を受ける方とのギャップが大きく、
知識は得られたが、自身がそうなるとは実感がないから遊離する。
どこか遠くの誰かさんの話を聞いている気がして。。。

それがどのような機能的ダメージを受けているか、
という解説部分も「大丈夫だよ、そこまでそんなにひどいもんじゃないんだから」と感じ、
大げさなことをいうやつだと思われてしまうことも、しばしば。

自分の状態は誰彼と比べることのない主観的にみているならば、
つらくても相応にやって行けているという評価がありますから。
自信といってもいいでしょうか。
だからその部分を、あまりにも問題視されると自然に反発心が沸き起こるか、
それが逆に、そんなにも辛い状態だったらと勇気がくじかれてしまうことか。

たとえば、
胸郭の変位が著しくなっていてそれが問題ですと絵を用いて説明してみたとき。
その何がどう問題なのかを説明するのですが、
もちろん平素から呼吸をしていて生きています。
生きていられているのですから問題はさほどない。
そのような感覚がありますから、
あまり解説をされても腑に落ちないものの筆頭です。 ^-^;

問題がなくなった状態がその時の自分が想像できなくて、
改善後はどれほどゆるゆるに肋骨や胸骨が動き、
鎖骨もグルングルンに動くかと様子を聞いてみても、
やっぱりぴんとこないのです。

かえって、柔軟に動く人たちのほうが特殊な人種で、
そういったたぐいの人になんてなりたくはないよね。
そういう雰囲気さえただよってくるのです。

常日頃から自分をしっかり自己受容できれば、その反応が当たり前の事のように思います。


だから改善してから、側臥位で肩を耳のほうへ押し上げると耳にぴたっと付くのが良好ですが、
以前はそれがその操作をするとどれほど私が「痛い!ひどいじゃないですか!」といわれたか。

そこを乗り越えて施術をしていくことの大変さって、
意外にしんどい思いを共有することにもなるのです。

でも、、、。


人の体とは現状の体内の地層のような層に硬い岩盤化させ安定帯を作ろうとしている。
不安定さを逃げるための努力を繰り返してきて歪みの上に歪みを乗せるような年輪を作ります。

そういった老化の仕方をするのが人体なんですね。

このしこりが体内で多くはびこる状態を機能的姿勢といいます。
理想的な状態では左右がシンメトリーになりますし、
上下の重心も、体の中心部に安置されるわけですが、
機能的姿勢では、
左右のアンバランスと、
上下の重心が上にずれるという特徴があります。

施術をするものには、
そのようなパターンを人を前にしてヴィジュアルでわかるだけでなく、
瞬時に相手の重心具合を察知するという能力に長けたものもいます。
体を見たときに、皮膚感覚的に察知して把握している。

それを理想的姿勢に戻していこうとするのです。
私の考えている施術は、そのような側面もある。

だから理想化した体の状態へと移行させられるのも、
保守的な人の性状にはそぐわないものなのですよね。

そこの保守的なところを、
施術では、人為的に書き換えられるのだから、、、。

施術って手は、かなり豪腕を振るわねばならない。
手の込んだ気持ちの良いばかりのものではありません。


でも、施術では計算しながら、それができるようになったら、
「そんなもん、ずっと前から、そうだったんじゃないですか?」
という気持ちになります。

そうなれば、
施術の卒業のときですね。

実はそのときに身体状態の解説をお伝えすると、
状態の改善前と改善後のビフォアアフターを両方体験済みですから、
誰よりも内容に納得できる人になれるのです。

ただし施術自体が本格的といわせていただければもっともらしく聞こえますが、
本当に私も身を削りますしお客様も数回でぱっぱと終わる平坦な目標の人は
まずもって私のようなところには気持ちが向かないでしょうから。
だから私の現在の施術は、受ける人を選ぶものと感じています。


私のブログなりを御覧頂いて、
先日、30代後半の体調不良を感じられている男性からメールをいただきました。

そちらにありました内容の一部は、



>>>> 治したいからです。
>>>> 治して頂けそうな気がするからです。


というようなメッセージでした。。。
理詰めを廃した気配を感じていただけた。。。

そんな気がするという評価も、
少しでもお客様に役だつようにという気持ちを醸しだして伝えることができているのか?
こちらのブログが。。。
なら、
それは私にとってもうれしいことだなと。

そしてここまで、なんとなく切迫感を感じ、私も鬼気迫る感じがあれば、
「おっ、、、どうぞ、どうぞ。
私の話を聞いてください。
話は長くなりますし、尋常じゃない専門的なところまで話してもいいし」

手軽に変えられる世界を求めていない人であり、
同時に今までの生活より確実に向上させたい人。

そのような人かどうか、
私には人を見る目はありませんので、
初見ではわかりかねますし、
説明や解説はしても説得して施術を受けるよう勧めることがないので。

ただ、この人は、体質を改善させるような書き換えが必要じゃないからという人は、
普通に、身体調整をして書き換えをするだけですから。

初見でもそういう人だと見抜ければ、
今までの話は違っています。
「あっ、その肩の問題は解けるよ!私で。 ^-^」
という気軽に施術を勧めようとする言葉が出てきますから。


不思議なほど、対応が違ってくるものですよね。 

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2016年08月24日

【業務連絡】:2016年9月の『ボディワイズ 予約可能日程表』更新させていただきました

【業務連絡】:
2016年9月の『ボディワイズ 予約可能日程表』更新させていただきました

------------------------
☆ 以下、ボディワイズにお通いいただいているお客様への業務連絡となります ☆
------------------------

お世話になっております。
ボディワイズの鈴木です。


☆ 2016年8月の『ボディワイズ 予約可能日程表』更新させていただきました



更新された『ボディワイズ 予約可能日程表』をご覧の上
ご都合のよい日時がございましたら、
ご予約のご連絡をいただけましたらと思います。



『ボディワイズ 予約可能日程表』

http://bodywork.s73.xrea.com/goyoyaku.htm


※ 新規の予約表が表示されないとき

ブラウザーが過去の情報を記憶し、それを表示しているときがあります。
たとえばその際は、Windowsパソコンであれば
キーボード上方にある 
ファンクションキー5 <F5> を押していただければ
更新された内容が表示されるでしょう。
また他の機種ではそれぞれブラウザーの更新の仕方が異なりますので、
お手数をおかけいたしますが利用機種の更新法をお調べください。





【 編集後記 】


お世話になっております。
ボディワイズの鈴木です。

もう9月ですね。

私ごとですいません。

ずっと保険屋さんから見直しを迫られていたのですが、
私が都合が合わずに担当者とお会いできませんで。

それが一昨日前に、
年齢にふさわしいプランに組み換えをしていただきました。

そのときに新たな保険に入り直すときに、
保険屋さんからいわれた言葉ですが、

「男性の平均寿命は80歳ですから、
 それ以降は割愛させていただいて・・・」

とのこと。

そうですよね。
私も男性の平均寿命は知っていますし、
それが年々落ち込みだそうとしていることも気づいています。

ですがなぜか、
「あなたの命はあと、○○年です」と余命宣告をされたようで、
ドキッとしました。

「あぁ・・・、そうか、あと○○年で他界するのか・・・。」

平均寿命以上生きられる保証も、それ以下で終わる確証もない。

そうとはわかっていても、
余命を告げられたときに、
今、生きている時間を大事に悔いのないようにしたいなと思う。

自身が虚空に戻るときまでに、
やっていきたいリストを作り、
ひとつでもふたつでも、
よいカルマを積みたいですね。


地道に泥臭く、でも雄々しく。


そんな気合を入れていただきました。

保険屋さん、ありがとう。。。

^-^


(終わり)
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ボディワイズ
鈴木政春
〒142-0063
東京都品川区荏原5-16-18
電話:03-5498-2220
http://bodywork.s73.xrea.com/hhpp/top.htm

sfcsfcsfc_2001@yahoo.co.jp
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2016年08月23日

人は自分の存在に見合ったものを引き付ける


ジェームス・アレンという引き寄せの法則の走り?のような方のことば。

『人は自分が欲するものではなく、
 自分という存在に見合ったものを
 引き寄せる。』


以前、引き寄せの法則のような本を目を通したときには、
深く読んでいなかったためか、夢想した程度のものをも引き寄せてしまうものかと思いました。
単純に思い願ったことがかなうというものかと考えていました。

ですが『自分という存在』に見合ったもの。

部分的な曲解かもしれませんが、
自分軸の通る信念を持って行動している人の存在感は大きくなるような気がします。
だったらその過程でそれにふさわしいものが引き寄せられるんですよということで、
どんな欲望もたちまちかなえられる魔法のランプは持っていないということですね。

自分の存在に見合わないものは、欲しくてもやってこない。。。

そういわれて腑に落ちました。

そうであるならば、
自分という存在、自分の在りようを、
把握して成長させることに注力する。

コーチングスクールで、
「何ら制約がなかったら、何がほしい?どんなことをしてみたい?」という質問から始まり、
欲しいものを明確にしていく。
そして同時に、その人の自分軸と呼べるような価値観や信念などを引き出していこうとする。

確かに制約がなかったらという望みを聞き出すだけでは胸に響かず、
同時に自分の価値観や信念というその人独自の未来への方向性や質量や質感を感じさせられるものが
それら2つのことをセットで行なうときに望みが引き寄せられる効力を倍加させるように感じました。

自分のあり方を見つめるというのも、具体例を示さなければ抽象的に聞こえますが、
それは過去の経験や、未来で成し遂げてみたいと切望する願いからくるものもありますが、
今の自分自身がどうであるのかに気を配っている状態をわかっていることから始まります。
今の自分の感情に気づいて、人との関わり、自分のとの関わりを感じ、
そして体の各部に気を配って慈しむ気持ちを忘れない。
それを精密に見つめて入り込む感性を育てること。

マインドフルネスな状態で気を落ち着かせて気づきを増してストレスフルな状態を抜けだす。
そのようなトレーニングを日々していくようなことから
自分の存在をたくましくすることもできるでしょう。

自分の存在というと物質的なものの接点ばかりではなく、
自分の虚飾を拭い素性を深く見通すほどの精神的な接触を密にしていく必要がありそうだなと。

そこがわかっている状態が、ある意味、禅的な生き方や瞑想的な生き方なのかもしれませんね。

それが『 求めよさらば与えられん 』の言葉を補完してくれるような印象を持ちました。
posted by スズキ at 08:18| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月20日

【業務連絡】:2016年8月24日(水曜日)午後9:00に、翌月9月の『ボディワイズ 予約可能日程表』更新させていただきます

【業務連絡】:2016年8月24日(水曜日)午後9:00に、翌月9月の『ボディワイズ 予約可能日程表』更新させていただきます




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☆ 以下、ボディワイズにお通いいただいているお客様への

  業務連絡となります ☆

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お世話になっております。
ボディワイズの鈴木です。



{2016年9月の予約表更新、予告日時}




2016年8月24日(水曜日)午後9:00




上記の日時にボディワイズの予約可能日程表を、
更新させていただきます。




更新された『ボディワイズ 予約可能日程表』をご覧の上
ご都合のよい日時がございましたら、
ご予約のご連絡をいただけましたらと思います。



『 ボディワイズ 予約可能日程表 』

http://bodywork.s73.xrea.com/goyoyaku.htm



※ 新規の予約表が表示されないとき

ブラウザーが過去の情報を記憶し、それを表示しているときがあります。
たとえばその際は、Windowsパソコンであれば
キーボード上方にあるファンクションキー5 <F5>を押していただければ
更新された内容が表示されるでしょう。
また他の機種ではそれぞれブラウザーの更新の仕方が異なりますので、
お手数をおかけいたしますが利用機種の更新法をお調べください。



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業務上の予約表更新日時のご連絡は以上となります。


どうか、よろしくお願いいたします。



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ボディワイズ
鈴木政春
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2016年08月17日

自然体で立つときは、膝は伸ばそう

私が立つときの姿勢をチェックするとき。

「ちょっと膝が曲がっているようですね。
もうちょっとハムストリングやアキレス腱側を伸ばしましょうか!」
という指摘をさせていただくときがあります。

お客様の中には、
かえって膝が伸びている状態は、
いつもの姿勢ではない姿勢を強いられていて、
快適な状態だとは言えないものでしょうから。

変なことをいうなと、
訝しく思えるかもしれません。

異常に、余計な緊張を感じてしまう。


ならば膝を少し緩めて曲げる程度のほうが自分には楽だと感じるという場合もあります。


膝をちょっと曲げて立つというようにしたほうが、
機能を優先し歪曲を選択した状態といえるのでしょう。

いつもの慣れ親しんだ状態を維持するときは、
すでにそのような姿勢でも立つことができるように、
シコリ化が進んでいます。

しこりのおかげで、
楽にそれで立つことができるようなパターンに変わってしまっている。

そうなるとかえって膝を曲げて立つために特化した膝上のしこりは、
まっすぐに膝を伸ばそうとするときの妨げをする器官に変わり果て、
理想的な膝を伸展させた状態が窮屈な状態としか感じられません。
かえって膝を曲げっぱなしで筋緊張を強いて居続ける状態のほうが違和感を感じない。

いったん場当たり的な力みを筋肉に入れて筋緊張を作り、
その力に頼りきって体を支えるという選択を取ったなら。

残念ながら、
自らがその問題に気づき修正をするようなことはしない。

それは自分が本能的に選択した筋緊張を創りだして支えるというやり方を、
すでに何千回も、、、いや、何万回も繰り返し続けてきた行為だからです。
姿勢筋は体の垂直性を無視して立ち、
そのような姿勢運動をするようにと、
何ら他の最良のやり方を考えようと言う疑問も持たずに、
同じアライメントが崩れた状態の選択を繰り返すのです。


わかりやすく言えば、
「ちょっと膝を曲げたほうが、私は楽なんですよね」という状態は、
電信柱を斜めに立てているようなものですから、
揺れに対して弱い方向が出てしまうんですよね。

人体が自然体で重力線にそって立つ状態では
骨格部分に垂直性を維持できていることが必要な部位があります。
たとえば家で考えれば、柱が斜めっていては地震に弱くなります。

家の柱は屋根を支える脚部のようなもので、
人間にとってみれば足のようなものですね。

この足が2つに分断され中程で折れ曲がって、
ぐにゃぐにゃと曲がり角度が動いてしまうなら相当に不安定な状態だということはわかりますね。
一階しかない平屋を建てるのに、その柱の中ほどが折れ曲がっていて曲がっている関節部がゆるいならば、
それはもう不安定極まりないだけじゃなく、
壁もすぐにボロボロになって崩壊しますよ。
とても住めた家じゃありませんよね。。。

というようなイメージをいだいたりします。


ここでもうちょっと興味深いところへと見方を広げていきましょう。


『新マニピュレーションアプローチ<<下肢>>』
という本がありまして、
体の各部の姿勢と感情の現れについて解説しているページがあります。

人は、そのときの心理状態により
膝を伸ばして立ったり、
膝を曲げ気味で立ったりしています。

ちなみに、
これは太極拳などの膝を緩めて少し曲げて立つといった目的的に沿った立ち方をするというものではなくて、
知らず知らずにしてしまう姿勢の状態のことを指します。
太極拳の場合などは応用系のその運動に適したものに変化させた立ち方なのですから、
それを自然体で立つという状態と混同すると、微妙に話が噛み合わなくなりますので。 ^-^


■ 膝が伸びて下腿が開き気味で下肢が外旋しているとき。

以下の様な心の状態であることを示しています。
・自信
・野心
・魅了
・行動したいという欲求
・挑戦
・自己顕示
・確信
(その他は割愛します)


■ 膝が屈曲気味で、下肢が内旋しているとき。

以下の様な心の状態であることを示しています。
・自信のなさ
・優柔不断
・不安
・庇護して欲しいという欲求
・対決への恐れ
・もろさ
・弱さ
(その他は割愛します)


というようなことを、
膝の伸展や屈曲の状態をチェックできるんだよ〜とおっしゃられるのです。

するとどうも膝が伸びていたほうが感情面は安定してるんじゃなかろうか?

そんな気になってくることでしょう。


そして実際に膝を理想状態で立てていなかった方が、
うまく伸展させて立てるようになったときに性格が変わっていたということを目の当たりにしたことは、
なんどもありますから。
本人もそういえば昔の自分とは、
物事の考え方や受け止め方が変わってきたとかおっしゃられることもございます。


むろん、膝は膝単独で屈曲したままになっているわけではないので、
頚椎や腰部の前弯の改善や股関節の問題や足首の柔軟性などなど、
その他にもいくつもの膝を曲げてどうにかバランスをとらざるを得ない状態から抜けださせる必要がある。

つまり膝は、体の各部の歪みなどで生じた垂直性のズレが生じた問題をダイナミックにその負担を肩代わりする。
全身の歪みは膝に出ると言っても過言じゃない。
それゆえに膝は膝だけをみて直せないし、
一時的対処に過ぎないことを繰り返せばかえって半月板やら膝周囲の靭帯を痛めて劣化を促進させることに。
だから全身を直すのと平行して膝を適量ずつ治していくという見方をしていきます。

そしてそうやった末に、
膝は伸びて下肢が外旋するという状態を創り出せるのですね。
posted by スズキ at 03:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 体のイメージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月15日

書籍紹介:『内なるデーモンを育む』

先日、神保町の三省堂に立ち寄り心理学の棚を目を通していたとき。

立ち読みをした段階では、
2500円でちょっと高いなぁと思いつつも、珍しく衝動買いをしてしまいました。


内なるデーモンを育む 心の葛藤を解消する「5つのステップ」

こちらの本の冒頭に、
チベットの偉大なヨーガ行者 ミラレバという人物が書いた
ひとつの詩のような文章が掲載されていた。


     悪意を持った男女のデーモンたち
     それらは無数のトラブルや妨害を作り出し
     ひとが悟りに至るまでは、まるで実在しているかに見える。
     しかし彼らのありのままの姿を理解したならば、
     彼らは守護神となり、
     また、彼らの救済と援助によって
     ひとは数多くのことを成し遂げるのである。


人は自分の内側にデーモンと呼んでふさわしいような存在を感じるときがある。

これは私が勝手に考えて喩え話ですが、
道端に人が倒れていたとしましょう。
とっさに助けに行こうとしている勇敢な自分がいる。
だが内側のデーモンのような自我は次のようにいう。
多くの人がいるから自分が助けなくても大丈夫だと。
こころのなかのもうひとりの自分がつぶやいている。

即座に助け出そうとする一人の自分。
厄介さを感じたり、
人付き合いを敬遠したい気持ちから怖気づいて知らんぷりするもう一人の自分。

そのような二人の自分が内側で主張し合えば葛藤を起こしてしまうわけです。



では、どうしたらいいのだろう。



悪魔(デーモン)のような判断をさせようとする自我をみつけだす。
それに名づけて人格を与え、何を必要としているかを尋ねてみます。
それからデーモンを育み、仲間と呼べるものへと迎え入れてみよう。

するといつしかデーモンから守護神のような活躍をする存在へ転化していく。
自分の成長を助けてくれる存在になるのです。

そして本の帯に、
慢性の身体疾患や心の病気が癒されるとあり、
確かに内なるデーモンが慢性疾患を創造することはありえるだろうなと妙に納得してしまったら、
いつの間にか買うしかなさそうな気がしてきて。

また『デーモンを排除するのではなく、姿形を与えて育む』という発想は、
なんだか認知行動療法を勉強していたときには、思いつきもしないことで、
非常に面白く興味深いものとして目に映りました。

それに内なるデーモンという実体のない物質でもないものに対し、
積極的な関わりを容易にできるよう姿形を与えるというところが、
身体感覚を鋭敏にさせ気づきを増すために大きく役立ちそうです。

私がおそわったコーチングスクールでは、
仮想体験を描いて状況を味わい、そこから感じるものや気づきを取り出して活かすという教えがメイン。

そんなところからもつながるものを感じられて、、、。

ただ、読み進めると、『デーモン』という不吉で凶悪な自己破壊的な象徴を称した意味がわかってきて。
思った以上にハードな具体的な事例が語られていました。

ですがそれゆえに
もしそんなデーモンが自己破壊を取りやめ、
なかまになってくれた暁には、
自己成長を手伝い始める守護神にも天使にもなってくれそう。
それも、どれほどまでに強力な創造的作用を及ぼすものか。


そこを考えると、ゾクゾクっとしました。

まだ完読してないんですが、
衝撃的な本との出会いという感じでした。 ^-^

こういうのも独自のコーチングにも取り入れられればと夢想しますね。

posted by スズキ at 16:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月11日

平常心が勝負の鍵

施術の話じゃありません。ごめんなさい。


オリンピック体操個人総合、内村航平選手が金メダルでしたね!

なんらかの圧力を受けてプレッシャーを感じてそれをはねのける力。
たとえそれがあったとしても、大舞台ではメンタル面が萎縮したら、
筋肉はこころの萎縮に比例して緊張して萎縮していくものでしょう。
前回はそのようなプレッシャーに痛い目にあった経験があるそうで、
今回はそのようにならないよう細心の注意をなさったそうです。
そのように解説者が申しておられました。

どんなときでも「テ、ヘ、ヘ、ヘ!」と笑える平常心って大事ですよね。

たまたま知り合いが子供の頃に『だんごを なくした おばあさん』という、
小泉八雲原作の絵本を子供の頃読んだのが記憶に残っているとのこと。

小泉八雲というと耳なし芳一などの怪談話が著名でしょう。
彼がつくった絵本の原作って?
ちょっと興味を持ちました。

絵本はすでに絶版でしたから、
図書館で借りて読ませていただきました。


内容のあらましは。。。

・--------------------------------------------------------------・
だんごつくりが上手で、「テ、ヘ、ヘ、ヘ!」とわらうおばあさん。
作っている最中のだんごが、転がり落ちて地面の隙間に入り込む。
そのだんごを手を穴に入れて取り出そうとしたときに舞台は展開。
その穴の中に入り込んでころんと転がって別の世界へ。

そこは人がだれもいない人喰い鬼の世界。
そちらに迷い込んだおばあさん。

しばらくはそちらで鬼に飯炊きをして暮らしていましたが、
自分で好きなときにだいすきなだんごをつくりたくなった。

それで鬼が出払ったのを確認して逃走。
鬼の棲家は川を隔てた地にあります。
川を渡らなければなりません。
するとおばあさんは舟を操るのがうまかった。

だが川幅の1/4に差し掛かったときには鬼が気づきやってきて、
川の水を飲みほして川を渡って捕まえようとして、
浅瀬になった川を渡り始め近づいてきました。

そこでおばあさんはしゃもじをとりだして、
鬼たちに向かってひょっとこ顔になったり、しかめっつらをしたり。

それをみて笑い出した鬼たちは吹き出して川の水はまた元通りになりまして、
もう鬼は追ってくることはできません。

鬼の世界から持ち帰った一粒の米がかき混ぜると何倍にもなるしゃもじを使い、
旅人や近所の人に売って大金持ちになったとさ。
・--------------------------------------------------------------・

という物語です。 ^-^

おばあさんは鬼たちが追ってきて捕まったら、
相手は人喰い鬼たちです。
凄惨なひどい目にあうと想像したら、
その場で萎縮して座り込んでしまったでしょう。

小さいころに読んだ絵本。
そこから勇気を与えられ、
生き方をみつけることも。

読み手の感受性ひとつで、
いろいろに読めてしまう。

そこがいいんでしょうね。 ^-^


小泉八雲は、
そんなときでも朗らかに機転を利かせて乗り越える力を、
おばあさんのキャラクターに与えたかったのでしょう。

どんなときだって、平常心で朗らかにいたほうがいい。
その末に、一粒万倍のしゃもじが手に入るのでしょう。

そんなメッセージが伝わってきました。


内村航平選手を解説していた方が
平常心で試合に取り組む大切さを語るとき、
この絵本を思い出していました。

私自身、急場に詰まると、もう追い詰められた感はひどいものです。
だから学ばなければいけないなと思った次第です。
できないことじゃないものならば、
平常心で朗らかにしていたほうが、
どんなことだって有利にことは運び、
その末に一粒万倍のしゃもじを手に入れられるわけです。 

急場でも、まずは平常心にリセットして、
『テ、ヘ、ヘ、ヘ!』と笑ってみるのがいい。
そんな気がします。

私はかつて小泉八雲の終焉の地(西大久保2−265) を訪れたことがありました。
調べるとその近くに小泉八雲公園という、
小泉八雲の顔の胸像があるキレイな公園があるんですね。
そちらは見逃していました。

それでついこないだ訪れてみると、
公園周囲の世界はうらぶれた感じがあったものの、
多くの人が憩う感じの心持ちのいい安息の場となっていました。 ^-^
posted by スズキ at 08:10| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月07日

施術時短の悩みとその他の悩み ^-^;

とある一定ラインを越えた深層部の筋肉群のリリースがかなったとき。

正確に言葉でどのようなラインまで解けばいいのかをつたえられない。
ですがそのラインを私自身の体がようやくつかみだしてくれています。

それにより施術での体質改善がはかどらなかった方々においても、
改善の方向付けのめどが立ってきたように感じられます。

それはお一人のお客様がそのような状態にまで押し上がったとき。
それをきっかけにして同時期に他のお客様たちもそのようになる。
お客様の各人は自身の体の状態のみ把握可能ですが、
私には同時期に他のお客様方のすべてを把握できて、
大きな幅をもった私とお客様が共同しての施術仕事の成果表が見えてきます。

ただ、施術の方法はどこにも私がしようとしているものの参考資料もないため、
相当に計算高くミリの半分を解くとか、
ここはどれくらいの圧で解くとか、
またはここは一切触れてはならない場と決めるとか、
頭のなかで相当に計算し尽くして、
仮説検証そしてまた仮説検証を繰り返し作りこんで構築しています。

その上で作りこんできたものなので、
どこをどのように削っていけばいいか、
または増やしたほうが画期的成果が出るのか、
またまた仮説検証そして・・・を繰り返すと。

施術成果を落とさずに時短を図ることという課題が出たとき。
それは私自身のためにもなりますが、
同時にお客様自身も利益があるはず。

そのような意図で、どうにかしようと考えています。

施術成果を落として時短をするならば、
それは掘り下げる量を減らすことや、
触らないとした部分のパートを優先順位付けして決めて手を出さなければいい。

そのような2つのやり方が考えられます。

基本、掘り下げる量を減らすことは現状起きている体質の改善が難しかったお客様の好調への歩みのステップを、
みすみす手放すようなものです。
どうにか私自身が身体操作や施術効率や効果が上がる工夫を学習したり考案したりして掘り下げる厚みを確保しようとしています。
相当にシビアで、常にコレはゼロベース思考でやり方を再検討して、
壊しては再構築を歯を食いしばりながらやっている状況です。

ここまではどうにかできるのですが、
リリース対象の場からそこを外せるかどうかという判断ですが、
こちらのほうが思考が密に入って複雑化し難しい計算作業になります。

筋膜リリースと言っておきながら、
正直に言えば筋膜を緩めるだけじゃ成果は今の半分も出ていないんですね。。。
それはやっている本人がつくづくそう感じています。
血の流れの改善で対処する、リンパで対処、経絡で対応、神経で対処、その他多数の部分を同時並行的に一手で手を出しています。
少なくとも私自身はそのような計算をしつつ、
その場の圧をどうするか、深さや角度や様々な条件を決めているわけです。
それにとどまらず、
身体の相関法則も多様に含まれているので、
現状の間違ったバランス状態で固着化した
組織や重心感覚その他のものは壊す必要があり、
変態的なまでにダイナミックに身体バランスのとり続けるイメージを元にして、
それもそれらが入り組んでいてそちらも考慮してのリリースという現状の癒着部位の破壊工作をしていく。

慣れた今でさえも笑えるほど複雑な成果が出せるためのやり方は
私自身が経験して体に染みつかせてきた経験則や経験値に依存し、
直感と創造により新たな状態を生み出し続けています。

どの部分をどれ位の量をリリースするのかを解説するには、
なんとなくというような曖昧なものでもなく、
だって、その部位の下のシコリの量や骨膜への癒着度や、それに関する動脈圧迫具合からして、、、
など様々な要素を見立てたうえで決めている。
それも臀部や腰部や他の複雑に筋肉の層が重なり合っている部分は、
同じ箇所を何度も何度も何度も何度も、解いているようにみえるが、
それはすべて解いている層の深さが違っているだけの話です。
そうなってくると、わずか5センチ程度のエリアを緩めるのにさえも、
その部位の周囲を取り巻く部分を丁寧に丁寧に取っていく下作業をして繰り返さなければ
核心部分には触れることもできないという状態なのが人体なものですから。。。


そのお客様の状態を立位でみさせていただいて体の上下の重心や前後などのバランスなど、
脊椎の曲がり具合などさまざまな用件をもって、
多方面に渡る体の内部を推測していくわけです。

状態がバレエダンサーを熱心になさっておられるような方でしたら、
「ココらへんで、切り上げましょう!そのほうが自身で、障壁を感じ突破する経験が力に変わるでしょう」
といって、2〜3の動き方を下地に伝えた問題箇所の解説をしていくことで、
切り上げていくことも可能でしょう。

それはもともとリリースが容易な状態に体が治まってきているので、
そうしたとしても戻りという問題は薄く、順調に自身の代謝力により患部のシコリを熱と水分を持つ血液で、
きっちり解かしていってくれるから心配がないのです。

ですが多年に渡る体調不良を訴えるお客様が、割合として多くお通いいただいておりますので、
そうなるとどの体のパートを手を出さないようにしていいものか。
そこがどのようなメリットがあって、そのメリットを積み重ねて些細な成果を相乗に乗せて
全体の体調を底上げを図るかという計算式が私の頭のなかにできてしまっていると。
そこが、どうしてもむずかしい。。。


先日、高野山にいったときに同行した男性が姓名鑑定などの人生のアドバイザーをなさっておられ、
「もし短時間にしたとしても、お客様がそれでいいかどうかを選ぶだけの話ですから、
あなたはムリをしすぎているから、どこかで一線をひかなければなりませんよ」
とアドバイスをしていただいた。
確かに、そのような側面もあるのだろうと思います。
価格やシステムは施術院側が提示するわけですが、
お客様の反応を見て実情に即して書き換わっていくものです。

ただし私などは医療機関ではまったくない、
比べても存在の薄いものですが、
それでもいろいろな治療院を渡り歩かれて、
最後の最後に辿り着いたというお客様が多くて。

・・・改善していって欲しいじゃないですか。

それが本当に私の手に余るようなものもあります。
ですからそのように申し伝えるのですが、
それでも施術を受け続けていただけて、
その後に改善した状態で卒業を迎えてくれる。
そのときほどうれしいものはありませんから。

そのような方々をケアするためにはというのが、
私の頭のなかの基準を作り上げてしまっている。

そこが施術を早めに終わらせられないという、
傾向を強めている要因のひとつになるのだろう。


それ以上に、
こちらのほうが切実だという理由もあります。
近所のボディワークに多年に渡り研究し熟知しておられるプロフェッショナルな方からも、
同様か、またはそれ以上の温かいアドバイスをいただいています。
施術者自身が身を削り過ぎる危険を、
実際に死を持って若くして他界した知人がおられることからも、
施術者はムリをすれば突然死ぬ職業だということを知っている。
そして人に尽くして頑張ってきたにも関わらず不幸な死につながるだけでなく、
そのものに施術を受けたお客様方にも多大な悲しさや負担感を背負わせてしまうことになる。
それに家族をもっと大切にしてあげなきゃならないんだよ。
そのようなことは絶対に避けなさいね、と真剣に言ってくださる。

私自身が頑固なもので、仕事上の融通が効かないため迷惑をかけ通しですが、
どうにか、この方を安心していただけるようにしていきたい。
それは、こころからそう思っています。
そのためにも、どうにか、基本的な取り決めを、そして今後の出し手を考えて決めていかなければ。。。
そう私も真剣に考えています。

こちらの方は同業者ですから、
単純に時間を短くせよというのではなく、
今は月に一度程度のペースにしていただいている施術を受けていただいている施術受け始めの方々は
もうちょっと短いスパンにさせてもらえないか等のアイデアを含んだアドバイスをいただいています。

かえってそのようにしたほうが、
筋肉を凝らせてしまう癖が強い人は戻りすぎる前に施術を受けたほうが成果が高いときがあります。

ただ遠方からきていただくケースや、
料金的にそうなるときついというお申し出をいただいたことや。
確かにボディワイズの場合には、数年待って施術を受けにきていただいたお客様も多くおられ、
それ分だけお体の大変さは相応に大変ということも多くの方々がお持ちでおられまして。。。

紹介で来ていただくお客様は、比較的、とっても大変だというところまでは行かない人もおられますが、
ネットで経由して紹介者がおられない場合には、
多くが私がびっくりするほどの症状やつらい状態を持っておられる方々が、
大半であられます。。。

なかには例外的に、ボディワークってなに?という好奇心がたくさんという人も、
ひょっこりときていただけて、そうなると仲良く、人の体って不思議で面白いよねという談義が延々と。。。
となるのですが。 ^-^;



具体的に、今後、予約順番待ちを再開させていただいた際には、どのような考え方でいくものか。

そこを考えに考え抜いていて、
それでここ数ヶ月、どうにかどこをどのように緩めていくかという計算式を変えればいいものか、
まさに私の頭のなかで何百回もシミュレーションを繰り返しているのですが、難しいですね。

今日はここのパートだけを施術をしてまいりますので、次はここをリリースしていって、
そしてどれだけの回数で全体をみていきますからねというようにしたほうがいいのだろうか。
効率を考慮すればすぐれていますし、
私もそのような全体の流れがあればやりやすくなるでしょう。

ただ、、、私どものところへ関心をお寄せいただいているお客様では、
その症状の重さがあればその方式では対処できないんだと思えるので悩ましいところです。。。


ルールを自分が決めていくにも、その理由付けをどう考慮して、どの方向を観ていくか。。。


とりあえず、私自身が自分自身にコーチングをしつつ、
自分の本当にしたいこととはなにか?
そうすることで、誰がどのように喜んでくれるのか?
そしてさらにそれを改善し改良するにはどうすればいいか?
などなど、を延々と回し続けているんですが。

こんなにも、精神的にしんどいものだとは。。。

8月末までは悩みに悩む時期が続くと思います。
そして9月には暫定的な方針を打ち立てていき、
そこからトライ・アンド・エラーを繰り返して固めていこうと思います。

施術の時短については、
もうちょっと粘って再考していきます。
それで施術成果を下げるどころか、上がりつつも時短につながって、
施術から早々に帰れてラッキーとなったら理想ですね。


また施術時短という悩みもありますが、
私がひとりで施術をしていても接することができる人は、
ほんとうに少数で一握りでしかありません。

私が施術の有用性を語るにも、
まったくの自己陶酔で自画自賛をしている、
かなり痛い人といわれるのはいいのですが。

できれば私の施術に。
実際に見て触れて体験してという過程を通して、
その後に、もしそれを生活で取り入れてみたら
あなたの暮らしはどうなるのかを想像してみてくださいという縁を広めるきっかけを作りたいとも思います。

そこや、他の懸案もまぜこぜにしながら、
付箋紙に書いては丸めて捨ててを繰り返しているから、
ここ1ヶ月で意外にまた心労で痩せたのかも。
できるだけそうならないように努力はしているのですが。

本当に、これ以上ないほどの小さい存在ながらも経営者。

経営をしているんだなと、つくづく実感しているこの頃です。
posted by スズキ at 06:04| Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月06日

書籍紹介:『こうして、思考は現実になる』

今日もまた本の話。 ^-^

たまたま図書館で見つけた本。


こうして、思考は現実になる

ぺらぺらってページをめくると、
いきなり次のような文章が目に飛び込んできた。

p208にある

病気は運命ではない。自分で選んだ状態だ。

という文章でした。

確かに、そういう側面もあるのだろうなと思いました。

気づかないうちに、体に負担を強いて蓄積疲労が気血を止めれば、
そのようなウィークポイントが改められないかぎり組織が弱化して異常を来すものです。
天のルールが、人智に及ばないものかもしれませんが、
そういったたぐいの問題は、問題意識が高ければ回避できるところも多分に含まれているわけです。

ところが、本書で主張していた点は、
まったく違っていました!!


私が言いたいのは、私たちの誰もが、病気は修正することができる状態なのに、
運命だからあきらめるしかないという間違った思い込みを持っているということだ。

好むと好まざるとにかかわらず、
かなりの昔から病気は運命だからあきらめるしかないという、
ひとつの考え方を植え付けられてしまっているという。

つまり自分で病気を作り出しているんだから、それは辞めようというメッセージではなくて、
病気になると運命としてあきらめ甘受する間違った思い込みを自らがすることがいけないという。
なぜなら自ら持っている思い込みにしたがって病は修正できないものにされてしまっているからだ。

その項の後半の実例に、
目の見えない男の子は、一生医者に目が見えないと決めつけられていた。
医師にそんな宣言をされたら、もう、あきらめてしまうしかないだろう。
私だったら、やはりそう思い悲嘆する日々を暮らすことになっただろう。

そんな男の子に、
「もし目が見えるようになりたいなら、見えるように馴練すればいいんだよ」
というものがいた。
馬鹿げたことをいうような発言だが、
実際に男の子は訓練をして数年後には本も読めるようになり、歩くにも困らなくなった。
車の運転さえできるようになっていた。

そのときにアドバイスをしたものは、次のようなことをいっていた。
「目の見えない人たちは、自分は見えないと思い込むことでさらに見えなくなっていくんだ。
自分を型にはめてしまっている」
それに加えて、彼は前向きな考えを持つ人が変な目で見られることにも、強い疑問を持っている。
(以上、本文からの流れ)
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ちょっとやそっとじゃ治りづらい病に陥れば、
治らないのが当然と自他ともに決めつけてしまう。
まるでピンで止めて動けなくされた昆虫のように、
思いがかえって病を治さないように努めてしまう。

病は治らない運命を背負っているのではなくて、
治る運命を背負ってもいる。

思いが「その病は治らない」と決めつけていれば、そのようになる状態を選択していることでしょうし、
思いが「その病は治る」と決めつけて努力すれば、そのような結果につながることもあるのでしょう。

そんなメッセージが、ガッツリと飛び込んできた。

また、
他にも、
体重を減らしたいと考えることが、
あなたの体をやせにくくしている

とか、おぉ!どういったことなの?
というタイトルもあったりして、
エピソードもあるから楽しく読めました。


私はこちらの本は読んだことはありませんでしたが、
アマゾンのカスタマーレビューの数をみれば271とい驚異的なもので、
相当はやってたんですね。 ^-^

遅ればせながら、ご縁があってよかったなと思える一冊の本でした。







posted by スズキ at 12:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月04日

書籍紹介:『アレクサンダー・テクニーク 完全読本』

先日、私と同世代の母親を持つ方が女性のお客様が、
「姿勢について書いてあるわかりやすい本はないの?」と質問。
「自分の身内にはなかなか体の使い方の説明が通りづらいよね〜」という話をしていました。

身内以外の者から習うときにはなぜか真剣ですが、
身内、特に子供から習うときにはそうはいかない。

そこはどこでも定番の決まり事のようです。 ^-^

そうなんですよね〜。

姿勢の保ち方や所作の振る舞いについて、
どのようにすれば快適で体に負担が残りづらいのか。
高齢者向けに解説してある本はないものだなと思う。

もしかすると、これからは高齢者が大半となります。

だったら!

徹底的に高齢者にやさしい、
姿勢のノウハウを平易につたえてくれる本が出版できれば売れるんじゃないの!

内容は学術的なものを最低限を踏まえつつ、
(ただ立ち方ひとつ取ってみても諸説が相反する論も多いいから、
最終的には、著者の責任で有用性が高く安全性も加味されたものを選択して)

私としては日本の小笠原流やら古武道で培われた、
しなやかさと肉体的な機能美が全面に出た内容で。

あこがれの対象になりそうな先生を解説者として迎え入れて、
親しみを込めた言葉で語りかけてくれるような対話形式で。

そして明るい未来をしっかり描き切って。

ついつい引き込まれるような工夫を凝らした構成であればいいんじゃないかな。。。


そんな気がしてなりません。


高齢者向けとはいえませんが、
気になるアレクサンダー・テクニークの解説本を図書館から借りてきまして。
図書館で予約してお借りしたのですが、5ヶ月待ちでした。

すでにアレクサンダー・テクニーク関連の本は、十冊以上を持っている都合、
私には目新しい内容があるわけではありませんので。
この度は、こちらの本を買うのは躊躇してまして。

でも立ち読みで終わらせるには、ちょっと惜しい本。 ^-^


アレクサンダー・テクニーク 完全読本
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内容紹介

アレクサンダー・テクニークとは、私たちが日常生活の中で蓄積しやすい物理的・精神的な緊張を低減するために、
体の使い方や姿勢、動作を改善する方法です。
効率的に体を使うことで、
心身を健康に導き、病気であればそれを和らげるための前向きさを得られることが、
世界中の実践者によって明らかになっています。
本書は、100年以上の歴史があるアレクサンダー・テクニークについて、
その成り立ちから活用法までを網羅しています。
アレクサンダー・テクニークに関する最新の知見も含まれており、
まさに完全ガイドとして、あなたの健康にきっと役立つでしょう。
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こちらの本。

写真が多く、良好な姿勢と不良姿勢を並べ、
版型も大きいから見やすいしわかりやすい。
そのようなところが好印象。

ただそのぶん値段が2700円+税とお高い感じです。^-^;

あとは他のアレクサンダー・テクニークでは、
ページ数を割いて解説してある高度な概念も
コンパクトにまとめられ読みやすく、すっきりとアレクサンダー・テクニークの全体像が理解できる。
もし詳細を知りたくなったら、他書にある詳細に解説したものを読めばいいという入門編とも思える。



ただ、、、
もし私の母(83歳)に手渡したとしたら、
絶対に興味関心を持つことはないだろうな。

 ^-^;


少し話がそれますが、、、

私の知り合いからお聞きしたのですが、
世界的コーチとして知られるアンソニー・ロビンズ。

そちらのアンソニー・ロビンズのセミナーに通ったことのある方が教えてくれました。
人生において何を大事にして生きるか。
アンソニー自身が数年前に作った優先順位の表と、
現在のものとが出てきたそうです。

以前のものは「夢・情熱」のようなことが1位だったのが、

現在のものには「健康」と書かれていました。
とのこと。


つまり 


夢・情熱 < 健康


という答えが出てきました。
私には意外にも思えました。

外見上、アンソニー・ロビンズは屈強な男性。
ちょっとやそっとじゃ、へこたれなさそうです。

ただ本来は繊細極まりない性格の持ち主なのでしょう。
そんな素養に慢心することなく、
日々の体のメンテナンスを手抜かりなく行なっている。
そのような実情も伝え聞いております。

病気になったら病院に行くというレベルではなくて、
健康を維持促進させることこそ価値の高いものだと、
生きるに必要な優先順位を徹底しているようですね。

夢や情熱はかけがえのないものだとは知り尽くしている。
ですがそれをかなえるのにも健康といういしずえが必要。

そのことを、身にしみて気付かされたことがあったのでしょうか。

お金がいくらあったとしても、
健康を失えば取り返しがつかないことにもなりかねない。
確かに、エイジングケアを必要とするお年ごろになった自覚を持ち、
賢い優先順位づけをなさっておられますね。

そう、感心いたしました。
posted by スズキ at 14:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 書籍紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする